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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第三章「風雲の料理人ギルドランク試験編」
31/99

29 火鍋のチキータVS新人イビリのチーサンショク ■


 料理人ギルドによるS級ランクの認定の本試験には十六人の料理人が残った。

 本試験は料理人ギルド本部の大厨房でおこなわれるという。

 本戦の初日、ハヤトの助手にはユミが、チキータの助手には西がそれぞれついた。ところが初日には対戦がない料理人もいるらしい。

 本戦はAリーグとBリーグに分かれ、八人ずつのトーナメント戦をおこなう。そしてAリーグとBリーグの勝者で決勝戦をおこなうらしい。

 ①から⑧番の数字が書かれたくじを引き、今日は①番と②番を引いたものだけが戦うことになる。

 西はいつも通り文句を言っていた。


「手伝ってやるのはいいけどよ。試合がないかもしれないことは先に言ってくれよ」

「ごめんね、ニシくん。例年のやり方をすっかり忘れてたよ」

「いやまあ別にいいけど……」


 西もチキータには弱いようだ。

 ハヤトはチキータを誘ってくじを引く。


「ともかく、くじ引きがはじまったんだから引きに行こうぜ」


 その時だった。ハヤトの目の前を黒装束の人物が通り過ぎる。男か女かすらもわからないほどに身体を隠していた。

 ハヤトは思わず声をかけた。


「お、お前、やっぱり来たのか?」


 黒装束の人物はハヤトのほうを向く。


「アイスティアだよな? 俺の店に全然来なくなったから心配してたんだぞ」


 ハヤトは親しげに話しかけるが、黒装束の人物は一言。


「ふん」


 と言うだけでくじを引いて去っていく。ハヤトの目にチラッとBの⑧という文字が見えた。

 声は女だったと思うがアイスティアなのだろうか? Bの⑧ならBリーグの第四試合か。


「無視されちゃったよ……でも戦えば、絶対にわかるぜ!」


 ブラックアイスとも早く戦いたいとハヤトは意気込む。

 チキータがくじを引いて戻ってきた。


「私はBの②だ。初日の第一試合だから西くんに来てもらって無駄にならなかったね」

「そうみてえだな。よーし、俺もBリーグを引くぞう」


 ハヤトは気合を入れてくじを引いた。一刻も早くアイスティアやチキータと戦いたい


「Bの①を引きなよ! そしたら初日で私と戦えるよ」


 チキータはハヤトに声援を送った。しかし……。


「Aの③か」


 ハヤトは第二試合しかもAリーグだった。Bリーグのアイスティアやチキータと戦うには、Aリーグでトップに立たなくてはならない。

 しかもBリーグで勝ち残ったほうのどちらか一人だけだ。


「あ~ん残念。でもハヤトと私で決勝だね」


 チキータは明るく言ったが、ハヤトはどちらかとしか戦えないことを残念がっていた。

 すると、二人に声をかけてきた人物がいた。手にBの①と書かれた紙を持ってピラピラと見せつけてくる。今日チキータとBリーグで戦うことになるくじだ。


「仲のよろしいことで。だけどチキータちゃんはまず、俺に勝たないとな」

「ぐっ。テメーは! チーサンショク!」


 声をかけてきた人物は予備試験前にハヤトに下剤を盛ったチーサンショクのオッサンだった。

 彼は五、六人の料理人を引き連れていた。どうも全員仲間でベテランチームのようだ。

チキータは余裕の笑みを浮かべる。


「へ~、チーサンショクさんは私に勝てるつもりなんだ?」

「もちろん。俺たちはチームでここまで這い上がってきたんだぜ。例年の判定方法を知ってるだろ?」

「うん。知ってるよ。チーサンショクさんは本戦に来たのは初めてだから噂で聞いてるだけだろうけど、私は本戦に何度も上がってるからね」


 判定方法? チキータにはわかっても、初めてのハヤトにはわからなかった。どんな採点方法なのかと聞くが、チキータは笑って答えない。

 二人はユミと西が待っている場所に戻った。

 すると試験官が言受験者の注目を集めるように、大きな声を上げた。


「それでは両リーグのトーナメント表を発表する」


 試験官が板にかかった布を取ると、二つのトーナメント表が現れた。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 ハヤトはAの③だから第二試合で戦いは明日ということになる。相手はAの④。ハッサンと書かれていた。

