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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第一章「炎の転移編」
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05 料理長の呟き

 ハヤトたちの住む神殿騎士団の寮はイリース国の首都セビリダにある。港にも近く、市場では魚介類も豊富に扱っている。また牧畜も盛んなので食材はバラエティに富んでいる。バーン世界の人間はセビリダを食都とも呼んでいた。

 セビリダの中央広場の一角では食料品の朝市が開かれる。家畜の肉はそうでもないが野菜や果物、魚介類は朝一にいかないといいものから売り切れてしまう。

 ハヤトはすでに神殿の厨房の先輩と何回か食材を仕入れにきていたから、そのことを知っていた。もちろん今は朝一だ。

「うわー凄いね」

 ユミは声をあげた。見たことない色とりどりの野菜や果物、まだ生きて泳いでいるかのような魚介類、解体もされてない動物の肉など、他にも様々な加工品がコーナーごとに並んでいる。

「俺からはなれるなよ」

 物だけでなく人の往来も激しい。食材を買い付けにきた食料品店の店員や料理人は真剣だから邪魔をしたら殴られても文句は言えない。今日からはハヤトもその一員としてユミにそのことを伝える。

「うん。わかった。でも怖いから握っていい?」

 なにを握るのかとハヤトが思っているとユミはハヤトのシャツの裾を握った。少し照れ臭かったがはぐれなくていい。

「あ、ああ。そのほうがいいかも」

 しかし照れている場合ではない。

 とりあえずハヤトが真っ先に向かったのは魚介類コーナーだった。なぜなら新鮮な魚介類の競争が一番激しいからだ。

 とりあえず神殿の食堂が食材を仕入れる際に付き合いのある店にいく。ハヤトがお使いで知り合いになった魚屋のオッサンは今日もいるようだ。

「あ”い”~ら”っしゃい”~、ら”っしゃい”~」

 この手の業界の人間がダミ声で商売するのは地球も異世界も変わらないらしい。あらゆる世界の共通方言のようなものなのだろうか。オッサンはハヤトを見るなり声をかけた。

「お”う”! ハヤトか~。今日は神殿から頼まれている魚なんかあったかな?」

「おはようございまっす! 今日はそうじゃないんだよね」

「今日は違う?」

「あの……はじめまして」

 ユミが俺の背に隠れながらオッサンに挨拶する。

「おま、ひょっとして市場にデートしにきてるんじゃねえだろうな? 邪魔だ!」

「ちげーよ!」

 ハヤトは食い物を売る屋台をするという腹案を話した。

「ほう。面白えじゃねえか。ウチの商品だったらなんでも売れまくるぜ!」

 オッサンが言うほど楽ではないだろうが、景気のいい言葉が気持ちいい。さて今日はどんなものが並んでいるのか。ユミが商品を指さす。

「ねねね。イカやタコもあるよ。イカ焼き、たこ焼き……」

 屋台の王道だなとハヤトは思う。しかしイカ焼きは難しいかもしれない。イリースは温暖な気候だ。今日は天気もいい。たこ焼きなら具材のタコは先に茹でておけば一日ぐらいは持つかもしれないが、イカは傷んでしまうかもしれない。

 たこ焼きもそれ用の鉄板が異世界にあるとは思えないし、ソースを仕込むのに数ヶ月かかることに思い至った。

「イカ焼きも渋くていいけどな。この気候だし露店じゃ傷むしな」

「私が氷雪系魔法を使えればいいんだけどね。風と水魔法なら使えるんだけど」

 氷雪系魔法は水魔法とは違うんかいと思ったが残念ながら違うらしい。水魔法と温度調節はあまり関係ないらしい。言われてみればそうだ。

「いつか加工品としてイカの塩辛を売ってもいいかも。イカがあれば後は基本塩だけで作れるし。でも今は屋台の材料だ」

 やはり魚介の生鮮品を扱うのは難しいかなあ。ハヤトが考え込んでいると、ユミはオッサンと楽しそうに話し込んでいた。ハヤトはユミに対して人見知りじゃなかったのかよと思う。

 どうやら食い意地のはっているユミは、いろんな魚をあれもこれもと聞いているようだ。オッサンはデレデレ顔で説明している。

 屋台で出すには、やはり傷んでしまうことが気になるからまた今度と去ろうとすると、オッサンはなにも買っていないのにスープに入れると美味いという魚の干物をサービスしてくれた。明らかにハヤトにではなくユミに。

