79 バーン世界紀行
数日後、アッサリとオクトーンが取れたという連絡が入った。
冒険者に憧れるちびっ子がいわゆる〝お使いクエスト〟でハヤトの店にやってきたのだ。電話がない世界のただのメッセンジャーだ。お小遣いを貰える。
「んでオクトーンってどんぐらいの大きさだった?」
「2tだって」
近くで聞いていたガーランドはその大きさに呆れる。
「でけーなあー! えーと百グラムを千イェンで買うって言ったから……」
ハヤトが嬉しそうにパチパチとソロバンを叩く。
「二千万イェンだな」
「受付嬢のお姉さんはギルドの手数料を入れて二千二百万イェンだって」
「手数料が結構高いんだな」
「頼まれた氷雪魔法使いの紹介料も兼ねてるってさ」
「おお。それなら余ったのを冷凍できるからいいや。二千二百万イェンね」
ガーランドは愕然とした。
二千二百万イェンと言えば郊外に家が建つ。
ただの子どもたちとやるパーティーだろ。
まあ店長は料理狂だからしょうがないとないとして、実質的なカミさんのユミちゃんにブチキレられるぞとガーランドの常識が叫ぶ。
「ハヤト。イリース金貨でいいかな」
「いつも使ってる銀貨で持っていったら重すぎるからな。いいだろ」
ユミが多量の金貨が入った革袋を持ってきた。
ハヤトはそれを持って冒険者ギルドに向かった。
どうやらユミはハヤトのことをよく理解しているらしい。
店長の暴走を支援しているのはこの子なんじゃないかなともガーランドは思ったが。
◆◆◆
しばらくして、ハヤトは丸太のようなタコ足とタコ焼き用の鉄板を持って、店に戻ってきた。
「凄い足だねえ」
「ああ、これでも足の一部なんだ。残りは港の倉庫に置いてきた」
チキータが興味深そうにハヤトが持ってきた食材を眺めている。
どうやらこの店のキッチンの戦力はガーランド一人になったようだ。
ハヤトは大鍋でタコ足を茹で始めた。
「茹でるとギュッと身がしまって美味くなると思うんだよなあ。少なくとも地球のタコはそうだった」
「茹で上がる間に刺身も食べてみたら? 私、引くね」
「サンキュー」
チキータがキッチンの戦力に戻るのはまだまだ先らしい。
「うん。刺身もなかなか」
「美味しいね」
「ガーランドさんにも食ってもらおう!」
「そうね」
ガーランドは客のために鍋を振るっている。手は離せない。
ハヤトはあーんしてあげた。
俺は仕事しているのになに考えてるんだ! せめて、せめて、ユミちゃんかチキータさんにあーんして欲しかったとガーランドは心の中で涙した。
「美味いですね。これがタコの刺身ですか」
ハヤトとチキータが顔を見合わせて納得する。
「イリース人のガーランドさんが美味いというなら」
「お店に出せるかもね。しゃぶしゃぶなんかにしても美味しそう」
どうやらガーランドの舌はかなり信頼されているらしい。
「そろそろ茹だってるかな」
「へ~真っ赤になるんだね」
「お、切った感触は弾力もなかなか。どれどれ」
ハヤトが茹でた魔物ダコの切り身を口に入れる。
「うん。こりゃいい。食感はブリンブリンだ! 味も上々! タコ焼きにぴったり!」
ハヤトは魔物ダコに納得がいったようだ。鍛冶屋に作ってもらった鉄板でタコ焼きを作り始めた。
ガーランドもやはり気になるが、店の料理を作るのが忙しすぎて見ている暇はない。チキータの反応を耳で聞いてるだけだった。
どうやらタコ焼きとは変わった形をしていて作る時の見た目も楽しめるらしい。
それはチキータが「凄い、凄い」とか「くるくる回して形を作るんだねえ」とか言っていることでわかる。
気になるが少しでも気を抜くと客を待たせることになる。
ガーランドはタコ焼きなる料理が成功して、早く店長とチキータさんがキッチンに復帰してくれないかと思いながら、試食の時を待っていた。
「はい。あーん」
やはり……また店長なのか……。
どうしてユミちゃんやチキータさんではないんだとはガーランド思ったが、小腹も減っていたし、タコ焼きという料理には興味があった。
きっとイリース人の舌としての感想を求められるだろう。あーんがユミでなくともガーランドは一生懸命に味わおうとした。
ん。粉物だな。表面は揚げたように焼き固められている。
周りには店長が作ったソースとマヨネーズとかいう調味料がかけられていて、噛むとじゅわっと中身が。
「あふい! あふあふ!(熱い! あつあつ!)」
ガーランドは野菜炒めの鍋を振りながら、お笑い芸人のように小躍りする。
「あ、すんません。ふーふーしたほうがよかった?」
