39 ブラックアイスの休日 後編
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「うぎぎぎぎ重い~。なんで私がこんなことを~」
結局ブラックアイスも牧草の束を持った。華奢な体には相当な大きさだった。
「牛に餌をやるんだ。この時期はまだ牧草が成長しきってないから、干した牧草もあげるとよく成長するんだって」
「こ、こんなものが、チキータの料理の美味さの秘密に関係しているのか?」
重い牧草の束を持ちながらやっと出したブラックアイスの声など、ハヤトは気がつかなかった。
先に牛がいるところにスタスタと行ってしまう。
ハヤトが牧草の束を解く。イリース水牛は警戒して寄ってこないが、ハヤトが離れると牧草を食べに来た。
それを見たハヤトは、ブラックアイスのところにやってくる。
「よし。お前の牧草もくれ。俺が牛にやってくるから」
「ふざけるな! 料理の秘密があるんだろう! せっかく運んだんだから私がやる!」
「ちょっと待て。コツがあるんだ。お前がやったら牛が全部逃げちゃうぜ! 俺だってやっとここまで馴れて……」
ハヤトの声は、全力で牧草の束を運んでいるブラックアイスには聞こえなかった。
ハヤトが持ってきた牧草に集まっている牛のところまで行って、牧草を解くブラックアイス。
牛は一応顔を上げてブラックアイスを見るが、逃げたりせずに追加された牧草も食べはじめた。
「これでいいのか?」
「餌やり、上手いじゃないか……」
ブラックアイスはハヤトのところに戻ってきた。
しかし、牛はもっと牧草をくれというようにブラックアイスについてくる。
「まだまだ牧草をあげたほうがいいみたいだな。他の牛の集団もいるし、あと五回ぐらい往復かな」
「えええええ~。仕方ない。これも表のギルドの料理の秘密を暴くため……」
ブラックアイスはヘロヘロになりながら、牧草の束を何度も運んだ。逆にハヤトはいつもより楽だった。
単純に人数が多いということもあったが、それ以上にブラックアイスがいると、なぜか牛が逃げないからだ。牧場のオッサンと一緒に回った時と同じだった。
「お前、この仕事向いてるぜ。料理人をやめても牧場できるな」
「……はぁっはぁっ、りょ、料理の秘密を……」
ブラックアイスはなにか言いたげにしていたが、膝に手を置いて体を支え、荒い呼吸をしている。
呼吸を整えて直立しようとした瞬間。
「ひゃあっ」
子牛がベロンとブラックアイスの顔を舐める。
「ふははははは」
ハヤトは大笑いする。
「なにがおかしい!」
「だってお前、いつもツーンとしているのに、ひゃあって」
そう言ってハヤトは笑い続ける。
ブラックアイスも最初は怒っていたが、途中から小さく笑いはじめた。
牛がどんどん擦り寄ってきたからだ。
「かわいいな」
ブラックアイスは子牛の背を優しく撫でる。
「よし! 次は壊れた柵がないか見回りに行こうぜ。その前にオッサンに会いに」
「おーい!」
ハヤトがそう言ってログハウスに行こうとすると、オッサンがニコニコ顔でなにかを持ってきた。
「昼飯持ってきたぞ~」
「あっ、悪いね」
「いいっていいって」
ハヤトはオッサンに近寄って話す。ブラックアイスは牛が気に入ったのか、牛のほうが彼女を離さないのか、そのまま牛を撫で続けた。
「今日は変な奴を連れてきてごめん」
「ユミちゃんじゃなかったんだな。変な奴って?」
「全身黒装束じゃないか。バーンの料理人って変な奴が多くてさ」
「確かに変わった格好をしている子だけど、牛に好かれるっていうのはいい奴の証拠さ」
「マジかよ……俺はまだ牛が寄ってこないんだけど」
「お前は少しガサツなんだよ。女の子のほうが繊細だし、撫でられたら気持ちよさそうだろ」
「ハハ。そうかもな」
オッサンは牛乳が入ったデキャンタとコップ、サンドイッチをお盆に載せて持ってきてくれた。
「コレコレ。今日はこれが食いたい気分だったんだよ」
「お前な。ここは飯屋じゃないんだぞ。飯屋はお前のほうだろう」
