51 ゆさぶられる料理人魂
ビッテンは満足気に口元を拭った。
「ハヤトくん。餃子も中華丼も本当に美味しかったよ。チキータくんの付け合せのスープも」
「お粗末様です」
「お粗末なんてとんでもない。今度、作り方を詳しく教えてくれないかな」
「いいですよ。ってか今教えますよ! 餃子はですね~」
チキータはハヤトほどビッテンと気楽に話すことはできなかった。
「私のスープを教えるのは遠慮させてください」
チキータの反応を見て、ハヤトが小声で話しかける。
相変わらず、ハヤトの小声はあまり小さな声になっていないので、ビッテンに丸聞こえではあるが。
「なんでだよ?」
「だってビッテンさんはチェーン展開をしている料理店の総裁なんだよ。教えたらその料理はすぐに〝オリジナル〟じゃなくなっちゃう」
ハヤトは地球の料理を自分だけのものにしたいなどという気持ちは皆無だ。
むしろこの世界の料理人にも作ってもらって、美味しい料理が広まって欲しいと思っている。
「そうなのか? そりゃありがたいな。この世界でも餃子が流行ってくれるなら俺としちゃ万々歳だぜ」
「もう!」
チキータもハヤトがそういう人だということは重々承知していて、その上で好いている。
けれども、そのハヤトの料理に対しての純粋な気持ちが、もし利用されて傷ついたらと心配してしまうのだ。
こうして話している分にはビッテンは好漢だが、店舗の拡大については常に強引という噂がつきまとっていることをチキータは警戒している。
「ハヤトくん。もしよかったらウチの傘下に入らないか? ウチの店は黒い外装しててな。見た目もカッコイイぞ。今もドンドン進出している」
「いやあ、チェーンは遠慮しときますよ」
「そうか。残念だな」
ハヤトは気軽に断るが、ビッテンも笑顔だった。その反応にチキータはほっとする。
「ところでハヤトくん。チキータくん」
「はい。なんですか?」
「この試験の判定方法についてなんだが、どう思う?」
ビッテンが急に真面目な顔になって話題を変えてきた。
「どう思う……ですか? まあ受験者の料理が食えて楽しいです」
相変わらずハヤトの答えは気楽なものだった。
「ハハハ。そういうこともあるな。確かに楽しい判定方法だ。しかし、この判定方法は不正が入りやすいと思わないか?」
「不正ですか?」
ハヤトはそう言われても気がつかないようだが、チキータはビクッとする。
思い当たるフシがあったのだろう。
「受験者が受験者の料理を判定するのだ。強敵を負けさせれば、自分に有利ではないか?」
「ははは。ないないない! そんなのないっすよ! 美味いほうを美味いって言うに決まってるじゃないですか。それが料理人ですよ」
ハヤトは笑って答えるが、チキータは固まっている。
「もちろん私は受験者が皆ハヤトくんのように考えていると信じているよ。有利になるからといって自分の舌に嘘をつくなど褒められた行為ではない」
「そうですね。そんな奴は最低だ!」
ハヤトはビッテンの言葉に大きくうなずいている。
「しかし……だよ。ハヤトくん。S級料理人試験がここまで進めば、勝ち残った料理人の技術は、もう極まっていると言っていい。後は好みの問題ではないかね?」
それについてはハヤトは少し同意しかねた。
「う~ん。まあそういうこともありますかね。後はお好みで判定なんて時も。多分、どこかに差は出ることのほうが多いとは思いますけど」
ビッテンは少し間を空けて言った。
「例えば、今、イリース水牛の下ごしらえをしているオーベルン氏。彼の料理の技術をどう思う?」
ハヤトは心の底から言った。
「凄いですよ。技術だけで見れば俺よりも上だと思います」
「ハヤトくんも素晴らしいが、そう……オーベルン氏も凄い。共に極まっているという意味で対戦者のブラックアイスくんと同等だろう」
ハヤトはここで、ん? と思う。確かにオーベルンは凄いが、ブラックアイスと比べれば下だと思う。
けれどもそれを口にすれば、自分のことはともかくオーベルンを否定することになるのであえて言わなかった。ハヤトは料理以外は滅茶苦茶だが、料理に関する思いやりは強くある。
この時、ずっと黙っていたチキータが反応した。
「そうですよね。オーベルンさんもブラックアイスもどちらも凄い技術だから差は出ないかも」
え? とハヤトは心の中で声を上げる。確かにオーベルンも凄いが、今までの調理の技とできあがった料理を見れば、ブラックアイスが優っていることに疑いはない。
「うむ。だが審査は厳正にね。じゃあハヤトくん、今度ウチの本店にぜひ来てくれたまえ」
ビッテンは去っていった。
少ししてからハヤトはチキータに聞いた。
「チキータ。差は出ないかもって言ってたけど、やはりブラックアイスのほうが料理の技術自体は上なんじゃないか?」
「ブラックアイスもなんだか調子悪そうだったじゃない。オーベルンさんが勝つことも十分にあり得るよ。それに料理の味は技術だけではないはずでしょ? ブラックアイスは肉を使わないみたいだし」
「……そうかもしれないけど」
「ハヤトはブラックアイスと仲良くなりすぎて勝負の判定を間違わないでよね」
そう言われて判定は、もう俺とチキータとハリーさん次第なのだとハヤトはやっと気づく。
もちろんハヤトはハリーとチキータの舌を全面的に信じている。
食べれば正しい判定をしてくれるはずだと。
だがハヤトはチキータの乙女心はわかっていなかった。
チキータはブラックアイスに勝たなければ、ハヤトと一緒にいることができないと思っているし、決勝で戦うという約束を果たすこともできないのだ。
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