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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第二章「伝説の食堂編」
19/99

19 本日のお客様「黒装束のお嬢様」後編

 クラスメートが混乱して騒ぎ立てるなか、私、時田雅子トキダマサコだけは違った。

「本当に異世界に転移してしまったの? だとしたら…………………………………………………………最高じゃん!」

魔法のある異世界にクラスごと転移。これぞ女子高生の本懐!

 白亜の大理石によって造作された美しい神殿の中で、神殿騎士団の団長と名乗る中年男性から、

「君たちは未来の英雄だ。どうか魔王を倒して欲しい」

 といきなり言われても動揺することもなく、時田はむしろワクワクとした高揚感を抱いていた。

時田は普通の女子高生だから歳相応にアニメを見ることもあれば、ラノベを読むこともある。だから異世界転移は望むところだ。

その上……。


********************************

時田 雅子 17歳 女 レベル:1

適性職業:時魔術士

体力:061

筋力:037

耐性:040

敏捷:059

魔力:083

魔耐:071

スキル:時魔術LV01

********************************


 魔道具と呼ばれるマジックアイテム『ステータスプレート』で自分の力を確認した時田は内心大喜びする。

 適性職業『時魔術士』!? チート。これ絶対チートだよ。やった万歳!

 逆ハーだよ。逆ハー作れるよ。赤原くんでしょ、清田くんでしょ、西くんと葛城くんも入れちゃえ。私は基本ミーハーだけど、ちょっと個性的な男子も好きなんだよね。

 ……そう思ったのも二ヶ月前の話でした。


◆◆◆

 今、私は神殿の大部屋で団長さんの授業を受けています。

「で、あるからして~このような場合は軍をくさび型にして一点突破をはかるのだ。いいかな諸君」

 今日も魔王軍と戦うためという名目で、つまらない授業がおこなわれています。だいたい、魔王も復活を宣言しただけでなにもしてないらしいし、魔物が集団で人間を襲うとかないじゃないですか。

 あーあ退屈。つまらない授業によって生成された眠気が私を夢の世界へ誘おうとします。これじゃあ異世界に来ても別に日本と変わらないです。

 私、時田は異世界に来たときは確かに浮かれていました。

 だって時魔術士ですよ。ジョージョーのジオ様も無敵でしたし、魔王少女だって時魔術は超強かったじゃないですか。

 でもこのバーン世界の時魔術はサポートスキルとしては強力でも、単体ではそれほど強力ではなかったのです。

 神殿で魔法教官をしてくれているハンサムな魔術研究者のお兄さんと話したことを思い出します。

「時魔術って言ったら時よ止まれ、で世界中の時が止まって自分だけが動けるんですよね?」

「ええ? そんなまさか。世界中に影響を与えるような魔法だったら、どれだけ魔力があっても足りないよ。時魔術は戦闘中に人間の速度を速めたり、遅めたりするのが普通だよ。動く範囲対象が相手だと凄く難しいからトキダさんはいっぱい修業してね」

 魔術研究者のハンサムなお兄さんの声は優しかったけれども、その内容はあまり優しくなかったのです。こんなことなら乙女ゲーの悪役令嬢にでも転生したかったですよ。

 ああ、私をどこかに連れてってくれる素敵な王子様はこの異世界にはいないのかなあ。

 そのときです。授業中にもかかわらず教室のドアがバーン! と開き、少年が現れました。

 この時間はお店を開いているはずの葛城くんです。

「お、おい! どうしたハヤト!? 行軍についての授業中だぞ!」

 団長は眼を白黒させて授業を邪魔されたことを抗議しています。いえ抗議というよりは疑問を口にしているという感じでしょうか?

 さすがに団長にも何事か判断できないのでしょう。葛城くんは一切耳を貸さず、ずかずかと教室の中に入ってきます。

 とても情熱的な目をしています。きっと王宮で料理バトルをしていたときのように真剣になにかに打ち込んでいるんでしょう。無気力な私とは大違い。素敵です。

 皆はポカーンと口を開けて葛城くんを見ていますが、私はウットリと眺めています。アレ? なんだかその皆の視線が、私のほうに集まりだして……と思ったら葛城くんが目の前にいるじゃありませんか?