「手伝っているじゃないか」
「中途半端に手伝ってもらったからって、楽にはならないよ」
牧場のオッサンは、ハヤトが来るといつも朝しぼった牛乳と自作のチーズを使ったサンドイッチを振る舞ってくれる。
オッサンは他の仕事があると戻っていった。
「おーい! 昼飯貰ったぞ~! アッチに小川があるから一緒に食おうぜ~!」
「え?」
ハヤトは牛と戯れていたブラックアイスを置いて、スタスタと行ってしまった。
ブラックアイスは牛を名残惜しそうに撫でた後についてきた。
ハヤトは小川で手を洗い、心地の良さそうな岩を見つける。
「さあ、ここに座って食おうぜ」
「それはなんだ」
「牛乳とチーズが入ったサンドイッチさ」
「食べていいかどうか……」
「どうして?」
「素人が作ったものはあまり食べてはいけないことになっているんだ。味覚がおかしくなるからな。お前は違うのか?」
「しぼりたての牛乳と自作のチーズとちょっとした野菜を挟んだパンだぞ。味覚がおかしくなるもあるか」
そんなやり取りをしていると、どこからかギュ~とお腹の鳴る音がした。
ブラックアイスが顔を逸らす。赤面しているかもしれない。目元しか見えないのでわからないけれども。
「なんだ。やっぱり腹減ってるじゃないか。無理せずに食えよ」
「くっ……」
ハヤトがそう言うと、ブラックアイスは牛乳が入ったコップとサンドイッチを受け取った。微妙に手が触れ合う。
ヤバイと思って顔を両腕でガードする。
「ん? お前、なにをやってるんだ?」
「あ、いや……別に」
特にひっぱたかれることもなかった。
しかし、ブラックアイスは受け取ったまま食べようとしない。
「なんで食わないの? 食おうぜ」
「スプーンあるか?」
「なんで牛乳とサンドイッチにスプーンがいる? ないよ」
「スプーンで牛乳を飲もうかと思って。サンドイッチはマスクの下から手で食べれるけど……」
ハヤトはしかめっ面になった。
そういえば意識して見ていたわけではないけれど、ブラックアイスが判定人の時は、フォークやスプーンを使ってマスクの下から器用に食べていた気がする。
「牛乳はごくごくと一気に飲み干すほうが美味いんだよ。スプーンなんかでちまちま飲んだら台無しだぞ」
「そうするとマスクを取らないといけない」
「ダメなのか?」
「ああ、素顔を見られるなとギルドに禁止された」
「どこの地方のギルドかしらないけど、オカシイんじゃないか? いいから食えよ」
「私の役目は特別なのだ。だからやはり食べることはできない。返すよ」
「わ、わかったわかった。じゃあ今は俺とお前しかいない。背中合わせに座って食おう」
「いいのか? じゃあそうしよう」
小川の川原の岩は小さかった。二人の背が微妙に触れ合う。ハヤトは殴られるかもと思ったが、やはり特になにもなかった。
「いただきます」
食べようとしてハヤトがそう言うと、背中から声が聞こえた。
「なんだ、そのいただきますって」
「ああ、これはなんだろう。食事を美味しく食べるための魔法みたいなもんさ」
「な、なに!? 表のギルドには、そんな技があるのか?」
「表のギルドってセビリダのギルドのことか? 違うよ。日本ってところの挨拶みたいなもんさ」
「ニホン? 知らないな。お前の故郷か?」
ハヤトはここであることに気がつく。やはりブラックアイスは……。だが、そんなことはどうでもいいことだった。
「あー日本ってのは俺の故郷さ。なかなかいいところだよ。美味い店がいっぱいあるぜ」
「そうなのか。そんな国を知らないとは、私も勉強不足だな」
「とにかく食おうぜ」
「あ、あぁ」
しぼりたての牛乳は、日本のパックに入った牛乳の味とはまったく違うのだ。
ハヤトは喉が渇いていたので、すぐにごくごくと飲み干した。
異世界バーンでは、普通といえば普通の牛乳ではあるけれど。
「くぅ~最高だぜ」
それはブラックアイスも同じだったようだ。一気に飲み干す音が聞こえる。陽気のいい日にあんな格好で牧草の束を運んだら、喉が渇かないはずがない。
