02 スライムとも戦えない俺の訓練地は厨房でした
「才能あふれる君たちでも急に強い魔物と戦えば、怪我を負ったり、死んでしまうことさえあるだろう。だからまずは自分より弱い魔物を倒すことで経験を積み、レベルを上げるのだ。なに、ワシや他の神殿騎士も訓練に付き添うから心配はいらない」
弱い魔物ね。俺でも倒せることができるほど弱い魔物がいるんだろうか、とハヤトが考えているとバカでかい独り言が聞こえた。
「俺は強くなって必ず魔王を倒す! そして苦しめられている人々を救うぞ!」
早くも清田は苦しめられている人々を救うために燃えに燃えていた。
さすが学級委員×勇者だ。暑苦しさがなければ……。ちなみに魔王はまだ活発に動きを起こしていない。異種族との小競り合いがある地域を除けば、おおむね人類は平和に暮らしていた。少なくとも今は、魔王に苦しめられている人々は清田の頭の中にしかいなかった。
「そこで、まずは君たちの体力と耐性の合計を教えて欲しい。どの程度の魔物の攻撃に耐えられるか判別する」
既に清田の気持ちは、すっかり救世主になっていた。
「おお! 団長殿わかりやすいです! 合計の数が大きいほど強い魔物と戦ってもいいということですね?」
団長も清田の名前をもう覚えている。
「そういうことだ。キヨタくんは頼もしいな」
そりゃ戦争やるのにあんなに使いやすいというか、利用しやすいヤツはいないだろうしなあ、とハヤトは思うのだった。
清田を見ていると、召喚されたころの熱がすっかり冷めてしまった。
団長は冗談めかして笑う。
「もしキヨタくんの体力と耐性の合計値が150に達していたら『深淵のダンジョン』という難ダンジョンに連れていってやるぞ。まあそんなわけないか。他にも150以上のものはいないか? ハハハ」
きっと150という数値は存在しないと思っているのだろう。ハヤトは150以上が居ることを知っている。勇者様は余裕で超えてるよ……。
「ハイ!」「おう!」「はい……」
三人の手があがった。
「な、なんだと」
団長は驚きの声をあげる。しかしハヤトも同じぐらいに驚いていた。
三人の中の一人に、日本の教室で隣の席に座っていた星川優美がいたからだ。
ユミは一見は大人しい美少女である。あのユミがそんなに強いのか。
ちなみにハヤトがユミと名前で呼べるのは心の中だけである。
「おいおい君たち。合計150と言ったら、才能ある戦士が五年や十年、修業してもあるかないかだぞ」
「余裕で200以上あるぜ」
手をあげた三人のなかの一人が涼しい顔で言った。バスケ部のエース赤原勝だった。
「ステータスプレートをワシに見せたまえ」
「ほらよ」
「強力な壁職の『重騎士』だと! 本当に合計が211もあるぞ」
「だから、あるって言ってるじゃんか」
団長と赤原の会話でクラスの女子のうち、約半分が黄色い声をあげた。赤原はモテる。バスケ漫画のイケメンキャラクターのような奴だった。
「団長殿、俺のステータスプレート見てください。さっき葛城に見てもらったんですが団長殿にも!」
清田が団長にプレートを見せる。
「適性職業が勇者!? 勇者とは本当に存在したのか……。バランスのいいステータスの上に……スキルは反則だと!?」
団長の裏返った声で清田のチートお墨付きが出ました~とハヤトは思う。
だが、それは団長に先立って清田のステータスを見たハヤトにとっては想定の範囲内だった。
ハヤトにとって、より気になるのは星川優美だ。ユミはクラスで隣の席だったということもあって、ハヤトにとっては唯一、話すことができる女子だった。ユミはハヤトが通っていた高校で二大女神と呼ばれていた。
女子からは別クラスで生徒会長の中西麗子が一番可愛いということになっていたが、男子からは口数は少ないけれど神秘的なユミのほうが人気があった。少なくともハヤトはそう思っている。
可愛さの基準は男子と女子で違う。それがよくわかっている中西は女子を味方にして学校一可愛いというポジションを勝ち取っていた。
中西も美少女には違いないが、そうして得たポジションだったのでユミこそが唯一の女神だと心の中で主張していた男子も多かった。ハヤトもその中の一人だ。
「私も合計で152ですけど……」
「どれどれ。『森の守り手』か! エルフにごく稀にいる適職だぞ。スキルは弓術に風魔法。水魔法・魔物感知・魔物使役・危険予知・神弓装備可能。素晴らしいな」
そういうことかとハヤトは思った。ユミは大人しい美少女という反面、弓道部では全国大会に出るレベルだった。
ハヤトも彼女の部活動を眺めたことがある。長い黒髪の間から見える切れ長の目が、キリッと的を射貫く。矢は外れることもあるが、覗き見る男子のハートは確実に射貫かれていた。
