54 職人料理と家庭料理
Aリーグの第六試合、ハルトライン対ロウの戦いは、ダイコンおろしドレッシングの辛味のなかにスライムの甘みを隠し味に使ったサラダでロウが勝利をおさめた。
Bリーグではついにオーベルンとブラックアイスが激突する。
受験者、試験管の誰もが胸の内でブラックアイスが優勝候補の筆頭だと思っていたが、ここに来て彼女の不調や不可解な食材選定など、なにかが起こりそうな気配を会場の誰もが感じていた。
先に料理を供したのはオーベルンで、イリース水牛を使ったコース料理だった。
前菜、サラダからはじまりスープと続く。どうやら地球のフランス料理のフルコースに近い組み立てらしい。そして当然、すべての料理に条件のイリース水牛が使われていた。
フルコースでは供される魚料理はさすがになかったが、ソルベ(シャーベット)も出された。
フランス料理のフルコースでは魚料理の後に口直しのソルベ(シャーベット)がメイン料理の前に出されることがある。
このソルベすら条件であるイリース水牛が使われているはずだとハヤトはあたりをつける。しかしソルベ(シャーベット)なんかのどこにどうやってイリース水牛を使ったのだろうか。
ハヤトはソルベ(シャーベット)を口のなかに入れる。氷の粒が溶けるとまろやかな甘味が口のなかに広がった。
「これはイリース水牛の牛乳!?」
ハヤトが推測したように、まろやかな甘味の正体はイリース水牛の牛乳!だった。
オーベルンは肉用種であるイリース水牛の肉を中心にコースを組み立て、ここで牛乳までも使用したのだ。
「そうだ。イリース水牛の牛乳だ。私も助手に会場の外から牛乳を用意させたのだ」
このソルベによって、牛乳〝しか〟使えないブラックアイスは、さらに不利になることが間違いなかった。
フルコースだとソルベの後はメインの肉料理になるのが通常だ。それこそオーベルンの真骨頂の料理が出るに違いないと会場の誰もが思う。
――ところがオーベルンがここで出してきた料理は以前も本戦で供されたことがあり、なおかつブラックアイスのそれには及ばなかったイリース水牛のローストビーフだった。
「イリース水牛のローストビーフだ」
この戦いではブラックアイスは肉を使わないということだから、ローストビーフを提供することはないとはいえ、印象としてはあまりよくない。
判定人のハヤトたちからそのような空気がもれたのだろうか。オーベルンは自信あり気に言った。
「食べてみればわかる」
ハヤトはその言葉に大きくうなずき、肉片を口にした。
「な!? 前回のオーベルンのローストビーフより……はるかに美味え……」
驚くべきはその焼き加減だった。肉の外側は香ばしさをわずかに醸す程度に、中は脂肪を溶かすギリギリの温度で焼き上げ、一口噛みしめるだけで肉汁が溢れ出す。
「これは凄い。そもそも竃を使ったローストビーフは火の通り加減を完璧にするのは難しいのです。それは竃の中の火も水牛の肉も同じものは一つとしてないからです」
「にかかわらず……(このローストビーフはなぜここまで完璧なのだ?)」
そうつぶやかずにはいられない火の通りだったのだ。
「簡単さ。私は会場にあるイリース水牛の肉でローストビーフに適している肉をすべて使った。ブラックアイスは肉を使わないとのことだったし、さすが本部が誇る闘厨場だ。竃はいくらでもあったからな」
オーベルンがなにかにかぶせてあった布を外すと、焼き上げたローストビーフが無数に現れた。
会場に最上の食材が用意されていた利を使い、ローストビーフを無数に焼き上げていたのだ。
きっとどのローストビーフも最上に近い焼き加減だろう。
だが今、判定人に供されたローストビーフはその中でもベストオブベストの焼き加減だ。
「こと焼き加減という点においては、これに勝るローストビーフは存在し得ないかもしれませんね」
バーン世界において一線級の料理人であるハリーですらもそう評した。
オーベルンはコース料理の終了を宣言した。
「本来、フルコースであれば、この後にフルーツやデザートが出る。しかし私のフルコースはここでシメとしたい。味の余韻を楽しんでもらいたいからな」
その終了宣言とともに、観戦席で試食していた幹部たちからもざわめくような感嘆の声が聞こえてくる。
おそらく判定人に提供されたものよりは劣るであろうローストビーフでも、それほどの力があったのだ。
チキータが小さくうなずく。
「これなら勝てるよ。ブラックアイスでもこの料理を超えることはできない」
「……チキータ……」
チキータの言っていることは、ハヤトでもさすがにおかしいと思う。これはチキータとブラックアイスの対決ではないはずなのに。
けれど戦いの時は止められない。ブラックアイスの料理もハヤトたち判定人の前に並んだ。
◆◆◆
ブラックアイスの料理は、オーベルンの豪華絢爛なコース料理とは対照的な二品だった。
「チーズフォンデュとホワイトシチューだ」
誰でも見ればわかる料理だった。その料理を配膳するブラックアイスは、また体調が悪いかのような様子を見せていた。
本当のところはわからないが、ひょっとしてあのローストビーフが影響したのだろうか。
声をかけてやりたいけれど、判定人の自分が一方の対戦者を気遣うことなどできない。
ハリーとチキータも、この料理とブラックアイスの様子を見て何かを感じるところがあるようだ。
それでも今は、一見してプロが作ったとわかるコース料理と対照的な、一般の家庭でも出てきそうな、ありふれた料理を食べて、その判定をくだすしかない。
三人はブラックアイスの料理を静かに口に入れた。
次回は0:01~ごろ更新の予定です。
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すぐに活動報告で発表しようと思います。