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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第二章「伝説の食堂編」
18/99

18 本日のお客様「黒装束のお嬢様」中編

「不味い!」

 黒装束のお嬢様はハヤトが出した醤油ラーメンを一口食べてそう言った。続けて文句の嵐。

「なんだこれは。料理になっていない。小麦粉を伸ばしたもの、ドワーフの民族料理である麺だな。麺を出汁の効いたスープで食わせる料理のようだが小麦、具、スープのどれもがちぐはぐで調和していない。調味料の……魚醤だな。調味料もあってないのではないか?」

 ハヤトは聞いていなかった。なぜか。お嬢様に見入っていたからだ。ハヤトはお嬢様の顔は不美人であまり見ることができないのではないかと思い込んでいた。有り体に言えばブスなのではないかと。

 なぜならお嬢様はいつも顔を隠していたからだ。美しい顔であるならば隠す必要もないはずだ。だから……と思っていた。

 実際に彼女の顔の隠し方は執拗だった。ハヤトの店でなにか食べるときも口元の布をわずかにずらして器用に食べていたのだ。

 しかしラーメンではそうもいかないだろう。彼女はフードを後ろにして口元の布も外した。

 店は閉めているから客もいなかったし、ガーランドも帰った。ルークは店外を見張りにいったし、ユミは食材の仕入先にしばらく休むということを伝えにいったから、厨房には二人以外誰もいなくなったので顔を見せたのかもしれない。

 素顔を隠すのは不美人だから顔を見られたくないという理由以外に、正体を知られたくないという理由もあることをハヤトは思いつかなかった。

 褐色の肌と灰色の瞳、左目の下にはホクロ。ここまでは黒装束でもわずかに見えていた。

 端整な鼻、さくらんぼのような艶を持つ唇、幼い少女のような艶のある髪。不美人どころかどこから見てもエキゾチックな美少女だった。

 ハヤトは人を美醜で判断するような男では決してない。強いて言えば食に関わることで判断する。お嬢様に対しては料理のことで尊敬もしている。それでもお嬢様は見とれてしまうような美しさだった。

「これが噂に聞くS級料理人のアンドレを料理バトルで倒した男の料理か。情け……ん?」

 ハヤトが話を聞いてないことにお嬢様も気がつく。

「……」

「おい! なんだお前! 私の話を聞いているのか?」

「あ、いや。ちょっと……」

「この私が試食した感想を言っているのに!」

「いや、お前が美人だったから見入っちまって」

 固まるお嬢様。少しだけ間を開けてから叫ぶ。

「な、ななななな。なにを言っているんだお前は! そんなこと言われたこともないぞ」

「ええ? それだけ美人で言われたことがないってことはないだろ? あ、いつも顔を隠しているからか?」

「く、くだらないことを言っているなぁ! 今は料理の話だろう?」

「あ、ああ。醤油ラーメンだけじゃなく塩ラーメンもあるんだ……とりあえず食ってみてくれ」

 ハヤトは醤油ラーメンの感想すら頭に入っていなかったが、誤魔化すために塩ラーメンを出した。麺をすすりながら蚊の鳴くような声でつぶやくお嬢様。

「不味い……容姿のことなど兄にしか褒められたことない。身びいきだと思う」

 そりゃ年中、黒装束で顔を隠しているなら言われないだろうなとハヤトは突っ込みたかったが、自分も少し恥ずかしいことを言ったとやっと気がついた。

「あ、いや、アレだよ。お前っていつも黒装束で顔を隠してんじゃん。だから……びっくりしてさ。お兄さんの身びいきってこともないよ」

 お嬢様は容姿のことは無視して、顔を赤らめながら料理の感想を言った。

「不味い。しかし、こっちの塩味はまだ食えるな。なんというか平和な味がする料理だ。何十年も平和な国で発展した味のような。そんな国があるのか……初めて味わう料理だが、悪くない」

「あるよ。それがラーメンさ」

 

◆◆◆

「私もスープを作ってみたがダメだな。こんなものはラーメンとは言えないだろう」

「美味い。美味いよ。お前、凄いな。というか何人だよ。本当は日本人じゃないだろうな?」

 つい数時間ぐらい前に初めてラーメンを食べたお嬢様。ハヤトの打った麺に合わせて、お嬢様もスープを作った。ハヤトは麺とそのスープでラーメンを作ってみたのだ。だがお嬢様的には納得できないようだ。