「イカ焼き食べたかったなあ~」

「俺も個人的にはものすごく食いたいけど、当面は冷凍設備のない屋台でも大丈夫なものじゃないと」

「でもオジサン優しいね。干物いっぱい貰っちゃったよ」

 仕事の邪魔すんじゃねえっていうオッサンの最初の態度はなんだったんだろうか。幻想ファンタジーだったんだろうか。

 ハヤトは深く考えずに野菜の店が集まっているコーナーに向かった。

「凄い。赤とか黄色の原色の野菜がたくさんあるよ」

「コレはパプリカみたいだぞ。日本でも売られているよ」

 パプリカは乾燥粉末を香辛料としても使うが、生のままだと赤や黄色の原色の野菜だ。南欧の料理などによく使われる。

 パプリカは地球にもある野菜だが、市場には見たこともないバーン世界独特の野菜も数多くあった。

 見た目はパセリのようだが柚子のような香りを放つ野菜をハヤトは見つけた。面白いなと思い、手に取って香りを楽しんでいるとユミの叫びが聞こえた。

「あああああああ。葛城くん。これええええ!」

 何事かと思い慌ててユミに近づくと麻袋があり、中には……。

「こ、これは! 米なのか!?」

「そうだよね。やっぱりそうだよね!」

 イリース国の主食はパンだった。ハヤトもユミも異世界に来てから一度も米を食べていない。

 どんな食材でも美味しく食べられるというランキングがあるとしたら、二人は2年B組で上から数えて一番と二番だろう。もちろんパンも美味しく食べていた。

その二人でも、また米を食べることができる魅力には抗えない。

 米を見てはしゃいでいると、売り子のおばさんは親切に教えてくれた。

「それは南方の国で採れる穀物だよ。煮て食べるんだけど、匂いがあって私はどうも好きじゃないんだよね」

「いやそれは精米してないからだよ。これはもみ殻を取っただけの玄米だから糠臭いんだよ」

 ハヤトがバーン世界にも米があったんだなと思いながら答えると、おばさんは納得した顔で言った。

「精米? アンタたちは肌の色が黄色いし南方の人なのね。この穀物の美味しい食べ方を知っているんだね」

 イリース人は地球で言えばほとんどが白人系の人種で、黄色人種は少なかった。おばさんの話からバーン世界の南方の国では黄色人種が多い国もあって、米を食べるらしいことがわかる。