「時田、お前の力を貸して欲しい」

 え? ええええええ!?

 なんと葛城くんは私の両手をグワシと掴み熱く求めてきます。

「ハヤトおおおおおおおお! 今日という今日はもう勘弁ならん! ホシカワのみならずトキダまでも神殿騎士団を辞めさせるつもりかあああああああ!」

 団長がなにやら叫んでいますけど目の前、約五センチメートルに迫る葛城くんの情熱的な目を見てしまったら、ドキドキしてなにを言ってるのかなんてわかりません。

「俺を救えるのはお前だけなんだ! 時田、頼む」

 う、うん。わかったよ。葛城くん。私、葛城くんに全部あげちゃう。私を葛城くんの孤独を埋めるのに使って!

「おい、葛城、神聖なる授業を邪魔するのか?」

「俺はお前のことを買っていたんだけどな。そりゃ星川にないんじゃないの?」

「どうでもいいけどさ。プリン遅いんじゃないの? お前」

「そーよ、そーよ。星川さんが可哀想!」

 清田くんや赤原くんや西くんやクラスの女の子たちが私たち二人になにやらごちゃごちゃ言っています。でももう止められない。葛城くんと私はもう走りだしてしまったんだから!

 団長は私たちの愛を邪魔する悪役のような声を出しました。

「ふっふっふ。今日はお前の友達もワシの味方のようだな~。覚悟しろ~ハヤトめ~。はーはっは!」

 くそ。団長め。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ。

「い、いや。違うんだ。皆、聞いてくれ。俺は……そうだ! 皆のために醤油や味噌を作りたいんだ」

 へ? 私と愛し合うことと醤油や味噌がなんの関係があるの?

「はぁ? ショウユやミソだと? なんのことだ?」

 異世界人である団長は、醤油や味噌のことなどわからないでしょう。私にもなんで今、それが出てくるのかサッパリわからないけれど。

「実は時田の時魔術が食品の発酵に使えるんだ! 皆、味噌汁が飲めるようになるんだぞ!」

 え? 葛城くんのお店の肉野菜炒め定食に付いていたコンソメ味のスープがお味噌汁になるの? 嬉しい……。って、そうじゃない! 私と愛し合うんじゃなかったの?

「授業も神聖だが……味噌汁もまた神聖……」

「料理バカのハヤトらしいな」

「味噌汁もありがたいけどプリンも早くしろよ」

「葛城くんは星川さんべったりって感じだもんね~。時田さんに鞍替えするなんてなんかおかしいと思ったのよね~」

 葛城くんを取り囲んでいたクラスの仲間が散っていきます。

「わ、わかってくれたのか、皆!」

「えーい。皆、どうしたんだ。ミソ汁だかなんだか知らんがもっと美味いものを食わせてやるからハヤトを捕らえるのだ!」

 団長は叫びますが、クラスメートたちは逆に団長を取り囲みます。

「時田を連れてっていいから早く味噌汁作ってくれよな」

「ああ、ありがとう、皆!」

 葛城くんが私を抱えて走りだす。

「わっわっわ。お前たち。ハヤトが逃げたぞ。追え、いやなにをする! どかんかー!」

 団長の叫びも虚しく、醤油と味噌のために私は葛城くんにさられてしまいました。スイーツ(涙)。


◆◆◆

「で、俺が『麹菌』じゃないかと思っている菌を米に着床させた『種麹』がここにあるわけよ。次に蒸した米に『種麹』をふりかけてよく混ぜて保温して待てば『麹』になる。ここからやっと大豆が出てくるんだけど……」

