12 本日のお客様「王様と王女」前編
今話は前編と後編に分かれています。
御供という言葉は神仏への供え物という意味である。
なかでも人間の命を神に捧げる人身御供というものがあり、地球にはそれがもっとも尊い御供であるとする文化圏もある。
では異世界バーンにはどんな御供があるのだろうか?
◆◆◆
「バーンには八人の料理人が料理を御供として捧げ、創世神の怒りを鎮めて世界を救ったという伝説が残っている。しかし、真偽のほどは定かではない……」
ハヤトはある本の一節を読んで吹き出した。
「プッ。ハハハハハ。『別世界料理対決』とか名前がイッちゃっているから読んでみたけど……なんだこれ」
ハヤトがいる場所は神殿の図書館だった。神殿騎士団団長ヴォルフに呼び出されて神殿に来たものの忙しいようで待たされている。そのため面白い本でもないかなと図書館に来ていたのだ。
「内容も荒唐無稽で出てくる料理も滅茶苦茶だけど、この世界には漫画も無いしな。ギャグ漫画みたいで面白いからユミにも読ませてやろう」
ハヤトは神殿図書館の受付で本を借りた。
「そろそろ団長が空くって言った時間か」
ハヤトは本館のロビーに向かった。団長はまだ来ていないのでロビーで続きを読む。
「ハハハ。腹いてー。バカバカしー」
ハヤトはふとトイレにいきたくなったのでトイレに向かう。イリースにも男子用の『小』をするトイレがある。手がふさがっていてはアレをズボンから出せない。目の前の段差にひょいと『別世界料理対決』を置いた。
そしてハヤトは本を置いたままトイレを出てしまった。ロビーのソファーに座り直して続きを読もうとすれば、本をトイレに忘れたことに気がついただろうが、タイミング悪く団長が来た。
「おーハヤトすまない。店も忙しいだろうに急に呼び出しといて待たせてしまったな」
「いえ。神殿の図書館で料理本を借りて読んでいましたから」
「ほー感心だな。この神殿の図書館は歴史あるものだ。貴重な資料もあって……」
「あれ? おかしいな。本どこいった。団長は知らない?」
「え? お前、それ大丈夫? 後々、魔王を倒したり世界を救ったりするヒントが書かれている本になったりしない?」
「ハハッ。団長、なに言ってんのよ。なんか妄想って感じだったし、アレはギャグ漫画だよ。でも探すか」
「えーい。今日は時間がないんだ。後でワシが探しとく」
団長はどんな小説でも一生懸命書いているのだから大切に扱わないといけないんじゃないだろうかと思ったが、しかし……こいつにそれを言っても無駄だろう、という結論に達してあえてそれを言わなかった。
団長はこのとき、すでにストレスで腹が痛くなっていた。
「すげー城だなあ」
「ホントー」
「ご飯楽しみだなあ」
団長がハヤトを神殿に呼んだのは、元2年B組を引率して王宮に連れていくためだった。
イリース国の王が、魔王を倒すための戦力として神殿が召喚した救世主たちに会ってみたいと、大臣をやっている犬飼先生に急に言い出したのがはじまりだった。
団長は断りたかった。なぜならイリース国はグレスト教の神殿の大スポンサーである。騎士団の本部だってイリースの首都の中にあるのだ。決して粗相はできない。
だが元2年B組の奴らと来たら……と団長は思っている。先ほどの脳天気な感想を言っている連中はマシである。団長の見るところ三人の超要注意人物がいた。
「王様ね。ハイハイ偉い偉い。庶民から血税を吸い上げてまったく凄い城だよ」
第一の要注意人物は度がすぎた皮肉屋の西太一。何事もシニカルにしか物事を見ることができない。イリース王の前でそんなことを言ったらどうなるだろうか?
