83 灼熱の焼き蕎麦
「ここだよ~」
最下層はマグマの熱を使った製鉄や鉄加工の設備とこのマグマ焼きそばしかないらしい。
辺りは鉄を叩く音と火花とむさ苦しい男の汗が飛び散っていた。
「アホだ。なんでこんなところで料理屋やってるんだよ。もし冷たい料理があるなら、それを食いたいよ」
西は当たり前の感想を言った。
ハヤトは店に入って叫ぶ。
「マグマ焼きそば四つ!」
西が慌てる。
「おい! お前は人の話を聞いてるのかよ! あそこの黒板に冷たいざるうどんって書いてあるだろ。俺はそれに……」
ハヤトはもう一度叫んだ。
「マグマ焼きそば四つ!」
「はーい。何度も言わなくたってわかるよ。マグマ焼きそば四つね。おや人間かい? 珍しいね」
ドワーフの女性が店の奥から出てきた。
もちろん筋肉質で背は低かったが、別に男顔ではなく薄っすらと髭が生えているってこともない。人間の感覚でも可愛いと言えた。
宿屋の女将ほうが逞しかったのか店員が珍しいのか。美人女将というのはどこの世界でもファンタジーなのかもしれない。
しばらくするとアツアツのあんかけ焼きそばが四つ出てきた。
あんかけの端は沸騰しているのかブクブクと泡が立っていた。
「なんでこのくそ暑い中で、くそ熱い焼きそばなんか食わなきゃなんないんだよ」
西が文句を言う。しかし、ハヤトはブレない。
「俺は夏でも鍋焼きうどんを食べる店がある!」
ハヤトにとっては要は美味いかどうかだった。
「わかったわかった。水をくれ」
西は食べる前に飲み干した水を更に注文して(バーン世界では水は基本有料)焼きそばに取り掛かった。
「あ、熱い。けど確かに美味え。あつ、あち。熱くても止まらない味だな」
西もユミも幼女も水を飲み飲み、焼きそばをすすっていた。
ハヤトだけがこの焼きそばから、ある確信を得ていた。
「間違いない!」
焼きそばをすすっている三人は「なにが?」と思ったが、ハヤトはそれに答えずにくそ熱い焼きそばを一口にかきこんで厨房のほうに勝手に入っていった。
ポカンとする三人と給仕をした女ドワーフの耳に歓声が聞こえてきた。
「ハッサン! ハッサンだろ!?」
「お前! ハヤトか!?」
「やっぱハッサンか! 相変わらず髭面だなあ!」
「ガハハハ! お前はS級料理試験に通ったんだろ?」
「知ってんのか?」
「ガハハハ! 知らねーけど俺に勝ったんだから当たり前だろ!」
マグマ焼きそばを作っているドワーフは料理試験のトーナメントでハヤトを苦しめたハッサンだった。
「へ~タコ焼きねえ。変わった調理器具だなあ」
「この穴ぼこに溶いた小麦粉を流し込む。それを串でクルクル回転させながら丸くするんだ」
「なるほどなあ。それじゃあこんなに歪んでいたら真ん丸くならねえな」
「そう! その通り! タコ焼きが真ん丸いのはマニフェスト・デスティニーなんだよ!」
「わかった! 俺に任せろ!」
「おお。誰か作ってくれそうなヤツを知ってるのか?」
「俺が作るんだよ」
ハッサンは胸を張った。
「え? ハッサンが作るの?」
「お前も俺の適職が『鍛冶屋』だって知ってるだろう」
「あ、ああ。そういえば、試験で言ってたな。でも店はどうするんだよ」
「徹夜で作れば一日だ」
「おお! サンキュー!」
タコ焼き用鉄板は明日の朝に取りに来ると約束してハヤトたちは階段を登っていった。
幼女は実はハッサンの孫で、給仕をしていた女ドワーフは娘だったらしい。
階段を登るたびにどんどん涼しくなっていく。
「くそ暑かったけどマグマ焼きそばは美味かったな」
「うんうん。お母さんが言ってたけどマグマの熱で麺を焼いてるんだって」
