小鳥の夢、その行方-6
「よう、嬢ちゃん。何皿だい?」
「3」
「おまえよく食うな」
指を3本伸ばした小さな手をビシッと突きつけるようにして注文をするマリス。彼女が頼むのはいつもニンニク抜きの野菜餃子である。
「余裕。あとで追加、たのむから。焼いといて。おつかい分も、5つ」
どうやら、しばらくこの屋台に来ないように言いつけられた勇者の分も買って帰るようだ。
「はいよ!……そこに皿があるから出しといてくれ!」
「は、はい!」
どうやらウィリホは早速ジェシーを手伝わせることにしたらしい。ジェシー、ポカするなよ、と心の中でエールを送った。
「太るぞお前。……それにしてもなあ、あれだけ大騒ぎしてまた振り出しか……」
「ふぉうはひはんは」
おそらく、何ぞあったかといった意味のことを問うてきたらしいマリスの口の中には、受け取った餃子が早速詰め込まれていた。
「実は……」
かくかくしかじかで、と勇人はざっくりと説明をしてやる。彼女はこう見えて魔術師だ。しかも、勇者パーティに属しているとくれば有能な部類だろうという認識でおそらく間違いはないはずだ。何か解決策のヒントが見つかるかもしれない。
勇人の胸ほどもない背丈の同い年は、首をこてんと傾げ、数瞬ばかり思案するような素振りを見せた。30代にあるまじきあざとい仕草である。
「というわけなんだが、何か気になることとかない?」
「……あんな派手なピンクのくせに、見つけられない、は変」
自分だって妙ちくりんで派手な水色をしているじゃないか、と言いかける前に、マリスが言葉を継いだ。
「色は、能力。濃いほど、強い」
マリスが言うには、門のピンク姉妹は相当優秀な部類に属する魔術師だという。そのうちの一人であるマリが手を尽くして探して、何の痕跡も見つからないというのは異常な事態だと言えるらしい。
「それじゃあいくら俺あたりが探し回っても尻尾なんぞ見つからないってことか」
「ちがう。見つからない、が見つかってる」
急にマリスが哲学的なことを言い出した。言葉遊びをしているわけではないらしいのは彼女の表情でわかる。いつも通りごく僅かな仕事しかしない彼女の表情筋ではあったが、その微妙な動きを最近ようやく見分けることができるようになってきていた。
「あのピンクは、ふぁんひ、ふはうやろ」
「はんひ?」
「カンチ!」
それはこんな往来で言っても大丈夫なセリフだろうか、と一瞬面食らって逡巡した勇人。かつてはテレビっ子であった。しかし数秒の後に、己の錯覚を改める。
「……ああ、感知ね。びっくりした。……ねえ、真面目な話してる最中に食うのやめね?」
「焼き立てはふはふは、美味」
「それは間違いないけれども」
だろ、とばかりに目配せをして、また一つ、フォークに突き刺された餃子がマリスの小さな口に押し込まれていく。その口のどこに大きな餃子が入るのだろうか、と思いながらも彼女の嚥下を待った。
「普通、人間は消えん」
「そりゃあそうだろな」
相変わらず、この幼女の様な体をした三十路の魔術師は言葉が足りない。どういうことかと説明を求めた。
「お前の話の通りなら、そいつら、消えてるだろ。痕跡もない。おかしい」
「確かにそうだな……普通じゃ、ないってことか」
「人を消す……感知のすり抜けなら、青」
「青?」
「言ったろが。色は、能力。感知は、青の専門。力で勝っても、ピンクじゃ、負ける」
「適性ってこと?」
そうだそうだ、と頷きながら、またマリスは餃子を咀嚼し始めた。どうしても温かいうちにウィリホ渾身の野菜餃子を食べてしまいたいらしい。
これではラチがあかないと、ウィリホにふた皿目を焼くのを一旦ストップしてくれるよう要請した。マリスが言葉少なに抗議したが、こちらはそれどころではない。しぶしぶ、といった感じで諦めたマリスに重ねて問う。
「お前も青いけど……探してくれたりは、しない?」
「わたしのは、青“っぽい”。ほんとの青ってのは、もっと」
「もっと?」
「深い。深い、水の底みたいな奴」
「水の、底……」
そのとき、勇人の脳裏に浮かんだのは、深い深い濃紺。一筋の光も差さぬ海底のようでもあり、そして星たちの棲まう空の果てのようでもある、人の手の届かない場所の色。
そんな色を、どこかで見た覚えがある。
「マリは、街中を隅から隅まで探したと言ってた。そんなに広い範囲をカバーできるもん?それだけ強い魔術師がいるってこと?」
「無理」
マリスが即答する。どんなに能力の高い“青”の魔術師でも限界というものがあり、街ひとつなどという広域をすっぽり手中に収めるなどという真似は普通できないのだそうだ。
「人間は、万能には……なれん」
「なら、どこかで尻尾を出すはずだろ」
「だからー」
餃子をお預けされているからだろう、いらついた様子でフォークを皿に軽く打ち付け始めたマリスが言った。
「出してんだろが。尻尾」
お読みいただきありがとうございます。




