57 裏のない料理
「ちょっと待て。お前ら試験の判定になにか変なことを持ち込むつもりか?」
「変なことではない。Bリーグの決勝、第七試合の判定ではチキータくんに投票して欲しい」
「話にならない! 汚え話は聞かなかったことにする! 俺は帰るぜ!」
ハヤトが席を立って出ていこうとすると、メイドに道を阻まれた。
「どけっ!」
「ビッテンは……意味なく……そのような話を持ちかける人間ではありません」
ハヤトは言い返そうとしたが、目の前の少女の真摯な目に気圧された感があって、なにも言えなかった。
「まあハヤト。座ったらどうだ。こんな話をする男の作る料理を食ってみるのも悪くなかろう」
ロウがそう諭した。いつもの牙が見える笑顔ではない。真面目な美人顔だった。
確かにビッテンの料理には興味はある。うわべの味はいいが、その下にはどす黒いものが流れているに違いない。
「前菜だけは食う」
ハヤトは席に座った。
料理を食えば、作った人間がわかる。実際にはそんなことはないのだが、ハヤトのポリシーだった。
「そうだな。ハヤトくんには先に言えと言われたから言ったが、やはり食事も出さずに話をするのが無粋だったんだ。頼む」
ビッテンがそう言うと、メイドは「はい」と答えて料理の給仕をはじめた。
「ホタテの貝柱のコンフィだ」
コンフィというのは低温の油で煮る調理法だ。
そのコンフィで加熱された貝柱を白い皿の上に盛り付け、異世界の果物を使った赤いソースがかかっていた。香りづけのコリアンダーの緑も添えられ、目にも鮮やかである。
「ほう。さすがにビッテン氏の料理。見た目からして違うの」
ロウが感嘆の声を上げた。少しだけ牙が見えていた。
「食ってみなければ、味はわからないけどな。いただくぜ」
「どうぞ」
ビッテンは笑っている。
ハヤトは貝柱を一口大に切って口に入れた。
見た目は確かに綺麗な高級料理だ。だが、どす黒いものがあれば、その味を隠すことはできないぞとハヤトは思う。
「な?」
美味い。しかも繊細な味だった。コンフィによって低温で熱を通された貝柱は、生のような食感もありながら旨味は最高に引き出されている。
ソースはやや酸味があるソース。コリアンダーの香りとあいまって食欲をそそった。
ハヤトは貝柱を噛み締めて、料理のどこかにどす黒い味がないか探す。
結論は……見つけられない。
前菜として最高の出来だと認めざるを得ない。
なぜそうと思うのか? 見た目が美しく酸味と香りで食欲を増す前菜で、客にこれからのコース料理を美味しく食べさせるという、もてなしの心に満ちていた。
もし、そのもてなしの心に黒い作為があるならば、料理のどこかに必ず出てしまうというのがハヤトの持論だ。
つまりハヤトに言わせれば、この料理には真心があるということになる。
「どうだい? 俺の料理は?」
ビッテンが料理の感想を求めた。
「さすがはS級のビッテン氏」
ロウが唸る。
「ビッテンさんはS級なのか……前菜は美味かったですよ。文句をつけてやろうと食ったんですけど、なにも見つけられない」
「ハハハ。次のサラダも食べるかい?」
◆◆◆
結局ハヤトはビッテンのコース料理をすべて食べてしまった。
はじめは批判的に食べていたのだが、そのうちそれすらも忘れて料理を楽しんでいた。
ついでにチキータに投票しろという話も忘れて、出された料理についての会話に花が咲いていた。
ハヤトは食後の紅茶と洋菓子を食べながら、ようやく重要なことを思い出した。
「あっ」
「どうした?」
「……美味いものを食わされても、そんなことはできませんよ」
ロウが呆れる。
「お前、忘れてたのか? そりゃ美味そうに食うわけだわ」
「忘れてたよ」
先ほどまでは笑顔だったビッテンが真面目な顔になる。
「話ぐらいは聞いてくれるかね?」
「ま、まあ……」
ハヤトもそう答えざるを得ない雰囲気になっていた。ビッテンからはなにか威圧感というか意志のようなものも感じられる。
「今日のコース料理、どう思う?」
「ともかく美味しかったのと……」
「のと?」
「その……驚きました。繊細な料理が多くて」
ビッテンの豪放な印象とは異なる繊細な料理だった。
「私も同じ感想だな。大胆かつ繊細な料理だが、特に繊細さのほうが強調されていた」
「ふむ。では二人はこの料理に点数をつけるなら?」
ハヤトとロウは顔を見合わせる。
「100点ですね」
「同じく……100点」
ハヤトは嘘偽りのない点数を言った。
最高の料理には違いない。
「ハハハ。ありがとう。だがこの料理をブラックアイスの料理と比べたらどうかね?」
「……」
ハヤトもロウもそう言われると困ってしまう。ビッテンの料理は完璧な料理だが、ブラックアイスの料理は次元が違った。
いや、二人は料理を食べている時からそれを問われていた。
ビッテンの料理の〝繊細さ〟は、ブラックアイスの料理の〝優しさ〟を明らかに意識していた。
「ビッテンさんの料理は確かに満点だけど」
「そう……彼女の料理は満点とか100点とか、そういうことを超越していた」
二人はなにも言えない。その通りだと思うだけだ。
「あの料理こそ全料理人が目指すところ……だが問題は裏料理人ギルドからそれが出てしまったことだ。神の力を手に入れんとする大食魔帝が率いるな」
は、はあ? 裏料理人ギルド? 大食魔帝? ハヤトはブラックアイスの至高の料理を食べた記憶もあいまって、雲の上、天の頂の話をしている気分でいたが、急に地上に落とされた気がした。
裏料理人ギルドってなにさ?
ところがビッテンもロウもメイドですらも大真面目な顔をしていた。
「え? え? みんな知ってるの? その裏ギルドとか大食魔帝って? 料理人ギルドのどっかの支部とかじゃないの?」
あまりにも話がぶっ飛んでいたので、ハヤトは小さい声でしか聞けなかった。
ビッテンとロウには聞こえなかったようだ。
「うむ……S級試験でチキータに投票するかどうかはともかく……神の力が手に入るという伝説は本当だったのか」
「わからん……わからんが、実際に大食魔帝は神の力の一部を得たとしか思えない強さらしい。そうでなくても裏のギルドに料理界の主権を握らせるわけにはいかない。バーンの食を守るものとしてな」
ハヤトは二人の言っている意味がまるでわからなかった。
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