西と幼女が楽しそうに話す。
ハヤトは思う。料理はスキルじゃない。
適職が『鍛冶屋』でもハッサンのように情熱や努力でそれを乗り超えることができるのだ。
◆◆◆
翌日、ハッサンはわざわざ宿屋にまでタコ焼き用の鉄板を持ってきてくれた。
「どうだ! 見事なもんだろ!」
「ああ、完璧だ! 3.141592だよ!」
「ガハハハ! 言ってる意味がまったくわからねえ!」
「よし。セビリダに帰るぞ!」
ハヤトはハッサンに皮袋ごと砂金を渡して帰ろうとした。
「おいおい! もう帰るのかよ! ゆっくりしていけや!」
「いや~そうしたいんだけど最近、俺がやってる店が異常に忙しくなっちゃってさ。人に任せてあるんだけどそろそろ限界だと思うんだよね」
「そうか。残念だなあ」
「今度は来た時はゆっくりするよ! じゃあまた!」
「おう! またな」
三人はドワーフの村を出る。
ハヤトが深呼吸をした。
「いやードワーフってのは凄いところに住んでたな」
「俺はもういいぜ。今度来るときは馬車で来い」
西はうんざりという顔した。
「マグマ焼きそばはここでしか食えないぜ」
「……ちっ」
なんだかんだ西はマグマ焼きそばが気に入ったようだ。
山を降りると西はすぐに風の精霊を呼んで言った。
「よし、ぶっ飛ばしてまっすぐセビリダに帰るぜ」
ハヤトが笑っていう。
「できるのかよ?」
「途中で寄り道しなければな」
ユミも頷いた。
「チキータさんとガーランドさんも心配だから、そうしてくれるとありがたいかも」
西が風の精霊に命令するとまるで弾丸のようなスピードで飛ぶ。
昼飯もとらずに飛び続けると日が陰る頃にはセビリダが見えてきた。
「これなら夕食時には店に戻れるぞ」
西は眉間に手を置いているが、それほど深刻な頭痛もない。精霊術もさらに磨きがかかっていた。
風の精霊がセビリダの広場に着地する。
「西サンキュー! タコ焼きパーティーの時はプリンも作るぜ!」
「西くん、ありがとう」
ハヤトとユミは自分たちの店に走った。店のドアベルともに土気色の顔をしたガーランドが出てきた。
どうやらキッチンがチキータ。ホールがガーランドだったらしい。
「あ、店長、ユミちゃん……」
そう言って安心して気力が尽きたのかガーランドは倒れこんだ。倒れないように支えるハヤト。
「ユミ。ガーランドさんをバックヤードに寝かせてウエイトレスをしてくれ」
「う、うん」
ハヤトはそう言うと店内をキョロキョロと見回す。
肉野菜炒め定食を食べている時田を見つけると、ハヤトはずかずかと店内を歩いて彼女の目の前に立った。
「あれ? ハヤトくんどうしたの?」
ハヤトはなにも言わずに時田の箸を借りて肉野菜定食を食った。
「ちょ、ちょっとアンタなにするのよ!」
「うん。美味い。味は問題ねえ。おい、時田!」
「な、なに?」
「料理が出る時間はどうだった? いつもより待たされるとかあったか?」
「え? 別に普通だと思うけど」
「そうか。ガーランドさん……やってくれたぜ!」
ハヤトはなにか叫んでいる時田の声を背に受けながらホールに向かった。
チキータは素晴らしい手際でいくつもの料理を同時に作っていた。ハヤトが隣に来たことすら気が付かなかった。
「うわっ! 誰かと思ったらハヤト! おかえり!」
「俺もキッチンに入るぜ!」
「長旅で疲れてるんじゃないの? 私に任せてくれればいいのに」
「旅で俺もまだまだだって気がついたぜ!」
チキータはハヤトが鍋を振る姿を見て笑った。
「そうだよね。S級の認定とかったからってまだまだよね」
ハッサンやチキータたちの情熱を見てハヤトのクッキングスピリットは燃え上がった!