36 激突! 伝説の山の山菜 後編
12月28日に第一巻が発売されます。よろしくお願い申し上げます。
なんとメディアミックスも!? 近いうちに活動報告で発表していきます。
ハヤトと団長はセビリダの街に戻った。試験会場に急いで向かう。
既に会場の入り口からも肉を香ばしく焼き上げたような芳香が漂ってくる。
明らかに先ほどシュヨウ山で嗅いだトリュタケを焼いた香りだった。
会場に入ろうとすると、入り口にはブラックアイスがいた。
「この私でもイリースでトリュタケが採れるとは思わなかった」
「高級なキノコらしいな。ディートから少し食わせてもらったよ。スゲー美味かった」
「で、お前は何を持ってきたんだ?」
ハヤトはニヤリと笑って自分が持ってきた山菜の山を見せた。
「ば、馬鹿。敵に食材を見せるな」
団長は止めたが、それは機密保持のためではない。
本当はディートのトリュタケに対して、自分が子供のころに採っていたアクの強い山菜が恥ずかしかったからだ。団長の家はちょっと貧しかったのかもしれない。
恥ずかしがっていた団長とは裏腹に、ハヤトは胸を張ってアイスティアに収穫物を見せた。
「ふっ、わかっているじゃないか。料理しろよ」
「おう!」
ハヤトは試験会場に走りこむ。
ディートだけでなくBリーグのチキータやガラハドも既に調理をはじめていた。
ハヤトも負けじと調理台に立って、高速で山菜を切りはじめる。
団長が山菜を洗いながらハヤトに話しかけた。
ハヤトは顔も向けずにそれに答える。
「さっきブラックなんとかって奴が言ってた、わかっているじゃないかとはどういう意味だ?」
「ああ、まあ結果が出ればきっと団長もわかりますよ」
「は? 言ってることがわからんが、まあいい。ワシはなにを手伝えばいい?」
「やり方を教えるから山菜のアク抜きを手伝って」
「おう! 任せとけ。入念にだな」
「いや、あまりやりすぎないでよ。時間がないからやりすぎることはないだろうけど」
「さっきから訳のわからんことばかり! だが俺はお前の足を引っ張ってばかりだからな。全部言うことを聞くよ」
ハヤトは会場の食材で出汁をとりはじめる。
ハヤトが料理をしはじめたころ、ディートは既に調理を終わらせたようだ。
試験のルールで、料理の提供は日没以前ならば、いつしてもよいことになっている。
「トリュタケのステーキのオレンジソースがけだ」
ハヤトが料理に打ち込んでいると、判定人をしているオーベルンが感心したように唸る。
ハヤトはディートの料理を横目で見る。味は知っている。判定人の評価も上々……いや最高のハズだ。
「私もトリュタケはかなり食べているが……調理法がいいのか名産であるとされるフランシス国のヴァンス地方のトリュタケよりも美味い」
狼型獣人のロウが笑う。料理賢人という二つ名が示すような感想を言った。
「この料理が食材もソースもメインは植物性のものでできているとは恐れ入るな。ハクとシュクの兄弟が食べた山菜とはこのトリュタケのことだったのかもしれん」
ハヤトの耳にも判定人の評価が音として入ってはいる。しかし、極度の集中で対戦相手の評価ですら意味をなさないBGMになっていた。
とある食材を使った調理でハヤトの腕は白い粉まみれになっていた。
「よし! 茹でるぞ!」
◆◆◆
狼型獣人のロウが器に鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いでいる。
「これはなんじゃ?」
「山菜蕎麦だよ。最初は鍋にしようかと思ったんだけど、会場に素晴らしい蕎麦の実があったんだ」
ロウはしかめっ面をした。
「蕎麦? 蕎麦の実か。普通、団子状にして食べるもんなんじゃが、どこにある?」
「山菜とスープの下に麺として入っている。」
「なに? また麺か」
異世界バーンでは蕎麦は蕎麦がきのように団子にして食べる。
「俺の故郷では蕎麦も麺にするんだ」
「聞いたことがないぞ。しかもスープの上には山菜か。アクが強そうだな」
「ともかく食ってみてくれよ」
