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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第一章「炎の転移編」
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04 門出の朝

方言の台詞があります。後書きに意味を書いてあります。

 皆の食事のために働いている神殿の料理人たちは、食堂の夕食時間が終わるとようやく落ち着いてまかないを食べることができる。

 その時間に合わせていつもの少女がやってきた。けれども、ハヤトを物欲しそうに見ているだけでなにもしゃべらない。

「また来たのか。いいよ。食べていけよ」

 ハヤトは苦笑しながらユミを食堂へ迎え入れる。ユミは小さくスキップしながら食堂に入ってきた。

 今日のまかないもハヤトが作った。もともとは交代制だったが、今ではハヤトが専任になっている。

細かいことを言えば、ユミにまかないを出すのは神殿騎士団寮の規則違反かもしれないが俺が作っている飯だしいいかとハヤトは思う。

 団長も料理長も黙認してくれていた。

「はい。今日はジャイアントボアのパテでハンバーガーを作ってみたんだ。フライドポテトもあるぜ」

 意外にもユミは健啖家というか、大食いだった。騎士たちやクラスメスメートに出している食堂の夕食を食べているのに、料理人たちが食べているまかないまで食べにくるのだ。

 ハヤトはこの日もユミが来るだろうと多めにまかない飯を作っていた。

「美味しい」

 ユミは嬉しそうに食べる。ただし無口なので口数は控えめだ。

 これでも異世界に来てからは話すようになったほうだ。

「お前ってよく食べるよな」

「そお?」

 料理人冥利には尽きるけど、ハヤトはなんだか餌付けをしているような気分になる。

「でもまあ。こうやってユミと一緒にまかない飯を食うのも多分最後だしな」

「え?」

 ユミが吃驚した顔をする。あああああ、やってしまった。ハヤトは失敗したと思った。星川優美をユミと下の名で呼んでいたのは心のなかだけなのだ。口に出すときは星川と呼んでいた。

 きっと明日からはゴキブリのような目で見られるのだろう。

「あ、いや、その、名字で呼んだほうがいいよな。ハハハ」

「そんなのどうだっていいよ」

「へ? じゃあなに?」

「一緒にご飯を食べるのが最後ってどういうこと?」

 ハヤトはあー言ってなかったっけと思う。

「実は神殿の食堂の料理人をやめようと思ってさ」

「え? それでどうするの?」

「まだなにを出そうかは決めてないけど、屋台で食い物でも売ろうかと思って、さ」

 清田の遭難騒動から一ヶ月ほど経ち、ハヤトは初めての給料を貰った。それを元手に露店で食い物屋でもはじようと思ったのだ。店を持つことは到底できないが、厨房の先輩が使わなくなった屋台をくれるという。

 神殿騎士団本部があるイリース国の首都セビリダには大規模な露店市があった。そこで地球の食べ物でも売ろうというのがハヤトの考えだ。

 屋台の食い物といえば、日本だったら、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、じゃがバター。最近では鮎の塩焼きやケバブなんかもあるよな。でも魚は腐るし、ケバブは肉を回転させる装置が異世界では難しいかもしれない。

「どーせ俺は魔王軍と戦う戦力にならないんだから自由に生きることにしたよ。日本の食い物は絶対にこの世界でもウケると思うんだ。ゆくゆくはチェーン店化して、ラーメンにハンバーガー、牛丼、フライドチキン、ピザ、商材はいくらでもあるぞ……くっくっく」

 ハヤトが妄想にふけっているとユミが叫んだ。

「うだで! あどその話きぎてくね!」

「へ? 今、なんて言った?」

 ユミは立ち上がって食堂を走り去ってしまう。ハヤトがポカーンとしていると料理長のハリーが肩に手をのせた。

「料理だけでなくハヤトくんは、もう少し女心も勉強したほうがいいぞ」

「え? 料理長はアイツが今、なんて言ったかわかったんですか?」

 異世界の人間に日本語(?)の意味を聞くのもおかしな話だった。ハヤトたちは神官の魔法効果でイリース語を理解して話している。

 しかし、さっきのユミは日本語っぽい言葉だった。どこかの方言だろうか。そうだとするならば、ハリーが言葉を理解できるはずがない。

 ハヤトは騎士団寮の自室に帰った。ベッドで横になり、思いを馳せる。

明日からは異世界で自由に生きる一歩を踏み出す。どんな食材を仕入れようか。それをどのように料理して売ってやろうか。金は一ヶ月分の給料の二十万イェンしかないが、作った食べ物が売れさえすれば、日銭商売だから回していけるだろう。

