20 本日のお客様「料理長」
この話までで第二章「食堂編」終了です
目を閉じた一人の男が滝に打たれていた。その男は地球なら中華包丁と呼ばれるだろう包丁を両手にそれぞれ握っている。と、いうことは料理人なのだろうか?
滝は滝というよりも瀑布というほうが相応しいだろう。
滝や瀑布ができる前には必ず川や大河がある。川や大河は流木や土砂も流れている。流木や土砂が滝や瀑布に至れば、当然、勢いよく落下するのだ。
ちょうど今も滝下にいる料理人の頭上に向かって流木や土砂が勢いよく落ちた。刹那、料理人の目が開く。
「料理は……一に心、二に体力、三、四も体力、五に体力~~~ハアアアァァァァァ!」
料理人は気合の声をあげ、常人では見ることすらかなわない速度で体の周りに包丁を振り回す。そのようなことが可能なのだろうか?
この料理人とこの包丁には可能だった。なぜなら二つの包丁の柄はミスリルという超金属の鎖でヌンチャクのように結ばれていたからだ。
料理人が操るその二つの包丁のスピードは竜巻を呼び起こし瀑布を逆流させる!
続いて襲いかかった土木すらも粉々に雲散霧消させた。
「ハイヤアアアアアァ! フウ~ゥ」
男は気を収め静かに瀑布から離れた。その様子を見ていた妖艶な美女が拍手をしながら近づく。その怪しいまでの色気を放つ女性には角と羽、尻尾が生えていた。
「さすがはクッキングドラゴン。料理修業に精が出ますね」
神殿の料理長ハリーはその魔族に言った。
「その呼び方はやめてくださいよ。エキドナさん」
ハリーはエキドナに許しをこうた。昔の名前で呼ばれたくないのだ。
「ところで料理にとって技術は何番目ぐらいに重要なのかしら?」
「そうですね。心や体力と比べたら十番目ぐらいでしょうか」
エキドナはいくらなんでも体力に偏りすぎているわと言いたかったがやめておいた。
魔族のエキドナにとって表の料理ギルドに所属する理由こそハリーだったからだ。ハリーはそれに気がついているのかいないのか。ここにも料理にひたすら愚直であろうとする男がいた。
ノークッキング・ノーライフ!
「ところでエキドナさん。私はこれから美味しいものを食べにいくのですが、ご一緒しませんか?」
「え? それってデートのお誘い?」
何十人、いや何百人もの男をその色気で落としてきたかのような女魔族が一瞬、女子中学生のようなはしゃぎようを見せる。
「違いますよ。例の私の下で少しだけ働いていたハヤトくんがラーメンとかいう料理の専門店を出したとか。どれほど腕をあげているのかそれを食べにいこうかと」
「そういう理由だったとしてもデートとして誘ってくださってもいいんじゃなくて」
エキドナは不満そうな物言いも妖艶だった。
ハヤトのラーメン店には長蛇の列ができていた。
「ハリーさんのお弟子さんは凄いわね。イリース人に馴染みがない料理でここまで人を集めるなんて」
「ハヤトくんは私の弟子ってわけじゃないですよ。ただ単に神殿の食堂で少しだけ働いていただけで」
「でも陰ながらいろいろと指導してあげたんでしょう?」
「いいえ。彼は最初から料理は技術ではなく心だと知っていましたから」
二人はやっとハヤトのラーメン店に入れる順番になった。
「あ、ハリーさん。いらっしゃ~い」
「やあハヤトくん久しぶり。今日はラーメンとやらを食べさせてもらいにきたよ。目の前のカウンターでいいかい?」
「はい。どうぞどうぞ。あれ? お連れさんは奥さんですか? すっげー美人っすね!」
「うふふ。ありがとう。貴方がハヤトくんね。ハリーさんから噂は聞いてるわ。ハリーさんとは残念ながら結婚してないけどね」
そう言って二人は席に着いた。ちなみにエキドナは魔法で人間の姿に変装している。
魔王のように魔力を抑えるリボンをしているわけではないので、魔力を感知する能力に優れているユミがいたらバレてしまったかもしれないが、今は元冒険者のオッサンと一緒に一号店のほうを切り盛りしていた。
「ラーメン二丁お待ち!」
二人は他の客の食べ方を真似して箸で麺をすすった。ハヤトのラーメン店ではジャパニーズスタイルを推奨している。
「これがラーメンか。ハヤトくん、腕を上げたな」
ハリーの賛辞にハヤトは少し誇らしげな顔をする。
「でもそれ俺一人だけで作ったんじゃないんですよ。手伝ってくれた奴がいて」
エキドナは一人で作った料理ではないと聞いて納得する。
忙しなく他の客にもラーメンを作っているハヤトには聞こえない程度の声で、エキドナは感想を述べた。
「なるほど。この料理は男女の信頼と愛情でできているような味ね。単純な美味しさだけではない本当に素敵な味」
「確かに。こんなに美味しいものは協力しなければ決してできないですね」
ハリーとエキドナは笑顔で笑い合った。このラーメンにはそういった力があるかのようだった。