ユミは山が好きで休みの日はいつも登山にいっているらしい。男子たちからよく告白されているらしいが、
「私は山が好きだから」
と的外れなことを言って断り続けているらしい。男子にとってはそれが神秘的な魅力になるが、女子にとっては不思議ちゃんということになって友達は少ない。
まあ、それは例の中西麗子による女子への工作もあるのかもしれない。休み時間も教室でポツンとしていることが多かった。
別クラスの中西麗子はこの異世界には来ていないのだから、ユミにも友達ができるといいなとハヤトは思った。
そういえば、友達が居ないからかハヤトは一度だけ、ユミから登山に一緒に行かないかと誘われたことがある。
「葛城くん。今度の連休に一緒に山に登らない?」
料理が趣味のハヤトはアウトドアならバーベキューをしたいとユミに世間話をしたこともあった。それでアウトドア好きだと勘違いされてしまったのか唐突に登山に誘われたのだ。
しかしハヤトは山登りを断ってしまった。女の子と二人だけで遊んだ経験など生まれてから一度もなかったので恥ずかしかったということもあったが、ユミは険しい山を登っていると、もっぱらの噂だったからだ。インドア派のハヤトにはついていける自信がなかった。
ちなみにこの誘いを断ったことは、ハヤトの人生の後悔のトップ3に入っている。
他の二つは大したことではない。ハヤトにとっては重要なことらしいけれども、宇都宮で餃子を食わなかったとか、仙台で牛たんを食わなかったとか、食い物に関わることばかりだ。
森の守り手か。ユミに似合っているなとハヤトが思っていると、団長が上機嫌で言った。
「君たち三人なら、誰も踏破したことがない深淵のダンジョンでも、地下10階ぐらいまでなら大丈夫だろう」
「私はこの世界の山か森にいってみたいです……戦いなんかしたくないし」
「ええ? そんなこと言わずにワシと一緒にダンジョンにいこうよ。凄い魔法のアイテムとかいっぱいあるよ」
「そんなもの別にいらないです」
団長は必死になってユミを引き止めていた。女子高生をいかがわしい場所へと必死になって誘っている初老のオッサンのように見えなくもない。
団長が言うには、深淵のダンジョンは前人未踏の階層もある危険なダンジョンだが、地下10階までなら三人にとっては経験を積むのに格好の訓練地になるらしい。貴重なアイテムも次々に発掘されるので、そういう楽しみも教えたいと団長は必死になっている。
まあ雑魚の俺には関係ないなとハヤトは思う。
その気になっている男子二人と、あまり乗り気でなさそうなユミ。
団長はまだユミの説得を続けていたが、待たされ続けていることに我慢できなくなった他のクラスメートが口を開いた。
「団長さーん。俺は体力と耐性の合計値が137しかないんだけどどうするの?」
「ほう! 君もそんなにあるのか。では150には届かなくても……そうだな100以上の諸君は手をあげてくれ」
団長がそういうとなんと、クラスの半分以上が手をあげる。
「こんなにいるのか。よし君たちはノルド山でキンググリズリーと戦って鍛えるといい。次に70以上のものは森でジャイアントボアだな」
70ね。やはり俺には関係ないやとハヤトは思った。
「私は70もありません」
「僕も……」
数人の生徒が申し訳なさそうに申告する。
団長は朗らかに笑いながら言う。
「気にしなくていい。異世界からの召喚者である君たちは、なんらかの戦闘のエキスパートだろう。今は防御に関しての数値が低いだけで、きっと後から強くなるし、仲間を強力にサポートできるようになるぞ」
70どころか俺の体力と耐性の合計値は19だぞ……。ハヤトは少し泣きそうになってきた。
体力と耐性の合計が70以下と申し出た生徒たちのステータスプレートを団長は見て回った。
最初に団長が見た男子学生はまったく申し訳なさそうにしていないし、それどころかやる気がなさそうに不貞腐れていた。
「ほう! 君は『精霊術士』か! 体力と耐性は少ないが、代わりに魔力と魔耐がどちらも100以上もあるじゃないか」
精霊術士だった男子学生は西太一という名でハヤトの友人だった。かなりの皮肉屋ではあるが、日本ではハヤトと同じように特に目立つところのない普通の生徒だった。
団長に魔力と魔耐を褒められた西は、ハヤトと目を合わせてニヤリと笑みを浮かべる。ハヤトは西の裏切り者めと思う。
体力と耐性の合計値が70以下だった他の生徒も、魔法やスキルに特化した適職のため低かったようだ。
ちなみにクラスメートの合計値の最低は48だった。もちろんハヤトを別枠にすれば。
「これで全員かな?」
団長がそう言うと、
「あ、あの団長さん。私と葛城くんがまだなんですけど」