 そんなことを考えているとコンコンと部屋のドアがノックされる。今日は厨房の皆が小さな壮行会を開いてくれたから早く寝る奴ならもう寝ている時間だ。こんな時間にいったい。

「誰?」

「私……星川」

 え? ユミか。そういえば、訳のわからないことを言って走りさられてしまったんだった。

「今、ちょっといい?」

「あ。うん。どうぞ」

 ユミは遠慮がちにドアを開けて、部屋に入ってきた。ハヤトは椅子を差し出して自分はベッドに座る。神殿寮の部屋は簡素で椅子は一つしかない。

「さっきはごめんね。私、興奮すると子供のときに住んでいた秋田弁が出ちゃうんだ」

「あーそうだったのか」

 なるほど。意味のわからない言葉の謎がとける。やはり方言で、そういう理由のためだったのか。結局、なにを言われたかはわからなかったが。

 ひょっとしたらユミの口数が少ないことも、それがコンプレックスになっているからかもしれない。

「それで葛城くんは食堂やめちゃうの? ここを出ていくの?」

「いや、食堂はやめるけど部屋を借りるのに貴重な金は使いたくないから、しばらくはここに住まわせてもらうよ。団長もいいってさ」

 金は商売にすべて使いたい。軌道に乗るまでは、魔王軍と戦うことに一切貢献していなくても寮は使わせてもらおうと思っている。

 ハヤトがそう言うとユミはまた意味がわからないことを言った。

「や~えがった~はかめだと」

「え? なんて」

「ああ、ごめん。なんでもない。秋田弁がまた……」

 ユミは赤くなってうつむく。えがったってどういう意味だろう。「よかった」だろうか。つまり俺が寮を出ていかなくてよかったっていう意味なんだろうか。

 まさか……な。

 なら腹が減ったという意味だろうか? あるいは海老が食いたいという意味だろうか? 「が」と「え」しか合ってない。ハヤトはどこまでも料理バカだった。

 それにしても前の世界では無口でクールで神秘的な美少女であると思っていたユミが、いろんな表情を持っているんだなとハヤトは思った。

 ユミが黙りこんでしまったので間が持たなくなってきた。ハヤトは雑談でも振ることにした。

「そういえばさ。異世界に来てからクラスで仲良かった男女が、かなりくっついたよな。クラスメートなら懐かしい日本のことが共通の話題になるし、恐ろしい魔物と戦ったりもするから吊り橋効果もあるのかもな。助け合えるだろうしさ。羨ましいな~」

 ハヤトは女はこの手の話が好きだという思い込みで、元2年B組のクラスメート内で立て続けにカップルができている話をした。気を利かせたつもりだった。

 もっともハヤトの場合は日本のことはあまり懐かしんでいない。食い物が美味しくて料理さえできれば、異世界だろうが日本だろうがどこでもいい。恐ろしい魔物と戦ってもいないし、助け合うのは厨房のオッサンたちだ。

「そ、そうね。私もそういう関係……羨ましい……かな」

 心なしかユミの顔が赤くなっているようにも見えた。

「星川はそういう相手いないのか?」

 ハヤトとしてはユミが赤くなったのはそういうことだろうと思って相手について聞いたのだが、なぜかユミは切れ長の目でキッとハヤトを睨んだ。どんな宝石にも負けないほど美しい黒い瞳が潤んでるようにも見える。口もへの字になっている。

 やべえ……怒ってねえか? ハヤトは縮こまる。プライベートなことを聞きすぎたかもしれないと見当外れのことを思った。

「おめ、ばかけ!?」

 え? バカ? 今、バカって言ったのだろうか。方言でも外国語でも悪口とかはわかっちゃうもんなんだぞとハヤトは思う。しかし怖くて言い返せなかった。

 そう思っていると怒気を孕んだ声でユミが言う。

「決めた! 私、葛城くんの屋台手伝う」

「え……マジで? なんで?」

 ハヤトはとりあえず最初ぐらい誰の力も借りず一人でやってみたいと思っていた。それになぜかわからないのに怒っている人と一緒にいるのは辛い。そうだ、こうなったら魔王軍と戦うという大義を利用しようと考えた。