「お米は絶対に買わないとダメだよね!」

「ああ。なにがなくても米だな。そうだ! 魚の干物からイメージに合った出汁が取れれば」

 ハヤトはある料理を思いつく。あの料理なら材料が腐る心配もない。下ごしらえをしていけば屋台でも売りやすそうだぞ。実際に地球の中国ではあの料理は屋台で出されている。

「おばちゃん! 米とコレ頂戴!」


◆◆◆

 朝市から騎士団寮に戻ったハヤトとユミは、庭で屋台で出す試作品を作っていた。厨房は通常の業務があるので使うのはためらわれたからだ。

 この料理は外でも比較的簡単に作ることができる。まずハヤトがやったことは魚屋のオッサンにもらった干物を焚き火で軽く炙ることだった。

「ちょっと炙ったほうがいい出汁が出るからね」

「へ~そうなんだ」

 その炙った干物を煮立たせた鍋に投入する。少ししてからスープの味見をする。

「うーん。この白身魚。やっぱり鯛によく似た出汁が出るよ。これならイメージ通りのものが作れそうだ」

「そう。よかった」

 ここまでは簡単だ。しかし一番手間がかかる精米がまだまだ残っている。すり鉢に米を入れて大きめのすり棒でひたすらつくという単純作業である。

 この料理の試作品をなんとか昼食前に間に合わせたい。かといって精米が甘いと味が落ちる。ハヤトとユミは二人で一生懸命についた。

 二人は朝ご飯もパンをかじる程度に済ませて精米し続けている。その甲斐もあって、昼食の時間になる少し前にやっと終わらせることができた。

「なんとか精米は間に合ったね」

「ああ、ユミは少し休んだら料理を試食するのにピッタリな奴らを呼んできてくれ。俺は最後の仕上げをやっているから」

 ユミはうなずいてその場から離れると、ユミがいなくなってからハヤトは料理の仕上げにとりかかった。

「よし! 完成! 早速、試食してみるか」

ハヤトが試食してみると、完成した料理はイメージ通りで文句なく美味い。精米もうまくいって糠臭さもない。ちょうどユミが戻ってきた。

「清田くんと赤原くんに伝えたよ」

 なるほど、人見知りのユミは皆に伝えたんじゃなくて実践訓練でパーティーを組んでいる清田と赤原に伝えたんだなとハヤトは思った。あの二人に言えば全員に伝わるだろう。

「ありがとう。試作品ができたからユミも食ってみろよ」

 うんうんと首を縦にふるユミにそれを出した。

「美味しい……凄く優しくて上品な味……」

「だろ~、この干物から出たスープが鯛に似ていて想像以上に美味くなったよ。名付けて……」

 ハヤトが料理名を言おうとするとバカでかい声が聞こえた。

「葛城~、なんでも昼食前に俺たちに美味いものを食わせてくれるそうじゃないか!」

 清田が元2年B組の男子生徒たちを引き連れてやってきた。赤原は少し遅れて女子生徒たちを連れてやってきた。これも想像通りだ。

 清田がどれどれと鍋を覗き見る。

「こ、こいつは米じゃないか!? 粥か!?」

 それを聞いて赤原が言った。

「米? マジかよ! この世界に米なんかあったんか。超食いたいけどお前って屋台やるんだよな。粥売るの?」

「そうだよ。中国の田舎では屋台で粥を売っていて、朝は皆それ食っているんだぞ。火をかけていれば腐らないし、その場での調理はいらないからすぐに提供できるだろ?」

「へ~なるほどな。味付けはどうなっているの?」

「まあ食ってみろよ」

 ハヤトとユミはお粥を皆によそう。作業中のハヤトに最初によそってやった清田が、居住まいを正していただきますを言うのがチラッと目に入る。礼儀正しい奴だとハヤトは感心したが、その数秒後。

「美味い!!!」

 というバカでかい叫びと「清田、口から米が飛んでるぞ」という西太一の非難が聞こえてきた。清田は礼儀正しいのか? 正しくないのか?

「なんでこんなに少ないんだ。もっとくれ!」

 やはり悪いようだ。清田は無視してクラスメートの評判に耳を傾ける。

「米ありがてーなー。オートミールとかパンばっかりは辛かったんだよ」

「美味しいね~。魚の出汁もしっかり効いているしよ」

「ほんのり柚子っぽい香りがするのもいいよねえ」

 味覚が繊細な奴もいるらしい。そう、これは正確には柚子ではない。朝市で買った見た目はパセリのような野菜を刻んでいれてある。ユーズノハと言うらしい。

 量が少ないこと以外は、皆大満足してくれたようだ。ハヤトは営業も忘れない。

「今日は時間がなくてあんまり精米ができなくてさ。明日から本格的に屋台で出すから食いにきてくれよな」

 クラスメートは実践訓練で倒した魔物の素材を神殿に引き取ってもらっているので、厨房で働いていた俺よりも金を持っている。ハヤトがみんなを呼んだのは、試食だけでなく客になってもらいたいという意図があった。

「ハハハ。そういう狙いもあったのか。でも美味かったよ。あんがとな」

 赤原が笑っていると団長と料理長がこちらに向かってきた。

「たまたま料理長と通りがかってみれば、お前たちはなにをしているんだ?」

 団長がそう言うと赤原はまだ笑っている。

「団長も噂を聞いてきたんでしょう? 葛城、二人分あるか?」

 中年の騎士が照れ笑いをする。団長もやはり食いしん坊のようだった。

「バレてしまったか。ワシもご相伴にあずからせてもらおうと思ってな」

「二人分ならなんとか」

 ハヤトはそう言って異世界人の団長と料理長にはスプーンで粥を出す。クラスメートには箸だった。

「うん。美味い。美味いな。初めて食べる料理だがなんというんだ?」

「『鯛の粥 柚子風味』です」

「さすがは適性職業が『料理人』のカツラギだけはある。こりゃ美味いよ」

 異世界人の団長も豪快に美味いと言ってくれた。あとはプロの舌を持つ料理長のハリーさえ攻略できればとハヤトは思った。

「うん。とても美味しいよ。魚のスープはイリース人も飲むからイリース人の舌にも合っていると思う。香味野菜のユーズノハを入れるアイディアも素晴らしい」

 ハヤトはハリーの舌を全面的に信用している。料理長が言うならイケると喜び勇んだ。クラスメートたちも食べにいくよと言ってくれる。

 だが、その喧騒の中でハリーが、

「しかし……」

 とつぶやいたのをハヤトは聞き取ることができなかった。

本日のメニュー

『鯛のお粥 ゆず風味』


次回は屋台編です。


読者の方からご指摘がありましてちょっと解説します。

大阪ではイカ焼きというとイカを入れたクレープ状の料理のことのようです。本作ではイカの姿焼きのほうの話をしていると思ってください。

大阪のイカ焼きも凄く美味しそうです。ジュルリ。


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