10 本日のお客様「謎の幼女」
タイトルを異世界料理バトルに変更しました。
「肝、肝、肝、肝、肝、肝、肝、肝、肝、肝、肝、肝、肝、きもきもきもきもきもきもきもきもきも……食いたい。奴らめ。この俺から肝を奪いやがって。だがなんとしても……食いたい……すべてを犠牲にしても……」
その目は狂気で赤く血走っていた。
◆◆◆
暗黒樹海。そこはイリース国にもほど近いダークエルフの国の森。いや森そのものがダークエルフの国なのだ。
覆う木々の高さは高層ビルのよう。葉が厚い雲のように生い茂り、日を遮るため昼でも森は暗い。
その中に漆黒の城があり、さらにその最奥の部屋。
「人間の生き肝が食べたい。肝が食べたい。食べたい…………………………………………………………のじゃああああああああ!」
言っている内容はグロテスクだが、まだ成熟していない女の子の甲高い叫びが響き渡る。膨らみの暗示さえないつるぺったんな胸も幼女と言って差し支えない。
「食べたい食べたい食べたいのじゃー!」
幼女は真っ黒なシルクの寝具でメイキングされたベッドの上で手足をバタバタさせた。
「爺やめがガラガラドクマムシの肝を取ってきてあげますので我慢なさりませ。魔王様」
「いやじゃ、いやじゃ、いやじゃ! 人間と戦争をして生き肝を食うのじゃ!」
なんと自らを爺やと呼ぶヨボヨボの魔族は幼女を魔王と呼んだ。
「魔王様は幼いのでまだお力をつけていません。もし人間と戦争などしてこの魔王城の位置を悟られ、勇者など人間のツワモノに攻めこまれでもしたらどうするのですか?」
「ふん。返り討ちにしてやるのじゃ」
爺や溜息をついて言った。
「強大な魔力を持つ先代魔王様ですら人間の英雄の前には敗れ去ってしまったのですぞ」
「……いなくなっただけなのじゃ」
先代魔王の倒れた姿を見たものはいない。だが、確かに人間の英雄は魔王城に現れて先代魔王は消えた。死体も残さずに。
そして魔族や魔物はまた人間を襲わなくなり、その時代がずっと続いている。
魔王は天啓が降った魔族がなると言われている。次の魔王はお前だ、と何者からの声が聴こえるというのだ。
もともと、魔族は普通の人間よりはずっと強いが、天啓を受けた魔族はさらに強くなるとされる。しかし、それも成長すればの話なのかもしれない。
今の魔王ブリリアントも強い、だが人間の伝説に残る魔王ほど強いとはとても言えなかった。
「ともかくです。我々は本当の魔王城をもぬけの殻にしてダークエルフに匿ってもらっているぐらいなんですから。勇者に殺されて食べられてしまいますぞ~」
爺やと自称する老魔族のアッタモスが脅すと幼女の魔王には少しは効くようで、ベッドの中で身を震わせた。
「そんなことを言ったって人間の肝を食べないと魔族はいつまでも成長できないのじゃ。爺やが人間の肝を用意してくれないなら手紙を出して、また『だいしょくまてい』殿に来てもらうのじゃ」
「いけません。あの男、大食魔帝は信用できませんぞ」
今度はアッタモスが大食魔帝の底知れぬ不気味さを思い出して身震いした。この老魔族とてその気になればほとんどの人間など問題にならないほどの強さを持つにもかかわらずである。
「だいしょくまてい殿は連れてきた人間の部下をその場で殺して、生き肝を食わせてくれたのじゃ。優しいのじゃ。信用できるのじゃ!」
「魔王様。そういうのを信用できないと言うんです」
「なにを言っているのじゃ! だいしょくまてい殿がくれた肝の大きいほうを食べたのは爺やのほうなのじゃ! わらわのはこーんなちっちゃかったのじゃ!」
事実だった。
「それは爺やめのほうが体が大きいから」