 確か……。


「ハヤトの相手は麺王ハッサン。ドワーフの民族料理『麺』の達人だよ」


 チキータがハヤトに教える。チーサンショクの情報通りだ。麺料理の達人のドワーフ。好敵手だ。相手にとって不足はない。

 それはハッサンにとっても同じようだ。ハヤトがハッサンを見ると、ヒゲに隠された口元がニヤリと笑ったように見えた。

 他にもハヤトが気になっているのはBリーグの⑧だ。やはり、あのアイスティアなのだろうか。背丈もよく似ているけど。

 そんなことを考えていると、試験官がまた大きな声を出した。


「本日の戦いはAリーグの第一試合がディートとポンリーチ! Bリーグの第一試合はチーサンショクとチキータだ!」


 ハヤトは思う。Aリーグの第一試合はエルフの人か。確か『山菜料理の女神ディート』とか言っていたな。相手はチーサンショクの仲間の一人のようだ。勝ったほうが次の俺の相手だ。


「ルールについて説明する。それぞれの料理人が一つずつ条件を出すことができる。例えば肉料理などだ。これが勝負の鍵になる。自分に得意な条件を言うのもいいだろう」


 なるほど。例えばエルフの人だったら山菜料理というのかもしれない。相手が肉料理と言った場合は山菜と肉を使うのかとハヤトは考えた。

 でも条件が矛盾したらどうするんだろう?


「調理時間は日没まで。そして判定方法だが……受験者の諸君らが判定人である。より美味いと多くの者が判定したほうを勝ちとする」


 ユミが小さな声でハヤトに言った。


「そ、そんなのズルいじゃん。だってチーサンショクさんはチームで協力し合ってるんでしょ?」


 ハヤトはチキータの余裕の笑みを思い出した。


「ユミ、本戦は……いや料理はそれほど甘くないよ」

「そんなこと言ったって、チーサンショクさんは五票ぐらい組織票がありそうだよ?」

「まあ見てなって。ほらチキータとチーサンショクがお互いの条件を決めるみたいだよ」


 ユミがハヤトの指し示した方向を見ると、チキータとチーサンショクが対峙していた。


「俺の条件は会場で用意されている食材を使うことにさせてもらう。竜人が本気になったらどんな高級食材の魔物でも捕ってきてしまうだろうからな」

「じゃあ私は火を使った温かい料理という条件にしてもらおうかな」


 チキータは温かい料理、チーサンショクは会場の食材という条件にしたようだ。

 ちなみにAリーグの『山菜料理の女神ディート』は山菜の使用を条件にした。対するポンリーチは使える山菜は竹の子のみという条件にしたらしい。ディートに様々な山菜を使われたら不利になるという判断だろう。

