33 氷と炎
めっちゃ更新が空いて申し訳ございません。
異世界料理バトルの第一巻が12月下旬(予定)に発売されます!
よろしくお願いします!
S級料理人試験は第三試合が終わった。
第三戦はAリーグがタンピンカンVSハルトライン、BリーグはオーベルンVSシャーペキだった。
ハヤトもチキータも対戦はなかったが、勝ち残っている者が料理の判定をする形式のために判定人として参加していた。
チキータはハヤトとユミの部屋に宿泊しているので、その夜も試験対決の料理談義が交わされることとなった。
「Aリーグのハルトラインの白身魚の酒蒸しは本当に美味かったなあ」
「ハヤト知らないの? あの魚はハーミットフィッシュっていう珍しい魚なんだよ」
チキータが料理に使われていた白身魚を解説した。
ハヤトは料理熱心なのでバーン世界の料理本や食材の本もよく読んでいるが、まだまだ実際に料理に使ったり、食べてみた経験は少ない。
「そうなのかあ。俺は遠い国から来てるからさ。本では読んだけど、アレがハーミットフィッシュなのか。ヒラメそっくりな味だったな」
ハヤトの感想にユミが声を上げた。
「いいなー。ハヤトとチキータさんは……。私もハーミットフィッシュの酒蒸し食べたーい」
「Bリーグのオーベルンのイリース水牛のローストビーフも最高だったな」
ユミの言葉を遮るように、ハヤトは二人目の勝者の料理を語り出した。
「霜降り牛の塊を長時間かけて焼き上げているんだ。外は旨みを逃がさないようにしっかり焼いてあるけど、中は温かいレアで肉汁がタップリ。それを極上赤ワインソースで」
「ハヤト……いじめなの?」
ユミの目には涙が溜まっていた。今日はハヤトたちの対戦がないため、ユミはガーランドと店を切り盛りしていた。
怒っても無理はない。ユミも食べることが大好きなのだから。
「あははは、ごめん。ちょっといじわるした」
「え?」
「なんか、いい匂いがしてこないか?」
確かにダイニングの奥から肉の匂いが漂ってきた。ユミはそれに気がついた。
「この匂い! ひょっとして!」
「ハーミットフィッシュはなかったけど、イリース水牛は市場で売ってたからね。ハヤトがユミさんにあのローストビーフを食べさせたいって、帰りに買ってきたんだよ」
「ユミが仕事から帰ってくる前にオーブンに入れてあるんだ。そろそろベストな焼け具合かな」
ユミの目から先ほどの涙とは違う意味合いの涙がこぼれた。
「ハヤト~……」
ハヤトは笑いながらキッチンに向かった。
白い皿にソースを敷いてその上にステーキのように切ったローストビーフを盛った。
「オーベルンは切った肉の上にソースをかけていたけど、俺は皿に敷いたんだ。だってローストビーフは肉の切断面の美しさが食欲をそそるだろ?」
「うん。肉の赤と脂の白が凄い綺麗。美味しそー」
「よーし! オーベルンのローストビーフをどれぐらい再現しているか私が評価してあげるよ」
三人はほぼ同時にローストビーフを口にする。
「美味しい……」
ユミの感想に満足気なハヤト。
「うん。我ながらいい線いってると思う。どう? チキータ」
「ビックリした……ほとんど100%再現していると思う。オーベルンはイリース出身だから、特産のイリース水牛を使ったローストビーフが得意料理のハズなんだけどね」
三人はローストビーフや美味しい料理を食べながら語り合う。
「ところで明日の第四戦でブラックアイスって奴が出てくるんだけど、アイスティアかもしれないと思うんだよ」
ユミが驚いた顔で聞き返す。
「え? ラーメン作りを手伝ってくれた?」
「そうそう。あの時よりさらに顔隠してるから正確にはわかんないんだけどさ」
チキータが不思議そうな顔をする。
「アイスティアさん? 誰?」
