74 ハヤト善戦
ハヤトと大食魔帝、その運命を決める料理が完成した。
『真料理バトル』は対決する二人の料理人がお互いの料理を食べあって勝敗が決する。
ハリーたちは料理については見ることしかできない。
「お寿司とは綺麗な料理なのですね……酢飯の上に乗っている食材がハヤトくんと大食魔帝では同じものもあれば違うものもありますが……」
ユミが観客席から調理場の寿司を見ようと目を細める。
「食材はネタというんですけど、ネタは無数にあるんです」
「なるほど。二人が共通しているネタは、ホワイトビネガーに漬けた鯖、イカ、カレイと思われる白身、煮たはまぐり」
さすがにハリーだった。寿司を知らなくても正確に食材を言い当てていく。これらの食材は異世界バーンでも日本と変わらない食材だった。
ユミもそれに倣った。
「ハヤトだけに使われているネタがウニかな。大食魔帝だけのネタは……エビなのかな。ちょっと変なエビだけど」
「シャコではないでしょうか。お寿司とやらのネタにシャコはありましたか?」
「は、はい! あると思います! シャコだ!」
ならば二人の勝負をわけるのはおそらくウニとシャコの寿司だろうとハリーは思う。
だが、大食魔帝が勝つとしか思えなかった勝負の結果がどうなるかは、もう見当もつかなかった。
◆◆◆
ハヤトと大食魔帝は互いに相手の寿司を見て直感した。
美味い! 食わなくてもわかる。
「小僧、褒めてやる。この時期に今まさに旬のものを選んできたな。バーンに転移してそれほど経ってもいないだろうに」
「俺がこの世界に転移してきたって知ってたのかよ」
「このワシが知らいでか」
なぜ大食魔帝は当然のようにハヤトが転移してきたと知っていたのだろうか。
そして、なぜ大食魔帝が寿司を知っているのか。ハヤトはバーンで寿司を見たことがなかった。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
「大食魔帝。デカイ面をしてるみたいだが、お前は今日、俺に負ける。もう肩で風を切って歩けないぞ」
「ふん。後で命乞いをしないといいがな」
そう言いながらも大食魔帝の顔に余裕はなかった。
「解毒剤は必ずもらう!」
大食魔帝はふところから瓶を取り出した。
ハヤトは解毒剤かと思う。
「これがワシの切り札だ」
「切り札?」
瓶から小皿に液体を注ぐ。
「醤油か!?」
ハヤトが叫ぶ。それは解毒剤ではなかった。ハヤトも知っている液体だ。
「ははは。悪いな。お前はきっと塩で寿司を食わせるのだろう?」
「いや……醤油なら俺にもある」
「なに!?」
お互いがバーン世界で醤油を持ちだしたことに驚いていた。
ただし、ハヤトはアイスティアに教わった時魔術で食品の発酵を進める技術が、裏のギルド由来であることは気がついている。
おそらく醤油の完成度は大食魔帝のほうが上だろう。
そう思いながら、遂にハヤトは大食魔帝の白身の魚の寿司に醤油をつけて食べた。
美味い! やはり、俺と同じように白身はカレイだとハヤトは思う。
しかも醤油の完成度は長年研究しているだろう大食魔帝のほうが遥か上をいっていた。
次にイカ、シメ鯖、煮蛤と食べていく。
「なんて美味さだ……」
ハヤトは我を忘れて食べそうになるのをなんとか堪える。しかし、最後のシャコを食べた時はやられたと思った。
それが顔に出ていたのだろう。
一方、大食魔帝はわずかに口角を上げて余裕を取り戻す。
異世界バーンのシャコは、名前は同じシャコでも日本のものより独特の甘みが強く、寿司ネタとしての弱点である水気が少なく身が引き締まっていた。
そもそもハヤトのバーンの食材の知識はまだ日が浅いのだ。
文献では学んでいても寿司のようなバーン世界にない料理は実際に作って試行錯誤しなければ本当にわからないことも多い。
それでもハヤトが、完璧だろう大食魔帝と五種中四種まで同じネタになったのは類まれなセンスによるものだった。
ただ、その時、既に異変は起きていた。
大食魔帝の目の前に並ぶ、寿司が一つも減っていないのだ。
『真料理バトル』には別にどちらか一方の寿司を食べ終わってから、一方が食べ終えるという決まりはない。
ハヤトも敵の首魁を前に焦っていて気が付かなかったが、どう考えても変だった。
「おい! 食えよ! まさか試合放棄とでも言うんじゃないだろうな?」
「調子に乗るなよ。小僧。試合放棄などするはずがなかろう」
大食魔帝は汗を流しながらやっとの思いで答えている。
「なら食えよ。鮮度を落とす作戦じゃないだろうな?」
