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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第四章「異世界バーン秘史」
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80 イリース諸侯史

 風の精霊に背負われて飛ぶのは怖いが、しばらくして慣れるととても気持ちがいい。

 そうでなくてもバーン世界は自然豊かなファンタジー世界だ。景色は最高だった。

 イリースの広場から北東にあるゼルテア地方を目指す。


「ひゃー気持ちいいぜ。なあ、ユミ」

「うん!」


 三人の旅行も楽しいかとユミはもう気持ちを入れ替えていた。

 街から出るとすぐに丘陵地帯の上空を飛ぶことになる。

 オッサンの牧場か牛が小さく見えた。


「アレはハナコじゃないか? 西ここはもっとスピードを落としてくれ」

「私も牧場に連れて行ってもらっていい?」

「ああ、もちろん。西、もっとスピードを落としてくれって言ってるじゃねえか。あーあ、通り過ぎちゃったよ」

「今度は歩いていけばいいじゃない」

「そうだな。西はせっかちだからな」


 西は勝手なことを言いやがってと思っていた。

 精霊を使役する精霊魔術はかなりの魔力を使い、魔力が切れれば生命力を精霊から吸い取られる危険な魔術だ。

 スピードをさげろとかあげろとか簡単にできるものではない。

 だが西は吉田の言う「裏ギルドからハヤトを狙ってくるかもしれない」という話はあり得ると思っている。

 ユミは森の守り手という強力な戦闘職だが神殿騎士団から離れて飲食店の給仕を続けている。戦闘訓練も大分していないだろう。

 長旅では狙われる状況下も飛躍的に増すだろう。

 風の精霊を空飛ぶ絨毯代わりに使役できる西の同行は護衛も兼ねている。


「西、お前は日本に帰れなくてもこの世界なら航空会社としてやっていけるぞ。ニシエアーズってのはどうだ?」

「それいいね。そしたらニシエアーズで色んな場所に一緒に旅行しよ! ハヤト」

「おお! ガーランドさんみたいにバーン世界の色んな地域の美味いものを食べようぜ!」

「うん!」


 二人を見てイライラする西。

 フェアリーが「ニシくんには恋人がいなくて可哀想だね」と言った時は、思わず全員を振り落としそうになった。

 西の苛立ち以外、旅は全くの順調だった。

 お昼ごろにはイリース国の直轄領とエルドア侯が治めるゼルテア領の境についていた。

 西が言った。


「少し休ませてくれ。腹も減ったから飯も食おうぜ」

「そうだな」


 ハヤトも同意する。


「それじゃあ近くの村に降りるぞ」

「いや、待て。その辺の街道沿いとかでいいよ」

「お前、その辺でユミになにか狩らせてとか考えてるんじゃないだろうな」


 ハヤトのバックパックには野外調理の機材も入っていそうだった。


「それもいいけど弁当をたくさん作って持ってきているんだ。

「ああ、そういうことか」

「馬車で一緒になる人にも振る舞おうと思ってさ」

「なるほど。じゃあ街道沿いに降りるぜ」


 バーン世界の街道は陸運の要だ。イリースのような人間の国家は太い街道を作っている。

 そして定期的に軍を派遣したり、冒険者ギルドに依頼して、魔物を狩ったり、山賊を退治していた。そのため街道をはずれるよりも遥かに治安が良い。無人の休憩所も数キロ毎にあった。

 空飛ぶじゅうたん代わりの風の精霊を着地させる。

 ハヤトはバックパックから弁当箱を取り出した。


「色々、入っていて美味そうだな」

「ああ、だし巻き卵を甘めに作っといた。お前、甘いの好きだろ。フェアリーも」


 ニシもフェアリーも甘党だ。


「あのな。俺は甘いものなんか好きじゃねえ。プリンが好きなんだ」

「はいはい。まあ食おうぜ」


 三人プラス一匹(?)はいただきますを言う。


「なるほど。美味いよ。っていうか美味すぎる……」


 ハヤトの料理の腕は上がっている。

 玉子焼きを食べる西の声が詰まった。


「ニシくんが不満も皮肉も言わないなんて……よっぽど美味しいんだね。私も食べたい」


 フェアリーが西の肩に乗った。


「弁当の蓋の上に取り分けてやっただろ?」

「あ~ん。してよ」

「はあ。自分で食えよ」

「いつも寮の部屋でしてくれてるじゃん」

「お前、小さいから口に運ぶのが難しいんだよ」


 ハヤトとユミが笑いを堪えている。

 西が二人の様子に気がついた。


「ぷ。西の奴あーんなんてしてるのかよ」

「西くんってなんだかんだ優しいよね」

「フェアリーには特にな。アイツら仲もよいし」

「ね。付き合ってるみたい」


 西はなんでハヤトやユミにそんなことを言われなくちゃならないんだと頭を抱える。

 昼ごはんを食べてからも風の精霊の空旅は快適で順調そのものだった。

 夕方になる前にゼルテア地方の都市ヒュルムにそろそろ着くというところまで来た。

 都市ヒュルムは中心に城がある城塞都市でセビリダの街よりも高い壁があった。イリース国は地理的に東の端にあり、ドワーフの国など複数の亜人の国にも面しているため前線となることが多く、大規模な騎士団が駐留している。

