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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第三章「風雲の料理人ギルドランク試験編」
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71 大食魔帝、現る

 ハリーの声で会場中に悲鳴に近いざわめきが巻き起こった。


「ワシも料理人ギルドの長なのだ。もう少し歓迎してくれてもいいだろうに」


 大食魔帝と言われた男は今にも死にそうな老人のようにも見える、一方、まだまだ活躍できる壮年の男性のようにも見える不気味な男だった。

 ただ、よく見れば間違いなく老人だった。


「あ、あいつが大食魔帝なのか!?」

「な、なにをしに来たんだ?」

「そんなことはどうでもいい。誰か捕らえるんだ!」


 ハリーに大食魔帝と言われた男の周りからは人が避けて空間ができていた。

 大食魔帝の近くにいるのは先ほどまではオスマルのギルドの長老の介添えのため、いると思われていた部下の二人だけだった。

 一部の人間が恐慌を起こしそうになった時、大食魔帝から父親のような太く優しい慈愛を感じる声が紡がれた。


「竜人の、チキータくんとか言ったか。君は良い料理人だな。とても美味しかったよ」


 一瞬、料理人ギルド本部に敵の首魁が乗り込んできたことを忘れてしまうような空気が流れる。

 チキータも反射的に口をもごもごと動かした。声になっていなかったが、ありがとうと言ったのかもしれない。

 恐慌を起こしかけていた人間も皆落ち着いた。大食魔帝の声にはそれほどの安心感があった。


「この料理は、そこの少年のために作ったのだろう?」


 大食魔帝はニッコリと微笑みながらブラックアイスに押し倒されて上半身だけを起こしているハヤトのほうに顔を向けた。

 ハヤトは驚愕する。

 ハヤトはもちろん、チキータの料理の意図がわかった。

 しかし、チキータがハヤトのために料理を作ったということをわかったのは、彼女の事情を知っているからだ。

 大食魔帝がそんなことを知っているはずがない。

 ハヤトを日本人であることを知っているはずがないし、チキータが日本人のための料理を作ったことも知るわけがないのだ。

 大食魔帝がこれまでも変装して会場に潜入していたり、あるいは密偵を忍ばせてハヤトやチキータの情報を得ていた可能性はある。

 だからといって話したこともない人間の料理の味から、それが話したこともない人間のために作られた料理だなどとわかるものなのだろうか? 

