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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第三章「風雲の料理人ギルドランク試験編」
28/99

26 予備試験 課題「魔物料理」中編

 料理のことに関しては、ハヤトは勉強熱心である。

 バーン世界で美味しいとされる魔物の知識は、ちゃんと頭の中に入っているのだ。

 しかし、スライムの知識は入っていなかった。ならば絶対に食すことはできないのか?

 普通のスライムなら毒は持っていないようだし、食えるのではないか?

 判断のつかないハヤトは神殿の図書館に行き、魔物について詳しく書かれている本を探すことにした。


「スライム……不定形の生物で体当たりや酸による攻撃をする。魔王に統率されていないスライムは、イタズラしたり踏まない限り襲ってくることはないが、スライム害によって毎年何十人もの死亡事故が確認されている」


 やっぱ死ぬこともあるのかよ……とハヤトは思った。熊害みたいにスライム害という単語もちゃんとあるらしい。


「お、味についても書いてある。なになに、スライムの肉は食べられないことはない。しかし食料というよりは水である。味は甘い」


 なるほど。つまり美味くないってことか。もし食材として素晴らしいものならば、バーン世界の料理の知識も積極的に追い求めているハヤトが知らないはずはない。本当に料理として使えないレベルなのかは一、二匹捕獲して、食べてみるしかないだろう。


「じゃあ佐藤に監視員さん。今から街を出て草原に行きます」


 イリース国の首都セビリダの周りは草原になっており、スライムはそこにいる。街を出て三分もしないうちに目的の生物を見つけた。


「いたよ……」


 水滴が地面に落ちた形状というか、アメーバのような形状というか、かと思えばプルンとした球体になりながら、スライムは草むらをゆっくりと移動している。


「大きさはアメーバ状になっている時がお好み焼き。球体になっている時はメロンぐらいの大きさのスライムだな。色も水色で見た目はあんまり美味そうじゃないなあ」


ハヤトはスライムの大きさを食べ物に例える。なにかの大きさを例える場合はいつもそうだった。

 見た目から想像したスライムの味は美味くはなさそうだが……弱そうだ。


「こんなのなら俺でも余裕で勝てそうだな。よし蹴ってみるか!」


 ハヤトが蹴ろうとすると、監視員が叫んだ。


「よせ!」

「え?」


 ハヤトは既にスライムを蹴っていた。スライムは一度飛んでいったが、すぐにピョンピョンと飛び跳ねて戻ってくると、ハヤトの胸部に反撃の体当たりをした。

 ハヤトにだけメキッというような嫌な音が聞こえる。そして、その場に転げまわる。痛みで何も考えられない。

 その間にスライムは草むらの奥へと去っていった。


「いででででででででぇ」

「クイックヒール」


 佐藤の回復魔法で痛みが和らぐ。


「ぐううう。これが漫画でいうところのアバラを持っていかれたってやつなのか……スライムってこんなに強いのかよ」

「支援魔法をかける前に攻撃しちゃダメよ」


 この世界の一般人はスライムと戦うにも入念な準備が必要らしい。それは先ほどの監視員の叫びぶりから察するに、別にハヤトに限ったことではなさそうだった。


「私には、担当受験生が無謀なことをするなら失格にできる権利もある。気をつけるように」


 数分後、ハヤトは立ち上がり、再びスライムを見つける。


「じゃあ防御力を上げるプロテクションと自動で回復がかかるオートヒールをかけるね」

「うん。頼む」


 ハヤトの身体が黄色と緑色の光に包まれる。これが支援魔法か。

 ハヤトは感動した。自分で自分を叩いてもまったく痛くない。


「どう?」

「すげえよ佐藤! 勝てる! どんな魔物であろうと負けるはずがない! 俺は今、究極の力を手に入れた!」


 ハヤトはバトル漫画で二線級になってしまった戦士が、一時的に一線級に戻った時のような台詞を叫んでスライムに立ち向かった。


「あぢい! 液を飛ばしてきやがった! ぶは!」


 スライムは体当たりや酸による攻撃を仕掛けてきた。


「ぐえええ!」


ハヤトの断続的な叫びだけが草原に響く。だがハヤトの防御力は飛躍的に上がっている。オートヒールのおかげで傷も自動的に癒える。

 戦うこと約十分、ついに。


「トドメだあ!」


 スライムは疲れたのか、それとも蹴られすぎてダメージが蓄積したのか、動きが鈍くなった。ハヤトはその中心に出刃包丁を突き立てる。スライムは四散してプルンと肉を残した。


