43 闇のギルドの主張
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冷や汗が西の頬を伝った時、フェアリーがルークの顔の前を飛び回る。
「西くん! 今!」
「やめろ! こいつにそんなもの意味あるか!」
西は斬られるの覚悟でフェアリーの暴挙を止めようとする。
しかし、ルークが剣を持っていないほうの手で目の間を一撫ですると、その手はフェアリーの羽を掴んでいた。
「きゃっ!」
「……可愛い蝶だな。フェアリーか」
先ほどのならず者と違って、ルークは精霊のことも知っていた。
おそらく精霊術士などの魔法のレア職と戦うことも想定した戦闘職のプロということだ。
「そいつは関係ない! 離してやってくれ」
「精霊術士が使役する精霊が関係ないってのもおかしな話だが……まあ……」
ルークはアッサリとフェアリーを離した。同時に剣の柄からも静かに手を離す。
「アイツを尾行してたのなら、なにか用事があるんじゃないか?」
先ほどまでの殺気もなくなっていた。しかし、まだルークの必殺の間合いだ。西はなんとか距離をとろうと、ジリジリと下がる。それでもルークは笑っているだけだった。
「例の襲撃事件のことを聞きに来たんだ」
「ああ、あの事件か。ハヤトの奴は大丈夫か?」
「星川に聞いたが、お前が重傷のハヤトを運んだらしいな」
「助けてやったんだ。感謝しろよ」
既に西はかなりの距離をとっていた。魔法と剣に有利不利がない間合いになりつつある。
それでもルークは余裕しゃくしゃくだった。
「襲撃は本当にただの夜盗だったのか?」
「俺が聞きたいぐらいだ。セビリダの料理人ギルドの誰かじゃないか?」
「セビリダの料理人ギルド? ハヤトが所属している?」
「そうだ。でも俺はセビリダの料理人ギルドについて詳しくない」
ハヤトの妄言かと思ったが、西は一連の事件は本当に料理人が関係しているのかと疑問を持ちはじめていた。しかし、わからないことだらけだった。
「なぜセビリダの料理人ギルドがハヤトを襲う必要がある」
「ハヤトが襲われたんじゃねえよ」
ルークはブラックアイスを顎で指し示す。
「アイスティアが襲われたのか?」
「……」
ルークはそれに答えないで踵を返した。
「さあな。ハヤトと一緒にいたアイツに聞けよ。俺より詳しいだろ」
ルークは林の奥に消えた。
西は自分の強さに自信を持っていた。異世界で精霊術を磨き、人間が相手なら勇者の清田以外に後れを取ることなどまずないと思っていた。
「例の魔王ですら油断している時ならサラマンダーの炎でやれると思っていたのにな」
「西くん……」
「まあ、ともかく」
西は林から出て牧草の草原にいるブラックアイスに歩み寄った。
ブラックアイスも西に気がついたようだ。
「お前は試験でハヤトと一緒にいた奴か?」
ブラックアイスの第一声は高かった。西ははじめ、動揺の声かと思ったが、正確に言えば、それは間違っていたらしい。
「ハヤトは!? ハヤトは大丈夫!?」
それは動揺ではなく、心配や焦りの声だった。
西はその声音が真実に聞こえて敵愾心をといた。
「大丈夫だ。もう店で鍋を振るってるよ」
アイスティアはそれを聞くと、心底安心したように満面の笑みを浮かべる。笑みを浮かべると言っても目元しか見えない黒装束だ。雰囲気と声音で判断してのことだった。
「よかった」
「……」
しかし、その笑みはすぐに曇った。伏せた目と頭の俯きでわかる。
「ハヤトは私を嫌ってしまったんだろうな」
「……ハヤトがそんなことでお前を嫌うような頭がある奴だと思ってるのか?」
アイスティアは西のほうを向いて目をシロクロさせる。その後で笑った。
「お前は優しいんだな」
発言が唐突だったのと、その声音がどこにでもいる少女のように可憐だったので、西はつい照れて赤面してしまう。
「ちっ。どうも皮肉が甘かったみたいだな」
フェアリーが今度は西の顔の前を飛び回った。西がそれを手で追い払う。
「ところでハヤトとお前、どっちが襲われたんだ?」
「襲われたのは私だ。ハヤトを巻き込んでしまった……」
アイスティアはまたつらそうに目を伏せた。
「襲われたのはお前として……誰なんだ?」
「おそらくセビリダの料理人ギルド本部の重鎮だろう。ビッテンという声が聞こえた。確か急進派の幹部だ」
「ビッテン? お前らを襲った集団は二つあったと聞いたぞ?」
「いや違う。一つの集団は私のギルドの仲間だ。ちょうど私を守りに来たところで、ビッテン配下の集団と抗争になった」
「わからん……そのビッテンがなぜお前を襲う? 目的は?」
「私が消えれば、私がS級料理人になることもなくなるだろう」
つまり料理人ギルド同士の派閥争いのようなものなのだろうか?
なにか腑に落ちないが、ブラックアイスが嘘を言っているようには見えないし、西には理屈も通るように思えた。
唯一、わからないのは……。
「そもそもよ。なんでS級料理人の認定なんかが、そんなに重要なんだ。たかが料理人の段位試験みたいなもんだろ?」
そう。人をさらったり、殺そうとしてまで料理人が派閥争いをする意味が、西にはわからない。
「知らんのか? バーンでは料理人は創世神に食贄を捧げている」
「創世神?」
「創世神はバーンの唯一神だ。その神に食贄を捧げる八人こそ料理人の最高峰、八厨士だ。表のギルドではS級料理人のなかから選出されているハズだ」
「神!? 神が……本当にいるのか?」
西は神殿の宗教の授業でそんなことを聞いたような気がする。もちろん真面目には聞いていなかった。日本にいたころも神の存在など、もちろん西は信じていなかった。
だが今は信じかけている。なぜなら西は日本から異世界に転移させられて、精霊の声さえ聴くことができるようになったのだ。
「さあな。私も神など見たことはない。食贄の見返りや意味もあるらしいが、私はそこまで教わってない……。だが……」
「だが?」
「食贄をすれば神の力の一部を継承できるという噂もある」
「……なぜ俺に秘密を話した? まあ本当かもわからないけどな」
「秘密じゃないからな。我々は別に隠してもいない。表の料理人ギルドは隠しているようだがな」
「……なるほど」
西はそれを聞くと、後ろ手でブラックアイスに手を振った。帰るつもりのようだ。
「あ、待って……」
「?」
「あの……その……」
呼び止められる西。だがその割にブラックアイスは歯切れが悪い。
「また……ハヤトに……一緒にこの牧場へ行こうと伝えてくれないだろうか?」
「……悪いがお前らを完全に信用したわけじゃない」
◆◆◆
西は魔王を倒せば、元の世界に帰れるのではと思っていた。
西を含むクラスメートはそのために呼ばれたのだから当然の考えだ。
実際、前回に呼びだされた救世主たちは魔王を倒した後に消えたとされている。
しかし。
「ひょっとして創世神とかいうのをなんとかしねえとダメなのかもな。まあ女のガキンチョをやるよりも気楽だけどよ。お前、創世神って知ってるか?」
フェアリーに聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「上級の精霊が創世神っていう破壊の神がいるって言っていたけど」
「創世神なのに破壊の神なのか? 語感からすれば、創造の神っぽいけどな」
「ごめん……それ以上はわかんない」
西はどうもまだ調べる必要があることが多そうだと感じていた。
二話ぐらい日常回が続くと思います。