「実はラーメン屋を作る時、手伝ってくれた奴がいるんだ。どっかのお嬢様らしいんだけどアイスティアって名前でさ。ちょっと変わってたけど料理は凄い奴だったんだ」
「ハヤトがそう言うなんて、よっぽど凄い料理人なんだね」
「ああ、でもまあ、ブラックアイスが本当にアイスティアかはわかんないんだけどね」
ユミはちょっと考えてから聞いた。
「ルークはいないの?」
ルークはアイスティアの従者だ。
アイスティアのいるところにルークがいる、それがユミの認識なのだろう。
「ルークはいないんだよな……。だからやっぱり違うのかな」
「明日はブラックアイスさんの料理が食べられるじゃない? ハヤトの舌ならそれでアイスティアさんかどうかわかるでしょ」
「うーん。まあそうかもな」
ユミは少し心配そうにハヤトを見つめた。
◆◆◆
翌日、イリース城前の会場では、第四試合がおこなわれていた。
ハヤトたち、勝ち残った者が第四試合で注目する料理人は、『料理賢人のロウ』と謎の料理人ブラックアイスだ。
食べずとも調理を見れば、チーサンショクの仲間のロンヤクナシやミンカンリーチと比べて明らかに技術が上回っていた。
Aリーグはデザート対決でロウはケーキを焼いていた。地球で言うところのタルトで、バーン世界の様々なフルーツを使っている。
ロウは作り終えた料理だけでなく、それを作る姿も鮮やかだった。とても洗練された包丁使い、鍋さばきである。
口調はババ臭いが美少女にも見えるロウが、鼻唄を歌いながら楽しそうに作る。
判定人のライバル料理人たちも楽しい気分になる。
楽しそうな調理姿を見れば、きっと料理も美味しいに違いないと思わせることができるだろう。
これはひょっとしたら料理賢人と言われているロウの技なのかもしれない。
ハヤトももちろん、その料理姿を見て楽しい気分になる。
けれどロウは狼型獣人なので笑うと牙が見える。亜人に触れたことが少ない地球人のハヤトには少し怖かった。
女性の笑顔を怖がるのは失礼だという意識ぐらいはハヤトにもあるので、一生懸命隠してはいるが。
ともかく会場の誰もがロウの調理姿を見れば、心が温まるハズだったのだ。
時を同じくしてBリーグで料理対決をしているブラックアイスの料理を見なければ……。
「う、嘘でしょう? アレは私の佛跳牆……」
ブラックアイスはチキータが第一試合で作った究極のスープを明らかに意識した料理を作っていた。
しかも、それだけではなかった。山菜料理の女神ディートのタラの芽の天ぷら、ハヤトのトマトパスタ、オーベルンのイリース水牛のローストビーフ。
そしてなんと、今ロウが作っているフルーツのタルトも同時に作っていた。
「ん? みんな黙ってどうしたんじゃ?」
調理しているロウも、辺りの様子がおかしいことに気がついた。ブラックアイスの鬼気迫る調理姿に会場の誰もが目を奪われていることにも。
「いったい、何を作っておるのじゃ。どれ……なっ!?」
ロウは自分が作っているものと同じものを作られていることを知る。他の超絶料理を作りながら、この瞬間に自分の料理まで真似されているのだ。
ロウから歌声が聞こえることはなくなった。
そして、重苦しい雰囲気の中で試食がはじまる。
「勝者ロウ!」
Aリーグの戦いではロウが勝利を収めた。ロウのタルトは、文句なしに美味かった。心乱された中で作ったデザートだとはいえ、さすがは料理賢人と言われる優勝候補だった。
しかし、会場の誰もがそのことに興味を持っていない。
Bリーグの審査がはじまる。
やはりBリーグも勝敗自体には誰も興味を持っていない。
ブラックアイスの対戦相手であるミンカンリーチがコース料理の説明をして配膳をするが、誰も関心を持っていなかった。
「この料理は心乱れたものの味だ。食うに値しない」