 その騎士団はゼルテアの領主で赤い獅子を紋章にするエルドア侯爵が率いていたので、赤獅子騎士団と呼ばれている。

 事実上、イリース国の二番目の戦力である。

 ちなみに一番はハヤトたちのクラスメートを擁する神殿騎士団、三番目はイリース王家直轄の中央軍だ。

 赤獅子騎士団は中央軍よりも数は少ないが、前線で鍛え上げられた精強の兵として知られている。

 イリース新聞の評では中央軍と赤獅子騎士団では、いつも赤獅子騎士団のほうが強いと書かれていた。

 そりゃそうだ。イリース王を見ていたらとても軍を上手く指揮できそうにない。もちろん将軍職の臣もいるだろうけど、あの王様では……とハヤトは思う。

 そんなことを考えていると西が言った。


「ハヤト。そろそろヒュルムに着くから着地するぞ。そこからは歩きだ」


 ハヤトの目にはまだ都市ヒュルムを囲う壁まではかなりの距離があるように見えた。


「なんで? もう少し近づこうぜ」

「アホ。ヒュルムは人間の国の前線だ。精霊に乗って空から近づいたりしたら、下から魔法攻撃を受けるぞ」

「そうなのか。じゃあ降りて歩くか」


 ハヤトやユミはすぐに神殿を出て店をはじめてしまったが、神殿の授業ではこういう知識も教えていた。西にはイリース国を中心としたこの世界の大まかな地図も頭に入っている。

 三人は風の精霊から降りてヒュルムに繋がる街道を歩いた。


「ヒュースゲーなあ。ここから見てもヒュルムの壁の高さがわかるぜ」


 ハヤトがヒュルムの壁の高さに驚く。


「なんでも二百年ぐらい前にリザードマン、ゴブリン、ダークエルフの三種族連合軍十二万に攻められたこともあったらしい」

「うへ。マジか」

「街の一般市民が壁の上に立って石まで投げざるを得ない総力戦になったらしい」


 真面目に授業など聞いていない西がヒュルムのことには詳しかった。歴史が好きなのかもしれない。


「イリースの中央軍や神殿騎士団は援軍に来なかったのか?」

「中央はお定まりの権力闘争をしていて援軍を送るのが遅れた。ゼルテア地方を放棄して三種族連合軍をイリースまで引き込んで疲れたところを叩こうという意見まであったらしい」

「なるほど。そりゃひどい」


人間同士の戦いであれば、捕虜や敗残者もそれほどひどく扱われない場合も多い。

だが人間と敵対する亜人に負ければ、凄惨の一語である。


「援軍は送られたが、その頃、壁内はもう戦死した人間を食べて木の槍で戦うしかない状況だった。そんな時、立ち上がったのが現エルドア侯の先祖のリョーリウだ」


 西によれば、裁縫職人のリョーリウという青年が市内に赤い獅子の旗を掲げて一般人から決死隊を募った。

 亜人に嫁や恋人や娘を蹂躙されていいのかという彼の演説に多くの志士が集まった。

 決死隊は壁の門から外に出て、三種族連合軍へ突撃を繰り返し攻め続けることで、逆に陥落寸前のヒュルムへの攻撃を逸らした。

 その間にイリース中央軍と神殿騎士団の援軍が到着、疲れきった三種族連合軍に雪崩れ込み、攻守が逆転する。

 しかし、リョーリウの真の凄さはそこからだった。

正規軍が援軍に来て有利に戦いを進めていたにも関わらず、既にボロボロのリョーリウ率いる決死隊もゼルテアを自分たちで守ると戦いの手を休めなかった。

それどころか、ついに三種族連合軍のダークエルフの将軍を討ち取った。

 リョーリウはその功績を認められ、ゼルテア地方を領地として賜った。その子孫が現エルドア侯爵だ。そのため今でもゼルテアは自存自衛の気風が強い。


「すげーな。勇ましい服屋もいたもんだぜ。俺もセビリダの街に亜人や魔物に囲まれたら、火で赤くなった鍋を持って決死隊を募ろうかな。領地を貰って貴族になれるかもしれないぜ」

「駄目だよ! ハヤトが戦争に行くなんて! 危ないもん!」

「でも俺はお前を守るよ」

「ハヤト……」


 英雄譚を聞いた少年はその気になっている。

 自分より百倍は強い少女を守ると宣言して、それを聞いた少女が顔を火照らせ潤んだ瞳で少年を見ていた。


「なんで……鍋なんだよ……」


 西はあまりのやってられなさに頭痛がしてきた。

 顔を歪めて頭を押さえる。半日も精霊魔術を使っていたこともあるかもしれない。


「ちょっちょっと、ニシくん、ニシくん、大丈夫!?」

「ちょっとふらついただけだ。大したことねえよ。フェアリー」


 そんな一人と一匹を見てハヤトとユミが耳打ちしていた。

 本人たちは聞こえない大きさの声で話しているつもりなのだろう。

 西には「夫婦みたいだ」とか「種族間を超えた愛」だとかいう声が丸聞こえだった。

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