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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第三章「風雲の料理人ギルドランク試験編」
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閑話 元冒険者と元先生

 俺が世話になっている『ハヤトの店』は給料だけはとてもいい。

 普通の給料の他に、なぜか午後5時を過ぎるとザンギョー代とかいうカネも出た。

 先月は普通の給料とザンギョー代を合わせると月給が137万イェンもあった。

 これってA級の冒険者が月々に稼ぐカネを平均したよりも、あるんじゃないだろうか?

 ちなみに『ハヤトの店』と言っているが、本当は『Kindly』という店名もある。少なくともイリース地方では誰々の店とかどこどこの食堂ということが多いのだが、店長の故郷は店に固有の名前をつけていたらしい。

だから誰からもそう呼ばれてないが、レストランと書いてある看板の端に小さく『Kindly』と書いてある。

 それは店長の故郷の国の同盟国の言葉で『優しい』とかそんな意味らしい。


「わざわざ、そんな同盟国の言葉なんか使わないで故郷の言葉をそのまま使ったらいいじゃないっすか? 書いてある場所も小さくてよくわかんないし」

「いや、その……ユミ(優美)の名前の意味が……」

「ユミちゃんの名前の意味?」

「故郷の言葉で優しくて美しいって意味なんですよね。だから直接だとなんかさ。いや……たまたまかぶってるだけっすよ」


 なるほど。そういうことか。

 若者は初々しくていいなとその時は思ったものだ。

 しかし……『Kindly』は従業員には全然、優しくなかった。

 給料はいいのだが、とにかく忙しいのだ。

 特に店長が料理人のランクの認定試験とかいうのに出てからはひどすぎた。

 毎朝9時には店に入って仕込みをして、帰れるのは夜の12時ぐらいになる。

 いや……試験の噂が広まっているのか客が増え続けて、朝の8時には仕込みをはじめるために店に入らないとランチに間に合わないし、深夜の2時とか3時まで片付けをしないと帰れなくなっている。

 仕事が終わると疲れて立てなくなっていることもあるほどだ。

 ちなみに給仕をしているユミちゃんはまったく平気のようだ。

 ユミちゃんは適職がレア戦闘職らしいから、俺とは比べ物にならないぐらい体力があるのかもしれない。

 俺なんか適職を調べたこともない。

 どうせ『村人A』とか『どこにでもいる普通のオッサン』とかそういうのだと思う。

 いや『どこにでもいる普通以下のオッサン』かもしれない。

 実際、超底辺の冒険者をしていたわけだし。冒険者とか超死にやすいヤクザな職業だしね。

 だから俺を高給で働かせてくれていることには感謝しているけど、いくらなんでも忙しすぎる。

 俺は店長に泣きついて従業員を増やしてもらうように何度も頼んだが、面接を通る志望者はまれだった。


「アイツは料理の姿勢がなってねえ!」

「いや……でも、とりあえず誰でもいいから入れてみましょうよ」

「ガーランドさんの半分、いや十分の一でもデキる人が来てくれるといいんだけど」


 店長はいつもそんなことを言っては面接者を追い払っていた。その場では悪い気はしないのだが、忙しさは一向に改善されない。

 辛うじて面接に通っても給料が出るまで保つ人がいない。一回でも給料が出るまで我慢できれば、カネの力で耐えられるかもしれないが、耐えられた新顔はルシアしかいなかった。

 しかしルシアは基本的にバー要員なので、俺の忙しさはあまり変わらなかった。

 それどころかバーのほうもやはり少しは手伝わないとならないので、忙しさが増したぐらいだった。

 そして、なにより客層が最悪だった。

 店長の知り合いのガキども(特にトキダ、除くアイちゃん)、早くラーメン店を再開しろとうるさいドワーフ、店長の知り合いだとかいう美人のエルフ、そして俺になにかと絡んでくる……ガキどもから先生とかタエちゃんと呼ばれている女政治家。