「ソフィア王女はまだ中学生ぐらいらしいけど超可愛いらしいぜ。俺ナンパしちゃおうかなあ」
第二の要注意人物はとにかく女癖が悪い赤原勝。今の台詞は冗談だと信じたい。
「俺たちを宮廷料理でもてなしてくれるなんて王様も太っ腹だよなあ」
第三の要注意人物は……言わずもがな。料理狂ハヤト。イリース王は宮廷料理を出して会食形式で未来の救世主たちをもてなすという。
ハヤトの場合は料理がなければ危険度は多少下がるのだが、こいつに宮廷料理を出すなど赤ちゃんのに大爆発が起きる魔導具を与えるようなものだと団長は考えている。
「ともかくハヤトだ。よく見張ってくれたまえ」
「はははは、はい。わわわ、わかりました」
団長はユミにハヤトの厳重な監視を頼む。しかしユミのほうもすでに緊張して粗相をおかしかねない状況だった。
「ひょ~、でけえテーブルだなあ。王様と王女と団長と俺たち三十二人が座れるんだから当然かぁ。ねえねえメイドさん、王女が座る上座ってどこ? 俺その隣に座りたいんだけど」
「赤原くん、私とこっちに一緒に座りましょうよ。ね」
監視役を頼まれている佐藤は、赤原を上座から遠ざけるように誘導した。団長は小さくガッツポーズを取る。
「西くん。西くん。清田の近くはうるさいよ」
「確かにそうだな。王様の顔を近くで見ながらニヤついてやろうと思ったけど、清田が近くに座るなら離れよう」
あめ玉で買収したフェアリーも仕事をしていた。団長は親指を立ててフェアリーにグッジョブサインを送った。
「今日はどんな料理が出るんすか? 食材は? 料理法とか説明できる人来る?」
ヤツ(ハヤト)は料理のことでメイドに絡んでいた。ユミはそれを止めようとしているが、つかえて言葉になっていない。
団長は何気なく二人の近くに座った。痛い腹を押さえながら。
◆◆◆
「ほう。キヨタくんは『勇者』なのか。それは頼もしい」
イリース王は満足気に言った。清田の声は相変わらず大きいが、今日はさすがに叫んでいないので食べ物を口から出したりせずに上品に対応している。
「本当ですわ。イリースと世界をきっと守ってくださいね」
「はっ! 私の命にかえましても!」
普段から団長に対しても、やれ「武士道が」とか、やれ「葉隠が」とか言っている清田はソフィア王女の呼びかけにも理想的な返事をした。
清田は私室でもいつもキチッとした身なりで、コイツは王様に会いにでもいくのか、というスタイルで生活している。今は本当に呼び出されて会談している状況だが、なんの問題もなさそうだった。
イリース王は一人一人に話しかけて適職を聞いたり、雑談をしたりしていた。そろそろヤツらの番が回ってくる。団長は気が気ではない。
「いちおー『精霊術士』やってますよ」
案の定、西の態度は完全に舐めくさっていた。しかしソフィア王女が、
「まあ精霊術士! ニシ様、失礼とは思いますが、私、妖精が見たいのです。こちらへ飛ばしていただいてもよろしいですか?」
と言うと、西は赤くなりながら王女の目の前にフェアリーを飛び回らせた。ソフィア王女は純粋無垢な心を持つ少女だ。西は態度をあらためた。
王女の純粋無垢パワーは西の皮肉パワーに勝ったらしい。
「俺は『重騎士』をやってます。ところでソフィア王女。この後、二人で中庭でも回りませんか? 今日はとてもいい陽気ですよ」
団長は赤原め! と怒り心頭だ。イリース王も可愛い娘に! という顔をした。
「まあアカハラ様ったら。父が無礼講と言ったので、私を楽しませるためにご冗談を言ってくださっているのですね。でも本当はお隣に座っているサトウ様といかれたいのでは?」
赤原は二の句が継げない。恥ずかしそうにうつむいた。
さすがは王女だ。赤原は全方向的なナンパ師に見せかけているが、佐藤にだけは遠慮している節がある。団長はそれを見抜いて監視を佐藤に任せていた。
団長は赤原と長く付き合っているのでそれを知っていたが、王女はこのわずかな時間で赤原の弱点を見抜いて逆にやり込めた。
ここまでの要注意人物は王女が軽くいなしてしまった。しかし王女といえども料理狂のハヤトをいなすことはできるのだろうか?
