40 刺客万来
更新遅れてすいません。
ついに明日、早い書店では『異世界料理バトル』の一巻が売られているんじゃないかなあと思います! 描き下ろし等もかなりありますので是非!
ブラックアイスは牧場に来るまでほとんど喋らなかったが、昼食を一緒にとると〝硬さ〟も抜けてきたようだ。二人は壊れた柵がないか牧場の外周を見回った。牧草の束運びと違って力仕事ではない。気楽な散歩のようだった。
午後も二人の前には青空と緑の丘陵が変わらず広がっている。時折、牛がのんびりと歩いたり草を食べたりしている光景も目に入った。
「いい陽気だな」
「ああ、気持ちいいな。私はギルドにこもって料理ばかりしていたから」
「それもよくない。たまにはこうやって食材の生産現場に……いや生産現場じゃなくてもいいけどよ。陽の光も浴びなきゃ」
「しかし……」
「しかし……ってまさかお前のギルドだか施設は、外に出ることを禁止しているわけじゃないだろ?」
「どうなのだろうか。料理の修業ばかりで外に出ようとなど思ったことはない」
「なんだよ。お前のギルドは引きこもって料理勝負ばっかりしているのか?」
「そうだ。もし姉妹同士の料理バトルで負ければ……だから文字通り必死に……」
「よくわかんねーけど、お前んとこのギルドはみんな一流の料理人になるために一生懸命なんだな。スゲーわけだ」
ハヤトがそう言うと、ブラックアイスは少し誇らしげに答えた。
「そうさ!」
「それもいいけどよ。こうやって空気がいいところを散策するのも悪くないだろ?」
「うん……楽しいよ」
ブラックアイスが少し笑うと、ハヤトも笑った。
「ところでよ。お前、男と話したことないって言ってたけど」
「軽く話したぐらいだが」
「へえ。俺ってどう?」
つい話の流れで変なことを聞いてしまうハヤト。
「どうって? ああ、料理人としてということか?」
「試験の時に何回かアドバイスをしてくれたじゃないか」
「ああ、お前の噂は聞いていたからな。あっ……いや……S級のアンドレを倒した料理人としてだぞ」
「そうなのか」
ひょっとしてほとんど見たことない男である俺がカッコイイからアドバイスしてくれたんじゃないかと思っていたが、まったく違う答えが返ってきて、ハヤトは少しガッカリする。
「料理は下手だが不思議と美味い、と聞いていたからな」
「へっ? 誰? つうかそれ褒めてんのか?」
「あ、いや。そ、そう。セビリダのギルドの料理人だ」
「ふ~ん、誰だろう」
「まあいいじゃないか。だから興味があったんだ」
女の子から興味があると言われる。やはりこの世界は料理ができると女の子にモテるのか! と気分がよくなるハヤト。まあ全身黒装束で目元しか見えない女の子ではあるけれど。
「フッ。だがお前のことを見ていると危なっかしいから。つい、な」
「……」
あまりモテている感じはしなかった。ブラックアイスは楽しそうな笑い声を草原に響かせる。
「アッチの柵が傷んでいるようだぞ」
「あ、本当だ。けどこれはすぐには直せないな」
「どうしたらいい?」
「とりあえず応急処置だけして一日ぐらいは牛が逃げないようにしとこう」
二人は協力して抜けかけた柵を刺し直して蔦を巻き直す。
「うん。これならオッサンが補強するまで大丈夫なんじゃないか?」
「でも可哀想だね。自由に生きられなくて」
「オッサンは牛を凄く可愛がってるよ。それにこの牧場の牛は食肉用じゃなくて乳牛だしな。この付近は崖も多い。落ちたら牛が怪我してしまう」
「そうか……ならもう少し補強しようか」
◆◆◆
中天にあった日が西にかなり落ちたころ、柵の見回りが終わった。
「終わったな。ん? なにしてるんだよ?」
ブラックアイスは先ほどの子牛を撫でていた。
「そろそろ行こうぜ」
「もう少し……」
名残惜しそうに牛を撫でる少女を急かすのはつらかったが、暗くなる前に少なくともセビリダの街には着いていないとならない。
「また来れるだろ?」
「また来れる……か。でもわかった。そろそろ帰らんとな」
ハヤトはオッサンに弱くなった柵の報告と挨拶をすませた。
「お嬢ちゃんはまた来いよ~! ハヤトは来なくてよし!」
「うるせー!」