「いや葛城くん。そんなの私に説明されたってわからないからさ。ともかくどの樽の時間を進めればいいのか教えてよ」

 ハヤトは醤油の説明を細かくしていたが、時田に意味がわからないから自分がすべきことだけ教えて欲しいと言われてしまった。

「あ~ごめん。ごめん。醤油という調味料の奇跡について時田とも気持ちを共有したくて」

「葛城くんとは一ミリも気持ちを共有できないし、したくもありません。あっかんべ」

 時田はそう言いながら舌を出した。しかし樽に時魔法をかけて時間進行を早めてくれているようだ。

 その間、お嬢様が冷たい目をしながらハヤトの側によってくる。

「お前の知り合いはずいぶんと女が多いなあ。店には変わったちびっ子の幼女もよく来ているしな。あの弓使いも美人だが、こいつも地味だけどなかなか可愛いじゃないか」

「なんへ。つねるんはよぉ~」

 ハヤトは意味もわからずお嬢様に両頬をつねられる。

「なにをやっているんですか。楽しそうですね。できましたよ。樽の時間を半年ほど進めました」

「おお、ありがてえ」

 ハヤトは早速、中身を少し取り出して生揚げ醤油を舐めてみた。

「うん。失敗だな。次の樽お願い。まだまだこれだけあるからさ」

 ハヤトは二十個ほどの樽を用意していた。時田はたまらず悲鳴をあげる。

「え~これ全部ですか?」

「そうだよ。それに少しでも成功した樽は半年から一年発酵期間を延ばす。一年で味がよくならなかったらさらに二年と発酵時間を延ばすからね」

 時田は思った。この人は料理バカだと。でもそこがちょっとカッコイイかもと。

「よし! 醤油はできると想定してこっちはこっちでラーメンをさらに研究するぞ。手伝ってくれ」

「ああ。任せろ」

 ハヤトとお嬢様はフロアで樽に囲まれている時田を置いて厨房に入った。時田はちょっと泣きそうになった。


◆◆◆

 一週間後。

「うん。これだ。この味だ。これが麹菌でできた醤油に間違いない」

「ほう。それが醤油か。どれどれ。んっ! なるほどな。これでラーメンを作れば!」

 ハヤトとお嬢様は生揚げ醤油を舐めて言った。時田は時魔術の使いすぎでフラフラだ。

「これもお前のおかげだよ」

 ハヤトは熱っぽくそう言う。時田はそのことだけで報われた気がした。

「いや、別に。確かに時魔術を使って発酵を促すのは裏の技で……本当は教えちゃいけないんだけど……ハヤトになら……ラーメン作りも楽しいしさ」

 しかし、ハヤトが熱っぽく感謝していたのはお嬢様のほうだった。

「時田。じゃあその樽と同じ製法で作った樽が他にもあるから一年発酵させたものと二年発酵させたものと三年発酵させたものも作っといてくれ!」

 ハヤトは時田にそう言うと、お嬢様と一緒に市場で食材を買ってくると出ていった。店のフロアには時田と樽だけが残った。

 ううう。葛城くんひどい。でもなんだかこの仕打ち、目覚めてしまいそうと時田は思う。

 時田は樽の時間を進めた後、寮に戻って爆睡した。

 そして醤油ラーメンのスープが完成した。一般的な醤油ラーメンのスープは、醤油で作ったタレ、だし汁、香味油を合わせて作る。

 タレは時田が作ってくれた三年物の醸造醤油、だし汁は焼き鳥に使っている鶏っぽい鳥のガラとモミジと手羽先から、香味油は高級な黒毛豚の味がするジャイアントボアのラードにしょうがを加えた。

