03 料理人はまかないで成り上がる
ついに料理を作ります。
ハヤトがステータスプレートで自分の弱さを確認してから一週間がすぎていた。
ハヤトたち、元2年B組のクラスメートは神殿騎士団の寮で生活している。
神殿騎士団とは、異世界バーンの人間の多くが信仰している宗教『グレスト教』を母体とした組織だった。
ハヤトがいるグレスト教の騎士団本部は、人類が統治しているイリースという国の国内にあり、各国の支援や寄進で成り立っている。ちなみに団長はイリース人である。
犬飼先生は団長に促されて、イリース国の王宮で政治家になるために学んでいる。
ハヤトは神殿騎士団を人間の代わりに魔族や魔物と代理戦争をする集団と理解した。そしてそれは正しかった。この世界はステータスや適性職業がステータスプレートですぐわかる。神殿騎士団は魔族と戦う適性のある者たちの集まりだった。
「俺は魔族と戦う適性なんて皆無だけどね」
ハヤトは神殿の食堂の厨房でジャガイモの皮を剥きながらつぶやいた。そろそろ夕方になる。今ごろクラスメートたちは実践訓練で魔物と戦っているだろう。
クラスメートたちの一日は魔王軍と戦うための修業の日々だ。
起床して神殿の食堂で朝食を食べたら、午前中は異世界の常識や魔物や魔法について日本の学校のように座学の授業を受ける。昼食を挟んで、午後は神殿騎士団と魔物相手の実践訓練に出かける。そして暗くなればお腹を空かせて帰ってくる。
しかし、ハヤトだけはクラスメートと一日が違う。
まず他のクラスメートよりも早く起床して、神殿内の食堂の厨房に向かうのだ。騎士たちやクラスメートの朝食を料理人仲間と準備しなければならないからだ。
準備が終われば、ハヤトもクラスメートと朝食を食べる。そして午前中はクラスメートと座学の授業を受ける。しかし、実践訓練にはいかないハヤトは、昼食を食べたら屋外で魔物相手に戦うクラスメートと別れて再び厨房へ向かう。
食器を洗うなど昼食の片付けをした後は、最大の山場である夕食の下ごしらえと調理をしなくてはならない。だから夕食はクラスメートを含む食堂の利用者と悠長に飯など食っていられなかった。食堂を閉めた後に厨房の仲間たちとやっと『まかない飯』を食べることができる。
「まあ給料も出してもらうことになったし、料理は好きだから別にいいけどね。これも自由になるためのステップさ」
ハヤトが黙々とジャガイモの皮むきをしていると、食堂の料理長のハリーから声をかけられた。
「おー、もうこんなに剥いてくれたか。助かるよ」
どうもこの異世界は料理人のスキルである『刀工』のレベルが、野菜や肉のカットに影響するようだった。ハヤトの刀工LV07というスキルレベルはハリーをも超えている。ハヤトは謙遜して言った。
「いえ。そんな。俺は入ったばっかりですから」
「ところでハヤトくん。下ごしらえはもういいから、今日もアレをお願いできるかな?」
「え? 今日もいいんですか?」
「ぜひ、頼むよ」
ハヤトは嬉しくなった。ハリーが頼んだことは厨房仲間のまかない飯作りだった。まかない飯は厨房仲間が交代制で作っているのだが、先日、ハヤトが作ったまかない飯がとても美味しかったということで今日も頼まれたのだ。それは厨房の先輩たちに認められたということでもある。
神殿の食堂は利用者の数が多いので手間がかかる料理は出せない。
たとえば今日のメニューはジャガイモをマッシュポテトにしたものと、大鍋に具材をぶち込んだだけのスープだ。どうしても下ごしらえが中心の作業になってしまう。
それにイリース国の主食はパンだった。毎日パンを焼くことになるのだが、これも料理するというよりはただの作業だった。
しかし、まかないであれば少人数だから多少は凝った料理を作って、創作の楽しさという料理の醍醐味を味わうことができた。
厨房の先輩たちも地球の料理に興味が尽きないようだ。プロ相手に気合も入るが、臆することはない。ハヤトの料理好きは超高校級だ。
「異世界には冷蔵庫がないから、厨房にある食材を使わないとね」
ハヤトは食材の吟味からはじた。今日の食堂のメニューのスープに使うキノコがある。名前も知らない異世界のキノコだが、味はしめじにそっくりだ。これを少しいただこう。
魔物ジャイアントボアで作ったベーコンも見つけた。ジャイアントボアはクラスメートが訓練のために狩っているらしい。見た目は大きなイノシシそのもので、味は高級な黒豚のようだ。脂身に甘みがあって美味い。これは絶対にイタダキだな。
この二つがあるなら、まかない飯のメニューは決まりだな、とハヤトは一人で笑ってうなずいた。
働いていた厨房の先輩たちの声が聞こえてくる。
「いやー疲れたなあ」