「でもさ。午前の授業とか午後の戦闘訓練とかどうするんだ。星川は魔王軍と戦うためのエース級の戦力なんだろ?」

 しかし、冷静な声で反論されてしまう。

「勝手に召喚されて、勝手にそう決められただけだし」

 まさしくその通りだとハヤトは思った。けれども……。

「でも俺、まだ給料は払えないぜ?」

 いずれは大きな店を持って従業員も雇いたいが、今は屋台を回せるかも未知数だ。店主の俺が苦労するのはよくても、働いてくれる人にブラックな思いをさせたくない。そんな店は料理にも愛情がないのだ。

 異世界の人々を苦しめている魔王軍はどうでもいいが、食に関わる産業がブラック化するのは許さねえ。ハヤトのポリシーだった。

「いいよ。衣食住はあるし」

「そうは言ってもなあ。勝手に召喚されて魔王軍と戦うたたかえとかひでえ話だけど、俺たちが衣食住を保障されているのは訓練をしているからじゃないか? エースが抜けて大丈夫なのか」

「それは……そうかも」

 納得してくれそうだ。やはり給料も払わずに女の子を使うわけにはいかない。奴隷じゃないんだから。

「どちらにしろさ。俺はこの街で屋台をやっているんだから食べにきてくれよ」

「うん。それはもちろんいくけど」

 ハヤトは明日は早いからとユミを帰して、早々ベッドに潜り込む。

 日本でも築地などの市場は朝が早い。それはこの世界でも同じだから一刻も早く寝たかったのだ。

「明日の朝はまずは市場だ。いい商品になりそうな食材を絶対に見つけてやるぞぉ」 

 夜更けに美少女が寝室にやってきたのに、ハヤトは料理のことで頭がいっぱいだった。やはり究極の料理バカであった。


◆◆◆

 早朝。昨日までのハヤトなら騎士たちやクラスメートの朝食の準備のために厨房に向かったのだが、今日からは食材の朝市に向かう。

 異世界バーンにはいかなる食材が待ちうけているのか? そしてその食材を料理して、異世界人に美味いと言わせ、金を払わせることができるのか?

 俺の真の異世界ライフは今日からはじまるのだとハヤトは希望と覚悟を胸に秘めて神殿の寮の門を出た。

 門出の朝は快晴だ。どこまでも晴れ渡る青い空だった。

「いやーいい天気だ。幸先がいいなあ」

「本当だね」

「ああ。俺の料理はきっと異世界人にも認められるはずだ」

「うん。絶対だよ」

 あれ。さっきから俺の独り言に返事があるんだけどとハヤトは思う。後ろを振り向くと、長い黒髪をそよ風に少しだけなびかせている美少女がいた。

「えええ? ユミやっぱり来たのかよ」

「あ、まだユミって下のなめでよばる」

 正確な意味はわからなかったがユミの様子を見れば、心のなかで呼ぶだけでなく実際にユミと呼びかけても大丈夫そうだ。ハヤトはこれからはそう呼ぼうと思う。

 ユミは名前で呼ばれたことが恥ずかしかったのか、あるいは秋田弁を使ってしまったことが恥ずかしかったのか、照れくさそうに言った。

「団長が一週間なら休んでいいって」

 もう戦わないとか交渉したんだろうなとハヤトは思った。大幅な戦力ダウンに団長は青ざめてしぶしぶ許可したんだろう。

 まあ人様を勝手に召喚して戦争させようとする奴らに同情する必要はない。

「そうか。じゃあ俺の屋台の開店準備、手伝ってもらっていいか?」

「うん。いいの?」

「ああ、もちろんさ」

 それに今はユミに手伝って欲しいとハヤトは思う。開店は一人でって気張るのも悪くはないけど、美少女が手伝ってくれるのもいいよな。

「どごさいく?」

「まずは食材探しに朝市さ」

秋田弁開設コーナー。


「うだで! あどその話しきぎてくね!」→「あーもういや! もうそんな話しは聞きたくもない!」

「や~えがった~はかめだと」→「あ~良かった。ハラハラしたよ」

「おめ、ばかけ!?」→「アンタ、ばかなの!?」

「あ、まだユミって下のなめでよばる」→「あ、またユミって下の名前で呼んだ」

「どごさ行く?」→「どこに行くの?」


(秋田弁は秋田の人に教えてもらっていますがこれが秋田で常に通用するとは限りません。地域差や世代の変化もあるようです)

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