24 竜の娘
「ふ~なんとかなったな」
「焦らせるんじゃねーよ。まあプリンも食えたからよしとするか」
ハヤトと西がともかくよかったと話しているとチキータも祝辞を送った。
「ハヤト。おめでとう」
「いやあ、ほとんどチキータのおかげだよ。ありがとう」
「そんなことないよ。結局、私の卵だって使わなかったし」
「そうだ! お礼に俺の店に来てよ。夕飯を一緒に食べようぜ」
「えっハヤトのお店に!? いきたい! あ……でも私は人間のお金ないからいけないや……」
チキータは申し訳なさそうに言う。
「なに言ってんだよ。奢りに決まってんだろ」
「そうそう。こいつの店の食材なんてだいたい俺とかクラスの奴らが捕ってきているんだからよ」
ハヤトと西がそう言うとチキータも来ることになった。
ハヤトの店のドアのベルがカラカラーンと客の来訪を知らせる。しかし来たのは店主とその友人だった。
ウエイトレスをしていたユミがハヤトの顔を見て、試験の結果を聞く。
「あ、ハヤト! 試験はどうだった?」
ハヤトはVサインをした。
「ブイだよ。ブイ!」
「やったね! おめでとう!」
西は喜ぶ二人を見て呆れながら言った。
「なにがブイだよ。腹を押さえながらギリギリ予選を通ったくせによ」
チキータが遅れて挨拶する。
「あの、こんばんは」
「いいいいい、いらっしゃいませ~」
ユミはチキータを別の客だと思ったようだ。ハヤトが説明する。
「あーそいつはチキータって言って、S級試験を受けていた料理人なんだ。試験でいろいろ世話になったから一緒に夕飯を食おうと思って店に連れてきたんだ」
「あ、そ、そうなんだ。ハヤトがお世話になりました」
ハヤトたちは奥のテーブル席に向かった。西はすれ違いざまにユミの肩に手を乗せる。
「おめーも苦労すんな」
「え?」
ハヤトとチキータは隣の席に座り西はその向かいに座った。
「へ~ハヤトのお店のシステムは面白いんだね。お客さんがそのときに食べたいものを食べることができるんだ」
「ああ。俺の故郷の日本ではメニューって言うんだ。お任せもあるけどな」
バーン世界の飲食店では基本的にメニューはなく、本日のお任せ料理が出る。日本のようにいつでも好きな食材を仕入れられることができるわけではないからだ。
「でも毎日同じメニューを出せるようにするのって大変じゃない?」
「俺の故郷は食材の保存や流通がよかったから簡単だったけど、イリースでも工夫すればなんとかなったよ」
ハヤトは安定的に仕入れることができる食材を使うなどの工夫をして、日本のようにいつでも出せるメニューをいくつか作った。イリース国の首都セビリダが食都と言われるほど食材が豊富なのも幸いした。
その結果、好きなときに食べたいものが食べられる店としてハヤトの店は大繁盛している。
得意気にメニューについて説明するハヤトと、それを楽しげに聞いているチキータ。ユミに大いなる同情を抱きながら西は二人を眺めていた。
テーブルには無国籍な料理がところ狭しと並ぶ。キノコとベーコンの和風パスタ、お粥、焼き鳥、肉野菜炒め、レバ刺し、ホルモン鍋などなど。
チキータに料理の説明をするためにハヤトは片っ端から頼んでしまったのだ。
ハヤトの無計画さに西がイライラして言う。
「おい。こんなに食えるのか?」
「そうだなあ。少し頼みすぎたか?」。
「ハヤトのお店の料理はどれもすっごく美味しいし、私は大食いだから全然イケるよ~」
チキータは食べる早さは普通だったが、竜人だけあってペースをまったく落とさずに平然と食べていく。
ハヤトは店の料理を美味しそうに食べてくれるチキータに上機嫌だった。
「そう言ってくれると嬉しいよ。そう言えばチキータは今晩、どこに泊まるの?」
「また空を飛んで山の棲家に帰るんだよ」
「え? どこに住んでいるか知らないけど遠いんじゃないの?」
「うん。三時間ぐらいは飛ばないといけないんだ」
それほど遅い時間ではないがもう夜だ。今から三時間も空を飛んで帰って、明日また試験会場に飛んでくるのは大変だと思ったハヤト。
