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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第三章「風雲の料理人ギルドランク試験編」
29/99

27 予備試験 課題「魔物料理」後編

 結局スライムはどう調理しても特別美味しい料理にはできそうになかった。他の魔物を狩るしかない。

 しかし、佐藤はいつもはクラスメートともっと強い魔物を狩っているので、弱い魔物の情報を持っていない。

 そのためハヤトたちは街に戻って冒険者ギルド本部を訪れることにした。冒険者ギルドに行けば、街の周辺にいる弱い魔物の情報を得られると思ったからだ。

 監視員のオッサンの話によれば、登録した助手以外の手助けで魔物を狩るのは違反だが、情報を得るのは問題ないとのことだった。


「へ~、ここが冒険者ギルドの本部か。ユミにも聞いていたけど小さいね。料理人ギルドのほうが大きいや」


 監視員のオッサンは少し嬉しそうだった。冒険者ギルドに対抗心があるんだろうかとハヤトは思う。

 ハヤトたちは冒険者ギルドの本部に入った。ちょっと大きい家と変わらないヨーロッパ風の石造りの建物である。

 ロビーも料理人ギルドとは違って閑散としていた。受付嬢も二十代半ばぐらいの女性が一人だけだ。色気はあっても仕事のやる気はなさそうだった。暇そうに爪を磨いている。

 ハヤトは仕事を依頼するため、その受付嬢に声をかけた。


「すいませーん」

「なんのご用? 冒険者になりたいっていうならやめたほうがいいわよ」

「あ、いえ。この辺の魔物の詳しい情報を貰いたいんですが、今すぐ紹介できる冒険者さんはいらっしゃいませんか? 相場の倍でも三倍でも払いますから紹介してくれませんか? できれば早く……」


 ハヤトは店が繁盛しているので結構金持ちである。必死になっているハヤトに、受付嬢は笑った。


「そんなことならわざわざ冒険者ギルドに依頼しなくてもいいわ。凶悪な魔物が住み着いてしまったとか、難ダンジョンからレアな素材を持ってきて欲しいとか、そういう場合に来て。優秀な冒険者に依頼してあげる」

「じゃあ俺のようなショボイ依頼はどうしたらいいの?」


 受付嬢はギルドの入り口を指差した。


「ギルドから出てすぐ向かいの建物の地下がバーになってるわ。朝から飲んだくれている冒険者気取りがいくらでもいるから、お酒の一杯でも奢れば喜んで教えてくれるわよ」

「ああ、そういうことか。すぐ近くに冒険者ギルドの初級支部があったんですね」

「そうそう。お店のマスターにちゃんと挨拶して、事情を話してね」

「ありがとー」

「どういたしましてー」


 受付嬢は書類を書かなくてもよくなったと、また爪を磨きだした。

 すぐにハヤトたちはバーへと向かった。なるほど冒険者ギルドが閑散としてるわけである。

 店の中はかなりの広さがあるのに、椅子のほとんどが酔っぱらいで埋まっていた。

 ハヤトはマスターに事情を打ち明けた上で質問した。


「この人たちを一日飲み放題、食い放題にしたらいくらかかります?」

「そうだな、五十万イェンぐらいかな。ウチは安酒に安いつまみだから」

「じゃあ七十万イェン払うから頼みます」

「おーけー」


 マスターは手を何度か叩いた後に叫んだ。


「おい! おめえら! 今日はこの兄ちゃんが飲み放題食い放題にしてくれた。酒と食い物がなくなるまでタダでガンガンやってくれや」


 店の中は酔っ払いどもの歓声で溢れかえった。マスターの側にいたハヤトたちに続々と酔っ払った冒険者が集まってくる。


「おう。兄ちゃん、あんがとな~」

「いやあ。ちょっと聞きたいことがあってさ」


 そう言うとマスターが口添えをしてくれた。


「その兄ちゃんはこの辺の弱い魔物について聞きたいんだと」

「へ~、じゃあ俺が教えてやるよ。マスター、ビール追加ね」


 冒険者たちの話によれば、首都セビリダの周りには先ほどのスライム、中型犬ぐらいの大きさの蟻であるブラックアント、全長二メートルの大ミミズであるビッグワームなどの魔物がいるらしい。