牧場からセビリダの街に向かって二人は歩いていた。
「表の料理の秘密はやはりまだ少しわからないところもあるが、今日は来てよかったよ」
「また一緒に牛乳を飲みに行こうぜ。あの子牛にも会いに行こうぜ」
「ホントか!? あ……いや……私は行けないと思う」
「そうなのか。残念だな」
こいつの所属するギルドはセビリダから遠くなのかも、そんなことを考えながら歩いていると街壁の入り口に着いた。
そろそろ暗い時間になる。
「近ごろ、あぶねーから送るよ」
「道は……多分わかる。いらないよ」
そうは言っても馬車に乗っている時に夜盗に襲われた事件もあった。
「いや送るよ。お前、セビリダのことよくわかってないだろ」
「そうか。じゃあ頼む。正直あまり自信はなかった」
ブラックアイスは少し嬉しそうな顔をする。しかし彼女がハヤトに言った宿泊先は、王都セビリダではあまり治安がよくない地区だった。
ハヤトはちょっと嫌だなとも思ったが、やはり送ることにしてよかったと思う。
「なあ……」
特に会話もなく二人で歩いていると、ブラックアイスが小さな声で話しかけてきた。既に日は落ちている。人通りのない地区に入っていた。
「あ、明日……また一緒に……牧場に行けないかな? 試験が中断されている今なら、私も行けるかもしれない」
「え? 明日もか?」
ハヤトは試験が中断されている期間に、任せっぱなしにしていた自分の店の様子を見に行きたいという気持ちがあったが、真剣な眼差しで懇願されると断り難かった。
「じゃあ街壁の入り口で朝の9時に待ち合わせるってことでどうだ?」
「あ、あぁ! 必ず、必ず行くよ!」
ブラックアイスがはしゃいだ声でそういった時、建物の曲がり角から集団が現れた。
ハヤトはまた野盗かと思う。
「ブラックアイス! どこに行っていた。探したぞ! む? そいつはハヤトだな?」
ブッラクアイスの知り合いかと一瞬安心するハヤトだったが、どうもおかしい。なぜ俺の名前が出てくるのだろうか。試験のライバルとしてだろうか?
「なんだと? S級破りのハヤトか!?」
「どうする? さらうか?」
「なぜ?」
「S級破りをさらえば、我々に対する魔帝様の覚えもいいかもしれん」
ハヤトの耳にも物騒な会話が入ってくる。ハヤトは店で暴力沙汰に巻き込まれることが多いので逃げ足は速い。
ブラックアイスの手を取って、後ろに走ろうとした。
「え?」
「逃げるぞ」
ところが振り向いた後ろにも謎の集団がいた。
「お、おい! ブラックアイスを見つけたと思ったら、ハヤトと一緒にいるぞ」
「どうする? ビッテン様に連絡をとって指示を仰ぐか?」
「そんな暇あるか。どちらも捕まえるしかない。無理だったら……」
「わかった」
さすがのハヤトも面食らう。しかも目の前の集団はナイフを出し、後ろの集団は包丁を取り出す。
「こっちに来るんだ」
「いや、こっちに来い、悪いようにはしない」
そう言われても刃物を光らす謎の集団だ。行けるわけがない。
しかし、石造りの建物で囲まれた一本道を前後に挟まれてしまった。
ハヤトが辺りを見回すと、低い位置に人が通り抜けられそうな大きな窓がある建物を見つけた。
「よし! あそこに逃げるぞ」
「ちょっ、ちょっと」
ハヤトは逡巡するブラックアイスの手を引いて窓のほうに走る。その瞬間、前と後ろの集団が突進してきた。前後の集団がかちあって乱戦になる。
二人はすんでのところで横に逃げて、建物の窓から中に逃げ込んだ。
「お前らは何者だ! ぐわっ!」
「お前らこそ何者だ! ぎゃっ!」
ハヤトが閉めた窓から、ブラックアイスがこっそり外を覗くと、二つの集団の乱戦が見えた。
「いったい、後から来た集団はなんだったんだ。ん?」
窓のガラスに血が付いている。ブラックアイスがそっと指でなぞると拭き取れた。つまり外からの血ではない、窓ガラスの内側に付着した血だった。
まさかと思いブラックアイスがハヤトのほうを振り向くと、苦しそうに左手で右腕を押さえている。
押さえた左手の指の合間からは、赤い液体がダラダラと流れていた。
「ハ、ハヤトー!」
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