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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第三章「風雲の料理人ギルドランク試験編」
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73 ハヤトVS大食魔帝

 闘厨場は騒然としていた。

 料理対決をはじめたハヤトと大食魔帝。

 怪我を追って倒れているビッテンの部下のメイドたち。

 チキータやシルビアが大食魔帝と戦って散らかった調理器具や施設の修理。

 料理人ギルドのスタッフが会場を駆け回っている。

 回復魔法を使えるスタッフはビッテンの部下のシルビアを治療していた。

 ハヤトの手の平も治療しようとしたが、ハヤトは拒否した。

 回復魔法をかけられると感覚がしばらくの間、微妙に失われるといって、代わりにユミが傷口を包帯で縛る。

 確かに回復魔法はしびれるような感覚になると表現するものもいる。

 手のひらを包丁で貫かれたのだから今でもかなりの痛みがあるはずだが、それでもハヤトは繊細な感覚を優先した。

 ハヤトは絶対に勝つ覚悟で大食魔帝に挑んでいる。

 だがハヤトと大食魔帝の調理を眺めているハリーはそうは思っていなかった。

 大食魔帝に勝てるかもしれないのは、この場にいない食帝を置いては他にいない。

 あるいは時を止められて眠っている少女ならば、ひょっとしたら勝てたかもしれない。

 だが、自分であってもビッテンでも大食魔帝に勝つことは難しいだろう。

 大食魔帝は真料理バトルでいつもバーンのどの料理人も考えたことのないようなオリジナリティ溢れる超絶料理を出してきた。

 その悪魔的な魅力に『真料理バトル』を挑んだ表の料理界の重鎮たちが次々に敗れていったのだ。

 チキータとユミがハリーの側にやって来た。チキータが聞いた。


「ハリーさん、知っていることを教えてくれませんか? 『真料理バトル』ってなんなんですか?」


 ハリーは眉間を手で押さえて重々しく語り始めた。


「表の料理人ギルドの協定で裏との戦いのことはS級料理人以外には話してはいけないことになっているのですが、チキータさんには話しても構わないかもしれませんね……いや、話すべきでしょう」


 ハリーは少し間を置いてから話を続けた。


「チキータさんは裏の料理人ギルドというものを知っていましたか?」

「はい。噂で少し」

「どんな噂を?」

「孤児を育て、ギルド内で料理勝負をさせて、劣ったほうを……」


 殺すとはブラックアイスが眠るそばでは言えなかった。


「私も同じように聞いています。だがもう一つ荒唐無稽ともいえる噂があります。それは裏のギルドが、いや大食魔帝がこのバーン世界の支配を目指しているという噂です」

「まさか……そんな……」


 まさに荒唐無稽な話だった。


「どうして料理人ギルドが世界を支配しようとしなきゃなんないんですか? いや本当にできるならしようとするかもしれないけど料理人ギルドが世界なんか征服できるわけがないよ」

「バーンには創世神に八つの料理を捧げたものは神の力を得るという伝説があるんです」


 チキータは目を見開く。

 その伝説はチキータも聞いたことがあったのだ。


「ひょっとして八厨士って」

「そう。神に捧げる料理を作る料理人こそ、バーン八厨士です」


 チキータとユミが絶句する。

 ユミが日本人らしい感想を言った。


「でも神様なんて本当にいるんですか?」 

「わかりません。でも存在すると見なさざるを得ない証拠はあります」

「なんですか?」

「今、ハヤトくんと大食魔帝がおこなっている『真料理バトル』です。本来、『真料理バトル』は八厨士の継承に使われます。八厨士の継承は、世襲でもなく、誰かによる指名でもありません」

「え? ひょっとしてつまり……」

「はい。『真料理バトル』は八厨士という立場を賭ける料理対決でもあります」


 ユミは首をかしげる。


「でもハヤトは八厨士でもないですし、解毒剤のために戦っているんじゃ」

「対決者同士が納得した場合は別に八厨士の継承権でなくてもいいのです。勝利者がなんでも要求することができます。例えば解毒剤の譲渡、相手の生命などというものでも……」


 ユミとチキータの顔から血の気が引く。

 ユミが反論をするような勢いで聞いた。


「で、でも……八厨士の継承とか目に見えないものはともかく、薬を寄越せとか命とか、反故にされたら終わりじゃないですか?」


 ユミの疑問は当然だった。

 仮に大食魔帝に勝ったとして、解毒剤の譲渡を履行させるというのだろうか。

 大食魔帝相手に力づくで約束を守らせるのはユミやチキータでも不可能だった。


「それがさっき言っていた神の存在があると見なさざるを得ないことなんです。『真料理バトル』で敗者が勝者に従わなかったことはないのです。負けたものの話によれば無意識に従ってしまったという話もあります」

「そんな、まさか……」

「いえ、本当なんです。それこそ、八厨士の権利から、勝者の奴隷になるという宣言、命そのもの、どんなことも実現されてしまった」


 ユミとチキータは絶句している。


「『真料理バトル』は神判の料理対決とも言われています。神の力でジャッジされる戦いなのです」


 ユミが涙声になる。


「そんな……もし……ハヤトが負けたら……」

「八厨士でもないハヤトくんが大食魔帝にどのような要求をされるのか」


 ハリーは前例を聞いたこともあったが、二人にはとても言えなかった。

 大食魔帝は敗者の命を望む場合もあれば、裏に一生の忠誠を誓わせる場合もあった。

 ユミが弓を引きしぼり、大食魔帝に照準を合わす。

 だが矢を放たれることはなかった。


「なんで? どうして? 体が勝手に。いや、弓を打つということが考えられなくなってしまう」

「これが『真料理バトル』です。神の力で公平性が守られた戦いなのです」


 今度はチキータが叫んだ。


「けど、判定はどうなるんですか? まさか神様が降臨して審査してくれるわけじゃないでしょ」

「真料理バトルの判定は戦った当人たちです。当人たちが自分と敵の料理を味わって、二人が本当に心の底で思った勝利者が勝利者になります。どんなに口で逆の意見を言っても無意味です」

