81 赤獅子侯の料理人
神殿で発行してもらった商人パスで無事、ヒュルムの街中に入ることができた。
ちなみに商人パスを用意してもらったのはドワーフの国でも使えるからだ。
ドワーフの国はヒュルムにも積極的に武器や防具を卸している。
「今日の宿を探さなくちゃな。ハヤトは儲けてるみたいだから一番高いホテルに泊まろうぜ」
西が当然のように言った。
ハヤトがニヤリと笑う。
「おう! いいぜ! このヒュルムで一番高級なところに泊めてやる!」
ハヤトはずかずかと歩き始めた。
「お、おい、ハヤト! ヒュルムの街のどこにホテルがあるかなんか知らないだろ? それに普通のホテルでいいよ。普通のホテルで」
「もちろんヒュルムの街なんか知らない。が、一番高級なところはどこか知っている」
ハヤトはまるで道を知っているように迷いなく市街を歩いて行く。
西とユミは顔を見合わせる。二人ともハヤトの考えはわからないようだ。ともかく、ついていくしかなかった。
やっと西はハヤトがどこに向かっているか気がついた。
ある建物がどんどん近づいてきたからだ。
「お、おい! お前が向かってるのはホテルじゃねえ。城だ! エルドア侯の城だって!」
ユミが急に楽しげな声を出した。
「あ~わかった。お城に泊めてもらうんだね!」
「え?」
ハヤトがユミに同意する。
「そうそう。絶対泊めてくれるって」
「お前らなに言ってるんだ。泊めてくれるわけねえだろ? バカなの? お前ら本当にバカなの?」
そうこうしていると三人は城の前に前にいた。
ハヤトは衛兵に呑気に声掛けをかける。
「衛兵さん。泊めてください」
「はあ? 帰れ! 捕まえるぞ!」
西が慌ててハヤトを羽交い締めにする。
「す、すいません。こいつちょっと頭が弱いだけなんです」
「頭弱いってなんだよ! 俺はエルドア侯にいつでも泊まりで遊びに来ていいって言われてるんだぜ?」
西はハヤトを引きずろうとしたが、衛兵が慌ててハヤトと西に声をかけた。
「ひょっとしてセビリダのハヤト様ですか?」
「そうです。そうです」
ハヤトは首を縦に振る。
「し、失礼しました。ハヤト様がいらしたら主人に通すようにと申しつけられております」
城内に招き入れられた三人はメイドに案内されながら広い廊下を歩いている。
西が小さな声でハヤトに話しかけた。
「なんでエルドア侯を知ってるって言わなかったんだよ」
「そりゃ西をびっくりさせるためさ。お前、エルドア侯爵家の成り立ちとかに詳しかっただろ?」
「くそ。そういうことか」
「西が歴史好きとは知らなかったぜ」
ハヤトも西もセビリダや神殿だと救世主だとチヤホヤされることもあるが、それでも王宮に上がったことは一度しかない。
王家よりも実質的に強いと言われる赤獅子騎士団を擁するエルドア侯の居城に入るなど普通はあり得なかった。
「ところでエルドア侯とはどうやって知りあったんだ?」
「俺の店の客だよ。エルドア侯が王都に出仕する時は必ず寄ってくれるんだ」
「まあそうだと思ったよ。本当にこの世界のお偉方は食いもんにうるさい奴が多いな」
「地球のお偉方だってうるさいだろ?」
「好みの店の料理人だからって屋敷に招き入れるほどバカじゃないと信じたいね」
歴史好きの西はそう言いながら、地球でも外国の独裁者が日本人の料理人を気に入って家族付き合いをしていることを思い出す。
その料理人はマスコミがまったく知らない後継者をズバリ言い当てたりして話題になった。
「料理は意外と恐ろしいんだ」
ハヤトのつぶやきに転移する前の世界の料理のことを考えていた西がギクリとする。
「だからこそ悪用しちゃいけないのさ」
西はいつもの皮肉も言わずに納得する。
「なるほど。そうかもしれないな」
「けど心配はいらない」
「へ?」
「料理を悪用しようとするような人間の料理なんて不味くて食えないさ。だから心配はない」
「……例の大食魔帝の料理は不味かったのか? お前、食ったんだろ?」
ハヤトは応えることができなかった。
大食魔帝には未だ謎が多い。だが、ハヤトにとって最大の謎は大食魔帝の料理が美味かったことかもしれない。
悪人が美味い料理を作るという現実をどう考えればいいのか? ハヤトにはわからなかった。料理の究極は思いやりなのだから。
ハヤトが黙っていると西が勝手に推測した。
「まあ料理バカのお前と料理と引き分けるぐらいだ。美味かったんだろうよ」
西なりに「ハヤトの料理は美味い」と励ましているのかもしれない。
「本当にお前は料理のことになるとバカなのか賢いのか。けど大食魔帝を倒せそうなのはお前か清田しかいねえんだから頼むぜ」
「ああ! 今度は勝つぜ!」
メイドが大きな扉の部屋の前で止まった。
「こちらの応接間で少々お待ちください」
凄まじく豪華で大きな部屋だった。
見るからに高級そうな木材の内壁には、エルドア侯の写実的な等身大の西洋画が飾られている。調度品もすべて高級そうで、特に魔光石で明かりをとる巨大シャンデリアは凄かった。