 その提案に山菜のディートも試験官も異を唱えなかった。こういう条件の使い方もアリなのかとハヤトは理解した。


「それでは日没までに五十人分の料理を作れ!」


 試験官の合図とともに本戦の戦いははじまった。

 ちなみに五十人分の料理には助手の分も含まれて試食できるらしい。判定には参加できないがB級以下の料理人も試食して勉強しろという意味だろう。

 四人の料理人とその助手たちは食材集めからはじめた。本戦の会場は料理人ギルド本部の大厨房だけあって、様々な食材が山のように積まれている。

 助手になっている西もチキータの指示で会場の食材を集めていたようだが、しばらくすると少し離れた場所で見学しているハヤトたちのところにやってきた。


「俺はもうお払い箱みたいだ。後はチキータが一人でやるってよ」

「そうか」


 高級食材の魔物でも取りに行くなら西の手も必要かもしれないが、チキータとチーサンショクは会場内の食材を使うことになっている。

 料理素人の西ではこれ以上チキータの料理を手伝えることはないのだろう。


「西、ところでチキータはどんな食材を選んでた?」

「すげーいろいろ集めてたぜ。アワビ、ホタテ、牛肉、スッポン、ナマコ。キノコとか変な人参とかもあったかな?」


 それを聞いたハヤトは素っ頓狂な声を出して立ち上がる。


「マジか!?」


 その反応にユミが心配そうに声をかける一方、西はダルそうに椅子にもたれかかった。


「ど、どうしたの、ハヤト?」

「コイツの料理リアクションを相手にしてたらキリがねえぞ。俺はできるまで寝てるわ」


 西は会場に用意された椅子で器用に寝てしまった。

 ハヤトはブツブツと「まさかアレをやるのか?」、「しかし五十人分だぞ?」、「時間はどうする?」と一人でつぶやき続けてユミを心配させていた。

 会場によい匂いが漂い、会場にいる誰もが空腹に我慢できなくなったころ、調理時間の終了が宣言された。


「調理そこまで! 判定に入る!」


 おそらくチキータが作るのは地球で言えばあの料理だとハヤトは予想していた。しかし、この短時間で間に合ったのか?


「それではAリーグから試食に入る」


 試験官が進行していると、それを呼び止める人物がいた。チキータだ。


「ちょっと待ってよ。Bリーグの条件は温かい料理なんだ。私の料理はちょっとやそっとじゃ冷めないけど、チーサンショクさんの料理が冷めたら可哀想だよ。先にBリーグから試食してもらっていい?」