「そんな……本当に神がいて、その力が発動しているというの……?」


 ユミが両手を地につけた。

 チキータが弱々しい声を出す。


「で、でもハヤトが『真料理バトル』に勝てれば……逆に解毒薬も手に入るんだよ」

「一度だけ大食魔帝の料理を食べたことがあります」


 ハリーが静かに言った。


「大食魔帝の料理を食べた者はブラックアイスの料理と同じ現象が起きたんですよ。チキータさん」

「え?」

「食べていることすら忘れさせる忘我ぼうがの味でした。自分が涙を流していることすらも気が付かずに、ただただひたすらに料理を食べるあの現象です」

「で、でも私はあの料理に勝てたよ」


 そう言ったチキータの声は蚊の泣くようにか細かった。

 この会場の人間でチキータとブラックアイスの朝食で本心からチキータの朝食料理が美味いと判断したのは、おそらくハヤトと大食魔帝しかいなかっただろう。

 ハリーは一切迷わずにブラックアイスの勝ちと判定した。

 ビッテンはチキータに投票したが、それはもちろん裏を勝たせんとするものだ。

 ハヤトがチキータに投票したのは、彼女の料理がハヤトにとっての根源ともいえる遠い故郷の味であったからだ。異世界の料理人であるチキータがユミとハヤトのためだけを思い描いて作った料理がハヤトを打った。

そしてハヤトは鋭敏にブラックアイスの料理に死の匂いを嗅ぎとったからに他ならない。

つまりチキータでさえ、誰か一人のために作った料理であることと敵失が重ならなければ、ブラックアイスの料理に勝つことはできないのだ。

 チキータもハヤトが大食魔帝に勝てる可能性はほぼないと思ってしまう。

 ハリーとチキータは話しながら消沈してしまった。

 料理人である二人はどう考えてもハヤトが勝つのは難しそうだと、料理対決を見ることも恐ろしくて辛かった。

 ところがユミはハヤトをしっかりと見つめていた。


「ねえ。ハヤトも大食魔帝もアレはなにを作っているのかな?」


 ハリーが顔を上げて恐る恐る二人の対決を見ると、まったく同じことをしていた。

 水蒸気があがる土鍋の火力を慎重に見ていた。


「あれは米を炊いているんですかね?」

「ですよね」


 ハリーの推測にユミが少し明るい声で同意した。

 『真料理バトル』は双方の納得で条件を付ける場合もある。


「ハヤトと大食魔帝はビネガーを使うとか言っていましたよね?」

「ええ。確かに」


 今回はビネガー(=酢)を使うことを条件としていたことをハリーも覚えている。


「やはり米のようですね。土鍋の火を止めて蒸らしに入ったようです」


 ただ、ハリーにはあれが米とわかってもビネガーを使った料理の想像もつかない。

 ハヤトも大食魔帝も同じ考えに至るということは、きっと尋常でない料理が出てくると思うだけだ。

 さらにハヤトと大食魔帝はほぼ同時に魚を捌きはじめた。


「ビネガー、米、魚……しかも二人共、青魚ですかね? いったいどんな料理を作る気なんでしょうか?」


 ハリーは首をかしげるが、ユミが今度は本当に明るい声を出した。


「やっぱりお寿司だ! ハヤトはお寿司を作ってるんだ!」

「お寿司? ユミさん、お寿司とは?」

「えっと、酢飯に色々な魚介類のお刺身なんかを乗せて食べる料理なんです」


 バーン世界の料理人のハリーは聞いたこともない料理だった。


「それはハヤトくんやユミさんがここに来る前に住んでいた……確かニホンの料理なのですか?」

「そうです」


 ハリーはそれを聞いて改めて対戦する二人の様子を見て思う。

 おかしい……。だが、凄い。


「大食魔帝の魚を捌く包丁は見たこともない不思議な技術です。ところがハヤトくんも同じ手法です……さらに驚くべきことに大食魔帝にまったく劣っていません」


 チキータも顔を上げて料理対決を見る。


「凄い……本当に見たこともない技術だけど……捌きにくい小さな青魚が次々に刺身になっていく」


 ユミがつぶやいた。


「大食魔帝が苦しそうな顔で汗を流しているよ」


 ハリーが観客席から身を乗り出した。


「そんな馬鹿な。……確かに汗を流している。どういうことでしょう?」


 誰も応えられなかった。

 そもそも、大食魔帝はその存在や行動に謎が多い。

 料理人にも関わらず、なぜこれほどまでの力を持っているのか?

 勝ったところで八厨士の権利を奪えないハヤトの『真料理バトル』の申し出を、なぜ受けたのか?

 万が一負けても解毒剤しか失うことがないだろう大食魔帝が、なぜ汗をかきながら苦しい顔で戦っているのだろうか?

 そして決定的なのは異世界人であるハズの大食魔帝がなぜ寿司を知っているのか? ということだった。

 それらの理由はわからない。

 だが、大食魔帝の様子からはハヤトとの勝負に余裕がないことは傍目からも見て取れる。

 ハヤトと大食魔帝の料理工程はほとんど一緒だった。そして、その技術が知らないものであっても、料理人であれば、技が拮抗しているのは見て取れたのだ。

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