西が呆れてたようにメイドに言った。
「凄いシャンデリアだな。落ちてきたら俺ら三人とも、いやアンタもいれて四人でペシャンコになれそうだ」
「え、えぇ……そうですね」
メイドの笑顔は引きつっていた。
ハヤトたちは自分たちが小さくなってしまったかと思ってしまうようなソファーに座ってエルドア侯を待った。
「お~ハヤトくん。よく来てくれたねえ。嬉しいよ」
身なりの良い中年男性が早歩きでやって来た。
お腹も出ているが剛勇で聞こえるエルドア侯だった。
「あ、どうもどうも」
ハヤトが挨拶する。
「聞いたよ~ハヤトくん。S級料理人試験に合格したそうじゃないか。ユミちゃんも元気そうで」
「ご無沙汰しております。エルドア侯」
「うむうむ。彼は?」
「友人の西です。精霊術士でちょっと無愛想ですけど根は良い奴ですよ」
ハヤトがエルドア侯に西を紹介した。
「よろしくお願いします」
「ほ~君は精霊術士なのか。珍しいな。よろしくな」
西のやる気ない態度とは逆にエルドア侯は豪快に挨拶した。
「ハヤトくんたちは長旅で疲れていることだろ。部屋を用意するからまずは休んでくれ」
「ありがとうございます」
「ハヤトくんとユミちゃんは一緒の部屋でいいのかな?」
ハヤトは慌てて否定する。
「あ、いや別々で」
「いいのか? ユミちゃんが残念そうな顔をしているぞ」
「うそこぐでね!」
ユミは真っ赤な顔で久しぶりに秋田弁を叫んだ。
「はっはっは。ハヤトくん夜這いをしてみたらどうだ」
ハヤトもユミも怒ったが、エルドア侯は気にする様子はない。
「すまんすまん。夕食は皆で一緒に食べよう。ハヤトくんを驚かす料理を出すよ」
「楽しみですねえ」
ハヤトは食い物に釣られてすぐに機嫌をなおした。ユミも口には出さなかったが、顔が笑っていた。西は呆れていた。
◆◆◆
ハヤトたちはそれぞれの部屋で休んでから、メイドに案内されて食堂に集まった。その食堂はかつてセビリダの王宮にあるものよりも立派だ。
「ハヤトくんユミちゃん、お久しぶり」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。こんにちは」
どうやら今日はエルドア侯の家族も一緒での晩餐らしい。
「お久しぶりです。いや~ヒュルム城凄いですね」
「ははは。ゼルテアはイリース中央から逆に支援を受けているからな」
ハヤトは聞き流していたが西は驚いていた。
本来、諸侯は中央に税のアガリの一部を納めるのではないだろうか。おそらく亜人と戦っている前線という名目で逆に支援を受けているのだろう。
中央とゼルテアの力関係が窺える。
エルドア侯爵家の成り立ちを考えれば、中央がゼルテアへの援軍を出すのが決定的に遅れたことへの償い的な側面があるのかもしれない。
西がそんなことを考えている間に、ハヤトはエルドア侯に勧誘されていた。
「ハヤトくん。やはりウチの城の料理長になってくれんかな。実はウチの料理長をやっていたセリアが連絡無く失踪してしまったのだよ」
「え? そうなんですか」
「素晴らしい料理人だったんだがな」
「すいません。自分の店が楽しいので」
「そうか。仕方ないな。ちなみに今日の料理はセリアが作って彼女が部下に教えこんだ料理なのだ」
「へえ。楽しみですね」
ハヤトはそう言いながら少し残念に思った。理由はどうあれなんの連絡もせずに失踪してしまう料理人は問題があるんじゃないだろうか。味にも影響するはずだと思う。
だが、どうやらエルドア侯はセリアという料理人をとても愛しているらしい。
出てきた料理はビーフシチューだった。他にも色々な料理がコース形式で出てきたが、エルドア侯が本当に食べさせたかった料理はこれで間違いないだろう。
「ハハハ。ハヤトくんにレシピを教わったビーフシチューをセリアがさらに改良したんだよ」
ハヤトがエルドア侯に初めて振る舞ったのもビーフシチューだった。
とにかく食べてみようとハヤトは一口、シチューを口に入れた。
「どうだい? 美味しいだろ?」
「美味い……俺のビーフシチューよりもコクが有ります」
ハヤトにはその理由がわかっている。ハヤトの店で出すビーフシチューは他の料理もたくさん食べられるためにアッサリと作ってあるのだ。
エルドア侯がコース料理のメインとして城で食べるビーフシチューとは料理の意味合いが違う。
それを差し引いても美味かった。そしておそらくセリアという料理人は……。
「裏のギルドの料理人だ」
「え? なにか言ったかい? ハヤトくん」
「あ、いえ別に」
ハヤトはその料理の味から理由なく失踪した料理人が裏ギルドの料理人と確信した。
ハヤトが驚いたのはエルドア侯の城の料理人が裏ギルド所属だったことではない。
セリアという料理人が失踪にする前に部下に教えただろうビーフシチューの味は、心底からエルドア侯や部下を思いやっていなければ、作れない味だったからだ。