37 ブラックアイスの休日 前編 ■
12月28日に第一巻が発売されます。よろしくお願い申し上げます。
なんとメディアミックスも活動報告で発表していきます。
第五試合のAリーグの戦いは、ディートが『食材』で勝負をかけ、ハヤトが『独創』で受けた。
Aリーグの戦いはハヤトの勝利に終わったが、Bリーグのチキータとガラハドの戦いはまだ続いていた。
その理由は、二人が『技巧』で戦うタイプだからだ。制限時間の日の入りギリギリまで調理に使っていた。
この戦いで二人は条件を付けなかった。条件なしを条件としたのだ。
二人の自信の表れだろう。
料理の審査は戦っていない受験者がおこなうので、今日戦ったハヤトは審査をすることはできない。
それでも真剣にチキータとガラハドの料理勝負を見ていた。
「やっぱり技術はチキータが俺より全然上だな」
ハヤトは日本にいた時から料理に研究熱心だったが、料理のプロとして生きてきたわけではない。異世界バーンに来て食堂を開き、頭の中で想い描いていた料理を次々と実現していった。
そこで飛躍的に技術を伸ばしたが、異世界の本物のプロと比べたら自分の技術はまだまだだとハヤトは思っている。
それでも最終的には、料理の優劣は技術ではない。
チキータとガラハドの料理ができあがる。
どちらもコース料理で何品も豪華な料理が続いた。
技術、美しさ、構成など、見た目ではハヤトも判別できないほど競っていた。
ハルトライン、ロウ、オーベルン、ブラックアイスは、どの料理も慎重に食べている。
食べても料理の優劣を決めることはやはり難しいようだ。
オーベルンなどは唸っていた。
しかし……判定は……。
「Bリーグ第五試合の判定に入る。まずチキータの料理が上と思った者は?」
全員が同時に手を上げた。勝利者はチキータだった。
「俺の包丁技が劣るだと……」
ガラハドも最初は信じられないという顔をしていたが、なにかを感じ取ったようで納得した顔で去っていった。
試験会場からの帰り道、ハヤトとチキータは今日の試験について振り返っていた。
「お互いギリギリだったな。でも今日もなんとか勝ててよかったよ」
「ハヤトはギリギリだったけど、私は勝つと思ってたよ」
「え? そうなのか? ガラハドの技も凄かったじゃないか」
「うん。でも私はハヤトに食べさせるためにって思いながら作ったからね」
ハヤトはチキータの料理が、自分が好きなものばかりだったことを思い出して赤面する。
「え、あ、そうだったのか……」
「うん!」
「でも残念だな」
「なにが?」
「俺は今日の判定人じゃないから食えなかったろ」
「帰ったら作ってあげるよ。ユミちゃんの分も」
料理の味を決めるのは、そういうことなのかもしれない。
ハヤトとユミがチキータの作ってくれた料理を楽しんでいた夜、料理人ギルドの幹部会がおこなわれ、ある決定が下された。
◆◆◆
翌日の第六試合、ハヤトとチキータは、また団長と先生を伴って試験会場に向かった。まだクラスメートが国境から戻っていなかったからだ。
しかし試験会場に着くと、試験官たちが集まっていた。
「はあ!? しばらく休み?」
「そうだ! 今、各国が不穏な動きをしている。S級料理人は厳正に決めなくてはならないからな。住所をここに書いておけ。再開が決まったら連絡する」
「アホな国が戦争を起こしそうでも、料理にはなんの関係もねえだろ?」
ハヤトがそう言うと、団長と先生が止めた。
「戦争が起きたら料理試験どころじゃないだろ! 学友が国境付近に陣を張っているんだ。お前も学友に手伝ってもらったほうがいいだろ」
「そーそー、私なんかチキータさんを手伝おうとしたけど、な~んにもできなかったしね。独身生活が長いから料理は得意のつもりだったけどね~」
実際、先生はなにも手伝っていなかった。チキータの調理で手伝えることはない。
「じゃあ、私は忙しいからさっさといくわね」
「うむ。ワシも神殿の仕事があるから帰らせてもらうぞ」
ハヤトはまだ文句を言いたげだったが、他の料理人たちも帰り支度をしていた。
「え? 皆も帰るのか。しょうがない、俺も帰るしかないか。そもそも今日は判定人だったからな」
