59 料理賢人の考え
ハヤトとロウは二人でビッテンの店を出た。
街は既に夜の帳が落ちている。
ビッテンが最後に言った言葉を思い出す。
「Bリーグ第七試合の判定員には俺自身を捩じ込んだ。ハリーは〝味だけ〟で判断するだろうが、俺は〝総合的〟に判定する。つまり君かロウ氏が決断すれば、食の世界の問題が一つ解決される」
ハヤトにはもやもやするものもあったが、もうビッテンを責めるつもりはなかった。
「世界の〝食〟を守るか。そんなこと考えたこともなかったよ」
「まあどの業界でも力を持つ者はそれだけの責任が発生するものだ」
ロウの言わんとすることは、ハヤトにもわかるが……。
「そうかもしれないけどよ。なんで料理人の業界が世界の大問題を解決しようとしているのよ」
「別に料理人だけではないかもしれんぞ」
「え?」
「それぞれの業界が見えないところでなにかと戦っているかもしれん。料理界だけが問題を捨て置けば、笑いものになる」
なるほど。そんな考え方もあるかもしれない。
「で、ロウは料理のできにかかわらず、チキータに投票するのか?」
「それは難しいところだな。正直、迷っておる」
ハヤトは少し考えてから言った。
「……俺は料理界の話とか聞かされても、きっと美味いほうに投票しちまうんだろう」
ロウはそれを聞くと少し笑った。牙にビクッとするハヤト。
「ははは。ハヤトらしいな。しかし……」
ロウは急に真面目な顔になる。真面目な顔になれば牙も見えない。ケモミミは生えているが立派な美人だった。
「ならば勝てよ」
ハヤトはなんのことかわからなかった。
「勝てよって?」
「決勝のブラックアイスにだ」
「あっ!」
ブラックアイスが勝ち上がってくれば、対戦するのはハヤトかロウだ。その状況に気がつくハヤト。
「決勝戦がチキータとの対戦ならば、S級認定はかかっていても親善試合で済むが、ブラックアイスとの戦いだったら表と裏の代理戦争になる」
「そうなるのか……いや、そうなるんだろうな」
「だから私はやはり勝てる時に勝つことにするかもしれん」
ロウはブラックアイスとの戦いを裏との代理戦争と捉え、料理界の未来を考えていた。自分の考えとは違っても、ロウの考えはハヤトを感心させた。
「お前って賢いんだな」
「料理賢人と伊達に呼ばれてないぞ。しかし、少し照れるな」
ハヤトは自慢気なロウを見て少し笑った。
賢人という呼び名は獣人に〝しては〟、という意味ではないだろうか? と、ハヤトは思う。自分で賢人と言うなど、いい意味でも悪い意味でも素直すぎる。
まあ普通に考えれば料理について詳しいという意味で料理賢人と言われているのだろう。
地球の感覚では賢い人は本心を秘するようなイメージがあるが、ロウは素直だ。獣人だからかもしれない。
「ところでお前はなんでワシを見ると時たまビクビクするんだ?」
バレていたのか。自分もあまり本心を秘することができるタイプではなかったことをハヤトは思い出す。動揺を隠せない。
「あ、いや」
話さないほうがいいこともある。
「なんだ歯切れが悪い。まあいいわ。私の宿はこっちだ」
帰路はここで分かれるようだ。ハヤトが「じゃあ」と挨拶をすると、ロウは返事代わりに笑顔で別れの挨拶をした。
その瞬間、ハヤトはやはりビクッとしてしまう。
それを見てロウは顔色を変える。
「あ~わかったぞ! お前、私の牙が怖いんだな!」
「いやいや、そんなことないって!」
「乙女に無礼な奴め! こうしてくれるわ!」
ロウはハヤトに飛びかかって押し倒した。
ハヤトの上に乗ったロウは手から爪を出し、牙が並ぶ大口を開けた。
「おい! ちょっとヤダ! やめて!」
ロウにとっては怖がられたことに対する意趣返し交じりの冗談だったのだが、本格的なホラーになってしまった。
「フフフ。女にビビる臆病者には決勝は任せられんな。やはり私が勝つしかない」
ハヤトは頭をかじられる。
「ギャー!」
ロウは甘噛みのつもりなのだろうが少し血も出ていた。
通行人に見られたら完全に人狼に襲われた市民に思われただろう。
完全にトラウマになった。
◆◆◆
次の日、ハヤトは早朝から西と街の外に向かっていった。
「だから言っただろ? 料理人のギルドはなんかきな臭いってよ」
西はブラックアイスと話して以来、度々ハヤトに忠告していたが、信じはしなかった。
「いやでもまさか料理の業界が、そんなわけのわからないことに首を突っ込んでいるなんて思わないじゃないか?」
「神の力を受け継ぐか」
「伝説ってだけだ。嘘かもわからねえ」
「いや、ここは精霊もいるバーンだ」
西は前方を楽しそうに舞うフェアリーを指差した。
「確かにそうだな。日本ってか地球とは勝手が違いそうだ」
「少なくとも可能性はあるし、神の力を受け継ぐとか本気で信じている奴らもいるってことだ」
三人は牧場に着く。今度は西も油断していない。
「よう。お前、また来たのか。ハヤトも」
ルークが気さくに話しかけてきた。
「お前のおかげで助かったぜ。なんか俺を運んでくれたらしいな」
「ああ、そうだ。でも俺よりアイツに感謝しろよ。アイツが俺に頼んだんだ」
ルークは顎で黒装束の少女を指し示した。
少女は寝そべった子牛を撫でていた。完全に慣れきっているようだ。
「そうなのか。じゃあ礼を言ってくるけどいいか?」
「構わないぜ。お前だけならな。精霊術士のチビはここにいろ」
西がルークを睨みつける。
「どういうことだ?」
「どうしてかは知らないが、必ずアイツを守れと司令が出た。ハヤトは構わないが、お前は近づくな」
「てめえに指図されたくねえよ」
西が攻撃的な魔力を集めはじめる。ルークは笑顔のままだが、剣の柄に手をかけた。
ハヤトが慌てて止めに入る。
「まあまあまあ……俺は雑魚だから安心で、西は強いから心配だってことだろ?」
「そういうことだ」
西が「チッ」と攻撃的な魔力を四散させると、ルークも柄から手を離した。
「ともかく俺は行ってくるぜ」
「ああ、早く行ってやれよ。喜ぶぜ」
ハヤトは小走りでその場を離れてブラックアイスのほうに向かった。
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