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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第四章「異世界バーン秘史」
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77 ブラックアイスの手紙

 ハヤトが意識を取り戻した時にはS級料理人認定試験は終了してた。

 ハヤトとチキータの二人がトーナメント戦に勝ち残っていたが、ギルド本部の長老たちは二人をS級料理人と認定したのだ。

 合格してもハヤトの日常はさして変わらなかった。いつものように自分の店を回すだけだ……とはならなかった。


 ともかく客が増えて忙しくなってしまったのだ。

 戦闘職で体力のあるユミはともかく、ハヤトとガーランドとルシアはぶっ倒れそうだった。

 裏の料理人ギルドがどうしたなどという話は、その忙しさによって忘れ去られていた。


 そんな忙しさが二週間ほど続いた後、一度山に戻ったチキータがS級料理人になる手続きのためにギルドの本部に来て、ハヤトの店にも立ち寄った。

 ちなみにハヤトはS級になる手続きをすべて無視している。(だからまだ正確にはS級になっていない)

 チキータはハヤトの店の忙しさを見て提案した。


「しばらく、私もハヤトのお店を手伝おうか? 山からセビリダに引っ越そうかと思って引っ越し先を探しているんだ」

「マジか! そりゃ助かるぜ! じゃあ引っ越し先が見つかるまで俺んちに住めよ」


 ハヤトとユミが一線を超えるのが、また遠ざかったのはいうまでもない。

 そしてS級クラスの料理人が二人いるということで、ハヤトの店はさらに有名になってしまって客が増えた。

 高級路線にして客を絞れば良いのだが、ハヤトはポリシーとして大衆店にこだわった。

 ラーメン屋も早いうちに再開させねばならない。

 ハヤトは今日もヘロヘロになりながら店を回した。


「今日も疲れたぜ。客が多すぎだ」


 でも客が増えたのはS級の名声だけだろうか。客の舌はそれほど馬鹿ではない。


「俺、料理上手くなったよな」


 神殿の病室を退院して店に立った時、自分の料理の腕が以前とはまったく違うことに気がついた。

 そしてこの二週間の仕事中もさらに上達しようと努力している。

 あの少女から学んだことを自分のものにして、洗練させて、昇華させようとしているのだ。

 今度こそ彼女を救うために。

 店を閉じながらハヤトはつぶやいた。


「明日は早起きして神殿に行くかな」


◆◆◆


 翌日、ハヤトは早起きして神殿に来ていた。

 一人分の狭い病室のベッドの上に少女は寝ている。

 彼女は本当の名前すらわからない、いや、名前がないのだ。


「ブラックアイス……」


 ブラックアイスという名もS級試験で名乗っていただけだ。

 幸いというべきか彼女の顔は苦痛にゆがんでいない。

 最後にハヤトに笑いかけたあの時、そのままの顔で時が止まっている。

 死んでいるわけではない。


 ただ新陳代謝もないし、心臓も動かないし、呼吸もしないし、瞬きをすることもない。

 その代わりに毒も進行しないし、死ぬこともない。

 そして年すらとらない。文字通り、彼女の時は止まっていた。

 時魔術士の時田によれば、時田が死ぬか、術を解かなければ、永遠にこのままなのだという。


 ハヤトは少女から受け取った手紙を思い出していた。

 その手紙はユミが預かっていたもので、「もし私がハヤトに料理対決で負けたら渡してほしい」と言われていたらしい。

 彼女はハヤトに負ければ、こうなることが分かっていたのだろう。


 そして、おそらく……心のどこかでハヤトにわざと負けようとしていたのかもしれない。

実際にハヤトと戦う前にチキータに負けている。彼女の料理は勝とうとしている味であるとはハヤトには到底思えなかった。

 とにかく、少女の時が止まってしまったというこの状況で、その手紙を受け取ったハヤトは、裏のギルドの秘密など、重要なことが書かれているかもしれないと慌てて手紙を読んだ。

