09 本日のお客様「ロートル冒険者」
俺はありふれた冒険者だ。冒険者ギルドの仕事をすることで糊口を凌いでいる。
今回の仕事はヤナイ村から首都セビリダまで向かう商隊の護衛だ。このルートは盗賊や魔物が出現する可能性はほとんどない。その代わりに報酬は非常に安い。商隊が移動している間だけ食えるって程度の報酬だ。
冒険者もピンキリ。俺は限りなくキリのほうだってことさ。キリって言ったって十年やったら皆死ぬって言われている冒険者を二十年やって死んじゃいねえんだ。キリのほうでも上々だろ。
だが俺も……もう年だ。一発当てて食い物屋でもやりたいよ。
なんで食い物屋かだって? 俺は食うことが好きだからだ。最近じゃ商隊の護衛ぐらいしかできる仕事がなくなった俺は、様々な地方にいく度にいろんな店を孤独に回るのが、唯一の楽しみになっている。
新たに魔王を名乗る魔族が現れたとかいう噂もある。ヤナイ村から首都セビリダのルートに魔物が頻繁に出るようになったら終わりだろうが、何事もなく商隊はセビリダに到着した。
俺は商人に仕事終了のサインを紙に書いてもらう。後はヤナイ村の冒険者ギルド出張所にいけば報酬を貰えるってわけだが、せっかく食都セビリダに来たのだ。楽しみを忘れてはならない。
「よし晩飯を食う店でも探すか」
安くて美味い店を探すことにかけては、ちょいと自信がある。美味い店を探すのと同じぐらい簡単にレアアイテム探索の依頼もこなせれば、きっと今ころ嫁さんでも貰って楽しく暮らしているのになあ。今の俺じゃあ薬草の採取依頼ぐらいしか達成することができない。
「だいたいよ。バンバン回復魔法ができる適職もあるっていうのに薬草なんか集めてどうするんだって話だよな。報酬も安いわけだよ。ん? アレは?」
なんだかチンチクリンな少女がニヘラニヘラと笑いながら歩いている。少女が歩く時間にしては辺りがもう暗くなっている。お家に帰らないと危ないよと諭してあげるところだが、よくよく見ると……、
「少女というには老けているか?」
という気もする。服装は大人びているし、シワといっては可哀想だが、ある程度のほうれい線もあるような気がする。ロリ顔だが大人なのか?
俺はピーンと来る。あのニヘラニヘラ顔は男でもなければ、その他の楽しみでもない。
絶対にこれから美味いものを堪能しようという笑みだ。それにロリ顔は口の端を唾液でテカテカさせながら目の前の食堂に真っ直ぐに入っていこうとしている。
間違いない! あの店に入れば絶対に美味いものを食える!
女性(?)を追うようにして俺も目の前の店に入った。
「い、いらっしゃいませ。お、お一人ですか?」
入るなり美人の給仕に挨拶される。だがなぜかその給仕はつっかえつっかえ話している。それにいらっしゃいませという言葉の意味がよくわからんので後半の質問にだけ答える。
「一人だけど」
「こ、混み合っているので、あ、あちらのテーブル席の方と相席でもいいですか?」
そういって給仕は、先ほどの女性だか少女だかが座っているテーブル席に手を向けた。
「ああ、いいよ」
俺がそう言うと給仕は女性と話した。
「先生、混んでいるから相席いいですか?」
「え~オジサンじゃん。若い子ならいいけど、先生一人でゆっくり食べたいよ~」
「カウンターも埋まっているのでお願いしますよ」
おい……聞こえているぞ。まあ座れるならいい。
「悪いね。邪魔するよ」
「どうぞ~」
近くで見ても女性は給仕より子供に見えるが、その笑顔は苦労を重ねた大人の愛想笑いだった。この愛想笑いはなかなかできない。やはり相当いっているのか。先生と呼ばれていたから、この人は義務教育のイリース小学校の先生で、給仕は元生徒なのかもしれない。
給仕は十八歳ぐらいに見えるから卒業して何年もたっているはず。この女性は三十歳を超えている可能性も出てきた。ん?
