58 一流料理人の使命
「俺にはよくわからないけど、ブラックアイスは質の悪い料理人ギルドに所属しているってことか?」
ビッテンがうなずく。
「ハヤトくんの想像よりはるかに程度が悪いと思うが、その認識で正しい」
「そこまではなんとなくわかったけど……神の力とかバーン世界の食を守るとか、それはどういうことだ?」
「なにも知らんのか? 君も料理店を経営しているんだろう?」
「経営しているけど知らねえよ……」
ビッテンは、噂ぐらい聞いたことがあるだろうとたずね返したが、日本から召喚されているハヤトは本当になにも知らないのだ。
「裏料理人ギルドは盗賊や魔法犯罪者など、日の当たる場所では生きられない料理人たちの小さな集まりに過ぎなかった。彼らは表の料理人ギルドには入れなかったからな」
ロウが話に割って入った。
「そういう意味では本来の意味での組合というか相互扶助組織だな」
日本の利権を囲い込むその手の組織よりマシなんじゃないかとハヤトは思ってしまう。
「そうだ。闇社会の人間たちとはいえ、ある種の秩序を作っていた。もちろん裏のギルドが表のギルドに抗争をしかけてくるなどということもなかった」
なるほど。ならず者でもなんの秩序もなければ生きられないだろう。
「だがある時、裏のギルドは性質を一変させた。大食魔帝という一人の男の存在によって」
大食魔帝……ハヤトも何度か聞いたことがあったような気がする。
「大食魔帝は超絶な料理技術を持つ料理人を育て、各国の貴族や有力者にお抱えの料理人を送り込んだ。貴族や有力者たちはこぞって裏の料理人を雇い入れた」
「なぜ? 悪党なんだろう?」
ロウが呆れる。
「悪党が、自分は悪党だ、などと言うか?」
「そりゃそうだ……」
「それに大食魔帝はともかく、裏ギルドのメンバーは自分が悪党などと思っていまい」
「へ?」
「裏料理人ギルドは生きられなくなった孤児を育てるらしい。その孤児を集めて子供の時から厳しい料理の訓練をさせているようだ。子供たちは外の世界を知らない」
「なんだって? どこの孤児を?」
「孤児などどこにでもおるわ。イリースは少ないほうだがな」
剣と魔法の中世文化レベルの世界。亜人種との戦争も多い。
確かに孤児はいくらでもいるだろう。
「!」
ハヤトはブラックアイスがそんなようなことを言っていたことを思い出す。子供のころからギルドで料理の訓練ばかりしていたと。
それでもハヤトはブラックアイスをかばいたくなった。それがハヤトという少年だった。
「でもよ……それっていい話じゃねえか? 生きられなくなった孤児を育てるんだろ? 厳しく教えるのだって手に職を与えてやるためじゃないのか? その職が俺たちの目指す料理人っていうならなおさらだろ……」
ロウは重々しく話を続けた。
「裏のギルドが受け入れる孤児の数は多いが、各国の有力者に送られる成長した料理人の数は少ない」
「どういうことだ?」
「裏のギルド内での料理バトルで選別がおこなわれているという噂もある」
「選別? 選別って……もしかして……おい、まさか……嘘だろう?」
ロウもビッテンもメイドもなにも答えない。沈黙するだけだ。
「あっ……」
ハヤトはブラックアイスとの会話をまた思い出す。ブラックアイスは牧場でこう言っていた。施設には姉妹もいたと。皆がいたころは楽しかったと。
「どうした?」
顔色を一変させたハヤトをロウは心配そうにのぞき込む。
「いや……別に……」
「顔が真っ青じゃぞ」
「なんでそんなクズ共の存在が許されてるんだよ」
「クズか……クズでも選別していても……一部の孤児を救っていることは事実だ。優秀な料理人を輩出しているしな」
「!?」
ハヤトの感覚は日本人のものだろう。
実際、有力者からは裏のギルドは優秀な料理人を輩出する機関と思われているだけだ。裏ギルドの慈善的な意味合いも、犯罪的な意味合いも、どちらもさして意識されていない。
表の料理人ギルドですらそうだった。
もちろん、裏のやり方を苦々しくは思っていたが、孤児の人権問題を考えるほどバーンの人間社会は発達していない。
ここまで腕を組んで黙っていたビッテンだったが、やっと語りはじめた。
「これまでの裏のギルドのあり方はロウの説明で十分だろう。そして問題はそれだけではなくなった……大食魔帝の真の狙いは創世神の力を受け継ぐことにある」
ハヤトは意味がまるでわからない。
「大食魔帝ってのは裏のギルドの首領なんだよな? 創世神の力を受け継ぐっていうのはなんのことだ?」
「すまんが……表と裏の戦いについては、S級料理人以上でないとギルドの協定で話すことができないのだ。ここまでは俺の独断で話している」
「なんだそれ!?」
「ともかく表と裏のギルドは代表者が常に戦っている。料理バトルでな……」
「料理バトルってS級試験でおこなわれているアレか?」
「うむ。そうだ。S級試験は裏ギルドと戦うための戦士を選出する場でもある」
料理の腕を単純に見るだけならば、同じ課題の料理を一斉に作って出来栄えを見たほうが、効率はいい。
まさか試験の料理対決で勝ち上がっていくスタイルに、そんな意味が含まれていたとはハヤトは考えもつかなかった。
「つまりハヤトくんが裏と戦うならS級になるしかない」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。どうして俺がそんなことをしなくちゃならないんだよ……?」
ビッテンがそれを聞いて笑った。
「今までの話を聞いてなにも感じない料理人なら、ハリーの口から君の名が頻繁に出ることはないはずだ」
「え?」
突然ハリーの名前が出てきたことに、ハヤトは驚く。
「正直に言うと我々は裏に押されている。イリースをはじめとした国家の力も借りられる状況にない。料理界の不始末は我々で解決せねばならん」
ビッテンの声は決意に満ちていた。
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