ハヤトもチキータと帰ろうとするが……。
「ねえ。ハヤト」
「ん?」
「私、しばらく山に帰ろうと思うんだ。だいぶ空けちゃってるし」
「え? なんでさ」
「毎日試験があったからハヤトの家にお世話になっちゃったけど、休みになったなら泊まれないよ。お邪魔でしょ?」
「なんでだよ? 邪魔なんかじゃないぜ」
ハヤトの本心からの言葉だった。
「も~ハヤトはわかってないな。ともかく試験官の人も、試験が再開されたら呼びに来てくれるって言うから、私は一旦山に帰るよ」
そう言って、チキータは会場の外へ出ていった。
ほとんど誰もいなくなった会場をハヤトも後にしようとすると、全身黒装束のブラックアイスが残っていることに気がつく。
調理の時もブラックアイスは助手をつけていなかった。いつも一人で試験に臨んでいる。それであの量の料理を作るのだ。
一人でぽつんといるブラックアイスは、鬼気迫る調理の時とは違って、どこか儚げに感じる。
ふとハヤトは、ブラックアイスが自分を見つめていることに気がついた。
「ど、どうした?」
「……」
ブラックアイスはなにも答えない。しかし、なにか言いたげにしている。
黒装束からは本当に目元しか見えない。けれどその目はハヤトをじっと見ていた。
「お前にはわかるか?」
ハヤトが話しかけて数秒後、無視されていると思ったら、急にブラックアイスから問われた。
「なにが?」
「……皆、わかったようだが、私にはわからないのだ。お前にはわかるのか?」
やはり、ハヤトにはなんのことを言っているのかわからない。
もどかしい気持ちもあったが、優しく促した。
「俺がわかることなら教えてやるよ。なんでも聞いていいぜ」
ハヤトに促されて、ブラックアイスはか細い声でたずねた。
「……チキータとガラハドの技術は拮抗していた。食材の選別も料理の構成もどちらも同格だったはず。でもなぜかチキータの料理のほうが美味く感じた。他の料理人も同じだったようだ……いったいなぜ?」
ハヤトは意外に感じる。ブラックアイスほどの料理人であれば、当然それぐらいわかると思っていたからだ。
「あれは俺のために、あ、いや……」
「表のギルドに伝わる秘伝の技に違いあるまい」
「表のギルドの秘伝の技? そうじゃなくて……なんて言えばいいのか。本当にわからないのかよ? 俺を困らせているんじゃないだろうな」
「本当に教えてくれるのか!?」
ハヤトはブラックアイスに懇願するような瞳をぶつけられ、なんとか答えようとする。
「チキータは食べる人を思い描いて作ったんだろう?」
「なるほど。判定人の好みに合わせていたんだな。私はどちらの料理も特別好きだったわけではないが……」
「いやそうだけど……そうじゃなくてだな……お前、俺をからかってないか?」
ブラックアイスは小首をかしげながら真剣に聞き入っている。からかっているようには見えなかった。
ハヤトは悩み込んでいたが、なにかを閃いたように言った。
「お前は誰かに美味い料理を作ってあげたいとか思ったことはないのか? 美味しい料理を作ってやりたいと思う人はいないのか?」
「私が美味しい料理を作ってあげたいと思う人のこと?」
「そう。そうだよ。それだ! 誰かいないのか?」
ブラックアイスは少し考えた後につぶやいた。
「………………いる」
肯定の返事。ハヤトはひょっとしてこれも否定されるかもと思ったので、安心して笑顔になる。
けれどもブラックアイスは険しい声で聞いてきた。
「それがどう料理の味に影響するのか?」
「ここまで言ってわからないのか?」
「だからわからないって言っているだろ!」
ハヤトは少し考えてから手を叩いた。
「じゃあさ。教えてやるから俺についてこいよ」
「つ、ついてこい~? 私は命令が下らなければ、ギルドの支部に戻らなくてはならないのだが……」
「料理人ギルドなんかいつ行ってもいいだろ。いくぞ」
逡巡するブラックアイスにハヤトは来いよと言って、会場の出口に向かっていった。
「し、仕方あるまい。表の技を盗むためだ」
できれば25日のクリスマス発売に向けて一週間毎日更新したいです。
頑張ります!