「さて。ハヤトが作ってくれる今日のまかない飯はなにかな?」
先輩たちの仕事も一息つけるようだ。ハヤトの周りに集まってくる。
「下ごしらえは終わっています。すぐにできますよ」
それを聞いた副料理長のルドルフがハヤトに聞く。
「ほ~コレは小麦粉をこねて糸状に伸ばしたものかね?」
「当たり! これを茹でるんですよ」
バーン世界のどこかにはあるかもしれないが、イリース国には小麦を麺にする料理はないようだった。ルドルフは下ごしらえでハヤトが作っていたパスタ麺について聞いてきた。ハヤトは料理するときだけは器用で手早い。
厨房の先輩たちは熱湯の中で泳ぐ麺を興味深そうに見ている。
その間にハヤトは熱したフライパンに油をひく。なんの果実かはわからないが、オリーブオイルによく似た油だ。これからはもうオリーブオイルと呼んでしまおう。他の材料も日本にあるものと似ている材料は日本名で呼ぶことにした。
フライパンが温まったら、小さく刻んだニンニクと鷹の爪を入れる。ニンニクとオイルのいい香りがしてきた。そして先ほど選んだキノコとベーコンを入れる。動きも滑らかだ。
ハヤトは麺を茹で終える時間も計算しているようで、キノコとベーコンも同じタイミングで炒め終えた。麺と具材を絡める。味付けは塩と隠し味にアレを少々っと。
「完成っと! 『キノコとベーコンのパスタ』です!」
ハヤトは自信満々に厨房の先輩たちにパスタを出す。
「いやー美味そうだなあ。でもコレどうやって食べるんだい?」
「こうやってフォークで巻き込んでズルズルと」
「音をたてて食うのかい?」
「本当は静かに食べるらしいですけど、多少は音をたてたほうが美味しいですよ」
イリース国では音をたてずに食べるのが普通だ。パスタの本場イタリアもしかり。しかし厨房の先輩たちは美味しい料理を美味しく食べるためだったら禁忌も犯す人たちだった。
一斉にズルズルと食べはじめる。
「美味いな~、小麦粉をこうやって糸のように伸ばして茹でただけなのに、こんなに美味くなるのか」
「これはニンニクの香りを利かせた油が伸ばした小麦に絡んで美味くなっているのでは?」
さすがは異世界の料理人たちだ。分析がするどい。だが隠し味には誰も気がついてないようだなとハヤトはほくそ笑んだ。隠し味は隠されているうちが華である。
「ははぁ。この料理には数滴だけど魚醤が使ってあるね」
料理長のハリーが言った。魚醤は魚で作る醤油味の調味料である。
「あー言われてみるとそんな風味がしますね」
「魚醤かー。気がつかなかったなあ。キノコの味とよく合っていますよ」
料理長は相変わらず凄いな、とハヤトは思う。
「これがハヤトくんの言う和風味ってヤツか。美味しいよ。まさかこんな料理に魚醤を使うとはなあ」
「召喚される前の俺の国では醤油っていう調味料をいろいろな料理に使ったんですよ。醤油は魚醤に似ているんです」
本日のまかない『キノコとベーコンのパスタ』も大絶賛だった。
これを食い終わったら皆と食堂の片付けをしないとなーとハヤトが思っていると、食堂に何人か入ってきた。
料理人たちの都合を考えないで食堂に遅れてくる不届き者もたまにいる。そういうときでも料理長はなにも言わずに食事を出すタイプだった。
だが遅れてきたのはハヤトの知り合いだ。星川優美、赤原勝、団長ヴォルフと他数人の神殿騎士。
彼らは『深淵のダンジョン』という難ダンジョンで訓練を積んでいるエースたちだ。来たるべき魔王との戦いでは先陣を切って戦うことになるだろう。
訓練は激しいのかボロボロになって帰ってくることがあるが、今日は特にひどかった。
ハヤトはなにか事情があったのだろうと察したが、クラスメートには「時間内に来てくれよ」と自分で言おうと厨房を出て彼らのそばにいった。
「訓練が大変なのもわかるけど、ちゃんと時間内に来てくれよ。もう片付けちまったんだぞ」
「すまん」
短い言葉で団長が謝罪する。やっぱり、おかしい。ハヤトの予定では赤原がヘラヘラと調子のいい言い訳をするはずだった。
「あ、いえ。まあ大丈夫っすけど。ところで勇者の清田はどこいったんだ? アイツは夕飯いらないのか?」
「……」
皆が押し黙った。長い沈黙……。ハヤトがまさかと思ったのと同時にユミが泣き崩れる。
そしていつもふざけている赤原が悲痛な声をあげた。
「盾役の俺がドジ踏んじまったから」
話を聞くとこういうことだった。騎士団に強力な防具を支給されて盾役を見事にこなしていた赤原だったが、盾役に飽きて斬りこんでしまったらしい。
そのせいで不幸が重なってしまい、勇者の清田がパーティーを守ろうとしてなんやかんやで深淵のダンジョンの未踏破の地下層に落ちてしまったらしい。
助け出したくても全滅の恐れが強く、いったん退いたということだった。