 ヤツらは平然とイレギュラーな注文ばかりしてくるのだ。

 怒って追い返したいが、店長の知り合いだとそうもいかないし、ユミちゃんがその注文を受けてきてしまう。

 それを聞かないと、なんらかの暴力沙汰になることまである。

 俺の体力と精神は限界に近かった。


◆◆◆


 朝の仕込みを終えた。現在の時刻は10時30分。11時の開店前に朝食をとる。


「今日も地獄がはじまるのか……朝食はアレにしよう」


 食欲がない時にいいよ、と店長に教えてもらったウメチャヅケを食うためにお湯を沸かす。

 冒険者だったころは各地を回る度に、安くて美味しい店を見つけて、孤独にグルメをすることだけが俺の趣味だった。

 それなのに今は、カネはあってもウメチャヅケのような軽くてサッパリしたものしか喉を通らない。


「いただきます」


 やはり店長に教えてもらった食べる前の挨拶をする。その時。

――ジュージュー。

 目の前のウメチャヅケを食そうとすると、その隣に熱い鉄板の上に載せられた分厚いビフテキがドンッと置かれた。

 濃厚そうなソースと肉の脂によってテカテカと光っている。

 きっと滅茶苦茶重くてコッテリしていることだろう。軽くてサッパリとは正反対だ。

 顔を上げるとユミちゃんがニッコリと笑っていた。

 おそらく、そんなもの食べてないで肉を食って元気を出せということだろう。いや……間違いなくそうだ。ユミちゃんもニコニコ顔で朝から肉を頬張っているのだから。

 俺は軽いものが食いたかった。それにあと20分ぐらいで店を開けなくてはならない。こんな分厚いステーキなんて食えないよ。

 もちろん善意のユミちゃんにはそんなことは言えなかった。俺は肉を頬張る。


「美味しいよ……ありがとう」


 ユミちゃんは満足したように笑顔でうなずいている。

 俺は厨房で料理を作りはじめる前から気持ち悪くなっていた。


◆◆◆


 15時ごろ、この時間になると少し手が空く。

 俺は自分の胃の中にあったビフテキを消化させながら、なんとか客のランチタイムをやり過ごした。

 毎日、綱渡り感がある。


「お昼は本当に軽いものでいいや」


 俺はやはり店長に教えてもらったウメオニギリを厨房でパクつこうとした。


「はい」


 可愛らしい声が聞こえるとともに、目の前にカツサンドが置かれた。カツは挟んであるパンよりも三倍は分厚い。

 ユミちゃんがニコニコと微笑んでいた。


「美味しいよ……」


 この笑顔を見ると拒否することはやはりできない。

 17時ぐらいになるとディナーの客が来る。

 胃もたれの中で、麺ばかり頼むドワーフや野菜ばかり頼むエルフの注文を片付けていく。

 時間は20時。最後に来たモンスターは先生だった。この客は故郷のツマミを注文しながら酒を飲んで絡んでくる。

 メニューにあるツマミならいいが、要求してくるものはだいたいない。昔、住んでいた世界のツマミらしい。

 どんなツマミか聞いて俺が作るしかない。

 そしてこっちは忙しいのにツマミの感想を聞かせようとするのだ。しかも段々料理の感想とは関係ない愚痴になっていく。


「官僚どもが女の私を邪魔しようとして情報を隠すのよ。ひっく」


 今日は特にそれがひどかった。

 まあいい。明日は店の定休日だ。この愚痴を聞ききれば閉店時間も近い。

 明日は一日中、寝てやるぞ!


「あっそういえば、ひっく。明日はこの店休みなんだっけ?」

「そうですよ」


 そうだ。明日は定休日。アンタの愚痴も聞かなくて済む。


「じゃあ、ガーランドさん。私、美味しい店知っているから一緒に行こう」


 な、なんだって。休日の明日ははぐっすりと寝たいんだ。

 その時、ユミちゃんが空いた食器を片付けに来る。


「あ、いいですね。ガーランドさんと先生は仲良いですからね。発散してきてください」


 ユミちゃんがにっこりと笑う。

 俺は断れそうになかった。

ちょっと遅れてしまいました。

0:01~は賢者の転生実験のほうを更新するかもしれません。

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