よく見ると給仕もこの女性もイリース人ではない。給仕は色白の美人だったのですぐには気がつかなかったが、この人はすぐにイリース人でないことがわかった。南方の国の人なのかもしれない。
なるほどわかったぞ。イリース人に多い人種ではないこと、子供にしか見えない顔と背丈。だが実際には高齢。
導かれる結論は……。
「ドワーフの娘だな」
「はい? なにか言いました?」
「あ、いえ。失礼」
目の前のドワーフ娘はどうでもいいやといった顔をして、口の端をさらにテカテカさせている。
「先生、肉野菜炒め定食、お待たせしました」
ドワーフ娘の前に肉野菜炒め定食なるものが置かれた。なんだこれ? 真っ白な穀物を盛った椀。スープを入れた椀。メインはなんの肉かわからない肉とベーキャーを炒めたものだ。パンもないの?
しかし、ドワーフ娘は「いただきます」とか変な呪文を唱えてからムシャムシャと美味そうに『肉野菜炒め定食』なる料理を食いだす。
チクショウ。俺も腹減っているのに……やたら美味そうだ。
「ご、ご注文は?」
「ご注文? なにそれ? 今日できるものは?」
「と、とおおおぉお当店のしすてむわああああぁぁあぁ」
な、なんだ。なにがあった? 美人の給仕が急におかしくなりはじめた。
「星川さん落ち着いて。オジサン、この店はホラ、あそこに食べ物が書いてあるでしょう? あそこから食べたいものを選べるの。イリースふうの今日できる飯はなにとなにだ? っていうのがよければシェフのおまかせメニュー一から三を選んで」
目の前のドワーフ娘が説明してくれたが……サッパリわからん。楽しそうなシステムであることはわかったのだが、肝心の書いてあるメニューを見てもなにが出てくるのかサッパリわからないのだ。
『キノコとベーコンの和風パスタ』『鯛のお粥 柚子風味』『焼き鳥(五本)』
なんのこっちゃい。わからんが目の前のドワーフ娘が美味そうに食っている肉野菜炒め定食とやらの匂いがたまらん。
「これをくれ!」
「ににににに肉野菜炒め定食ですね。おおおお待ちください」
謎の料理だったが頼んでしまう。五分後、目の前に肉野菜炒め定食なるものが置かれた。
コイツが目の前に置かれると、先ほどまで気になってしょうがなかった珍妙なドワーフ娘への興味など銀河の彼方へ吹っ飛んでしまった。
なんでこんなにベーキャーがテカテカと発色よく緑に輝いているんだ。油を多く使っているのか? しかし緑の発色は説明が付かない。わからなければ食うしかねえ。
「なんじゃこりゃあ! この歯ごたえ。この甘味。俺にはわかる! こいつはただ炒めただけの料理じゃねえぞ!」
「オッサーン、なかなかわかってんじゃん。そいつは油通しって言ってさ。一度そのキャベツみたいな野菜をかるーく油で揚げてあるんだよ」
俺がバリバリとベーキャーの食感を楽しんでいると、生意気そうな若造が話しかけてきた。こいつがこの料理を作ったのか?
