21 料理人ギルドの噂
新章はじまりました。
バーン世界では料理人はありふれた職業だ。実に二十人に一人の適性職業が『料理人』であると言われている。
つまりクラスに一人か二人、適職が料理人の生徒がいてもおかしくはない。もっともハヤトのように召喚された救世主たちの中にいるというのは神殿騎士団を驚かせたが。
二十人に一人の適性職業が料理人ということは人口約四千万人のイリース国であれば、約二百万人が料理人の適性を持つ計算になる。
とはいえ、適性があるというだけでそのすべてが職業料理人になるわけではない。
たとえば、イリース国で一番多い職業は農民だが、そのなかには適職が料理人の人も普通にいるし、主婦の適性職業が料理人であれば、「俺の嫁の飯は美味い」と夫から喜ばれた。
もちろん職業料理人の数も多い。科学文明が未発達の社会であれば、衣食住に関わる職業の比率は大きいということもある。
同時にそれは料理人の競争が激しいということでもあった。
そのため料理人ギルドでは所属する料理人の質を高めるために格付けをおこなっている。
中でも料理人ギルドからS級ランクと認められた料理人は最高の名誉が与えられ、料理人としての成功が保証されると言ってよかった。
そして一部のS級料理人にはバーン世界を守るという使命も与えられることになるのだ。
◆◆◆
ハヤトはユミと共にイリース国の料理人ギルド本部に来ていた。本日はラーメン屋の休業日、食堂はいつものように元冒険者のオッサンに任せている。
「うわ~、大きい建物だねえ」
「料理人ギルド本部は組合費で相当儲けているみたいだな」
ユミとハヤトの前にはレンガ造りの巨大な建物があった。
「私、冒険者ギルドの本部にも、学校……じゃなかった神殿の授業でいったけど、ここよりもずっと小さかったよ」
「マジかよ。俺ですらギルドって言ったらまずは冒険者ギルドだと思うんだけど、料理人ギルドのほうがでかいってバーンはどんな世界なんだよ」
二人は建物に入っていく。
そこはロビーになっていて多くの料理人らしき人たちが手続きを待っていた。
ハヤトは何人もいる受付嬢から適当に一人の受付嬢に話しかける。栗毛のボブカットの少女だ。名札にはエレンと書いてある。
「すいません。料理人ギルドに加入したくて来たんですけど」
「左様でございますか。それではこの用紙に料理人としてのお仕事とお名前を書いてください」
「仕事は飲食店をやっているんですけど」
「お店の住所を書いてください。書き込み欄がありますから」
イリース国では食堂は食堂と呼び、店名はないことが多い。ハヤトはなるほどねと思って住所を書いた。
「えーと。セビリダの中央通り四番目の五だっけ? 二号店を書ける欄もあるな……あそこどこだっけ?」
「確か、グレスト通り五番目の八だったような」
「そっか。後は……店長のハヤトカツラギ。店員のユミホシカワと。これでいいのかな」
イリースでは日本とは逆にファーストネームを先に書く。どちらで他人を呼ぶかは半々と言ったところだ。
フォーマルな場合はファミリーネームで呼ぶことも多い。
ハヤトは受付の少女に名前を書いた用紙を渡す。
「それでは登録の手続きをしますのでしばらくそちらのソファーで……え? ハヤトカツラギ? この住所って……」
「はい? なんすか?」
栗毛の受付嬢に呼びかけられる。
「もしかしてセビリダの中央通りの四番目で食堂をやっているカツラギさんですか?」
「そうだけど……そこに書いてあるじゃないですか」
「ラーメン屋のカツラギさん?」
「ああ、そうですよ」
ハヤトがそう言うと栗毛の少女は叫んだ。
「やったああああああ。『伝説の食堂』のハヤトさん、ゲットオオオオオ!」
「な、なに? 何事? 伝説の食堂ってなんのこと?」
ハヤトとユミは受付嬢の大声によってロビーで手続きを待っている多くの料理人に注目される。
「ハヤト? 『伝説の食堂』のか?」
「噂によると、王女様までお忍びで通っているとか」
「ハヤトといえば、ラーメンとかいう新しい料理を出す店もすごい行列を作っているぞ」
