32 バーンの神 ■
第一試合勝者ディート 第二試合勝者ハヤトカツラギ
第一試合勝者チキータ 第二試合勝者ガラハド
AリーグとBリーグの勝者がそれぞれ第二試合まで決まった日の夜。
セビリダの料理人ギルド本部には最高幹部たちと長老たちが集まっていた。
「噂のハヤトはなんとか勝ったらしいが、ギリギリだったそうだな」
「そんなことで裏料理人の精鋭と戦えるのか?」
ハリーは完全にお門違いの詰問を受けていた。しかし裏料理人の攻勢にさらされている今の状況ではわからなくもない。
「相手は麺王ハッサンでしたから。一流の料理人が得意とする分野で戦って見事勝ったのです」
幹部たちはその話に納得したようだ。だが、すぐさま次の不安材料を選び出す。
「ま、まあハヤトのほうはともかく、裏が送りこんだ料理人というのはいったい誰なんだ?」
大食魔帝が今年のS級料理人試験に送り込んだという刺客の話になった。
「まあ毎年試験を受けているディート、ガラハド、ロウといったような優勝候補は違うでしょうな。身元もしっかりしているし」
ハリーもそれには同意する。
「怪しいのは今年の試験から参加して抜きん出た力を持っていたハルトライン、オーベルン、ブラックアイスか。予選で見せた料理の実力はどれも桁違いだったらしい」
「あ、私、オーベルンの卵料理を食べました。エスカルゴにマス科の川魚の卵を添えた料理で。ほっぺたが落ちそうでしたよ」
この若手幹部は予備試験の試験官をやっていたようで、オーベルンの卵料理も食べたようだ。
誰が裏の刺客なのかという話をすっかり忘れた恍惚の表情をしている。
「やはりブラックアイスかな」
「うむ。ダークエルフの国の料理人ギルドでA級ライセンスを取っているが、ダークエルフは人間と敵対しているからな」
ダークエルフはイリースとも戦争をしたことがある。今は平和協定を結んでいるが、人間に敵対的な行動をすることが多い。
「逆に常連のチキータは? 最近ハヤトとよく一緒にいると聞く」
「竜人が料理人をするなど珍しいからな。怪しいかもしれない」
「彼女は食帝様の推薦だから安心できると思う。食帝様が彼女に料理を教えたらしい」
議場にああ、そうだったのかと納得の声が漏れる。
食帝とは表料理人ギルドの名目上の代表で、いつも世界中を旅している料理人だった。
御年は90歳を超えるはずだが逞しく、どんな難所もフライパン一つで進んでしまう。
日本の感覚で言えばフライパンの使い方を多少間違っているが、そこは剣と魔法の世界バーンである。フライパンは料理道具だなどと甘いことは言っていられない。武器にもなれば登山具にもなるのだ。
ハリーが料理に体力を重視するのも食帝の影響を受けているし、裏料理人ギルドを支配した男が自らを大食魔帝と名乗ったのも食帝を意識したものだろう。
ちなみに長きにわたる裏ギルドの料理人たちとの戦いをS級以上の料理人と決めたのも食帝である。
「竜人の食事は、ドラゴンに変身して魔物や獣を丸ごと喰らうのが普通だからな。時には人間も……。だが食帝様がキリマン山の頂にいた彼女に料理を振るまって以来、料理の素晴らしさにのめり込んだとか」
「イイ話だな~。料理って本当に素晴らしい」
幹部と長老たちは滂沱の涙を流していた。
「よし。チキータを勝たせよう。竜人なら戦闘能力も高いはず。裏料理人ギルドとの戦いではきっと頼もしい戦力になってくれるはずだ!」
ハリーは呆れかけた。
公正でなくてはならないはずの試験でハヤトくんを勝たせようと言ったり、チキータさんを勝たせようと言ったり、この人たちは方針ってものがあるのだろうか。
いい人たちなんだろうけど、バーン世界の未来がこの人たちにかかっているのは大いに不安であった。
「あ、あのですね。そういうわけにもいきませんよ。試験は公正にやらなくては後進も育ちません」
「う、うむ。それもそうか」
食帝様、早く戻ってきてください。ハリーは強くそう願った。
◆◆◆
ハヤトとユミとチキータの三人は家に戻って休んでいた。
ハヤトは初戦になんとか勝って機嫌がよかった。
「明日から二日間は俺もチキータも試合がないけど、判定のための試食をできるのが楽しみだな。受験者同士に判定させるとか最高の制度だよな~」
ハヤトも真剣に試験に臨んでいるが、他の対戦者とは真剣さが違った。どうしても王宮料理人になりたいとか、店や料理道場の看板を背負っているとか、そういうわけではない。
他の料理人は自分が対戦をしない日でも、次の対戦相手や自分の料理のことで頭が一杯なのだ。
チキータがその様子を見て、笑いながら言った。
「ハヤトはS級試験を受けることすら楽しそうでいいね。私は結構必死なのになー」
ハヤトはチキータの次の対戦相手がガラハドであることを思い出す。
「ガラハドのオッサンのダーイのかぶと煮はマジで美味かったもんな~」
ユミは頬を膨らませた。
「もうハヤトは滅茶苦茶すぎるよ。ロウさんの分を食べちゃって」
「いや~、目の前にあって美味そうだったからつい。後で試験官に怒られたよ。判定者でもないのに食うなって」
ロウは犬のような耳を持つ女の獣人だ。本人曰く狼の獣人らしいが、チキータのように変身できるわけではないので狼か犬か本当のところはわからない。
見た目は少女のようにも見えるが、老人のようなしゃべり方をする。
ユミがチキータに聞いた。
「ところでチキータさんは、どうしてS級試験を受けているんですか? ハヤトのように腕試しってこともないだろうし、お店を経営しているようでもないし」
チキータは少し沈黙した後に笑いながら答えた。
「私はキリマン山ってところで、ほとんどただの竜として生きていたんだ」
竜人は竜として暮らす者が多い。竜も個体数が多くはないが、竜人はさらに少ない。
個体数が少ないため竜人が複数で生活することはほとんどない。もちろん獣人や人間と一緒に暮らすこともない。
なぜなら竜はどの種族からも恐れられている最強の捕食者であり、危険生物だからだ。
「私は誰かと一緒に暮らしたくて。私がまだ若い竜人だからかも。年寄りの竜人は洞窟とかをテリトリーにして、みんな一人で生きているんだ」
竜人は最強の種族で寿命が長い。その手の種族の宿命で繁殖能力は低いのだという。
「そうなのか……」
ハヤトが心底同情したような顔をする。
だがこれではS級料理人になる説明にはならない。
「えっと。それとチキータさんがS級料理人になろうとしていることと何か関係があるの?」
「うん。ある料理人のお爺ちゃんに聞いたんだけど、バーンには最高の料理を捧げると願い事を叶えてくれる神様の伝説があるんだって。私がS級料理人になって神様に料理を捧げたら、竜人の仲間を増やしてくれるかと思って……。まぁホントかどうかわからないんだけどね」
そう言ってチキータは笑った。