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鷹の余白  作者: 白石令
余白の隅
46/47

辛味成分100%

4月1日に書いたホワイトデー小話です

「……これは、何でしょうか。クロさん」

 魔法使いは口元を引きつらせ、テーブルに置かれているものを指差した。

 色気のない紙袋である。やたらと目つきの悪いウサギのロゴが押されている。少し開いた口からは平べったい食べ物が覗いており、鮮烈なにおいを放っていた。

 魔女はいつもの澄まし顔で茶をすすり、こつんと湯飲みを置くと、当たり前のようにうなずいた。

「おせんべいですね」

「見れば分かるよ。俺は意図を聞いてるんだ」

「バレンタインのお返しです。チョコレートをいただきましたので」

「……………」

 金髪の魔法使いは黙り込んだ。不可解そうに視線を落とし、眉根を寄せ、それから壁に掛けられたカレンダーを見る。

 それによるといまだに新年が始まったばかりだったので、彼は過ぎた月を破りとってから改めて確認した。

「ホワイトデーは半月くらい前に過ぎたけど」

「思い出したのが数日前だったんです」

 湯飲みを両手で包みつつ、魔女は紙袋を見やった。

「この間ジェトエールに寄ったので、ついでに買ったんですよ。名物の『どからせんべい』です」

「どから……?」

 どから、と彼は聞き慣れぬ単語を反芻(はんすう)する。答えを求めて袋の中のせんべいに目をやると、それで腑に落ち、確信をもって断言した。

「ド(から)……」

 よくよく見れば、せんべいの表面には赤い粒のようなものが無数に敷き詰められていた。真っ赤なその色もさることながら、においも明らかに危険物である。本当に食べ物なのか疑わしい。赤字で『食べるな危険!』と表記されていてもおかしくないように思えた。

 ――そこまで考えたところで、魔法使いはあることに気づく。

「少しぴりっとして美味しいですよ」

「……なあクロさん」

「なんです?」

「袋のここにある、15禁って印は何」

「15歳未満飲食禁止」

 明快な回答であった。

「いや、おかしいよな?」

「そうですね。せんべいは食べるものであって、飲み物ではありません」

「違ぇよ! ベタなボケしないでくれよ! 食べ物に年齢制限っておかしいだろ!?」

 魔女は淡白な黒眼をしばたたかせた。不思議そうに魔法使いを見返す。

「でもあなた、15歳未満ではないでしょう?」

「誰が年齢制限に引っ掛かるかどうかを気にしてるんだよ! クロさん、わざとだろ? 分かっててわざとボケてんだろ!」

「……………」

 ふうと溜め息をついて、彼女は可愛らしく小首をかしげた。さらりと黒髪が流れ、胸の前に落ちる。

「でも、美味しいですよ?」

「……クロさんには美味しく感じられても、普通の人間にとっては火を噴く衝撃なんだよ」

「――食べませんか?」

「こんなの食べられるわけ――」

 ない、と言いかけ、魔法使いは言葉に詰まる。魔女の黒い瞳が悲しげに揺れていたのだ。

「……それ、演技だよな?」

 魔女は答えなかった。ただまぶたを伏せ、かすかに睫毛を震わせる。ぎくりと魔法使いの肩が跳ねた。

「……あなたに食べてほしくて買ってきたのですが……」

「いや、えっと……」

「私の買ってきたものなど、口に合うはずもありませんね。配慮が足りませんでした。自分で処理することにします」

 分かりきったことだった。

 これは完全に演技だ。

 うつむく少女。寂しそうな微笑。深い悲嘆をたたえた瞳。

 魔法使いは、紙袋を引き戻そうとした魔女から、ひったくるようにしてそれを奪い取った。

 そして即座に後悔する。

「う……」

 期待のこもった上目遣い。

「……た」

 これはバレンタインのお返しではない。仕返しなのだ。

 食べてくれなかったくせに、とは思ったが、ぼやいたところで状況は変わるまい。

 諦めて彼は腹をくくった。

「食べさせていただきます……」

 とたんに弾けた少女のような笑顔はどう考えても嘘だったが、その一瞬だけはどっちでもいいなどと思ってしまった。



 ――その後、魔法使いは腹を壊して1週間近くまともにものを食べられなかったという。

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