 だが手紙の内容はそういったものではなかったのだ。


――汚い字でごめんなさい。

――私が字をかけるようになったのは最近のことなのです。

――ハヤトも知っているアイスティア様から教わりました。

――アイスティア様を助けてあげてください。

――牧場に連れていってくれてありがとう。

――さようなら


 綺麗とは言えない字で小学生のような短文が書いてあるだけだった。

だが、それゆえに一生懸命さが伝わってくる。

 まるで誰かに食べさせようと初めて作った料理のように……。

 ハヤトは眠っている少女に話しかけた。


「今、ハリーさんが裏の料理人ギルドの情報を探してくれている」


 アレから、裏の料理人ギルドは消息をパッタリと断ってしまったらしい。

 もちろん大食魔帝の居所もわからない。

 裏はその首魁がハヤトと引き分けたことで求心力を失って崩壊するのではないかという楽観論もあった。

 しかし、ハヤトもハリーも、もちろんそうは考えていない。


「必ず解毒剤は手に入れるからよ。それまで頑張れよ」


 ハヤトはふとアイスティアのことも思い出す。

 目の前の少女はアイスティアのことを頼むと言った……だから呼び止めたのに……彼女は大食魔帝と消えてしまった。

 少なからず怒りを感じている。

 お前を慕っていたブラックアイスがこんなんなっちまってるんだぞと。

 だがハヤトは努めて優しい声を出して病室を出て行った。


「お前がよくなったらさ。また牧場に一緒に行ってハナコに会おうぜ。じゃあ、また来るからな」


 そろそろ店に行こうとハヤトは神殿の出口に向かって歩いていた。

 必ず大食魔帝を倒してブラックアイスを救う、そんなことを考えながら歩く。


「おい! ハヤト! ハヤトって!」

「え?」


 誰かに呼びかけられたことに気づく。

 西、赤原、吉田だった。


「よう! お前らか」

「ったく。呼びかけてるのによ」

「わりーわりー」


 三人は朝の授業があるため教室代わりの聖堂に向かっていた。

 ハヤトは三人に別れの挨拶をして、店に向かおうとしたが、それを赤原が止めた。


「ハヤト。ちょっと店を開くまで時間ないか?」

「え? まあちょっとだけなら」

「少し俺らと話そう」


 赤原が神殿の裏庭を親指でさした。


「でもお前らはそろそろ午前の授業があるんじゃねえの?」

「そんなもんサボったってなんの問題もない」

「そうか。じゃあ……」


 四人は裏庭に行った。

赤原は腕を組んでその場に立ち、西は神殿の壁に背をもたせ、吉田は芝生の上にあぐらをかいた。

 ハヤトは座るのにちょうどいい庭石の上に座る。

 吉田の適性職業は『軍師』だ。作戦立案能力を活かす職業で身体能力も魔法能力も低い。

 だが、吉田の立てる作戦はいつも複雑で実現が難しいものばかりで、採用されたことすらなかった。

 赤原はやはり例のS級試験の顛末、特に大食魔帝という謎の人物について聞きたかったらしい。

 ハヤトが一部始終を掻い摘んで話した。


「時田からも聞いていたけど、その大食魔帝ってのはとんでもねえ奴だな。俺がいけばよかったな。大食魔帝なんざ一発で倒してやったのによ」


 赤原の強がりに西がため息を吐いた。西はルークと対峙したこともあるため、裏の料理人ギルドの〝戦力〟も甘く見てはいない。


「お前じゃ従者のルークにも勝てねえかもしれねえぞ」

「なにを!?」


 吉田が二人を止める。


「おいおい、止めろ。でも大食魔帝ってのは、最近ハヤトの店で働いているチキータが竜になって炎のブレスを吐きかけても無傷だったんだろ? 清田のバカでもなきゃ勝てねえよ」


 ハヤトは皆に聞いた。


「勇者の清田だったら、ヤツに勝てると思うか?」


 西は静かに応えた。


「大食魔帝の強さはわかんねえけど、普通に考えればな。清田のバカさと強さは比例してるしな。とんでもなくバカな分、とんでもなく強い。勇者の能力スキルがまさかバカであればあるほど強くなるとは知らなかったが」


 能力スキルと聞いてハヤトはなにかが気にかかった。大食魔帝がハヤトと引き分けた時、能力を失ったわけではないと言ったのだ。

 考えがまとまる前に、西の皮肉を聞いて赤原が笑い声をあげた。


「ハハハ。じゃあ、なんの問題もないな。料理勝負になったら今度こそハヤトが倒せばいいし、喧嘩になったら清田にぶん殴らせればいい。そして解毒剤を頂いて裏ギルドとかいうのを潰す」


 単純な方法だったが、それ以外に方法はないなとハヤトも同意した。

 できれば清田ではなく自分の力でブラックアイスを助けたいとは思っているが。


「それにしても大食魔帝ってやつはよくわからないな。なぜ料理勝負に一回引き分けただけで逃げたんだ?」

「逃げた?」


 吉田が大食魔帝の印象を言った。ハヤトはそれに対して疑問を返す。


「だってそうだろうよ。そんなに強いなら料理対決に負けても、お前も他の料理人も力づくで殺せばいいじゃないか。八厨士とかいう奴は大食魔帝にとって殺しちゃダメなのかもしれないけど、それでも圧倒的に強いならさらってしまうとかやりようはある」


 吉田の言うとおりだとハヤト思う。


「それによ。その神の料理対決で大食魔帝が賭けていたのは解毒剤だけだったんだろ? そりゃ首領としてのメンツもかかってるかもしれんけど、そんなに動揺する必要があるか? お前との勝負で汗びっしょりだったって聞いてるぜ」


 ハヤトが意見を言おうと考えていると代わりに西も言った。


「大食魔帝はなにか秘密もありそうだな。確かに不自然なことが多い」


 西や吉田の疑問はもっともだった。


「創世神とかバーン八厨士ってのも気になる。どういう存在なんだ? ハリーさんはなんて言ってた?」

 西にそう聞かれるハヤトだったが、まったく聞いていなかった。

「いや、全然聞いてない」

「はあ? なんでだよ?」

「そういわれても……忙しかったこともあるし……あ、そういやS級料理人の手続きしてないからかな? なったら教えるとか言われたような」

「人に散々手伝わせといて、まだなってねえのかよ!」

「だって面倒だし。客が増えるばっかりなんだよ」

「ざけんなっ!」


 西が怒りだしたが、吉田が止めた。


「まあまあいいじゃんか。そんなことよりハヤトに頼みたいことがある」

「頼みたいこと?」

「たこ焼きが食いたい」


 吉田以外の三人が思った。

 こいつは急になにを言っているんだと。


「俺は元々、関西出身だからたこ焼きが食いたいんだよ。だからハヤトの店でたこ焼きパーティーをしてくれ」

「たこ焼きパーティー?」

「皆でやろうぜ」

「うーん。簡単に言ってくれるけどここはバーンだぜ。食材も調理道具もない」

「ほう。S級料理人になろうともいうハヤト大先生がたこ焼きを作れないとは。それとも美味しいたこ焼きを作る自信がないのかな?」

「ああ! できるに決まってるだろ」

「じゃあ頼むぜ」

「待ってろ!」


 ハヤトはドスドスと足音を立てて神殿の裏庭から去っていった。

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