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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第一章「炎の転移編」
7/99

07 新たなるステージへ ★挿絵あり

この話までで第一章「転移編」終了です。

挿絵(By みてみん)


 ハヤトの屋台は完全に軌道に乗っていた。雑談もするようなイリース人の常連ができると、前に売っていた白いスープの料理も売ってくれという話になり、粥までも売れはじめた。

 一週間経つと、ユミの休暇も終わってハヤトは一人で屋台を回すようになった。あれだけ暇だった屋台が忙しくなると人が減ってしまう。

 客とは勝手なものだが正直でもある。それが初めて客商売をしたハヤトの感想だった。

 ちなみに客の中で誰よりも勝手で正直な客は黒装束をまとっていた。

「せせり(首元の部位)。それとハツ(心臓)とねぎま」

「わかりました。おい! せせりとハツとねぎまだ」

 黒装束の少女の声を従者の騎士が復唱した。

「いや、だからルークを通して言わなくても聞こえているからね。それに結局はいつも全種類食っていくんだし」

「料理には食べる順番というものがある。素人が。と伝えろ」

「はっ。食べる順番というものがある。ど素人が」

「うるせー! それにどは付いてなかっただろうが!」

 驚くべきことに黒装束のお嬢様とその護衛と思われる騎士のルークは、毎日のようにハヤトの屋台に来ている。

「不味い。もう三ミリ炭火から焼き鳥を離して、二十二秒長く焼け。と伝えろ」

「はっ。不味い。もう三ミリ炭火から焼き鳥を離して、二十二秒長く焼け」

「だから直接聞こえるっちゅーの!」

 しかもこの勝手なことを言う客は褒めたことがない。細かい文句を言い続けるだけだ。

 だが言われていることはまったく外れているというわけでもない。好みの問題だろと思うことも多いが、悔しいが料理人としてよくわかる批判も含まれている。

「まあ。お前らさ。いつも食いにきてくれるのはありがたいんだけどそろそろ帰ってくれないとまた……」

 ハヤトはそろそろクラスメートのお昼休みになってしまうとハラハラしている。その度にアレがはじまるのだ。

 そう思ったそばから風切音が聞こえてくる。

 ルークが振り向きざまに剣を抜き、風切音の原因を斬る。二つに切断された棒状のものが地に落ちた。先端には鋭利な刃が付いている。

「来たな! 弓使い!」

 ルークが見つめた方向。はるか遠くの建物の屋上に豆粒ほどの人が見える。

そこから黒い点が青い空に次々と浮かぶ。黒い点はだんだん大きくなってルークに迫る。黒い点はもちろん矢だ。

 矢はものすごい勢いで次々に飛んでくるが、ルークは自分に向かってくる無数のそれを苦もなく剣で打ち落としていく。

 昨日の近接戦でルーク手強しと見たユミが、今日は遠距離戦で勝負をはじめたのだろう。

「面白ぇ!」 

 ルークはそう言ってユミがいる建物へ、矢を弾きながら走りだした。残ったのはお嬢様とハヤトである。ハヤトは溜息を吐いて言った。

「営業妨害はやめてくれませんかね?」

 黒装束のお嬢様は少し沈黙した後にハヤトに聞こえる声で言った。

「客に射かける店などあるかと伝えろ」

 静寂。すでに通い人も逃げ出している。焼けた鶏肉の脂が滴り落ちる。それが炭火に落ちる音だけが二人の耳を支配した。しばらくしてハヤトは静かに一本の焼き鳥を手に取る。

「……ねぎま、焼けたよ。今度こそバッチリ、文句は言わせねえ。涙が出るほどありがたいことにまわりが静かになったから集中できた」

 ハヤトは会心の焼き加減になったねぎまの串を黒装束のお嬢様に手渡そうとする。

「ちょ、直接、私に渡すのか。皿を使え。と伝えろ」

「皿に乗せたら完璧に焼き上げたのにわずかに冷えるだろ! そんなことをしたらお前に文句言われるだろうが!」

 ハヤトの屋台は、客も勝手なら店主も勝手だった。

「くっ、お前の言う通りだ」

 なぜか、お嬢様はエイリアンと接触する少年のように、焼き鳥を持つハヤトの手に慎重に自分の手を伸ばす。

 二人の手がわずかに触れ合った。

「キャアアアアアアアアァ!」

 その瞬間、絶叫が響き渡り。ハヤトの顎にお嬢様のビンタが飛んできた。

 最弱のハヤトはビンタをモロにくらってしまい、バレリーナのようにクルクル回転する。今度は皿を洗う水桶に頭から突っ込んでぶっ倒れる。

「お兄ちゃん以外の男に触っちゃったあああああああ! 汚いいいいいい!」

 朦朧とするハヤトに黒装束のお嬢様は訳のわからないことを言って走り去った。


◆◆◆

 焼き鳥屋をやっているはずなのに、なぜかハヤトの体は戦闘訓練を積んでいるクラスメートよりも日を追うごとにボロボロになっていった。しかしカネはドンドン貯まっていく。

 黒装束のお嬢様の支払いはいつも金貨だった。その場でお釣りを返そうとしても毎回騒動になって返せず、かと言ってまとめて返そうとしても受け取らない。そのせいもあって一ヶ月で一財産できてしまった。