「ヤッタ!」


 ハヤトが歓声を上げた。


「この世界に召喚されて初の魔物討伐だよ」

「おめでとう! 葛城くん」


 バーン世界に呼ばれた理由は、本当はこれだったんだよなとハヤトが思っていると、監視員が言った。


「生まれてから死ぬまで魔物を狩らない人間がほとんどだからな」

「そうなんすか?」

「ああ。私は監視員としてある程度は戦闘もできるから、スライムぐらいには遅れを取らないけどな」


 ハヤトは思ったことを口にする。そういう性格だった。


「だったらこんなこと試験に入れないでくださいよ。もう料理がどうこうって話じゃないじゃん」

「食材や調理器具が揃えられている厨房で料理できるのは当たり前の料理人だ。S級料理人はどんな環境下でも最善の料理を作らねばならない」


 ハヤトはバーン世界の料理人ギルドの考えに感動した。


「な、なるほど。バーン世界の最高の料理人ならそうなんでしょう……料理人ギルド本部はそういう意図を持ってこの試験にしたのか」

「あ、いや。私の意見だ。毎年のS級試験では、同じものを作らせることのほうが多かったよ。せいぜい前回の卵料理のようなお題が出されたくらいかな」


 アンタの意見かよ。ハヤトはズッコケそうになった。


「でもこの課題は私の尊敬する料理人ハリー氏が決められたそうだ。だからきっと何か意味があるんだろう」

「え? 料理長が」

「ハハハ。君はハリー氏のところで少しだけ働いていたらしいな。この試験で絶対に君を死なせないようにと頼まれたよ。贔屓はしないがそれは引き受けている」


 料理とは関係なさそうに思えることまで問われるこの課題は、神殿の食堂の料理長ハリーが組み込んだものだったのだ。

 ハヤトはどんな意図があるのか考えてみたが、すぐにスライムの肉片に興味を奪われてしまった。


「まあいいや。早速食べてみよう。佐藤も食べる?」

「な、生で?」

「うん。食材鑑定スキルを発動したけど、生で食っても問題ないってさ」

「気持ち悪いし、遠慮しとく」


 ハヤトはスライムを口に入れた。地球の人間なら、毒ではないとわかっても躊躇するだろう。しかし、ハヤトにはまったく躊躇がなかった。どんなものでも味を試したくなるのが、ハヤトである。


「……なるほど……甘い。甘いなあ、これ。グルメリポーターの美味しいっていう意味じゃない〝甘い〟だな」


 佐藤が恐る恐る聞く。


「甘いってどんな味なの?」

「例えるなら運動会とか病気の時によく飲んだ日本の有名なスポーツドリンクの味だよ。料理に使えるかなあ?」


 ハヤトは顎に手を当て、ぶつぶつ呟きはじめた。


「寒天を使ってゼリーにするとか。あるいはスムージーに入れるとか。ダメだ。食材をうまく使った料理とは言えないし、最初から美味い魔物を食材として使った料理には絶対に勝てないぞ。苦労して倒したけど、スライムは使えそうにねえ」


どうしたものかとハヤトが頭を抱えていると、草むらからカエルが飛び出してピョンピョンと跳ね回る。


「お! カエルだ。アレを捕まえられれば、食えるかもしれない!」


 ハヤトが喜んでいると、佐藤が魔法を唱えた。


「エネミーサーチ………………葛城くん、ダメみたい。あのカエルは魔物じゃないわ」


 バーン世界では、魔物は魔力を持っているものと定義されていた。魔力を感知する系統のスキルや魔法にひっかかる生物なのだ。

 魔物に属するカエルもいるかもしれないが、目の前のカエルはただの野生生物だった。

 魔物料理という課題の条件は満たしそうにない。

 突然、佐藤がボロボロと泣きだした。


「ごめん葛城くん。私が赤原くんと意地の張り合いしたからこんなことになっちゃったんだわ。本当ならちゃんと戦える人を助手にしてただろうし」

「い、いや。俺の実力と運が足りないってことだよ。佐藤が気にすることじゃない」

「でも重要な試験なんでしょ?」


 もともとハヤトにとって、試験はさほど重要な意味を持っていたわけではない。ギルドからS級であると認められることで得る栄誉や展望を必要としていないからだ。

だが既にハヤトのクッキングスピリットには、チキータをはじめとするライバルの料理人と戦いたいという火が付いてしまったのだ。


「もう少しだけ強い魔物で美味いのがいないか探してみよう!」

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