「その中で食えるのってある?」

「食えるかどうかだって? さーなー」


 多くの冒険者は食うために魔物を狩っているわけではない。魔物の被害が多くなると、市民や政府から依頼が出され、報酬を得ることができるから狩っているだけなのだ。

 しかし中には変わり者もいる。


「俺は全部食ったよ」

「ほんと!?」

「まー、全部まずかったけどな」


 話を聞いてみるとブラックアントは外骨格しかなく、大ミミズはかたーいゴムを食べているような感じだったらしい。


 どちらもあまり美味くはなさそうだ。まあそこらにいる魔物が美味かったら、ハヤトのアンテナに引っかかりそうなものである。

 諦めかけたその時、一人の冒険者が言った。


「そういえば最近はお化け沼にもキングフロッグが出なくなったなあ。アレは美味いって言ってる人もいたけどな」

「え? なんですか? キングフロッグって」

「ここから小一時間の沼に出てくるカエルの魔物だよ。最近はあまり見ないけど。昔は結構人間を襲う被害があったから、退治しすぎていなくなっちゃったのかもな」


 その話に辺りの冒険者たちも「子供のころはよくいた、よくいた」と口々に相槌をうった。


「マジっすか。この中でキングフロッグを食った人はいないんすか?」


 地球のカエルは食べられる種類も多い。ハヤトは色めき立ったが、キングフロッグを食べたと言う冒険者は、ここには誰もいなかった。

代わりに一人の冒険者がある提案をした。


「俺はたまにギルドの依頼用に魔物の絵を描いたりもしてるんだけど、サササッと描いてやろうか?」

「ぜひ、お願いします!」


 バイトで魔物の絵を描くというだけあって冒険者の絵は上手かった。完成した絵を見てハヤトは喜んだ。


「大きさは人間の腰ぐらいまであるけど、見た目は日本のウシガエルと同じだ!」

「ウシガエルって?」

「別名食用ガエルって言われている外来種のカエルだよ」

「美味しいの?」

「高級料亭には出てこないけど唐揚げにするとめっちゃ美味いよ! 異世界でもきっと同じだろう」


 冒険者の一人が捕獲の仕方を教えてくれる。


「まずは網でザリガニを取ってよ~。潰して池の周りに撒けば、匂いで出てくっかもしれねえぞ。アイツはザリガニが大好きだから」


◆◆◆


 一行はお化け沼にいた。ハヤトは童心に返ってザリガニ取りをしている。監視員のオッサンもやりたかったようで、手を出せない代わりに口で「こっちだ。あっちだ」とザリガニがいる場所を教えてくれる。

 ハヤトもおばあちゃんの家の近くにザリガニがよく取れる小川があったので、取り方を心得ていた。


「よし! 酒場の冒険者が言っていたようにこれを潰して池の周りに撒いてみよう」


 ザリガニを撒き、三人は近くの茂みに隠れた。すると……ビヨーンと気色の悪いピンク色の餅のようなものが池から飛び出て、潰したザリガニを拾っていく。

 三人はきっとキングフロッグだろうと無言で顔を見合わせた。池の近くにあったザリガニをすべて平らげてしまったキングフロッグは、池から遠い場所に撒かれたザリガニも食べるために水の中から姿を現した。