 ハヤトがそんなことを考えていると大食魔帝は再び好々爺のような優しい声を出した。


「料理を食べれば、作った人間のすべてがわかる。作った人間が優れているものか劣っているものか。ぜんなる人かしき人か」


 大食魔帝が話し終える。

 敵の首魁の独演会になっていたにもかかわらず、闘厨場は水を打ったように静まり返った。

 表ギルドの料理人たちは、後々戦うことになるだろう敵の情報を少しでも知ろうとしたのだろうか。

 いや、違う。

 ただ単に大食魔帝の言っていることを聞きたかったのだ。強引ともいうべき料理論を聞き続けたくなってしまうのだ。

 恍惚とした表情を浮かべる料理人までいた。

 しかし、大食魔帝に酔いかけた闘厨場でただ一人だけが反逆の声を挙げた。


「わかるわけねーだろ! 料理でそんなもんがわかってたまるかよ!」


 ハヤトだった。ブラックアイスを救うために負った手のひらの傷からボタボタと血を流している。

 顔色は青白かったが、大食魔帝を睨む眼光は鋭い。


「料理を使ってくだらねえことをしているクソ野郎はテメーだな!」


 激怒だった。昨日までハヤトは、裏のギルドが料理の腕が劣っているものを殺しているという選別の噂を話半分に聞いていた。

 しかし、今はブラックアイスが自害しようとしたのを目の当たりにしている。

 つまり事実だ! この大食魔帝という男は本当に孤児を集めて料理対決をさせて〝選別〟しているのだ。


「作った料理の味で人間が優れているとか劣っているとかわかるわけねえだろ! 善人とか悪人とか頭いかれてるんじゃねえか!」 


 ハヤトの激昂で呆けていた会場の料理人たちも少しずつ正気を戻したようだ。

大食魔帝を取り囲む。

 ユミも時田もチキータもハヤトの側に駆けつけて戦闘態勢をとった。

 ユミは少し前まで毎日のように魔王と戦うための訓練をしていた。時田は今も訓練している。騎士団所属の正騎士ですら二人にはもう敵わない。

 さらにチキータは巨大な竜の姿になることもできる。

 普通に考えれば、大食魔帝は進退窮まっているハズだった。

 それでも大食魔帝は好々爺の態度を崩さずに堂々と言い放った。


「不味い料理を作るものは劣っている悪人に決まっている」


 そのまったく揺るがない太く優しい声に激昂したハヤトでもさすがに言葉を失いかける。

 美味しい料理を作るものは優れている善人だと心のどこかで思ってしまう。

 ハヤトほど料理を愛していれば当然の心理かもしれない。実際にビッテンの料理を食べて人間性を知ろうとしたことだってある。

 だが悪党に不味い料理を作るものは、劣っていて悪人なのだ、と言われると否定するしかない。


「き、決まっている? そんなバカげたことを誰が決めた!?」


 大食魔帝が今までの好々爺然とした優しげな微笑みとは少し違う笑みを作る。


「神だ。バーンの神、創世神だよ」

「は、はぁ!?」


 和洋折衷のある意味で適当な宗教観を持つ日本人のハヤトは、急に神などと言われ素っ頓狂な声を上げてしまう。

 日本人のハヤトだけではなく、会場の他のものもそうだった。

 だがハリーやビッテンなど一部の幹部たちだけは、それを聞いて深刻な顔で冷や汗を流していた。


「ふっふっふ。君が驚くのも無理はない。半ば冗談だ」


 大食魔帝は笑う。ハヤトが冗談だとふざけるなと言ってやろうとした時だった。


「それでも、その料理がまこといつわりかぐらいはわかるぞ」


 好々爺が急にどこから出したのだという威圧感がある声を出す。

 いつわりという言葉にブラックアイスが反応する。

 ハヤトも気がついた。

 自分の足元に座り込むブラックアイスが震えていることに。

 震えというぐらいでは生ぬるいかもしれない。あたかも物理的なショックで痙攣しているかのようだった。

 ハヤトが慌てて膝をつき、ブラックアイスに呼びかける。


「お、おい! アイス、アイス、大丈夫か!?」


 ブラックアイスは返事代わりか、ハヤトの肩を握り返すがその力は弱々しい。

 そして大食魔帝は姿を現した時のような地獄の底から紡ぎだされるような声を出した。


「影が料理を極めたとか聞いたから来てみたが、なんだこの料理は……。三流料理人ならだませようが、死ぬつもりで作った料理など不味くて食えんわ」


 これが父親のような慈愛を感じさせる声を出していた人物だろうか。

気づけば、ユミもどこからか弓を取り出して構え、時田も食品の発酵の際に使う短い魔法用? の杖を取り出して戦闘態勢をとっていた。

 会場には料理人しかいないと思われたが、どこからか槍を持った衛兵も現れて大食魔帝を囲んだ。数は十五人を下らないだろう。


 逆に大食魔帝は従者を含めて三人しかいない。本人、顔まで鎧兜で覆った護衛の騎士、そしてやはり顔まで黒いベールで覆った多分女性だ。

 ブラックアイスの怯えようは尋常ではない。

 だがそれも終わりだ。

 ユミと時田は魔王を倒すためにバーンに召喚された戦力だ(本当はハヤトもそのハズなのだが)。

 ともかく、人間をはるかに超える大きさの凶暴な魔物モンスターを簡単に倒す実力者だ。

 今では正規の騎士団の騎士よりもずっと強いと聞いている。

 さすがに大食魔帝とかいう奴はここで捕まるだろう。


「これで料理人ギルド同士のバカバカしい抗争も終わるだろう」


 少しほっとしてハヤトはつぶやく。

 ところがユミが厳しい声で言った。


「ハヤトは後ろに下がって……」


 ユミの声があまりに真剣だったのでハヤトは無意識に二、三歩下がる。


「大食魔帝って強いのか」


 ユミがうなずく。同時に彼女の美しい横顔を汗の雫が流れる。

 確かに大食魔帝はまったく動じていない。そもそも数少ない従者を連れて敵の本拠地に乗り込んで来るような奴だ。

 しかし……ただの料理人だろとハヤトは思う。

 俺なんかスライムにすら勝てないと言われているのに。

 ともかくセビリダのギルドの料理人と大食魔帝との対峙は長く続いた。


「興が醒めたわ。帰るかな」


 永遠とも思われる一触即発の短い時間は急に弛緩した。

 大食魔帝がやる気なげに帰ろうかと言い出したのだ。

 まるで敵の本拠地である料理人ギルド本部が気軽に来ることができる遊び場のような言い振りだった。

 この場で大食魔帝を倒せば、料理人ギルドの幹部たちの長年の懸案も解決されるというのに「帰ろうか」という発言に、皆ほっとしているようだ。

 このまま帰すかよ、とハヤトは止めようとした。

 だが今度は大食魔帝に声をあげたのはハヤトだけではないようだ。

 二人の介添人、いや二人の従者を従えて去ろうとする大食魔帝を引き止める野太い声がした。


「待てよ。このままただで帰れると思っているのか?」


 大食魔帝たちの前に赤髪の長身の男が立ちはだかった。

 ビッテンだった。

明日も21時頃に投稿します!

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