13 本日のお客様「王様と王女」後編
王女陥落か!?
いったいどうしてこんなことになってしまったのでしょう? 私の前には1から5の数字が書かれた採点用の札と、先ほど怒って飛び出してきた王宮付きのシェフ、アンドレが腕をふるった料理が、ところ狭しと並んでいるのです。
思い返せば二時間前。
◆◆◆
「若造……俺の目の前でさっき言ったことをもう一回言ってみろ」
「え? 俺なら料理人として王女様にもっと美味しいものを出せます。俺の料理を食ったほうがいいですよって、アレ?」
ハヤト様、いくらなんでもそれは。
「陛下。私は本日の会食は心を込めて作りました」
「うんうん、美味かったっす。まだデザートとかあるんだよね?」
アンドレがお父様の前ですがるように言います。ハヤト様は目の前の事態が自分に関係ないかのように話しています。
「この少年よりも落ちる料理しか作れないのであれば、私は王宮付き料理人として働くことはできません。職を賭して、少年と料理バトルで勝負したいと思うのですが」
料理……バトル? アンドレはものすごい迫力でお父様に料理バトルで勝負したいと迫ります。ちなみにアンドレは料理人にもかかわらず斧戦士のような巨漢です。
「よ、よかろう」
お父様はそれを承諾しました。私は小声でお父様に聞いてみます。
「お父様、料理バトルとはいったいなんなのでしょうか?」
「……知らん」
「ちょ、ちょっと! では、どうして許可したんですか?」
「なんかアンドレに押されてしまって」
お父様が適当な裁可を出したことで混乱が大きくなってしまいました。
ちなみにアンドレの話をまとめたところ、料理バトルとはいろいろな形式はあるようですが、要は料理人二人が同じ条件で料理を作って、採点者が点数をつけ、その点数を競うもののようです。
料理人ギルド内での地位やランクの取り決めに古くから使われていて、勝負前に賭けたと宣言したものはプライドにかけて絶対に守るらしいです。
今回ハヤト様はなにも賭けませんでしたが、キレたアンドレは負けたら王宮付きのシェフを辞めると勝手に宣言してしまいました。
ハヤト様もハヤト様ですが、アンドレもどうなのでしょう? 職人魂に火がついてしまったようです。
「若造、審査員は誰がいい?」
「だから王女様だよ。あとは王様かな。他は誰でもいいよ。オッサンが決めたら?」
「どこまでも舐めやがって。若造と一番親しい奴は?」
救世主様たちが一斉に一人の女性を見ます。それは美しい方でした。
「ああああああああたしはああああ。えんりょしいいいいい」
「なんだ。若造の女か。やれ」
「そそそ、それなら、ああああ、あたしがあああ」
なにを言っているかわかりませんでしたがハヤト様のこ、恋人の方なんでしょうか?
「若造、もう一人選べ。誰かいないのか?」
「そう言われてもなあ。じゃあ、なぜか転がって唸っていた団長は? もう佐藤のヒーリングで治ったみたいだし栄養つけたほうがいいだろ」
ハヤト様がそう言うと、団長さんはお腹を押さえてまた転がりはじめました。
「最後の一人は俺の料理はお前が採点する。お前の料理は俺が採点するって方式でどうだ?」
「五人で採点して一人5点ずつ。合計25点ってことね。オッケー」
「S級料理人の誇りにかけてお前をぶっ潰してやる。食材はなにを使ってもよし。制限時間は二時間で何品作ってもいいが、五人分作る。審査員はすべて先に作ったほうから食いはじめる。それでいいな?」
「俺はなんでもいいよ。ってか王宮付き辞めないほうがいいよ。俺が料理のことを教えてあげるから」
それを聞いたアンドレは青筋を立てて、ドガドガと足音をたてて厨房に向かいました。
ハヤト様は皆があっけにとられているなか会食の席に戻って、アンドレが作った料理をアレも美味い、コレも美味い、皆は食わないの? と人の分まで食べてから一時間もたった後に厨房に向かいました。
◆◆◆
そして今、私の目の前には先に五人分を作り終えたアンドレの料理がどっさりと並んでいます。見たところ……。
まずは海老のスープ。たぶん西方の竜人が支配する龍口湾で取れる紅龍海老で作ったものでしょう。紅龍海老は海老味噌が真っ赤で普通の海老の数倍あります。だからスープは濃厚で真っ赤になります。
チーズオムレツ。オムレツは料理人の腕が出ます。アンドレは腕を見せたかったのでしょう。
しかも、使っている卵はワイバーンの卵。加熱による凝固が普通の卵よりずっと早いので調理は難しいですが、その旨味はチーズの濃厚な風味に負けません。