 ハヤトも心から美味いとは褒めてはいるが、それでも求めているラーメンとは程遠い。

「具は後で考えるとして問題はやはりスープか。でも俺のスープよかだいぶ美味かったぜ。麺のほうはイリースの小麦と水がよかったのか完成に近づいているんだけどな」

「ふん、当然だろう。でも、まあ……ハヤトも麺については褒めてやるか。熟成がうまくいけば使えるようになりそうだな」

 二人はお互いの技術を褒め合った。すでに店に帰ってきたユミは、客席の掃除をしながら二人の様子を見ている。ユミは自分が恐れていたことが的中したのではないかと思いはじめていた。しかもお嬢様の素顔はとても美人だった。ユミは居た堪れなくなって店の外に出る。

 店の外ではルークが剣の手入れをしながら見張りをしていた。ユミはそれを見て多少八つ当たり気味にルークに注意した。

「こんなところで剣の手入れなんかしないでよね。お客さんが怖がるでしょう? タダでさえウチの店は、アナタたちのせいで暴力沙汰が多いって言われているんだから」

「俺はお嬢様の護衛だからな。常にベストでありたい。お前だってあのハヤトとかいう奴の護衛だからわかるだろ」

 護衛? ユミはこの男はなにを言っているんだろうと思いながら答える。本当は彼女だと言いたかったが、私がそうなりたいだけでハヤトにはそのつもりはないだろうと思う。 

「護衛? なんで護衛? ……私はハヤトの店のただの店員よ」

「ただの店員? あれほどの矢を放つお前が? 『料理人』の護衛だろ?」 

 なぜハヤトに護衛がいるのか? ユミはハヤトの店の店員であるよりも護衛であるほうが、さらにハヤトと関係が薄い気がしてイライラしてしまう。

 しかし続くルークの言葉を聞くと怒りも収まった。

「俺はお嬢様の護衛に命をかけているからな」

「お嬢様……初めて顔を見たけど美人ね」

「ああ、俺の自慢さ」

 俺の自慢。主人と従者がそういう言い方をするだろうか。してもおかしくはないが、ユミにはなんとなく、ルークがお嬢様が美しさを我が事のように誇っているように聞こえた。

「ルーク。お嬢様とアナタってなんなの? その、私が頼んじゃったんだけど……ハヤトとお嬢様が二人で料理を作っていることが気にならないの?」

 ユミはハヤトと自分のことを思いながら聞いてみた。ルークにもその思いがわかったのかもしれない。

「俺はお嬢様を守る剣だ。お嬢様がハヤトと料理を作りたいなら見守るだけさ。逆にお嬢様がもし料理に行き詰まっていたとしても見守るだけさ。俺はお前みたいにハヤトに手助けを求めることはないだろう。だから同じ護衛でも俺とお前はやっぱり違うのかもな」

 ルークは優しげに笑った。ユミは少しだけルークという人間に親しみを感じた。

 一方、厨房ではハヤトとお嬢様は行き詰まっていた。

「やはり塩ラーメンじゃダメなのか?」

「ああ、塩ラーメンは結構完成に近づいたと思う。だけど塩ラーメンは麺を食わせることに特化したラーメンだと俺は思うんだ」

「そもそもラーメンとは麺をスープで食わせるものではないのか?」

 ハヤトはラーメンの主体はあくまで麺で、それを食べさせるためのスープ、そして付け合せの具だと思っている。日本にいたときに読んだラーメンの鬼(テレビに出ていた有名ラーメン店の店主だ)の本にはそのように書いてあった。

 ラーメンのスープだけを一杯飲み干すのは結構辛いのだ。麺があることでスープも飲める。だからお嬢様の意見はラーメンの本質を突いているとハヤトも思う。

 しかしだ。ハヤトの求めるラーメンはそれぞれ単品で食べても美味い、麺、スープ、具を調和させることによって、どんぶり一杯でコース料理の満足感を与えるというものである。野望は大きい。それをお嬢様に伝えた。

「なるほどな。それでは確かに塩ラーメンではダメだ。麺を食わせるラーメンなら塩でもいいだろうが、麺、スープ、具を調和させていったい化するには調味料が必要になる」

「そうなんだ。塩は麺、スープ、具を個々に引き立てたり、主張させる効果はあるけど、調和させる効果はない。塩ラーメンだと必然的にスープも具も抑え気味にして、最初から麺との相性を重視したものになっちゃうんだよ。だから別の調味料が必要だ」

