34 団長の協力
ブラックアイスの超絶技に注目が集まった第四試合が終わった。
明日の第五試合はハヤトもチキータも戦うことになる。
ハヤトの対戦相手ははエルフのディート、チキータの対戦相手はガラハド。いずれも『山菜料理の女神』『剣神十二包丁』という異名を持ち、優勝候補として名を連ねている強敵だった。
ハヤトは早く帰って明日に備えようとした。
試験会場を出ようとした時、ブラックアイスとすれ違う。
「他の奴らは本戦の料理を真似したが、ディートが本戦で出した料理だけは私も真似できなかったから、奴の料理は予選のものにした」
ハヤトはブラックアイスに唐突に話しかけられて驚いてしまった。
そのせいか意味がわからず、なんのことだろうかと考えこむ。
ブラックアイスのコース料理はライバル料理人たちが〝本戦〟で出したものを真似ていた。トマトソースパスタもハヤトが〝本戦〟でハッサンと戦った際に出した料理だ。
しかしタラの芽の天ぷらは、ディートが予選に出した料理だった。ディートが本戦で出した料理は早出の竹の子の炭火焼きと刺し身だったはずだ。
「そう言えばディートの料理だけ予選のものだな」
「その理由がわかるか?」
ハヤトが少し考えてから笑った。ブラックアイスは嘲笑されたのかと思って訝しがる。声には少し怒気をはらんでいた。
「何がおかしい?」
「ディートの早出の竹の子料理はお前ですら真似できなかったんだろ。自分が掘った竹の子ならともかく、運営が用意した竹の子の中から掘りたてのものを探すのは不可能だ。早出の竹の子でも数十分経てばエグミが出るからな」
「そうだ。だがもし……そのような条件でお前が奴と戦うならどうする?」
「さあ。わからないけど、そんな奴と料理バトルができるのは楽しみだな」
黒フードとマスクに隠されているブラックアイスの目がわずかに見開く。
「楽しみ? 簡単に勝てる相手じゃないぞ。料理バトルは負ければ死だ」
ブラックアイスは鋭い声で『死』と言葉にしたが、ハヤトは敗者復活がないぐらいの意味で言ったのだと気楽に考えた。当たり前だ。これまでのS級料理人試験で死んだ者などいない。
「簡単に勝てる相手とは戦っても楽しくないだろ。俺TUEEEEでもあるまいし」
「オレ……ツエー……? なにそれ?」
「あ、いや。勝ち誇って調子に乗る様子を故郷では俺TUEEEEって言うんだ。恥ずかしいこと言ったかも。忘れてくれ」
「ぷっ、それでオレツエーか。なんかオカシイ」
「そ、そうか……? アハハ」
笑い合う二人は解散していたはずの会場で注目を浴びてしまう。ハヤトが気がつくと今日勝った料理人も、負けた料理人も、判定をした料理人からも見られていた。
「ん。コホン」
ブラックアイスは咳払いをして、人目を避けるように先に会場を出ていった。
ハヤトとチキータは二人で家に帰る。いつもと違ってハヤトは黙って歩いていた。
「ねえ。ブラックアイスとなに話してたの?」
「ああ、次の俺の対戦相手のディートが強敵だぞって」
「ええ? ブラックアイスがそんなこと言ったの? 意外……」
チキータは驚いたような声を出す。ハヤトはそれがなぜかよくわからない。
「なんで?」
「だってあの人、皆と同じ料理を作って挑発しているじゃない」
「そういう考えもあるか」
ハヤトはそういうことはあまり気にしないタイプだった。チキータも本来は自分を騙したチーサンショクのことですら気にしない性格なのだが、先ほどのコース料理にはかなり衝撃を受けたようだ。
「それにハヤトに肩入れするようなこと言うなんて」
「え? 肩入れ?」
「だってディートは強敵だから気をつけろって言われたんでしょ?」
「言われてみれば、そんな意味のことかな」
チキータは頬を膨らませて、軽くハヤトを睨む。
「それって肩入れだよ。あんなにツーーーーーンとした子が」
「うーん。確かに言われてみれば」
「やっぱり、ラーメン作りを手伝ってくれたアイスティアさんなんだね」
「うーん……」
「ハヤトって無自覚に女の子に優しくするからなあ」
「……」
チキータは話し続けているが、ハヤトの反応は薄い。