ローストドラゴン。お父様の大好きな料理。ドラゴンの肉の塊にじっくりと火を通すことで中の肉は赤いままのレア、しかしきちんと火は通っている状態を作ります。それをステーキのように大きくカットして食べるというものです。ドラゴンの肉の旨味は他の肉の追随を許しませんからね。それをアンドレの技術で焼きあげるのですから……。
その他にも……。おっと失礼しました。料理に熱中しすぎました。実は私、食べることが大好きなんです。楽しい雰囲気での料理バトルなら私も大歓迎していたかもしれません。
「では俺のほうから食べてもらって採点してもらうぞ」
なるほど今になって気がつきました。アンドレは早くに厨房にいって先に料理を出し、審査員をお腹いっぱいにしてしまおうという作戦だったのですね。
確かにルール上はそれが許されていますし、勝負がはじまってもアンドレの料理を食べ続けたハヤト様が悪いといえば悪いのですが……。
S級料理人が異世界から来た少年のハヤト様にする仕打ちではないかもしれません。
ハヤト様は負けてしまうでしょうが、お顔は立つようにして差し上げないと。
「うんめえええええええ。このローストビーフみたいなのなんの肉!? この海老スープの海老味噌の味も最高だぜ」
え? 隣に座っているハヤト様が美味い美味いと大声をあげていました。
「へっ、今さら褒めても許してやらんぞ。さあ、そろそろお前も含めて採点してもらおうか」
団長さんは5点の札を上げました。料理の感想を求められたのですが、
「ハヤトめえええええ」
と呪詛のような台詞をはいています。
次は、先ほどの凄く綺麗なハヤトさんの、こ、恋人の方です。5点の札を上げました。料理の感想は、
「んんん、んみゃ」
それだけ言って後ろに倒れてしまいました。意味がわかりません。
私とお父様は4点の札を上げます。
「いつもアンドレが全身全霊を賭けて作ってくれるお料理の味です。とても美味しいです」
という意味の感想を二人で言いました。あえて言えば、いつもアンドレが食べさせてくれる料理で目新しさはありません。
ただ、アンドレを弁護すれば、彼は普段から全力の料理を出してくれているということです。
最後はハヤト様です。団長さんと恋人様の評価も気になりましたが、ハヤト様ご本人はアンドレの料理にいったい何点をつけるのでしょう。
「誰かーペン持ってきてー」
は? ペン? 採点札があるのにハヤト様がペンを要求します。ハヤト様は5点の札を取り、羽ペンで空白に0と書き込みました。
ま、まさかアンドレの料理が0点だとでも言うのでしょうか?
「いやー美味かった。こいつは50点だな!!!」
え? そっち? そっちなんですか?
「こ、このクソがきいいいいいいい! そんなもん認められるか! もういい、俺の点数は23点でいいな」
「俺の点数は50点で換算してくれていいのに……」
ハヤト様の言動にアンドレと団長さんは殴りかからんばかりの様相です。
「じゃあ、俺の料理取ってくるわ」
ハヤト様が厨房にいこうとすると団長さんが止めました。
「おい。一応、先に聞いておくが、お前はどんな料理を出す気だ。メニューを言え」
「えーと、レバ刺しと~」
ハヤト様が聞いたこともない料理名を言った瞬間、団長さんがハヤト様に跳びかかって首を絞めました。
「あほかー、王陛下や王女殿下にそんなもん出すなー!」
「ぐ、ぐるしい。なんでよ~団長~。レバ刺し美味いじゃんかよ~」
「確かに美味いが出すんじゃねえ~~~!」
「わ、わかったよ。俺はアンドレのオッサンみたいにたくさんは作ってないんだけどなあ。一品減っちゃったよ……」
団長さんも美味しいというのになぜ止めるのでしょうか? レバ刺し……ちょっと食べてみたいです。
私の目の前には見たこともないハヤト様の料理がいくつか並びました。失礼ですが量と見た目は明らかにアンドレの勝ちです。アンドレがハヤト様に食材を確認します。
「よくわからないがトマトの匂いがする冷製スープ。ウニとホウレン草のソースを使っている変な料理。この炒めものはアスパラガスとウドと豚肉か?」
「そうっす。スペイン料理の『ガスパチョ』と『ウニとホウレン草のクリームパスタ』。『アスパラガスとウドの炒めもの』は味付けに少し豚肉も入れている
けどね」
スペイン料理? どこかの地方名でしょうか? なんだかアンドレの料理と比べてサッパリとした野菜中心のものが多いようです。
食べ方もわかりませんし、正直ちょっと戸惑ってしまいます。お腹もかなりいっぱいですしね。皆さんの食べ方でも見てみましょうか?