「ずるいのじゃ! ずるいのじゃ! ずるいのじゃ~~~!」
そう責められると負い目があるためアッタモスは強く出ることができない。どうしたものかと思っていると使い魔のコウモリが居室に入ってきた。
「大変です! 大変です! 暗黒樹海の中に人間が来ました」
「な、なんだと? 人数は?」
「三人です」
「強そうか?」
「わ、私にはわかりませんが……一人は『精霊術』を使っていました。ジンに空を飛ばせ、それに乗ってイリースから来たようです。もう一人は『重装甲の騎士』で、デスバッファローの攻撃も正面から受け止めていました」
「か、かなり強いな。もう一人は」
「倒したデスバッファローを包丁で捌いていました」
「はあ?」
「料理人の『刀工スキル』ではないかと。見事なものでした」
暗黒樹海に戦闘力のない料理人が入ってくるだろうかとアッタモスが考えていると、幼女が笑い出した。
「アーハッハッハ! 鴨が葱を背負ってくるとは、その人間どものことなのじゃ! 生き肝を食ろうてやるのじゃ!」
「い、いけません。魔王様。相当強い人間どもですぞ。万が一のことがあったら……」
「今、人間の国と戦争するよりいいのじゃ。いくぞー」
◆◆◆
「そんなに食いたいものかねえ……」
重装甲騎士は呆れ顔をした。ハヤトのクラスメートの赤原勝だ。
「文句言うんじゃねえよ。女の子を酔っ払わせてアハンなことするために、夜は店をBARにしろっていう要求を受け入れてやるんだからな」
ハヤトは鮮やかにバッファローを解体しながら言った。近くには風の精霊ジンの使役で疲れきり、座り込んでいた西太一もいる。
西は言葉を発する余力もないようだ。精霊術士の西も、ある料理を作ってもらう約束でハヤトに協力していた。
「肝肝肝きもきも~。よし、取れたぞ。このデスバッファローとかいう魔物のレバーならどうだ」
「何十種類の魔物狩らせるんだよ。それにしてもあの変なガラガラうるせえ蛇の肝は青臭くて不味かったな」
ところがハヤトの返事はない。肝、きも、キモとうるさかったのに急に静かになった。赤原は、どうしたんだろうと見ると、ハヤトは目を閉じて涙を流していた。
「お、おい! どうした、ハヤト!!!」
赤原に声をかけられてもハヤトは目を閉じて涙を流し続けている。
「マ、マジでどうしちゃったんだよ?」
赤原が二度目の声かけをした数秒後。
「……ぅまぃ」
「は? なんだって?」
ハヤトの声は小さくて赤原は聞き取ることができなかった。しかし突然。
「うまああああああああああいいいいいいいい!」
赤原は耳を両手でふさぐ。この大きさの叫びなら誰でも同じことをするだろう。
ちなみにハヤトは食材鑑定のスキルで、様々な魔物のレバーを生食しても大丈夫か判定している。食材鑑定のスキルがない人は絶対に真似してはいけない行為だ。
「この濃厚な味。日本の黒毛和牛のレバ刺しと同等。いやそれ以上だ!」
「はいはい。よかったね。これで日本政府に革命を起こさずに済んだもんね」
「ああ、まったくだ。レバ刺しを規制するなど愚の骨頂。革命を起こしてでも食いたい味だ」
そのとき、座り込んでいた西の耳元でフェアリーがささやく。フェアリーは精霊術士の西が幻界から呼び出した妖精だ。妖精の知識を教えてくれたり、手のひら大の小さな体を生かして情報収集をしてくれる。
今、そのフェアリーが西に伝えようとしたことは『危険』だった。
「西くん。西くん。大変だよ。魔王が来るよ」