「ふぅ」
「どうだ? 牛乳美味いだろ?」
「……ただの牛乳だ」
しかし、ブラックアイスは少し沈黙してから再び口を開いた。
「いや美味いか? そんな馬鹿な。この牛乳はなんの手も加えられていないと思うが……」
「なんも手なんか加えてないよ」
「やはりそうだよな。だが確かに美味い」
「そりゃそうだろ。労働した後のしぼりたて牛乳なんだから。まだあるからおかわりやるよ」
そう言ってハヤトは後ろに手を伸ばす。ブラックアイスはその意味がわかったようでそっと空のコップをハヤトに手渡した。ハヤトはデキャンタの牛乳をコップに注いで渡す。
「よし。サンドイッチも食おうぜ」
「チーズはともかく野菜とパンは二級品だな」
「いいから食えよ……」
しばらく小さな咀嚼音が続いた後。
「美味い? そんな馬鹿な……あの材料からはじき出される味をはるかに超えている!」
「そりゃ腹が減ってたからだろ。それに景色もいいからな」
「景色が味を変えるのか?」
「そりゃ変えるだろ」
ブラックアイスは一面に広がる青々とした牧草地を眺める。
「なるほど……これが表の技か。私たちは作ったものを厨房で食べるだけだからわからなかった」
「こういうふうに野外で食べるのもいいもんだぜ。そういえばお前も自分の料理を食わせたい誰かがいるって言ってただろ?」
「あ、あぁ……」
「そいつと一緒にこういうところで飯を食ってみたらどうだ。きっと美味いぜ」
「そうしたいが許されるかどうか」
「お前のギルドは厳しいんだな。辞めちゃえば? 俺んとこのギルドは楽だぜ」
なんの縛りもないセビリダのギルドに入ってよかったなあとハヤトは思う。
「ギルドを辞めるか……私は孤児で拾われたから今のギルド以外、なにも知らないんだ」
「そうだったのか……」
孤児か。可哀想にとハヤトは同情する。バーン世界は戦争も多く、文明は発達していないので孤児が多いことも知っていた。
「ああ。だからギルドに感謝している。ギルドで出会った姉妹もいたしな」
「へ~、それなら楽しそうだな」
「ああ、皆がいたころは楽しかった」
ハヤトは、ブラックアイスの料理人ギルドはそういう孤児を育てる福祉施設があるんだなと考えていた。
きっと姉妹とやらは段々施設を卒園していなくなるんだろう。これ以上その話は聞くべきじゃないかと思い、話題を変えた。
「よし。それじゃあ午後は柵が壊れているところがないか探すか」
「おい! 技量的には互角に見えたチキータの料理が、ガラハドの料理を超えていた秘密を教えてくれるんじゃなかったのか!?」
「あ、そういえば……」
そのことをハヤトはすっかり忘れていた。というより、牧場で美味いものでも食えば、なんとなく勝手にわかってくれるかなあと思ったに過ぎない。
「どういうことだ、教えろ!」
背中から怒気を含んだ声が聞こえる。
「いやそのほら。なんとなくわかっただろ。牛乳もサンドイッチも美味かっただろ。景色もいいし」
「腹が減ってれば美味いんだろ! それにあの時は試験会場だぞ! 景色もくそもあるか!」
ハヤトは返答に窮する。
「い、いやだから……そう。お前がこういうところで一緒に飯を食べたい奴、そいつのために料理を作ればいいんだよ。どんな男だ?」
「え? そうなのか……」
急にブラックアイスの声のトーンが落ちる。
「ど、どうした?」
「それなら私にはできないかもしれない」
「なぜ?」
「その人は女だからだ」
ブラックアイスの〝誰か〟が女と知って、ハヤトはなんだか安心する。
「ははは、大丈夫だって。女でも構わないよ。気持ちはきっと料理にのるさ」
少し落ち着いたハヤトは、デキャンタに残っていた牛乳をコップに注いで口にした。
「そうか……もし男しかダメだったら、お前のために作るしかなかったな。私はお前以外の男と話したことなどほとんどないからな」
「ぶほっごほごほっ」
ハヤトは飲んでいた牛乳を吹き出してしまった。
次回も0:01頃の予定です。