「S級料理人のアンドレを料理バトルで倒したとも聞くぜ」
料理人たちは口々にハヤトの噂をする。ハヤトとユミはこの状況に戸惑う。
「えええ? なにこれ? 俺ってひょっとして有名人?」
「さ、さあ? そうなのかな」
栗毛の少女は興奮気味だ。
「当たり前ですよ。料理人の噂の広まりは早いんですから」
噂が広まるのが早いなんていう冒険者の当たり前が、この世界では料理人にまで適用されているとはハヤトは知らなかった。
「で、なんで君は喜んでいるの?」
「料理人を入会させた職員はその料理人の担当者になるんです。これからよろしくお願いしますね。私エレンって言います」
ハヤトは適当に受付嬢を選んだだけで別にエレンを指定したかったわけではない。でも担当になってしまったようだ。
ちなみに後で聞いてわかった話だが、ギルドの職員は組合に入っていない料理人の勧誘もノルマとして課せられているらしい。
店を大きくしていくような料理人をゲットすれば、次々に新しい店員をギルドに加入させられるというメリットがあるとのこと。
後は単純に噂の料理人の担当といったところか。
「ではこちらで手続きをいたしますのでそちらのソファーでお待ちください」
ハヤトとユミがロビーのソファーに座ると、ロビーにいた料理人たちが集まってくる。面倒臭いなと思ったハヤトは、スライム並みの戦闘能力しかないのに、俺に話しかけるなという雰囲気を出す。
幸いにもここは荒くれ者だらけの冒険者ギルドとは違い料理人しかいない。
男の料理人たちは去っていた。しかし二、三人の料理人が残った。なぜならその料理人たちは女性で、ハヤトはすぐに締りのない顔になったからだ。
「あ、あのハヤトさん! サインください! ラーメンすぅっっっごく美味しかったです!」
なんと初めに話しかけてきた少女から、ハヤトはサインを求められる。日本でもラーメン店主がテレビに出たりすることもあるが、サインを求められるなんてないんじゃなかろうか? とハヤトは思う。締りのない顔はさらにだらしなくなった。
「サインって言われてもなあ。ユミ」
「書いてあげればいいんじゃない……」
ハヤトはユミに対処を相談するが、ものすごく冷たい口調で返された。
だが女の子が受付からペンまで持ってくると、結局ハヤトは日本語のカタカナで「ハヤト」と彼女のTシャツに書いてあげた。ただ汚いだけだったが、それがちょうどサインのようにも見える。
もっともイリース人には完全になんの文字かわからないはずだ。
「一生大事にします!」
「う、うん……まあ捨てちゃってもいいけど」
ハヤトは軽く手を振った。
「なんかサインを書いた場所が胸に近くなかった?」
「いっ!? そんなことないだろ……」
ユミにピシャリと言われてしまう。ハヤトはもちろんそれを意識していた。
次は大人の女性だった。先ほどの女の子もそこそこ胸があったが、今度の女性は胸がはち切れんばかりである。
「ねえ。ハヤトさん。私、食堂のほうで雇って欲しいなあーなんて思っているんだけど」
「え? マジっすか? 人が足りないと思っていたし、ちょうどいいよなあ? ユミ」
「わかりました。店に履歴書を送ってください。私が採用の面接試験をしますから」
女はハヤトの耳元で「履歴書の裏にキスマークをつけておくからお願いね」と言って去っていった。
夜は食堂をBarにする計画もあったので今のお姉さんにお願いできないかなあとハヤトは思っている。ユミはもちろん落とそうと思っていた。
最後の女性は金髪、長耳、緑色の瞳。この世界の亜人に詳しくないハヤトでもエルフなのではないかとすぐに気がついた。
先ほどの女性も色気があったが、エルフの美しさは比較にならない。
まさかエルフの女性も俺の噂を聞いて、好意を持ってくれているのか? 赤原もエルフはまだ一度も落とせていないと愚痴っていた。バーン世界のエルフと人間は比較的友好関係にある種族だが、異性として好まれることはほとんどないらしい。そのエルフが! 異世界万歳! やっぱり俺はありふれた料理人でよかったよ!