どっかの宿に泊まればいいのにと思ったが、そう言えばお金がないと言っていた。
「そうだチキータ! 試験が終わるまで俺ん家に泊まっていけよ」
「えええ! ハヤトの家に!? 悪いよ……」
ともかく泊まっていけと連呼するハヤト。なぜか顔を赤めてモジモジしだすチキータ。
「……で、でも……私は竜人だからよくわからないんだけど、人間の男性が女性を家に呼ぶ時はそういう意味なんでしょ?」
チキータの言葉を聞いて、西は口に入れていたものを吐き出しそうになる。
「ぶはっごほっ」
ハヤトはチキータに感謝している。ありったけの熱意でチキータを説得する。
「だってもう夜も遅いし、俺の家に泊まっていけば明日も試験の会場まですぐだぜ」
「う、うん……ハヤトならイヤじゃないし……興味もあるし……。私も覚悟を決めるね……」
そのとき、テーブルにユミが来る。今日は朝の仕込みから店を回していたので、後は元冒険者のガーランドに任せて先に帰ると伝えにきたのだ。
「じゃあご友人のチキータさんもハヤトもゆっくりしていってね。西くんとフェアリーも」
「おめーも本当に苦労するな」
「?」
西はまたユミに声をかけた。ユミはどういう意味だろうという顔をしながら先に帰った。
それからも三人と一匹は店に長居して閉店間際に帰った。ハヤトたちは西と別れる。西は別れ際に星川を大事にしろと言った。
「アイツなにを言ってんだろう? 意味がわからん」
「あ、ご、ごめん……聞いてなかった」
「チキータは酒も結構飲んだからな。試験前なのにいいの?」
「き、緊張をほぐすために……でも竜人の私にはお酒もあんまり効かないみたい」
そんなに試験に緊張しているのか。俺は挑戦と思って気楽に臨んでいるけど、必死に試験を受けている受験者も多いだろう。チキータもそうなんだ。やさしくしてあげようとハヤトは思った。
「チキータなら大丈夫だよ」
「うん……ありがとう。でもハヤトは竜の私が怖くないの?」
ハヤトはなんのことだと思った。試験の話からどうしてそうなったのだろうと。
「なんで?」
「竜は知性がほとんどなくて人を食べる個体もいるんだよ?」
「そうなのか?」
異世界の常識にまだあまり詳しくないハヤトはそれを知らなかった。思えば、チキータは試験会場でも店でも人々から遠巻きに見られていた気がする。
ハヤトは思う。竜が人を食べるとしても生きるために食べるということならしょうがないだろう。人間だってこの世界ではドラゴンの肉を美食としている。
もちろん自分が食われるのは嫌だが、チキータは人を食べたりしないだろう。
「俺だって動物の肉を食べるよ」
そう言ってハヤトは笑った。チキータを恐れていないということを示すために手を差し出す。
チキータは一瞬だけ嬉しそうな顔をした後に、恥ずかしそうにハヤトの手を取る。
二人は夜の街を手をつないで歩いた。
それは楽しい時間だったが、ハヤトはついにこの状況をなにかおかしいと感じはじめる。しかし時はすでに遅い。
ハヤトが借りている部屋は目の前だった。
「あ、あそこが俺の家なんだけどさ」
「う、うん……いいところに住んでいるんだね」
ドラゴン娘の様子は明らかにおかしかった。試験場ではあれほど快活だったのに……今はなんというかしおらしかった。
自然に手を離そうとする度にギュッと強く握り返されてしまう。竜は力が強いのかちょっと痛いぐらいだ。よほど親切にされたことが嬉しかったのだろうか。あるいはそれとも……。ハヤトには経験が少ないのでわからない。
どちらにしろそれはハヤトにとっても嬉しいことだ。嬉しいことだが、家にはユミがいる。誤解の元になりかねないから、できれば手を離したい。
しかしだ。この手を無理やり離したら、やっぱり俺が竜人のチキータを恐れていると思われてしまうのではないだろうか。それは彼女を傷つけることになる。
ハヤトは苦悩した。こうなったら思いっきり力技でいくしかない!