基本肉食の狼型獣人ロウは、山菜のアクは苦手なのかもしれない。
「食べてみてから判断するしかないな」
判定人のハルトライン、ロウ、オーベルン、ブラックアイスの四人が、蕎麦をすすりはじめる。
ディートの時とは違って感想もなく、皆黙々と食べている。
団長は所在なく判定人をキョロキョロと見てからハヤトに話しかけた。
「お、おい。誰もなにも喋らんぞ。だ、大丈夫なのか!」
「大丈夫さ……俺は判定人を信じている」
「はあ? さっきからどういうことだ? 買収でもしたのか」
「まさか」
「じゃあなんで安心できるんだ。そのまま焼いて食えば、敵はまったくアクがないビフテキみたいな山菜で、お前はアクだらけの山菜スープとおかしな麺だぞ!?」
「舌は開発されるんだ」
「へっ?」
試験官が告げた。
「よし、それではAリーグ第五試合の判定に入る。まずディートの料理が上と思った者は?」
団長は全員の手が上がるものだと思い、反射的に目を手で覆う。
恐る恐る手を取ると……なんと誰の手も上がってない。
判定人をしているハルトライン、ロウ、オーベルン、ブラックアイス、いずれも手を下げたまま沈黙していた。
団長がなにかの間違いではと思ったころに、続けて試験官が言った。
「ではハヤトの料理が上と思ったものは?」
四人全員がすっと手を上げる。団長は未だにその光景が信じられなかった。
「え? どういうことだ?」
しかし試験官から勝利者の名を聞くと、飛び上がって喜んだ。
「勝者ハヤト!」
「な、なに!? マジか。やったーやったー!」
敗者のディートは下を向き沈黙していた。ハヤトも勝利の瞬間は笑顔を見せたが、すぐに喜色を消した。
ディートがハヤトの近くに寄ってきて言った。
「試験の勝敗になにか言うつもりはないが、山菜を使った料理の味で負けたことはまだ納得できない。山菜蕎麦とやらが余っていたら食べさせてくれないか?」
「ああ、いいぜ」
金髪碧眼の美人エルフが、険しい顔で蕎麦をすすり始める。
ズッ……ズズッズズズズズ。
そして口の中の蕎麦を噛んで、スープを飲み、具の山菜を食す。
それだけの所作が何分か続いた後、ディートはフォークを置いた。
「なるほど。私の山菜に対する考えが間違って……いや……くだらないことを言うべきではないな。美味しかったよ。ありがとう」
ディートはなにかに納得したように笑って、試験会場を去っていった。
「おいハヤト。勝ったのはよかったが、いったいどういうことなんだ。舌が開発されるとか、山菜に対する考えが間違っていたとかなんとか」
団長はハヤトに勝負の解説を求めた。
「要はアレっすよ。子供の時は子供っぽいものが好きで、大人になると大人っぽい食べ物が好きになりますよね」
「ああ、なるな」
「成長で趣向が変化するってのもあるんだけど、実はいろんなものを食べると、美味しいって感じる味の幅も広がっていくんですよ」
「そうなのか?」
「そうです。初めは食べられない外国の料理も、食べてるうちに食べられたりとか、苦手なものも食べてるうちに食べられるようになったりするんです」
「あ~確かにそういうのあるな」
「アクも味の一つですからね。ここにいる料理人たちだったら、そういう味覚も開発されていると思っていました」
「なるほどな。山菜料理だったら、そのアクも味の一つとして利用した料理が上と判断されたのか。でもオカシイじゃないか。相手は山菜料理の達人なんだろ? だったらそんなことわかってるに決まってるじゃないか」
ハヤトにはその理由がわかっていた。
山菜料理の達人だからこそ、客に「アクが苦手だ」とか「アクが強すぎる」と指摘され続けていたのだろう。
けれどここにいる料理人たちは、ただの客ではない。
獣人のロウも山菜蕎麦のアクの味を風味として楽しんでいた。
どちらが好みの味かはともかく、少なくとも山菜料理としてはハヤトのほうが山菜の風味を活かしていると判断したのだ。
「伝説のハクとシュクも案外と食通だったのかもしれないな」
そんなことを考えるハヤトだった。