ハヤトは心の中で小躍りしていた。隣ではユミがさらに冷たい目をしていることには気がついていない。
だがエルフは先ほどの二人の甘ったるい声とは逆の声を出した。
「お前がハヤトか。この時期にギルドに加入するということは今度のS級料理人試験に出るつもりだろう? 私はエルフの国ウッドへブンの料理人ギルドからS級試験に出るディートという」
ハヤトとディートの会話を聞いて、またギルドのロビーがざわめいた。
「あの女エルフは『山菜料理の女神ディート』か!?」
「今年はハヤトやディートまでS級試験を受けんのかよ。俺は絶対に落ちたわ」
「心配すんな。お前はアイツらが出なくたって落ちるし、そもそも出られないだろう」
ハヤトはイマイチ状況が掴めていない。
「正々堂々戦おう。S級料理人になるのは私だがな」
「え? あ、ああ。俺は確かにS級料理人の試験を受けるつもりだけど、どうして戦う必要があるんだ?」
ディートは目を白黒させる。
「知らんのか? S級試験の本戦は料理バトルによる勝ち抜き戦だぞ? 試験を受けるものは皆ライバルだ」
「え? 料理バトルってアンドレのオッサンとやったアレ?」
「お前がアンドレに勝ったという話は聞いている。たまたまS級料理人に勝ったからって調子に乗るなよ。ではな」
「え……おい。アレはたまたま王様と王女様の身体が野菜を欲していただけで……」
女エルフのディートはハヤトに宣戦布告だけして去っていった。
ハヤトは思った。試験の本戦は勝ち残りなのか。本当にアイスティアが出るとして俺はアイツに勝てるだろうか? 負けたとしても勝負は楽しそうだ。
「ハヤトさーん、ユミさーん。お待たせしました」
先ほどの栗毛の受付嬢に名前を呼ばれる。
「ハーイ。じゃあこれがセビリダ登録の料理人ギルド会員証です。二人ともなくさないでくださいね」
金属板に個人情報や何やらいろいろ彫ってある会員証を受け取る。
「なんか登録した地区で違いあるの?」
「特別ないですけど住所を変更される場合は転居届けをして、登録ギルドを近い場所に変えてください。近いほうが手続きが楽ですから。そんなことになったら私、泣きますけどね」
「泣くのかよ……」
「泣きます」
担当になったエレンが泣くことはともかく、日本だったら役所みたいなものかもしれない。こうやって料理人としての身分証も発行してくれるし、引っ越したら新しく手続きをする場所は引越し先の役所になるといった感じだろうとハヤトは理解した。
「ところでエレンさん。俺、二週間後にあるS級料理人試験を受けてみようと思うんだけど、そんなに厳しいの?」
「えええ? まだE級すら取ってないのにS級試験なんて受けられないですよ」
「ああ。なんかハリーさんが推薦状を書いてくれるんだって。友人も受けそうな気がするし、俺も受けようと思って」
「えええ? あの『クッキングドラゴン』のハリーさんが推薦してくれるんですか!? ハヤトさんは本当に凄いですね。S級のハリーさんが推薦してくれるならもちろん受けられますけど、試験は厳しいですよ」
「厳しいってどんぐらい?」
「受験者は千人を超えるのに合格者は例年一人だけなんですよ。一人もいない年もあります。しかも出場者は有名料理人やS級の料理人に認められた料理人ばかりです」
なるほど。千人以上か。予選会場じゃ人が多すぎてアイスティアに会うことすらもできないかもしれない。
勝ち残っていけばアイツに会える可能性は増していく。全力で戦うことが礼になるだろう。ハヤトは試験に闘志を燃やす。