 話よりでかい……自分の胸ぐらいの大きさはある魔物にハヤトは少し怖気づいた。しかしチャンスはあまりないだろう。逃げるわけにはいかない。


「よし! 佐藤、俺に支援魔法をかけまくってくれ」

「うん! プロテクション! オートヒール!」


 佐藤はかけられるだけの支援魔法をハヤトにかける。監視員のオッサンはハヤトの肩をポンッと叩く。


「もし命が危ないと判断したら止める。その場合は失格だ。だが頑張れよ!」

「はい!」


 ハヤトは出刃包丁を構えてキングフロッグに対峙した。キングフロッグはハヤトのほうを見てじっとしている。


「先手必勝だ。おりゃあああああ!」


 ハヤトはキングフロッグに突っ込んだ。キングフロッグはゲコッと鳴いて口を開ける。

その瞬間、ハヤトはピンクの舌で顔面をはたかれて吹っ飛んでしまった。口から伸びる舌はハヤトには見えなかった。


「ぐわっ! いっちー」

「大丈夫! 葛城くん!」


 佐藤の支援魔法のおかげで立つことはできたが、かなりのダメージを受けた。しかしチキータが待っている。それに本試験にはアイスティアもいるかもしれないのだ。

 寝てなどいられない。


「大丈夫だ」


 今度は顔面を両腕でガードしながらハヤトは突進する。しかし……。

 胸、みぞおち、太もも。次々にがら空きの場所を伸びる舌ではたかれてしまう。一撃一撃が木のバットで殴られるような痛さだ。


「ぐううううう。なんのこれしき」


 そうは言ったが、前に進むことができない。ついに片膝を突いてしまった。ハヤトには自動で回復する魔法もかかっているが、佐藤が近くに寄って回復魔法をかさねがけする。

 ハヤトの身体はすぐに回復して再び突撃するが、舌の連続攻撃で近寄ることができない。


「佐藤。こうなったらお前が俺の背中を押して盾にして、回復魔法をかけながらカエルに突っ込んでくれ!」

「えええええ!?」

「それしかねえ」

「じゃ、じゃあ」


 佐藤はハヤトを文字通り盾にしてキングフロッグに突っ込んだ。盾になったハヤトには舌が当たりまくる。


「いでででででで! 気にせず、そのまま行け!」


 異世界に来てレベルを上げた佐藤は力も強い。男のハヤトを盾にしたまま軽々と押して、キングフロッグの本体に辿り着く。


「佐藤、今だ! 俺をキングフロッグにぶん投げろ!」

「えええ!? そんなことできない!」

「いいからやれ~っ!」


投げ飛ばされたハヤトはキングフロッグの体にしがみついて、出刃包丁を突き刺した。

 一人と一匹は池の周りの泥の上を転がり回ったが、ハヤトには支援魔法のオートヒールがかかっている。

ついにキングフロッグは動かなくなった。


「おお! キングフロッグが昇天したみたいだ。食材になったからか、刀工スキルで簡単に捌けるようになったぞ」

「やったね……怖かった」

「うん。多少危険な戦い方だったが、見事だぞ。ハヤトくん」


 佐藤と監視員も安堵の息をついた。しかしハヤトは休んでいられない。


「ありがとう。なんだかレベルも上がったような気がするぜ。ともかく傷まないように内臓だけ出して試験会場に急ごう」


◆◆◆


 会場には既にかなりの数の料理人が戻っていた。

 チキータと赤原の前には巨大な魔獣が横たわっている。監視員のオッサンがつぶやいた。

「アレはベヒーモス……」


 その単語にハヤトが反応する。ベヒーモスはドラゴン並みの旨味を持つ超高級食材として知られている。地球でも旧約聖書の中で、最後の審判の日に敬虔な人間の食料にされる魔獣である。