「うん。素晴らしいスープだ。醤油を入れたことでスープとしての主張もあるのに小麦の香りの強い麺とも見事に調和している」

 スープを試飲したお嬢様も納得する。

「具は味付け牛肉を片栗粉をまぶして揚げたものにした。衣が醤油スープを吸って馴染むと思ってさ。牛肉といってもデスバッファローのバラ肉なんだけどな」

「高級肉だな。よく合いそうだ」

「仲間がとってきてくれるから安く提供できる。それと白髪ネギをタップリ、メンマと焼き海苔もね。完成!」

 二人ならば、スープや具や麺をバラバラに味見すれば完成品を食べなくても味はわかる。だが完成したラーメンを二人でいつくしむように食べた。

 ズルズルズル……。

「やったな! お前のおかげで俺の理想に近いラーメンができたよ」

「うん。上々の味だ。私も楽しかったよ」

 ハヤトは自分のラーメンを食べ終えると席を立って、またラーメンを作りはじた。味の微調整をするつもりだろうか。お嬢様はそれを楽しげに眺める。

「こんなに楽しく料理をしたのは生まれてはじめてだったよ。私は今まで本部で料理バトルに勝つためだけに料理を作ってきたから……」

 ハヤトのラーメン作りは真剣そのものである。お嬢様の会話はあまり耳に入っていなかった。

「な、なあ。それでハヤトが私のギルドに来る話なんだが……」

「よし! ラーメン二丁できた。外にいるユミとルークを呼んでこよう」

「え? ハヤト……」

 ハヤトはラーメンをカウンターに置き、店外へいく。

お嬢様はハヤトに待ってと手を伸ばすがそれは間に合わなかった。

「わあ。やっとできたんだ!」

「美味そうだな。おい!」

 ユミとルークは店に入るなり、ラーメンを同時に受け取って食べはじめる。知らぬ間に二人は仲良くなっていたようだ。

「美味え! この料理はなんていうんだ!」

「ラーメンっていうんだけど本当に美味しい……日本でもこれだけ美味しいラーメンは食べたことないかも」

 お嬢様はハヤトに重要なことを伝えそびれてしまった。けれどもユミという女の前ではなにか言い難いなと思ってしまう。

お嬢様は隣でラーメンを食べるユミを横目でチラッと見る。そのとき、お嬢様はユミのラーメンの匂いを少し嗅いでしまった。

「……そのラーメン。ちょっとスープを飲ませてもらっていいか?」

「ちょ、ちょっとなにするの?」

 お嬢様は静止も利かず、ユミが食べていたラーメンのスープをレンゲで一口飲んだ。お嬢様はユミの疑問にも答えずに……沈黙する。

 今度はルークのスープも一口飲んだ。そして静かな声で言った。

「弓使いの女のスープだけ私やルークのラーメンと違う……わずかに醤油タレと香味油が少ない……」

 ハヤトはその重い声に反して明るい声を出した。

「あはははは。バレた? ユミはちょっと濃い味が好きだから薄味にしたほうが健康に良いかと思ってね。香味油も減らしているんだ」

 ハヤトの言葉を聞いた瞬間、お嬢様の目から微かに光るものが落ちた。お嬢様はそれを隠すようにフードをかぶって立ち上がる。

「え~濃い味のほうが私は好きなんだけどなあ。でもこのラーメンは出汁が利いているからか凄く美味しいしちょうど良いかな。あら、立ち上がってどうしたの?」

 ユミがお嬢様に声をかけた。

「帰る。ラーメンという料理を学んだ以上、ここに用はない」

「え? もう帰るのかよ。お礼もしたいし、ゆっくりしていけよ」

 ハヤトは引き止めるが、お嬢様は顔を隠す布をつけて出ていこうとする。

「ルーク、いくぞ」

 ルークは護衛のために先に店を出た。

 続いてお嬢様も扉を開けて店を出ようとするがその寸前にハヤトが声をかけた。

「おーい。そう言えばお前の名前も聞いてなかったけどなんていうの?」

 お嬢様は少し立ち止まった後に店を出ながら

「アイスティア……」

 と小さく答えながら出ていった。

 店の外の日はすでに沈み、空の青は赤みを帯びた後、より深みのある紺へ、さらに漆黒へと、ゆるやかに変わろうとしていた。

 ルークはアイスティアと名乗った少女に尋ねる。

「いいのか? アイツを裏料理人ギルドに連れていくって言っていたじゃないか?」

「いい……」

「そうか。ならお兄ちゃんはなにも言わないよ」

 二人はトボトボと宿の方向に向かう。それに忍び寄る影があった。ルークはそれに話しかけた。

「なんの用だ」

「アイスティア様に伝言です。大食魔帝様が本部でお呼びです」

「親父が……わかった。すぐ戻ると伝えてくれ」

「御意」

 影は散っていく。アイスティアはハヤトの店の方向を名残惜しそうにチラッと見た後で夜の闇に消えた。

本日のメニュー

『ラーメン』

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