「え? あっ、先生」
「はい。私、実は30以下なんですけど大丈夫でしょうか?」
「30……以下ですか……」
今まで一言もしゃべっていなかった犬飼先生が口を開いた。
ハヤトはそういえば担任の犬飼先生のことを忘れていたなと思う。
犬飼妙子先生。通称タエちゃん。
まだ二十四歳の若い先生だ。非常に臆病な小柄の先生で、ちょっと不良っぽい生徒を注意するだけでプルプルと子犬のように震えてしまう。だから子犬とも呼ばれている。
ちょっとバカにされている感もあるが、生徒たちには愛されている。
今も震えているのにタエちゃんは俺のことまで気にしてくれたのかとハヤトはちょっぴり嬉しくなった。
「俺もです」
ハヤトは胸を張って言った。先ほどから落ち込んでいたが、よく考えれば料理人だって立派な職業じゃないか。
魔王やらとの戦いでも後方支援としてなら貢献できるのではないか。タエちゃんだって合計値30以下なんだしな。俺は20以下だけど……とハヤトは思った。
団長は慎重に先生のステータスプレートを見る。
「なんと! 先生の適職は『宰相』ですか! スキルは経済政策に農業政策、都市開発に国家百年の計まであるぞ」
「え? え? そのスキルで私は戦えるんでしょうか?」
団長はすでにタエちゃんの両手を握っている。抱きつかんばかりの勢いで言った。
「スライムぐらいなら戦えるかもしれませんが、戦うなんてとんでもない。先生は何十年に一人の天才政治家の適職ですぞ」
「は、はぁ」
「これで我が国はさらに豊かになることを保証されたようなものだ。魔物や亜人との小競り合いによって疲弊した我が国を先生のお力で立て直していただきたい」
団長は愛国心にあふれる男だったようで、宰相のタエちゃんを熱心に口説いていた。
ハヤトはその様子を見て料理人も実はレアな職業なのではないかと淡い期待を持ちはじめた。
「団長さん! 私のことはもういいですから! まだ葛城君のステータスプレートが残っていますよ。あの子を見てやってください」
「おお! 失礼した。まさか宰相がいるなど思わなかったので興奮してしまいました。その少年の適職にも期待できますな」
団長は笑顔でハヤトのステータスプレートを受け取る。
その瞬間、団長は顔色を変え、
「えっ?」
という抑揚のない驚きの声をあげる。すでに冷静になっていたハヤトは、淡い期待を早くも捨てはじていた。それでも少しぐらいは……と思う。
「あの~。えっ? ってなんですか?」
「あ、ああ。君は料理人だね」
「ええ。それは見ればわかりますけど」
「そうだよな」
団長は黙りこむ。ハヤトは聞いてみた。
「えーと、その。俺はどこで戦闘の経験を積めばいいのでしょうか?」
「そ、そうだな……神殿内にある食堂の『厨房』かな?」
厨房ね。ハヤトにはその言葉の意味がわかった。だが、わからなかった熱血の清田が聞く。
「団長殿! この国は厨房にまで魔物が出るような危機的な状況なのですか?」
「あ、いやそういうことではない。そういうことではなく……この少年が魔物と戦うには危険すぎる。それに経験を積んでもあまり強くなれない」
ハヤトの予想通りの答えが返ってきた。だがタエちゃんが食い下がる。
「そんな団長さん。他の生徒たちのことは凄い凄いと適性の職業を褒めてくださったじゃないですか! 料理人はそんなにダメなんですか!?」
「い、いえ、先生。料理人は立派な適職です。ありふれた職業で戦闘には向いていないというだけで」
タエちゃんの生徒を思う気持ち。団長の差別のない心。それが逆にハヤトの胸をえぐった。
「団長さんがさっき言っていたスライムとかいう弱そうな魔物でもダメなんですか?」
「ダメです。スライムでも命を落とすかもしれません。当面、皆さんの命を預かることになる神殿騎士団の団長として無謀な訓練は認められません!」
ありふれた職業。スライムと戦っても死ぬかもしれない。ダメのダメ押しだった。
なんで俺を異世界なんかに召喚したんだよとハヤトは叫びたかった。
「まあ、でも争い事に巻き込まれないのはよかったかもな」
どうせ俺には魔王退治なんかできそうにないし、戦うことなんか辞めて自由に生きようと、ハヤトは異世界転移して早々に決心してしまった。
とはいえ……カネもなければこの異世界の常識すら知らない。自由に生きる前に団長が勧めてくれた厨房で、異世界の食事情でも見てやるかとハヤトは判断した。
「戦えなくても俺には料理がある」
ハヤトはクラスメートの誰よりもバーン世界の食に興味があったし、料理が大好きだった。
いや、食に対する情熱だけはクラスメートどころか誰にも負けないと信じていた。
次回こそ料理を作ります。
ちなみに物語の内容にステータスはあまり関係ありません。