「こら葛城くん。年配の人に失礼でしょう」
ドワーフ娘が若造を注意していた。アンタも体から醸し出す態度は十分失礼だったけどな……。
「先生、そんなことより二号店を出そうかと考えているんですよ。今度はラーメン屋でも聞こうかと。それで近くに再開発されそうないい場所はありませんかね」
なにい? このドワーフの先生っていうのはそっちのほうの先生? つまり政治家なのか? 亜人は見た目によらないものだ。
それにしてもこの肉野菜炒めは美味い。入っている肉も家畜の豚肉よりはるかに美味いぞ。
そしてドワーフ娘の真似をして、ちょっとだけ濃い目の味付けの肉野菜炒めを口に入れながら真っ白な穀物をかき込むと……う、美味え。
「肉の旨味が白い穀物を口の中で味付けしやがる……。坊主、この肉はなんだ?」
「その肉? ジャイアントボアの肉だよ」
な、なんだって……。ジャイアントボアだと!? どうりで美味いわけだ。
相当ランクの高い冒険者しか狩れない魔物だぞ。貴族が来るような店で出される高級食材だ。きっとこの白い穀物も高級食材なのだろう。
調理法も聞いたこともないもの。そしてこのドワーフ娘は政治家。
導かれる結論は大衆食堂っぽく見せかけた超高級店。俺たち庶民にとっちゃ食堂ぼったくり。
ヤバイ。持ち金はいくらだ。五千イェンしかない。絶対、足りねえよ。
「いやー、オッサンはわかっているね。ウチで働いてもらいたいぐらいだよ」
若造がニヤニヤしながら言う。今ごろ気がついたかバカめ、金がねえなら危ない仕事を紹介してやるから働けよってことか。
もう食い逃げするしかない。俺は残った肉野菜炒め定食をかっ込んで……美味い……走る態勢をとった。
が、俺はその時になってやっと気がついたのだ。先ほどの美人給仕が入り口ですでに弓に矢をつがえていることを! その近くには剣を抜いた騎士もいる。そしてなんと黒装束の殺し屋まで。
間違いない、アイツの適性職業は『殺し屋』だ。だってそんな格好だもの。
俺みたいな孤独なグルメ気取りのオッサンが逃げられるような相手じゃない。俺の人生は終わった。
きっと魔導災害が起こした実験施設の魔毒素の処理でもやらされるのだろう。そういえば最近、地震でそんな事故が起きたって聞いた。
それでも今、あの殺し屋に殺されるよりはマシだ。
「働かせてください……」
「えええ? マジ!? いいの? オッサン、本当に雇っちゃうよ」
この若い男は完全にバカにしたように言った。もうどうにでもなれだ。
「いや~いい人見つかりそうでよかったわね。私は仕事を残しているから帰るね。肉野菜炒めっていくらだっけ?」
ドワーフ娘の政治家が肉野菜炒め定食の値段を聞く。きっと十万、いやジャイアントボアを使っていることを考えれば、何百万イェンかもしれない。
「ども~、六百イェンっす」
……え?
「これって六百イェンなの?」
「そうだよ。高い?」
「い、いや。だってジャイアントボアの肉を使っているんだろ?」
「ああ、常連が戦闘訓練とかいって無駄に狩ってくるからね」
俺が思考回路を修正しようとしていると若造が言った。
「で、本当に働いてくれるんですか?」
それを聞いたドワーフ娘がボソボソと若造に話す。
「葛城くん。この人やっぱりヤバイ人なんじゃないの? 私のことジロジロ見ていたし。やっぱりやめたほうがいいよ」
「え~先生。絶対味がわかる人だって。ってか先生は変わったよな。昔は臆病だったのに……やっぱ政治家になると、どの世界でも図太くなるっていうかふてぶてしくなるんですかね?」
「あんだって?」
「いえ……ごめんなさい……」
俺は直感的に感じた。この店しかない!
「働きたい……」
口が勝手に動いていた。ドワーフ娘が割って入る。
「でもオジサン。この店はいろいろと大変なんですよ」
ドワーフ娘はやはり政治家でこの店にも影響力があって、なぜか俺を働かせたくないようだ。なら土下座したっていい。
「先生……!! ……食堂したいです」
「ちょっちょっとオジサン。土下座なんかしなくたって」
俺は一生懸命にドワーフ娘に頼み込んだ。
「そんなにしたいんだったらぜひ頼みますよ。なあタエちゃん、あっやべ……」
「だから先生をタエちゃんって呼ぶなっつーに!」
やった! やった! どうも俺はこの夢のような店に雇われそうだぞ。
バンザーイ! バンザーイ! 俺も冒険者稼業から足を洗えるんだ!
そのときだった。美人給仕の弓からなぜか騎士に向かって矢が発射された。騎士はアッサリ矢を剣で弾き、その矢は土下座していた俺の肩に突き刺さった。
「ぎゃああああああああ!」
「おい! オッサン大丈夫か! 誰か回復魔法が使える神官の佐藤を呼んできてくれ! 早く!」
やっぱこの店で働くのはやめよう。そう思いながら意識を失って目が覚めると、俺ことガーランドはいつの間にかこの店の店員ということになっていた。
本日のメニュー
『肉野菜炒め定食』
バスケネタのこと言ってくれる人が誰もいませんでしたw
一人現れましたw