「それで考えた調味料が魚醤と言うわけか。しかしなあ。隠し味には良いかも知れんが、魚醤をメインの味付けにするには」

 ハヤトはそれを聞いて悲しくなってきた。醤油の味が懐かしい。

「あぁ。醤油があればなあ」

「なに? 醤油ラーメンの醤油とは魚醤のことを言っているのではないのか?」

「違うんだよ。醤油っていうのは大豆原料の調味料のことでさ。お前、大豆原料の調味料とか聞いたことない?」

「知らんな。私は生まれてから最近までずっと本部にこもって料理ばかりして育ったから。ないなら作ればいいじゃないか?」

 ハヤトは醤油を作るのがいかに難しいか説明した。長い伝統のなせる技か、もしくは生物学の菌の培養の分野だと。

「作り方は知っていても、醤油が実際にできるのは錬金術の奇跡のようなもんだとこっちに来て理解したよ。一応、仕込んではあるけど一回で成功したら漫画かラノベだな。仮に醤油ができたとしても納得するレベルになるには何十年もかかるかもしれない」

「菌とか培養とか漫画というのはよくわからんが、つまりその醤油とやらは大豆を発酵させて作る調味料で時間がかかるというわけなのだな?」

 バーン世界の文明は、まだ細菌という目に見えない微生物の発見には至っていない。だが発酵という概念はあるし、バーンで一流の料理人であるお嬢様は、もちろんそれをよく知っていた。それどころか発酵に関しては、ある意味で地球の人類よりもはるかに優れた技術を持っていた……。

「お前の故郷のニホンとやらから持ってくればいいんじゃないか。話を聞く限り、その調味料は腐らないのだろう」

「俺の故郷にはもう帰れないんだよなあ……少なくとも簡単には……」

 お嬢様はハヤトの話を聞いて勘違いしてしまう。ハヤトが可哀想に思えてきた。

「す、すまん。ハヤトは亜人との戦いなどで滅んだ国の出身者だったのか……」

 バーンの人間は、異種族とも戦争をすることがある。ここ十数年はダークエルフと争う国が多かった。

「ああ、刺し身を醤油で食べたくなってきた。おふくろの味噌汁が飲みたい」

 ハヤトは純粋に味噌汁が飲みたくて泣けてきた。ちなみにおふくろのことは星空に報告して以降、まったく思い出してない。味噌汁が飲みたいだけだった。

「お母さんの味か。ハヤト、泣くな……」

 お嬢様の母親は事情があって幼いころに亡くなっている。そういうこともあって、なおさらハヤトを慰めたくなったのかもしれない。

 お嬢様はハヤトの顔を優しく抱きしめる。お嬢様は立って抱きしめたので座っていたハヤトの顔が胸に埋まる。

 むほ! ハヤトは服の上からではわからなかった少女の結構豊かな感触を楽しんだ。

「本当は門外不出で教えてはいけないんだけど……ギルドの技を私が教えてやるから。そうすればその調味料は多分できるよ……」

 ハヤトはつい胸の感触を楽しみたくなって顔を左右に動かしてしまう。

 お嬢様はハヤトが門外不出の技を拒否したと勘違いしてしまう。

「ハヤト……そう言うな。確かにこの技は門外不出だけど……ハヤトも私のギルドに入れば問題ないだろ。ギルドは今腕の立つ料理人を集めているんだ。ハヤトなら私が推薦できる」

 ハヤトは胸の感触をさらに楽しみたくなって今度は顔を上下に動かした。

「あっ。うん。いいんだ。そんなに感謝しなくても。さあラーメン作りを続け……あっ、あん。こらハヤト、ハヤトってば……ハヤト…………キャアアアアアアアアアア!」

 お嬢様の絶叫が響く!

「お兄ちゃん以外の男に触られるどころか汚されたああああ!!!」

「ちょっ、ちょっと待て。お前のほうから抱きついてきたんじゃないか」

 ハヤトはお嬢様のビンタを食らう。ハヤトはやはりバレリーナのようにクルクル回転して、今度はラーメンどんぶりを頭からかぶるはめになった。麺がちょうど髪の毛のようになっていた。

本日のお客様「黒装束のお嬢様」編は後編に続きます。


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