団長さんがガスパチョというコップに入れてある冷製スープを一口飲みました。
「なんだこれは……。まあ、不味くはないが青臭いし酸っぱいし」
「うん。野菜ジュースみたいなもんだからね。飲みやすくするために果実のジュースも結構入れたけど団長にはキツイかもね」
あまり美味しそうではありません。
こ、恋人さんはパスタなるものをフォークで巻きとって口に入れています。アレは結構美味しいです。真似をしてみます。
「うん。このパスタなる料理。とても美味しいですわ」
「でしょう。ホウレン草たっぷり」
私が褒めたらハヤト様は自信満々の笑顔をしています。確かに美味しいですが、アンドレの豪華絢爛な料理には劣るかも。でもなんだか……後を引く味です。
アンドレは難しい顔で『アスパラガスとウドの炒めもの』なる料理を食べています。妙に真剣というか……暗い顔をしています。
そ、そんなに不味いのでしょうか? 私もアスパラは知っていますが美味しいと思いますけど。食べてみます。
「うん! 美味しいですよ! このアスパラとウドの炒めものという料理」
「どうもどうも」
アスパラも美味しいですが、このウドという食べ物は清涼感があって凄く美味しいです。なんだか体が洗われていくようでもっと食べたくなります。
今日はかなり食べているのに、量が少なかったせいか意外にも完食できてしまいました。むしろもっと食べたい気がします。
「ちょっとすまんがの。このウドの炒めものという料理。もう少しないのか?」
お父様も同じ感想だったようです。
「ああ、実はウドは厨房に二本しかなくて、それで全部なんです」
「そうか……」
ハヤト様が謝ります。お父様は残念そうにうなずきました。
「そのウドは天然の山菜です。皿洗いが厨房のまかない用に持ってきたものでその残りです……。だから二本しか残っていませんでした」
「あっだからか」
アンドレがウドの説明をすると、ハヤト様が納得されていました。
お父様と私の前にはガスパチョなる冷製スープだけが残りました。
パスタもよく食べると面白い味わいで、結局最後まで食べてしまいました。
ガスパチョは青臭くてなかなか口に入れる気になりません。しかし飲まなければ正しい採点ができません。お父様が口に含みます。私も恐る恐る飲んでみます。
「……このスープ……おかわりはできないんだろうか?」
お父様が言いました。
「わ、私も飲みたいんですが」
お父様が残りを全部飲んでしまったら悲しいです。
「あるよ! ガスパチョはいっぱい作ってある」
◆◆◆
ついにハヤト様の料理の採点をするときがやってきました。
団長さんは1点の札をあげます。感想は、
「怒りの1点」
とのことです。ハヤト様の恋人様は3点でした。
「お、おおお美味しかったけどハヤトはもっとできるるるうううう」
恋人だからといって採点を甘くするという考えはないようです。
私とお父様の点数は決まっていました。
「あれだけおかわりをしてしまってはこれしかないな。5点だ」
「……私も5点です」
現時点で合計14点。もしアンドレが5点の札をあげたとしても合計19点。23点を取ったアンドレには点数で上回ることはできません。これでハヤト様の負けが確定しました。
腕組みをして、なにやら考え込んでいたアンドレは1点の札を取りました。アンドレ、1点……というのは公平性にかける気がします。
しかし、アンドレは1点の札に空白にペンで0を二つ書き込みました。
アンドレの審査席は先ほどハヤト様が座っていたのと同じです。ハヤト様が使っていたペンは置きっぱなしにされていたのでしょう。
アンドレ……私にはわかりましたよ。0を二つ書いて0点ということではないですね。
アンドレは1点だった札を掲げて重々しく言いました。
「採点は100点、合計で114点。お前の勝ちだ。俺は王宮付きシェフ辞めるよ」
会場はシンとしています。しばらくしてハヤト様が言いました。
「100点なんかねえだろ? さっきアンタだって俺の50点認めなかったし。アンタのほうが料理としては美味かったよ」
「……俺は料理というものが、もうわからなくなった。高級食材で高級料理を作る。何十年も追っていたその方向性は間違っていたのか。いや、薄々は感じていたんだ……俺自身、ウドのようなもののほうが美味く感じてしまうことが確かにある。実際にウドを使ったまかない飯は厨房でも奪い合いだったよ」