「いやーさすがに王宮の一流料理人が高級な食材で作っているだけのことはありますね。アレ団長? あまり食が進んでないじゃない。腹でもいてえの? 残してるもの食っていい?」
「ああ」
団長はハヤトの質問に対して肯定した。お前のせいだ気づけ、と。しかし、ハヤトは当然残しているものを食べていいという許可だと受け取った。
「メガデインうなぎのシチューうめー! 何杯でも食えそうだな。団長は龍鱗アワビの白ワイン蒸しも食ってねえの? 貰うね!」
団長は二人の要注意人物が大人しくなってもやはり気が休まらなかった。ハヤトがいる限り。
そしてそのときはやってきた。
◆◆◆
「『料理人』です」
「ん? 聞き間違えたかな」
イリース王が言うとハヤトは堂々と大きな声で言った。
「魔王を倒すために召喚されたんですけど、適性職業はありふれた料理人でした」
王様は笑った。近くにいた護衛の騎士も笑う。ハヤトの言いぶりからすれば、適当に笑いをとるために言ったのかもしれない。
しかしイリース王と護衛の笑い方はやや執拗だった。団長はその理由がわかる。
王様は神殿の救世主召喚及び育成プロジェクトには多大な費用を捻出している。それなのに肝心の召喚された少年の適職が料理人とあっては、笑いたくもなったのだろう。
護衛も日夜厳しい訓練をすることで、護衛として今ここにいることができる。だが若造どもは反則的な適職をもらうことで救世主としてイリース王と会食をし、好き勝手なことを言っている。
魔王を倒す救世主だとしても内心不満を持っていたのに、そのなかに料理人が紛れ込んでいたのだ。
王と護衛の嫌な笑いは相乗効果によるためか長く続いた。
団長も根は善人である。あれほどハヤトの無礼を警戒していたのに今では肩を持ちはじていた。
ハヤトが戦闘で力になれなかったとしても別に望んで召喚されたわけではないから仕方ないのではないか。
それでも一生懸命に働いて、努力して、見知らぬ土地に自分の店まで持ったのだ。それを笑うのはあんまりではないかと。
ハヤトにしてみれば、早く『お声がけ』が終わって、料理の続きを食いたいなと思っているぐらいなのだが、団長はハヤトのために憤っていた。
そのとき、嘲笑を遮るようにフルートのような美しい声音が響き渡った。
「まあ素敵! ハヤト様は料理人なのですね。料理ほど人の生活を豊かにしてくれるものはありませんわ。そうですよね? お父様」
王女の発言に、周囲は一瞬あっけにとられた表情をする。固唾を呑んで見守る一同……。
「あ、うむ。そ、その通りだな」
なんとソフィア王女はハヤトを褒めることで王様と護衛の笑いを止め、遠回しに父親の無礼を批判したのだ。愛国者である団長は王女に国の希望と未来を見る思いだった。団長の目尻が涙で光る。
ソフィア王女。金髪碧眼。日本人が理想に思い描くような白人系少女の可憐な見た目。
その純粋さは西の捻くれた心を溶かし、その聡明さは赤原の弱点を突き、その思いやりはハヤトへの嘲笑を防いだ。完璧な王女。ところが……。
「ハヤト様。本日の料理はお気に召しましたか?」
王女がハヤトに料理の感想を求める。おい、どうした完璧王女。ハヤトにそれを聞くのか? それは禁呪が書かれた古文書を魔法犯罪者が開くのと同じぐらい危険なのではないか?
王女がハヤトの料理狂振りなど知るわけないだろうが、コイツに料理の感想を求めるなど間が悪すぎるだろうと団長が思う。
「とても美味しいです」
……杞憂だったか、とハヤトの回答に団長は安心した。
「うふふ。ハヤト様のお口に合ってよかったです。実は隣の部屋に本日のメニューの食材や料理法の説明をするためにシェフが控えています。先ほど救世主様のどなたかに料理のことについていろいろと聞かれたとメイドが言っていましたが、ハヤト様だったのですね」
「え? シェフの人が説明してくれるんですか? やった!」
子供のように喜ぶハヤトは多少、礼を失していた。しかし料理人としての純粋な気持ちが伝わり、王も王女も微笑んでいる。団長も胸を撫で下ろした。
「でも俺なら王女様にとって、この料理よりももっと美味いものを出せますから作りましょうか? っていうか、この料理よりも俺の料理を食べたほうがいいから作りますよ」
その場にいるハヤト以外の全員が凍りつく。団長はまるで氷像のようになってしまった。
しかし、ハヤトの他にもう一人動いたものがいた。隣の部屋に控えていたシェフのアンドレだ。
「おいコラ若造おおおお! どういう意味だこらああああああ!」
「ぐおおおおおおお。ハヤトめえええええ」
団長はうめき声をあげた後、腹を押さえて椅子から転がり落ちた。
すわ王宮付き料理人と料理バトル勃発か!?
ハヤトと同じく『別世界料理対決』を置きっぱにしようとしたアナタ……
デラデラデラデロリン。『別世界料理対決』は呪われている。
アナタから本は離れません。