「いぁ、だいひょうぶです」
ガーランドは口内を確実に火傷した。
ふーふーするのは流石にユミちゃんかチキータさんじゃなきゃ我慢できないと思いながらガーランドは感想を言った。
「これがタコ焼きですか。B級グルメなんでしょうけど美味いですねえ」
別にハヤトやチキータを早くホールに復帰させるためではない。
本心からそう思った。もう一個食べたいと思ったぐらいだ。
どうせハヤトのあーんとふーふーになるから要求はしなかったが。
ハヤトとチキータは納得したように頷き合っている。
「イリース人のガーランドさんも美味しいと思うか」
「ならお店にも出せるね」
「いやタコ焼きは焼くのに手間がかかるからクラスの友達とパーティーする時に使うだけだよ」
「そうなんだ~残念。私もっと食べたかったなあ」
「チキータもパーティーに来るといいよ」
「いいの? やったー!」
じゃあ俺はなんのために口のなかに火傷を負ったんだろうとガーランドは嘆いた。
まあ二人がキッチンに復帰してくれるなら多少のダメージは構わない。店に出すものでもないし、味が上々ならこれ以上はもうなにもないだろう。
「問題はさ」
「なにか問題があるの?」
雲行きが怪しくなってきた。
「タコ焼きの用の鉄板がゆがんでるから綺麗に丸くなんないんだよ」
「味はいいんだけどねえ。もっと丸いもんなの?」
「ああ、本来なら真ん丸さ」
別に楕円だって長方形だっていいじゃないですか! とは言えないガーランドだった。
言ったところでお天道様が許してもタコ焼きの歪みは許さないとか言い返されるに決まっている。
「そっか。他の鍛冶屋さんに頼むの?」
「いや。これでも街一番の鍛冶屋に頼んだんだ。鉄の加工技術が地球と比べてまだまだなんだろうな」
「どうするの?」
「俺に考えがある」
ハヤトがニヤリと笑った。
ガーランドは嫌な予感しかしなかった。
◆◆◆
ドワーフの国に旅立つ当日、ハヤトとユミは開店前に店に立ち寄った。
「そいじゃ行ってくるから店を頼んだぜ。必ず、最高のタコ焼き用鉄板を手に入れてくるぜ」
ユミとハヤトは完全に旅装だった。
ドワーフ国は遠い。まずは馬車で北東にあるゼルテア地方の都市ヒュルムに行く。ドワーフの国はその向こうにあった。
チキータはニコニコと二人を送り出した。
「はーい。気をつけてね」
ガーランドは泣きそうな声でいった。
「た、頼むから、なるべく早く帰ってきてくださいよ」
「そんなにかからないでしょ?」
「かかりますよー。ドワーフの国がどれだけ遠いと思ってるんですか。ゼルテアの向こうですよ」
ガーランドはかつて冒険者として諸国を旅していた。その彼が遠いというなら遠いのだろうとハヤトは思う。
だが、ハヤトはドワーフの国がどれだけ遠くても究極のたこ焼き用鉄板を手に入れるつもりだ。
ユミはハヤトとの旅行にウキウキだった。
「まあともかく行ってくる!」
イリース街を囲む街壁の近くにある馬車の停留所にいく。
店からさほど遠くないので、二人はすぐに停留所に辿り着いた。
バーン世界の人間社会は路線馬車というべき仕組みがあった。イリースの各地方に繋がる街道を馬車に乗って移動できる。7人乗りでウチ一人は護衛の冒険者が乗るのが義務だ。
ガーランドも安全な街道の護衛をたまに引き受けていたらしい。
「えーとゼルテア地方にいく馬車にはどれに乗ればいいのかなあ?」
馬車でゼルテア地方の都市ヒュルムまで行き、そこから歩いてドワーフの国を目指すわけだが、都市ヒュルムまでは遠すぎて直通便はない。まずはゼルテア地方の方面の村や町に行く馬車に乗らなくてはならない。
そして乗り継ぎ、乗り継ぎ、都市ヒュルムを目指すのだ。
「アレじゃない?」
「お、それっぽいな」
二人が楽しそうに馬車を探していると、楽しさが一欠片も感じられない声が後ろから聞こえてきた。
「お前らなにやってんだ?」
「「え?」」
西太一が気だるそうに二人を見ていた。
ハヤトが西に聞いた。
「お前、なにやってるの?」
「なにって……ドワーフの国にいくんだろ? チキータから聞いたぜ。まさか馬車で行くほどバカだったのか?」
ユミはこの瞬間、すべてを悟った。
「え? ひょっとして風の精霊でドワーフの国まで連れっててくれるのか?」
「俺も一緒にいくつもりだったんだけどな。帰るか」
「いやいやいや。待ってくれよ。西大先生。風の精霊で行けばドワーフの国なんかすぐだぜ!」
ハヤトはこれですぐに究極のたこ焼き用鉄板が作れると喜んでいたが、ユミはがっくりと項垂れていた。