剣神十二包丁のガラハドの言葉にミンカンリーチはなにか反論していたが、誰もが同じことを考えただろう。
味付けからしておかしかった。対戦相手の調理を見て平静でいられなかったに違いない。
ついにブラックアイスの料理を試食する時になった。
「私のコースは、前菜、スープ、パスタ、メイン、デザートだ。まずは前菜は山菜の天ぷら……
皆が天ぷらを口にした。そしてその途端、会場は沈黙した。しかしディートがついに我慢しきれなくなった。
「くそっ! うまい! 私の山菜の天ぷらと同等!」
そう言って箸をテーブルに叩き置いた。
「次はスープだ。様々なものからうまみ成分を取り出した」
チキータは、誰よりも早く、まだブラックアイスが説明している最中に、それを飲んだ。
「美味しいよ。まさか私の料理までそっくり……いや、同じに作られるとはね」
ブラックアイスはなんの反応も見せない。少なくとも布地からわずかに見える目元は涼し気な様子だ。
「次はトマトパスタだ」
このトマトパスタは明らかにハヤトが麺王ハッサン戦で作ったパスタを意識していた。
ハヤトはパスタをひたすら食べ続けている。
それを見たチキータが心配して「ハヤト……」と小さく声をかけるが、ハヤトはパスタを一心に食べていた。
「メインはイリース水牛のローストビーフ」
オーベルンは冷静に食べているように見せていたが、手が震えていたようで、カチャカチャと食器とナイフがぶつかる音を立てた。
「このローストビーフ……ハヤトのより……いやオリジナルのオーベルンさんのよりも美味しいかも……あっごめん」
ハヤトの隣で食べているチキータは驚きのあまり、つい口を滑らせてしまう。
それでもハヤトはやはり黙々とローストビーフを食べ続けていた。
「最後のデザートは」
アイスティアがそこまで言うと、ロウが笑い出した。
「ははははは。説明など不要じゃ。先ほどの私のタルトじゃろ? 勝者は誰が見てもお前じゃ。ここまで来るともう笑うしかないの」
ロウの自嘲の笑いが静かな会場に響く。勝手な勝者の決定にも対戦者ですら反論もしない。
判定人の誰もが食べる手を止めていた。どの料理も一口食べれば、その意図と実力がわかる料理だった。
ところが判定人のなかで一人だけガツガツ、ムシャムシャと食べている男がいた。
その男は最後のデザートを食べ終わると、おもむろに叫んだ。
「んまああああああああい! なんだこの美味さは! パスタなんか俺よりうめーじゃねえか。そっかー! こうやって作ればよかったのか!」
ハヤトだった。他の判定人が呆気にとられてハヤトのほうを見る。
これまで氷のように何の反応も見せなかったブラックアイスもハヤトのほうに顔を向けた。
「どうだ……。私とお前の実力の差がわかったか?」
「やるな~。だけど俺は負けないぞ!」
ブラックアイスの超絶技量を見せつけられ萎縮する判定人たちのなかでただ一人、ハヤトだけが逆にクッキングスピリットを燃やしていたのだ。
ハヤトからすれば当然だ。あのアイスティアであるならば、これぐらいのことは十分にできる力があると思っている。
ハヤトの姿を見て、他の料理人たちも再びクッキングスピリットを取り戻したようだ。
「私も負けん! あの天ぷらが山菜の奥義だと思ってもらっては困る」
「佛跳牆みたいなスープを飲ませるスープよりも、具材を食べさせる鍋のほうが得意なんだよね」
「小賢しい女だ。イリース料理は奥深いぞ」
「今日使ったフルーツ以外のタルトを知っているか?」
ブラックアイスはその様子を……いや、ハヤトを見て少しだけ楽しそうに「ふっ」と息を吐いた。
第三試合勝者ハルトライン 第四試合勝者ロウ
第三試合勝者オーベルン 第四試合勝者ブラックアイス
次回の更新も来週の土曜日の予定です。