◆◆◆
ギルドの登録をした数日後、ハヤトは神殿寮から引っ越した。ハヤトは神殿の授業も受けていないし、仕事をなにもしていないので、異世界の部屋を借りたのだ。
こちらのほうが食堂やラーメン屋に近いのでありがたい。神殿寮に住んでいるユミも明日からはこっちに来てくれるらしい。
まあ二部屋あって別々の部屋を使おうということになっているが……。
それでも赤原が言っていた強引な作戦を実行するチャンスは飛躍的に増えるだろう。
さらにブリリアントと三人でお風呂に入るという約束もある。そんな約束が履 されるわけがないのにハヤトは妄想をふくらませていた。
窓辺に座るハヤト。二階の部屋からバーン世界の街の情緒を楽しむ。目の前の景色は石造りの家々や店が並ぶ通りだ。
「いやー異世界最高だなー。別に魔王も暴れてないし、料理人ギルドにいったら有名人になっててモテモテだったし。日本だったらユミと暮らすなんて絶対あり得ないしなー」
そろそろ町は夕闇に包まれる。明日からはユミがずっと隣にいるが、また店を回さなくてはならない。そして一週間後ぐらいからはS級試験がはじまる。早めに夕飯を食って風呂に入って寝てしまおうか。
ハヤトがそう思っていると窓から一匹の白いハトが部屋に飛び込み、ハヤトの頭にとまった。
「クルッポー! クルッポー!」
「わわわ! コイツなにするんだ」
ハヤトはハトの足を捕まえたが、手に糞をされる。楽しい気分は台無しだ。
「くそー! お前をポトフにしてやろうか。ん? アレ?」
ハトの足には小さな筒のようなものが付いていた。外すと巻紙が出てくる。
「なんか書いてあるぞ。ハヤト元気ですか? アイスティアです……え? これはアイスティアからの手紙か?」
『ハヤト元気ですか? アイスティアです。
ゼビリダのギルドでの噂を聞きました。S級試験を受けないで!
もしハヤトがS級料理人になるなら私たちは命がけで戦わないといけなくなるかもしれません』
書いてあることの意味がわかるようでイマイチわからない。ハヤトはもう一度読んでこういう意味なのかと解釈したことを言葉に出す。
「なるほどね。要は私もS級試験を受けるから命がけでかかってこいっていう宣戦布告だな。アイスティアの奴、味な真似を~」
ハヤトは笑いながら窓からハトを放ってやった。
でも、そう解釈するには少し文章が変ではないだろうかとハヤトは思い直す。ハヤトはくるくるに巻かれている紙をもう一度伸ばしてアイスティアの手紙を見ようとした。
その時……。
「ハヤトいる? 明日って言っていたけどやっぱり急いで今日来ちゃった」
ユ、ユミが来た! ハヤトはアイスティアからの手紙をなんとなく後ろめたく感じ、慌てて口の中に入れて飲み込んでしまった。
「ハヤト……いないの? いるじゃない。 アレ? なにか食べていたの?」
「ああ、ちょっと日本ではあまり食べられてないものを……少しだけね」
「うふふ。研究熱心だね」
「ははは。明日って言っていたのに今日来たんだ」
「うん。ダメだった? 一日ぐらい一人でいたかったとか?」
「いや、そんなことねえよ。そうだ。夕飯食った?」
「まだだよ」
「じゃあ、美味いもん食いに、たまには他人の店にでもいこうぜ!」
「うん! いいね」
二人は夕食を食べに夜の街へくりだした。
料理試験や料理バトル編になります。
ちなみに助手をニ人つけても良いというルールにして試験の度に今までのキャラが交代でハヤトの助手になる予定です。