「マジかよ……。でも大丈夫なんじゃねえの? アイツ勇者なんだしよ」
「無理だ。あのダンジョンは地下10階を超えると魔物も急に強くなるし半端じゃねえよ。清田は少なくとも地下30階より下に落ちたんだぞ」
あの赤原がこんなことを言うなんてとハヤトは思う。赤原はすっかり意気消沈していた。それを見た団長が力強く言った。
「ともかく飯を食おう。明日は騎士団の選りすぐりで捜索するから心配するな」
しかし、ユミも赤原も食欲はなさそうだった。
「ご飯なんて食べる気に……」
「食べるんだ。食わないと体力も魔力も回復しないぞ」
団長は二人に体力と魔力を回復させるためにも無理をしてでも飯を食えと言った。
ハヤトはこういうときこそ俺の出番だと思う。ハヤトは清田を信じている。そして料理の力も……。
ハヤト自身は普段から美味しいまかない飯を食っているが、ユミと赤原は食堂の飯を食べている。料理長たちが一生懸命作っているので食堂の食事も決して不味くはないけれど、二人はまだ異世界の料理には慣れていない。今、ハヤトが作るべき料理は決まっている。
「料理長、俺が作っていいですか?」
「うん、作ってあげなさい」
料理長のハリーは意図を察したようで笑顔でウインクした。冷蔵庫の存在しない世界。食材は限られている。作るのはさっきと同じ。キノコとベーコンのパスタだ。
だが今度は隠し味だった魚醤を強く利かせる。それによって趣を変える。
落ち込む二人と騎士たちの前にパスタを運ぶ。素人でも醤油風の香りに気がつくはずだ。
「え? パスタ? それにこの香り……」
「ひょっとして醤油かよ!」
ユミと赤原が急に眼の色を変える。落ち込んでいるから気がつかないだけで、腹は減っているはずだ。そして、和風の味ならなおさら飢えているはず。
「美味え。美味えよ。コレ葛城が作ったのか?」
「ホントに……美味しい」
食欲がないと言っていたユミと赤原に出した大盛りの皿は綺麗になくなっていた。
「『異世界風キノコとベーコンの和風パスタ』だ」
「ハハハ。なんで風が二回もあんだよ」
そう言いながら赤原は笑った。つられてユミも笑う。元気になってくれたようだ。団長や騎士たちも美味いと褒めた。
これだから料理はやめられないとハヤトは思う。料理の究極は技ではない。作るものと食べるものの気持ちだ。
◆◆◆
翌日からの清田捜索であったが、団長ヴォルフを含めた神殿騎士団の選りすぐりを集めてもいい結果は得られなかった。
強力な魔物だらけの未踏破階層を進むのは困難を極めた。
ユミや赤原もそれに参加していつも傷を作って帰ってきた。その間、ハヤトの料理が二人を支えたのは言うまでもない。
しかし二週間後には……。
「は、腹減った」
なんと清田は深淵のダンジョンの奈落から自力で帰ってきたのだ。
清田は帰ってくるなり食事を要求して、ハヤトが作った小麦のかゆを手づかみでむさぼり食っていた。
「お、おい。誰も盗らねえよ」
「ガルルルルル」
「完全に野生化しとる……深淵のダンジョンはそんなに辛かったのか?」
清田によれば深淵のダンジョンの未踏破層では飢えが一番辛かったらしい。超強力な魔物にも襲われたが、清田はその度に勇者としての不思議な力を覚醒させて、魔物を返り討ちにしていたらしい。しかし、深淵のダンジョンの魔物は毒持ちばかりで食うことができなかった。魔物よりも恐ろしい猛烈な飢えに清田は襲われた。光を発する気持ち悪いコケと地下水で飢えを凌ぎながら死ぬ思いで這い上がってきたとのこと。
どんなツワモノも食べなければ生きることはできないのだ。
ハヤトは飯を食いすぎて動けなくなった清田のステータスプレートをチラ見した。
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清田 光 17歳 男 レベル:27
適性職業:勇者
体力:323
筋力:267
耐性:228
敏捷:202
魔力:223
魔耐:243
スキル:剣術LV04・天魔法LV03・限界覚醒LV02・勇者補正LV05
対魔族補正・勇者専用装備可能・覇気LV03new・光紋章LV01new
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「お前はどんだけチートなんだよ。どっかで見たクソ強そうなスキルも、増えているしよ」
ハヤトのまかない飯は噂になって、日本の味を懐かしむクラスメートたちに毎日のようにせがまれた。ユミも『キノコとベーコンの和風パスタ』の味が忘れられないらしく、こっそりハヤトのまかない飯を食べにくるようになった。
本日のメニュー
『きのことベーコンの和風パスタ』
魚醤で味付けした和風のパスタです。