 ある日の夜、ハヤトの部屋にはユミがいた。ユミから来たわけではない。ハヤトが呼んだのだ。

 ユミは部屋に来る前にいろいろと悩んで服装を選んだ。短めのスカートに黒いニーソ。ユミは自分のことを美少女だと自覚しているわけではないし、山登りで足についてしまった筋肉も恥ずかしかった。けれどハヤトが、クラスの男子たちと、女子のニーソが好きだとか、絶対領域がなんだとか会話していたことを知っている。

ユミは休み時間もぼっちだったから隣の席に集まる男子たちの会話をよく聞いていた。

 短めのスカートに黒いニーソという選択はもちろん間違ってはいない。ユミ本人は筋肉がつきすぎて恥ずかしいと思っているがそれは思い込みだろう。狭い部屋で二人きり、美少女の鍛えられた太ももに女性の脂肪がうっすらとついた足を見たら、我慢できなくなるのが健康な男子高校生だ。相手が料理バカのハヤトでなければ。

 今、ハヤトは焼き鳥屋で得たカネを積み上げてユミの前で笑っている。金貨は小さなラーメンどんぶりに一杯ぐらいあった。

「ひ~ひっひ。もう店舗を借りるどころかちっちゃいのなら買えちゃうんじゃないか? 屋台も風情があっていいけど卒業だな」

 ユミは期待が外れた溜息を吐いた後に、それでも心から思っていることを言った。

「ハヤトくんは本当に凄いね」

「なにが? お前のほうがTUEEEEEEじゃんか?」

「私は別に……召喚されて団長さんに戦えって言われたからそれに従っているだけで。他にできることもないし」

 ハヤトはそれを聞くと情けない顔をした。

「俺はそれすらできないんだけどな」

「いやそうじゃないよ。ハヤトくんは立派だよ。異世界で自分のお店まで持っちゃいそうなんだから。私、本当に尊敬してるよ」

 ハヤトは照れて笑った。

「まあ料理だけはちょっとはね。でもさ」

 ハヤトは積み上げたカネの半分をユミのほうに押し出した。

「屋台がうまくいったのは、立ち上げのときからユミが一生懸命に手伝ってくれたからだよ。今日はこれを受け取ってもらうために部屋に呼んだんだ」

「え? う、受け取れないよ。こんなの。私は実践訓練のときに魔物から手に入る素材を神殿が引き取ってくれて、お金あるしさ」

 ユミがそう言うとハヤトはすぐにカネを引っ込めた。引っ込めるの早すぎとユミはズッコケそうになった。

「実はユミはそう言って受け取ってくれないと思っていたんだ。だからどうしたらお礼ができるかって考えてさ」

「え? お礼?」

「それで思いついたのがさ。店は俺とユミの店ってことにしたらどうかなって。もちろん普段は俺が店を回すんだけどさ。ユミがもし魔王軍と戦うことが辛くなったり、騎士団にいることが嫌になったら、いつでも俺と一緒に店ができるようにと思ってさ。こいつはそのために使わせてもらうよ」

 ユミは思う。

 ああ、ハヤトはバカだ。私の愛すべき料理バカ。ユミはハヤトの胸を押してベッドに倒し、覆いかぶさった。

「お、おい……。ユミ、なんだよ? やっぱカネを払ったほうがよかったのか?」

 彼に受け入れられるか、受け入れられないか。今、ユミの頭からはいつも葛藤していた思いが消えている。なにも考えずとも体が勝手に動いた。

「か、顔が近いって。そんなに怒らんでも……」

 ユミの唇とハヤトの唇。その距離、数センチ。

「おめでとおおおおおおおおおおお!」

 そのとき、ハヤトの部屋の扉が勢いよく開いてクラスメートがどっと入ってきた。

 中の様子を見て明るい顔をしていたクラスメートは凍りつく。

 赤原がなんとかヘラヘラとした声を絞りだすが、それでも普段の調子ではない。

「ア、アハハ、ハヤトが自分の店を持つって聞いたから時間のあるクラスメート集めて祝いにきてやったんだが、お邪魔だったみたいだな。またな」

 それを皮切りにクラスメートは散っていった。

「ご、ごめんね。ユミ。葛城くん」

「ハ、ハハハ。悪いな。悪気はなかったんだよ」

 ハヤトは帰ろうとするクラスメートに助けてくれといったように手を伸ばす。一人だけ帰らない清田が叫んだ。

「なんだなんだ! 友達甲斐のない奴らだな! 葛城の出店祝いだというのにアレだけでもう帰るのか。俺はもっと祝ってやるぞ!」

 ハヤトはベッドから転がり出て、ユミから隠れるように清田の後ろに回り込む。

 ユミは今にも泣かんばかりに目を潤ませた。

第一章「転移編」終了です。次話から「食堂編」に入ります。


次話からクラスメート、団長、お嬢様と騎士などが変わるばんこに訪れる人情食堂ものをしつつ、バーン世界の料理人が何故料理バトルで戦うのか段々明らかになっていく。そんな展開にする予定です。

料理バトル編はもう少し先になりそうです。


第一章を終わりまで読んでいただいて誠にありがとうございました。

よろしくお願い申しあげます。


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