「チキータ!」
「は、はい!? なに、ハヤト?」
「お前、やっぱり酔ってるよな!」
「え? 酔ってはいないよ」
「いや酔っている。酔っているよ。だって顔が赤いもん」
「そ、それは……酔いじゃなくて……ひゃっ」
ハヤトは強引にチキータを背負った。そのまま自分の部屋のドアを開ける。
「ちょっ、ハヤ……」
「ユミ! ただいま~!」
おかえりなさいとユミが奥から迎えにきた。
もちろんユミはハヤトがチキータを連れてきたことを知らない。チキータもハヤトがユミと一緒に住んでいることなど知らない。
ユミとチキータは顔を見合わせる。
「「え?」」
ハヤトは状況を説明した。
「いや~さっき店でユミに紹介したチキータが酔っちゃってさ~」
ユミはそれを聞くと言った。
「そ、そうなんだ。じゃあ、チキータさんをとりあえずソファーに。お水持ってくるね」
「ありがとう」
ハヤトはうまく誤魔化せたとほっとする。涙目のチキータは、竜の八重歯でハヤトの肩に噛みついた。
「いでえええ!!!」
ソファーで治療を受けていたのはハヤトだった。竜の歯は人を食べる歯なのだ。もちろんチキータは加減して齧っているけれども。
「ごめーん。私、酔っていたからハヤトの肩が豚肉に見えて」
「そ、そう。大したことないから気にしないで」
ハヤトはそう言ったが、結構ズキズキと痛かった。試験場にいく前に佐藤のところで回復魔法を受けようかと思っている。
「でも酔いも覚めたみたいでよかったな。ユミの部屋に泊めてやってくれ。こいつ家が遠くて、帰るのに三時間もかかっちゃうらしいんだ」
「すいません。お願いします」
「あ、はい。どうぞ」
ハヤトとチキータは今日の試験であったことをユミに話した。もちろんチキータが裸になったことは省いている。
「ハヤト。チキータさんにお世話になりっぱなしだね」
「そうなんですよ~」
「ええ!? チキータ、さっきと言っていることが違うぞ」
こうなるとハヤトはチキータとの料理談義に花が咲いた。
「卵料理って言われたら誰でもプレーンオムレツって思っちゃうもんな」
「プレーンな料理で勝負するとなると素材で決まるしね」
「俺の故郷の国でもプレーンオムレツは、ホテルの料理人が技を磨くため修業料理として定番だけど、和食ではだし巻き卵っていう定番もあるんだぜ」
「和食? 食べてみたいなあ」
ユミは二人の様子を見て、西が言ったことをようやく理解した。しかしアイスティアの件でもう慣れっこだった。
「本当は解釈の幅が広い課題だったんだな」
「うん。ワイバーンの卵は卵としては確かに最高の食材だけど、それをすぐには用意できない人もいるから工夫してもいいし、逆に用意できる人はそれも実力だって判断してくれる試験だったんだよ」
「俺もまだ全然ダメだな」
「そんなことないよ。プリンじゃ卵の味が濃いほうが美味しいからワイバーンの卵じゃないとダメってすぐに気がついたし、茶碗蒸しならお出汁の風味がメインだから鶏卵のほうがいいって気がついたのは凄かったよ」
明日も試験があるのに三人は話し込んでしまって、寝床に入ったのはかなり遅くなってからだった。
◆◆◆
チキータはユミの部屋で寝ることになった。すでにハヤトは別室で夢の国だ。
部屋を暗くしてしばらくするとチキータがユミに話しかけた。
「ユ、ユミさん。ごめんなさい」
「え?」
「実はその私……ハヤトが一人で住んでいると思って……そのなんていうか……そういうことなのかなと思って来ちゃったんです」
ユミは意味がわかったけれど、むしろチキータに同情した。チキータが打ち明けたことに関してはあまり触れずに答える。
「ハヤトは料理のことに夢中になるとちょっと周りが見えなくなるんです。もしチキータさんがご迷惑じゃなかったら試験中はうちに泊まってハヤトにいろいろ教えてあげてください」
「え? いいんですか!?」
「うん。もちろん」
ユミは西に大変だなあと同情されたけど別に大変だと思ったことはない。なぜなら料理バカのハヤトが大好きだからだ。