ハヤトは少しだけ他のことを考えていた。ブラックアイスのあの料理の味は……。
「ハヤト? ハヤトってば!」
「あっ。なに?」
「なにって……話しかけてるのに上の空だから。大丈夫?」
「ごめんごめん。大丈夫だよ」
「なにか考え事?」
「うーん。感覚的なことだからうまく説明できないんだけど……」
ハヤトがまた考えこむと、チキータは明るい声を出した。
「もう! よくわかんないけど、ディートは本当に強敵なんだからしっかりしてよね」
「ああ、そうだな。まずは目の前の相手に勝たないと」
◆◆◆
翌日ハヤトとチキータは試験会場に行く前に神殿寮に向かった。
規定上、許されている助手をクラスメートに頼もうと思ったからだ。
「食材から集める勝負になった時に有利だからな。チキータも俺の友達を助手にすればいいよ」
「西くんや赤原くんだったら凄くありがたいな。でも勉強とか訓練とかしてるんでしょ?」
「アイツらは授業をサボって来るよ」
ところが……。
「ダメだダメだ!」
ハヤトがクラスメートをサボらせようとすると団長が阻んだ。
「なんでだよ。別にいいじゃん」
「いいわけあるか!」
「一日ぐらい、いいだろうに!」
「召喚者の星川がお前の店にいるだけでも問題になっているんだぞ! それに今日は特別な理由がある」
普段は政治家として王宮で働いているはずの先生までもが神殿にいて、ハヤトを止めた。
「葛城くんの試験が大切なのもわかるけど、ダークエルフが国境の近くで大規模な軍事演習をしているのよ」
「それが一人二人の仲間もサボれない理由になるんですか?」
「だからウチのクラスも国境の近くで〝課外授業〟をするのよ。バーン世界はお題目の平和を唱えていれば、平和を保てるような甘い世界じゃないの。軍事演習って言ってるけど、示威行為なのよ。こちらも力があることを示さないと、逆に戦いになってしまうこともあるわ」
力がないと思われた国は攻められる。忘れていたが、そもそもハヤトたちは人類の『戦力』として召喚されたのだ。
特にダークエルフは近年も人間と激しい戦争をしていた。今は二者間で一応の休戦協定が結ばれているが、軍事演習という名目の軍隊が電撃的に攻めこんでこない保証などどこにもないのだ。
「こちらにも対抗できる戦力があるということを見せないとならないわ。かといって大規模な軍隊は出しにくい」
タエちゃんは臆病な先生から怜悧な政治家になっていた。しかし、それらが事実ならば確かに有効な外交・軍事政策のようにハヤトにも思える。
「過去の救世主たちの伝説の威力は大きい。それはダークエルフ国にも伝わっているということですか。大軍を動かしたら国力も損耗するってことか」
「小さなコストでなにも起きないようにできたら、それが一番なのよ」
そういうことなら仕方ない、ユミが試験中に店を手伝ってくれているだけでもありがたいか、とハヤトは帰ろうとする。
ところが寮を出ていこうとするところで団長に呼び止められた。
「ちょっと待て。ワシだってお前を応援しているんだぞ? お前の友人たちは他の神殿騎士に任せているしな」
「へ?」
◆◆◆
「私は自分で採った山菜を使うことを条件にしたい」
ディートは山菜を使うことを条件にした。ブラックアイスが予想した通りになる。
「自分で採りに行くのか。異世界じゃ山菜が採れる場所すらよくわからないぜ……」
「大丈夫。俺に任せろ。山菜を採る場所をシュヨウ山だけにしろ」
「団長?」
「ワシは子供のころはよくシュヨウ山にワラビを採りに行ったもんだ。この時期ならいくらでも生えているぞ」
「本当?」
「それにどこで採ってもいいとなったら山菜料理が得意なエルフのほうが有利だろう」
「そりゃそうだ! じゃあお願いします」
団長はクラスメートの代わりにハヤトの助手を申し出たのだ。
一度は断ろうとしたが、よく考えれば異世界の世事については団長のほうが詳しいだろうと頼むことにした。
それが功を奏したようだ。
「よし、ディート。山菜の採取場所をシュヨウ山にするぜ」
「わかった!」
ハヤトとディートは、シュヨウ山で採取した山菜で料理バトルをすることになった。
また来週の週末に投稿します!