「けれどハヤトくんと一緒にこの料理を作った人物は誰なのかしら? これほどの料理人が在野に埋もれているのかしら」
「誰かはわかりませんがエキドナさんや私でも料理バトルをしたら簡単に勝てる相手ではないでしょうね……」
表と裏の料理人が熾烈な戦いをしている今の状況では、ハリーとエキドナは素晴らしい料理を食べても楽しんでばかりもいられなかった。
ハリーはひょっとしたら表料理人ギルドの戦力になるかもしれないと思い、ハヤトに尋ねた。
「ハヤトくん。このラーメンをハヤトくんと一緒に作ったっていう人は誰なんだい?」
ハヤトは他の客の丼に具を盛り付けながら答えた。
「アイスティアって奴で屋台のころからよくウチに来ていた客なんですよ。でもここのところ見ないんすよね。店で出しているラーメンを一回ぐらいは食いにきて欲しいんですが」
絶句するハリーとエキドナ。
「アイスティアだって! 本当かい?」
「え? アイツのこと知っているんですか?」
「い、いや……」
「そうですか」
ハヤトは再びラーメン作りに集中した。
「間違いない。このラーメンをハヤトくんと作った人物は裏料理人の若手エースのアイスティアだろう」
「でも噂の裏料理人アイスティアがこんなに温かみのある味を出せるかしら? 研ぎ澄まされた刃のような味だったと聞いたことがあるわ」
ハリーは少し考えてからエキドナの問いに答えた。
「きっとそれこそがハヤトくんの力なんだ。人の心を動かす料理」
「そうかもしれないわね。この味は恋をしている女の子の味かもしれない」
「やはり裏料理人、いや大食魔帝との戦いにはハヤトくんの力が絶対に必要だ」
◆◆◆
ハヤトが閉店後にラーメン屋を掃除していると、またハリーが訪ねてきた。
「あ、昼間はどうも。どうでしたラーメンは?」
「とても美味しかったよ」
ハリーはハヤトが手を抜かずにしっかりと掃除をしているところを感心して見ている。
「ところで、こんな遅くになにか御用ですか?」
「実は君にイリース国の料理人ギルドに入らないかと薦めに来てね」
ところがハヤトの答えはにべもなかった。
「嫌ですよ。ギルドなんか」
「えええええ? なんで? 料理人ギルドはバーン世界の食を守っているんだよ」
ハヤトが料理人ギルドに入ってくれないのは、ハリーにとって大きく計画が狂うことになる。
「食を守っているって自分たちの権益を守っているだけなんじゃないの? そんなところに入らなくたって俺の店は回っているし、組合費とか取られるんでしょう?」
ハヤトは日本の農業系の組合などを思い浮かべて断った。ハリーは慌てる。
「組合費も少しは払わないといけないけど、料理の技術の継承もあるし、食材の仕入れも融通するよ。それに人材も斡旋してくれる」
「へ~料理の技術の継承もあるのか。人手もさすがに足らなくなってきたしなあ」
そういえば、とハヤトは思いだす。アイスティアが教えてくれた時魔術で食材の発酵を早める技はギルドの技とか言っていた。
人材の斡旋もありがたい。食堂に加えてラーメンの専門店まで出してしまったので、人が足りないのだ。
「それに近々イリース国の料理人ギルドでランク試験がある。S級料理人の認定試験やA級料理人の認定試験もあるよ。ハヤトくんにならS級料理人の認定試験の推薦状は私が書こう」
「なんですか? そのS級とかA級とか?」
「ギルドで出す料理人の認定ランクだよ。各地のギルドの料理人がより上級のランクを取るために腕を競い合う料理の試験を受けるのさ。S級であれば王宮付き料理人にもなれる。君もアンドレさんを知っているだろう?」
ハヤトは別に王宮付きの料理人になりたいなどとは思っていなかったが、料理人と腕を競い合う料理の試験というのには惹かれた。
ひょっとしたらアイスティアとも試験会場でライバルとして会えるかもしれない。
「ふーん。じゃあギルドに入ってみようかな。やるからにはS級料理人の試験を受けてやるぜ!」
ハリーはほっとした。料理人ギルドの最高幹部たちの協定では、裏料理人との料理バトルのことを教えるのはS級料理人であることが条件の一つになっている。
裏料理人との料理バトルは危険が伴うため、そのような規定になっていた。
だからハヤトがS級料理人になってくれないと裏料理人と戦ってもらうこともできないのだ。
ハヤトは料理人ギルドに入り、軽い気持ちでS級料理人の認定試験を受けることを決めた。
それが長く続く裏料理人たちとの料理バトルへの第一歩になるとは、この時点ではまだハヤトは気がついていなかった。
「ハヤトくん。早く上がってきて、そしてバーン世界を救ってくれ……」
第二章「食堂編」終了です。次話から「料理人ギルド試験編」に入ります。
次話からハヤトがS級料理人になるためにライバルたちと本格的に料理バトルが始めることになります。
第二章を終わりまで読んでいただいて誠にありがとうございました。
これからもよろしくお願い申し上げます。