 だからハヤトは地球にいたころからベヒーモスを食ってみたいと妄想していたのだ。今それが目の前にある。


「だけどアレって……」

「そうだ。捕獲難度ランクS」


 捕獲難度ランクSは魔物のなかでもっとも捕獲が難しいとされるランクである。だがチキータと赤原は傷ひとつ負っていない。

 ハヤトも佐藤の回復魔法のおかげで傷はないが、全身泥だらけである。ちなみにキングフロッグは捕獲しようという者もいないのでランク外である。


「まあ日本でも誰も見向きもしないけど、ウシガエルは美味いんだぜ」


 ハヤトは日没ギリギリまで使って唐揚げを完成させた。

 佐藤と監視員のオッサンに味見をしてもらう。


「美味し~! カエルの肉ってこんなに美味しいんだ!」

「ああ、ウシガエルと味は同じだったよ。こっちのほうがデカイ分旨みが強いかな」


 佐藤はおっかなびっくり食べはじめたが、二個、三個と口に入れた。監視員も唸る。


「どうしてこれほどサクッと揚がっているのにジューシーなんだ?」

「肉の温度をあまり上げないで揚げることがコツなんだ。それを実現させるために一分揚げて五分休ませて四十秒揚げるっていう二度揚げをしているんだよ」

「それでか。アドバイスはできんが美味いぞ」

「じゃあ熱々のウチに試験官に持っていくね」


 ハヤトは試験官に審査をしてもらいに行く。


「ハヤトカツラギ! 第二次予備試験合格! おめでとう、本戦進出だ」


 ハヤトは喜びもせず、試験官の前から足早に去った。試験官は「あ、あれ?」という顔をしていた。

 ハヤトは既に合格をしていたチキータに唐揚げを持っていったのだ。チキータの料理は炭火で焼いたベヒーモスの串焼きだった。

 ベヒーモスの旨みたっぷりの脂と肉汁が炭火に落ちて、殺人的なまでの香ばしい匂いをかもし出している。


「フフフ。ハヤト泥んこだね。なんの料理作ったの」

「キングフロッグの唐揚げだよ」

「そっか……私はまあ見ればわかるよね」

「ああ……」

「ともかく皆で試食しようか」


 ハヤトと佐藤は一本ずつベヒーモスの串を受け取った。一方、チキータと赤原も唐揚げを盛った皿を受け取る。

 ハヤトはベヒーモスを口にした。


「がああああああああ。これが地球でも神話になっている肉の味かあぁぁぁ。うんめええええええ」

「本当……なんて言うか……美味しい肉汁が噛めば噛むほど出てきて」

「たまたま捕れたからラッキーだったんだけどね。ハヤトの唐揚げもすっごく美味しいよ。こんなにカラッと揚がってるのにジューシー。後でどうやるか教えてよ」


 二度揚げはバーン世界ではあまり使われない技術のようで、チキータにも褒められた。


「揚げ方だけじゃなくて下味つけるのもコツなんだけどね」

 苦笑いをするハヤトに赤原が横槍を入れる。

「確かに唐揚げも美味いけどな。ベヒーモスの串焼きとの差は素人の俺でもわかる。ベヒーモスのほうが美味いぜ」


 佐藤は悔しそうに俯いた。しかし赤原は勝ち誇ったような態度は見せなかった。


「だけどよ。ハヤトは泥だらけだけど佐藤はまったく汚れていない。このキングフロッグはお前が捕ったんだろ? 佐藤は魔物を殺せないからな」

「ん? ああ。支援魔法をかけまくってもらったけどな。最後はカエルまでぶん投げてもらったし」 

「ハハッ。マジか!」


 赤原は少し笑った後に佐藤のほうを向いた。


「お前はやっぱり根性あるよ。だから……引き分けだな」

「赤原くん……」


 どうやら赤原と佐藤の喧嘩は丸く収まったようだ。


「はー、もうこいつらの痴話喧嘩のせいでボロボロだよ。チキータ、もう一本ベヒーモスの串ちょうだい」

「はーい! どうぞ」


 座り込んで手を伸ばすハヤトにチキータはベヒーモスの串を手渡す。


「でもキングフロッグをここまで美味しく料理したなら、料理自体は私の負けだね」

「え? でもベヒーモスのほうが美味いし……」

「んーん。勝負の賞品ね」


 チキータは顔をハヤトに近づけると、ほっぺたに口をつけた。真っ赤になったハヤトは大慌てで辺りを確認する。

 幸い赤原と佐藤はバカップル化していて、気がつかなかったようだ。


「本戦で当たったら今度は必ず勝つよ!」


 チキータの勝利宣言に、しばらく答えられなかったハヤトだったが、少しして言い返した。


「あ……ああ! 俺も負けないからな。俺とぶつかるまで負けんなよ」


 二人は本戦での対決を誓い合うのだった。


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