私はいつもアンドレが作った料理を食べているのですが、今日のハヤト様の料理を食べて同じことを思ってしまいました。
アンドレは膝を地に突け、天を仰いで涙してしまいました。
「わからない……俺の料理道は間違っていたのか?」
するとハヤト様がアンドレに声をかけます。
「大げさだなあ。オッサンは普段、どんな飯を食っているんだよ?」
「ふ。敗者をバカにして鞭を打つのか?」
「いやそうじゃねえって」
「いいだろう、お前にはその権利がある。陛下と王女殿下の料理の味見をしていたら腹が膨れていることが多いな」
仕事熱心なアンドレらしい回答でした。ところがハヤト様は明るい声を出します。
「やっぱりな~だからだよ~」
「はあ?」
「オッサンは知らないだろうけどさ。俺の昔いた世界では野菜も食べないと強くなれねえって歌まであるんだよ。つまり旨味の強い高級食材とは栄養素が違うってわけ。ビタミンとかさ。ウドは疲労回復効果もあるらしいし。ガスパチョは野菜の塊だからね」
アンドレは涙で顔をぐちゃぐちゃにしてハヤト様の話を聞いています。
「栄養素? ビタミン? そ、そうなの?」
「そ、高級料理だと不足しがちなんだよ」
そういえばなんだかいつものけだるい感じが抜けて体が軽くなった気がします。
「王女様は若いのに少しだけ血色が悪かったからね。毎日、今日の会食のような高級料理を食べていたなら体が野菜のビタミンを欲っしているだろうなと思って」
「う、うむ。ワシもなんだか体の調子がいいぞ」
無視されているお父様が急に話に割って入って健康になったことをアピールしました。
「お、おおおお俺は王女殿下の体に悪い料理を作っていたのか?」
「いやだからそうじゃねえって。要はバランスさ。クラスの皆だってオッサンの飯は美味かったって言うぜ。王女様と王様とアンタだけが野菜が欠乏して美味く感じたのよ。野菜も食わなきゃダメだよ」
「ううううう。ハ、ハヤトく~~~~ん」
アンドレは泣きながらハヤト様に抱きつきました。お父様も私も貰い泣きします。大団円です。
……と思ったらお父様がつぶやきました。
「ところでハヤトくん。さっき言っていたレバ刺しとやらは食えんのかのう?」
実は私もそれを食べたかったのです。私の食いしん坊はお父様から遺伝しているようです。
「ああ、はい。出しましょうか?」
そう言ってハヤト様が目の前に出してくれたレバ刺しという料理は、たった一切れしかありませんでした。しかも、ちょっとグロい。ハヤト様、これはなんでしょう?
「西のフェアリーに飛んでもらって俺の店から取ってきてもらったんですが。コイツはちっこいのでちょっとしか持ってこれなくて」
まあ少なくてもいいかもしれません。グロいし、美味しいかもわかりませんし。でも頑張って口に入れてみます。
「お、美味しい……」
なんという美味しさでしょうか。私の目からまた涙がこぼれました。
「レバ刺しもビタミンの塊みたいなもんだからね」
コレがたったの一切れだけ? もう審査は終わっているんだからなにも五人全員に出さないで食べたことのない私とお父様にだけ出してくれればよかったのに。
そうだ! もうお腹いっぱいでレバ刺しを食べてない人がいるかもしれません! お父様も同じことを考えているようでキョロキョロしています。
レバ刺しに文句を言っていた団長さんなら。あっ今、素早く口に入れた。アンドレもキョロキョロしています。そんな……もう世界のどこにもレバ刺しは残ってないの?
ところが天使のようなハヤト様の恋人さんが言葉をつかえさせながら、お皿を差し出してくれました。
「あ、あの皆さん。わ、私はよく食べているので欲しい方はどうぞ」
お父様とアンドレはまるでゾンビのように一切れのレバ刺しを貪りあっています。なんて醜いの! あれ? 私の口の中にもあまーいレバ刺しの味が……。
「う”~もっと~。もっとくれ”~」
ハ” ヤ ト さ ま は さ” わ や か に わ ら う”。
「レバ刺しがもっと食いたかったら俺の店に来な」
ハヤト様、お慕い申し上げます。
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明日は18時一回更新かなあ。
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