「『真料理バトル』でそのような小賢しい策が通じるか。言われなくても今から食うわ」
大食魔帝もやはり白身魚から口にした。
「美味い……。ネタはやはり私と同じカレイか。この時期で今日、闘厨場にあったネタならこれしかあるまい」
意外というべきか、それとも敵の首魁として当然というべきか、大食魔帝はハヤトの寿司を絶賛した。
しかし、その顔はこわばっている。寿司を食べる前よりひどくなっていた。
大食魔帝はハヤトが食べた順番と同じように次はイカを口に入れた。あたかも寿司には神が定めた食べる順番があるかのようだった。
「美味い。私と同じアオリイカ。しかし、お前の寿司は小さいな」
確かにハヤトの寿司は大食魔帝のものより二回りは小さい寿司だった。
「私のほうが食べごたえがある。醤油も私の寿司のほうが優れている」
先ほどとは一転して、ハヤトの寿司の批判をはじめた。だが、あいかわらず、大食魔帝は苦しげな表情を見せる。汗も止まってはいない。
そして料理の他にも見るものがあった。
料理を作り終えた料理人の佇まいである。
ハヤトは堂々としていた。涼しげに敵である大食魔帝とその料理を見ていた。
裏のギルドの首魁、大食魔帝を相手にしても自信あり気に見える。
一方、大食魔帝は顔を歪め、さらに汗の量が増えていた。
あれは冷や汗なのではと会場の誰もが思う。
大食魔帝はシメ鯖、煮蛤とやはりハヤトと同じ順番で食べ進んでいった。
食べれば食べるほど、その顔は歪んでいく。もはや身体的な苦痛を感じているとしか思えないほどの表情だ。
汗は滝のように流れている。
会場も今や、料理のことというよりも大食魔帝の異変によってざわついているようだ。
大食魔帝を憎んでいるハヤトですら、思わず心配の声をかけそうになる。
代わりに料理の味を聞いた。
「おい! どうした! 俺の寿司が、美味いのか、不味いのか、なんとか言ってみやがれ!」
大食魔帝が顔を歪めながらハヤトを睨みつける。
だがハヤトも臆することない。
「どうだ! 美味すぎて声も出ないか!」
大食魔帝はふっと息を吐いて汗を拭いた。未だに辛そうだが、幾分、落ち着いたようだ。
「小僧……いや、ハヤトとか言ったか?」
「ああ」
「お前の寿司。いずれも見事なものだ。信じがたいことだが、このワシに勝ると劣らん」
大食魔帝の発言に会場が騒然となる。
「いったい、どういうことだ? 大食魔帝が変だ?」
「裏の大食魔帝がハヤトの料理が自分と変わらないと認めたぞ」
「確かに先ほどのハヤトの調理は見たこともない技術だったが、素晴らしかった。それでも大食魔帝が褒めるというのは……」
会場の騒乱のなかでも大食魔帝が声を発すると、その声を一言一句聞き漏らさんと会場は水を打ったように静かになった。
「シメ鯖。見事なシメ時間だ。酢飯との調和も完璧だった。煮蛤も同様。煮蛤については煮ツメを使うことで醤油の弱みを軽減もしていた」
大食魔帝のハヤトの料理評は絶賛だった。
「お、おう! そうだろう!」
逆にハヤトがそれに押されるほどだった。
大食魔帝がさらに畳み掛けるように問いかけた。
「お前の料理技術は……裏のものだろう?」
会場は再び騒然となった。
「ハ、ハヤトは裏ギルドの料理人だったのか? 確かに魔帝と同様の見たこともない技術を使っていたが」
「まさか……いや、しかし……」
「そんなことはあるまい。裏ならどうして大食魔帝と戦っている!」
ハヤトが笑う。
「ああ、そうさ。大食魔帝。お前人望ないんだな」
大食魔帝が人形のように眠るブラックアイスを見る。
「やはり影に教わったのか。裏切りものめ!」
「裏切ったのはアンタのほうさ。ブラックアイスはアンタのギルドも愛していたのに。俺に負けてから今まで選別した仲間たちに詫びろ!」
「抜かせ。ワシは料理を極めるために……今日も明日も屍を踏み越えていくのだ!」
大食魔帝が震える手でハヤトの最後の寿司であるウニを手に取る。
どちらの料理が美味かったか、対戦者同士が本心から決める『真料理バトル』では、必然すべての料理を食べ終えなくてはならない。
つまり大食魔帝がウニを食べれば勝敗が決まるのだ。
「結局はワシのシャコがお前のウニに勝ると信じている」
「自信あるんだな」
「ワシは大食魔帝だぞ! それにウニの寿司など聞いたこともないわ!」
これほどの寿司を作りながら、ウニの寿司を聞いたことがない?
ハヤトがそれを指摘する前に大食魔帝がウニを口に入れた。
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