西は耳元のフェアリーを手で追い払った。危険を教えてくれるのになぜ追い払うのか? 西のことが気に入っているフェアリーは危険も知らせてくれるが、いたずら好きで嘘ばかり言うからだ。狼少年ならぬ狼フェアリーだった。なので信用されていないのだ。
ハヤトが口の周りを真っ赤にして、ぐったりしている西に近寄る。
「西! レバ刺しは十分に堪能した。お土産分もある。このデスバッファローの肉と俺たちをさっきの精霊でビューっとセビリダに運べ。冒険者のオッサンに店を任せっぱなしなのはまだ少し心配だからな」
西は少し休ませてくれと言いたかったが、言葉を発することもできなかった。そのとき、赤原が疑問を口にする。
「ん? なんか森がシーンとしてね?」
ハヤトは辺りをキョロキョロと見回す。言われてみれば、動物や魔物の鳴き声どころか、木々のざわめきすらない。
はてなんだろう、と思っていると木々の間の暗がりからゴスロリふうの小さな女の子と背の高い老執事が歩いてきた。
ここ、暗黒樹海は凶悪な魔物の巣だ。幼女と老人がいる場所ではない。まさか……まさか……とハヤトは思う。
赤原は聖なるハルバードを手に取って構えた。ついに西は地面に大の字になっていた。疲れきって戦闘以前の問題だ。
幼女はニヤニヤと笑いながら近づいてくる。そして言った。
「くっくっく。お前たちの生き肝を渡すのじゃ~」
この台詞を聞き、ハヤトは自分の考えに確信をもった。
この幼女は同志だ、と!
ハヤトは踵を返してお土産のデスバッファローのレバーに向かった。
「待ってろ! 今、出してやる!」
「え? なにを言っているのじゃ?」
ハヤトは作った。レバ刺しを食えない悲しみの涙を流し続けた同志のために。その悲しみの涙を幸せの涙に変えるために!
料理の鬼がいるならば、ハヤトはまさに鬼のような手さばきで調理をしている。その手さばきに幼女も老執事もあっけにとられてしまった。
しばらくするとハヤトは満面の笑みで振り返り、真っ赤な肉片が乗っている皿を幼女に差し出した。
「さあ。できたぞ。食え」
「な、なんなんじゃこれは?」
「だからレバ刺しだろ?」
「確かに似ているのじゃ……ゴクリ……」
暗い森の中で、突如現れたゴスロリ幼女に満面の笑みでレバ刺しを差し出す料理人がいたら、誰でも固まるのではないだろうか。
救世主のエース級で適職が重騎士の赤原も、老いたとはいえ上級魔族のアッタモスも、その不思議な光景に固まってしまった。
「お、おい。そいつはひょっとして魔族じゃねえのか?」
「いけません。そんなものを食べては!」
しかし、ハヤトが渾身の情熱をかけて復活させたレバ刺しの魅力には抗えない。幼女は一切れ口に入れて咀嚼する。
「うんまああああああいいいいいいいいのじゃああああああああああ!」
幼女は一分ほど固まり、涙を流した直後に叫んだ。赤原は再び耳を両手でふさぐ。
ハヤトは誇らしげに言った。
「ハハハ。そうだろう。そうだろう」
「だいしょくまてい殿がくれた生き肝より美味いのじゃあ」
ハヤトは対抗心を燃やす。
「だいしょくまてい? だいしょくまていだか厚省だか知らねえが、このレバ刺しは日本の黒毛和牛より美味いバッファローの肝の最高の一部分を切り取って、完璧な刺し身にしたものだ。そこに、俺が焙煎した究極のごま油をたらし、叩いて細かくした岩塩を薄っすらと均一にふっているんだぞ!」
「もっともっと食いたいのじゃ~」
「ああ、食え。食え!」
赤原と執事は深く暗い森の中で、少年の差し出すレバ刺しを、ゴスロリの幼女が食べる姿をポカンと見続けることになった。西はその横で気を失っていた。
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