「なるほど。道理だな。Aリーグの二人に異存はないか?」


 ディートもポンリーチもうなずいた。


「万年予選落ちの俺が、今年はついに本戦に出れたんだ。その執念をぶつけてやるぜ」


 チーサンショクの言葉にチキータが返した。相変わらず余裕である。


「予選は他の料理人や助手とも協力し合える課題が続いたからね。本戦はどうだろうね?」


 ユミと西は、チーサンショクたちの仲間内の得票を心配した。


「そんなこと言ってるけど本戦だって組織票があるじゃない」

「う、う~ん。負けるかもな」


 不安がる二人をよそにハヤトは笑う。


「大丈夫。組織票とかそういうこざかしいこととは無関係のところに真なる美味い料理は存在する。俺の予想が間違っていなければ、チキータはそういう料理を作ったはずだ」


 ハヤトたちの前に複数の料理と琥珀色のスープが運ばれる。

 チーサンショクは豪華絢爛な料理の数々を出してきた。

 一方、巨大な鍋から汲み分けられた一杯のスープが、チキータの料理だった。


「え? チキータさんの料理はこれだけ?」

「そうみてえだな。マジで大丈夫か?」


 ユミや西が心配するのも無理はない。

 並べられた料理の数々。その九割がチーサンショクのものだった。見た目から華やかで、素人でも決して技量の低い者が作った料理ではないことがわかる。


「まあ食わなきゃわからない。ともかく食おうぜ」

「そ、そうね」


 二人が食べようとするのを見て、ハヤトが笑って止める。


「待てよ。ちょっと質問したいんだけど、二人は数々の料理の中でどれから食おうとした?」


 西はいらついたようだ。


「おい、腹減ってんだから謎かけなんかやめろ。チキータのスープだよ」

「私もそうだけど?」


 ハヤトは「やっぱりそうか」と一人でうなずく。


「やっぱりってなんだよ?」

「豪華絢爛な料理もあるなかで薄味そうなスープからか?」


 ハヤトの言葉にユミと西が顔を見合わせる。


「だって私たちはチキータさんの味方だし……」

「ユミ、西、周りの料理人や助手たちがどっちの料理から食ってるか見てみろよ。チーサンショクの仲間たちでさえ」


 そう言われてユミと西は、周りの人たちを見渡した。皆、豪華絢爛なチーサンショクの料理の数々には目もくれず、一心不乱にチキータのスープを飲んでいた。


「な、なんだこれ?」

「ど、どういうこと?」

「それがこのスープの秘密……」


 とハヤトは一人で納得してスープを飲みはじめた。


「おい! 謎かけしといて答えねえんだったら止めるんじゃねえよ! もう食うからな!」

「わ、私も!」


 二人もやはりスープから飲みはじめる。

 その瞬間、話す者が一人もいなくなり、会場にスープを静かに飲む音だけが響きわたる。そのうち、それさえも聞こえなくなり、シンと静まり返った。

 スープを飲み終わった者たちは次の料理に手を付けることもせず、スープの余韻に浸っていたのだ。

 その状況を冷静に見ることができたのは試食をしていないチキータとチーサンショクのみ。

 いや、チーサンショクは冷静に見ていることはできなかった。


「お、おい! 俺の料理も食えよ! お前ら」


 そう言うと、ハッと気がついたチーサンショクの仲間の料理人たちが、豪華絢爛な料理を少しだけつつく。

 チキータは笑って言った。


「チーサンショクさんがお前らって言ったのは、この人たちなんだね」

「う、うるさい!」


 他の料理人もさも判定のためといった感じでチーサンショクの料理を少しだけつつくが、判定をすることもない助手たちはもっとスープを飲みたいという顔をしている。

 もちろんユミと西もそうだった。


「なんだこのスープは……マジで美味えぞ。こんなの飲んだことねえ」

「ホント……ねえハヤト。いったいこれは?」


 ユミに聞かれ、ハヤトはようやく、謎かけの答えを教えた。


「これは地球でいうところの佛跳牆ファッチューチョンという中華料理のスープだよ。『佛』は僧侶、『跳』は跳ぶ、『牆』は壁という意味らしい。厳しい修行中のお坊さんですら、この匂いを嗅いだら我慢できず、壁を越えてやってくるというスープさ」


 ハヤトの説明はさらに続いた。本来このスープは様々な高級な食材の乾物を何日もかけて煮だす。その料理の値段は材料によって決まり、数百万になる場合もある。


「でもチキータのスープは、乾物ではない。生の食材を使ってこの味を出したんだろう。確かにカッチカッチに乾燥した乾物よりも味は早く出るが、個性の強い食材同士を生のまま調和させることがいかに難しいか」


 火鍋のチキータ。きっと素材ごとに完璧な温度調節で旨味を引き出して、それを合わせたスープなのだろう。

 勝敗を決する時が来たようだ。試験官が判定人たちに声をかける。


「それでは判定に入る。Bリーグの第一戦、チーサンショクの料理を上と判定する者は?」


 一人も名乗りを上げない。チーサンショクの仲間の料理人たちでさえも沈黙したままだ。


「な、なんでだよ! 誰もいないのかよ!」


 チーサンショクは仲間の料理人たちを怒鳴る。彼らは顔を逸らすことしかできない。

 試験官が会場を見渡した。


「チキータの料理が上と思う者は聞くまでもなく全員だな」


 それを聞いてチーサンショクが叫んだ。


「なんでだよ!」

「黙れ! チーサンショク! もしお前の料理のほうが美味いという者がいたら、そんな奴はその場で俺が失格にしていたぞ!」


 チーサンショクは試験官の言葉を聞くとがっくりと項垂れ、その場に座り込んだ。


「料理人ギルドS級認定試験。Bリーグの第一試合はチキータの勝利とする!」


 チキータは予備選に通って喜んだ時と違って、当然という顔をした。

 ハヤトは、チキータと戦うまでは絶対に負けないという気持ちを新たにするのだった。

毎日更新していましが次回から不定期更新になります。

よろしくお願い申し上げます。


今情報が出てる有力候補者

『火鍋のチキータ』

『麺王ハッサン』

『剣神十二包丁のガラハド』

『料理賢人のロウ』

『山菜の女神ディート』

『S級破りのハヤト』

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