小鳥の夢、その行方-5
ウィリホが手早く用意してくれた餃子の皿を、隣で所在無げにしている大男に差し出す。困惑しているらしい彼に、押し付けるように手渡して、勇人はこう言った。
「あったけえうちに、あんたが強盗しようとした店の味を確かめてみろ」
「はぁー、強盗たぁ穏やかじゃねえな!」
ウィリホがガハハと笑った。こういう能天気なところは、少なくとも今回においては美点だと言えよう。
「んめえべ」
この屋台らしい大きめの餃子をひとつ、噛み切ることなく悠々と口に収めたジェシーに問う。
「うまい。すごく、うまい」
それだけ言って、彼はまた瞳に涙を浮かべながら、餃子をもうひとつ頬張った。
普段絶対に口に出さないが、ウィリホの作る餃子には人の心を動かすような、そんな力がある。餃子を作ること以外に何も生産性のあることのできない彼が授かった天性の才能なのかもしれない。そのことに気づいているのは、おそらく勇人と、もしかするとあのいけ好かない勇者だけだろう。
「どうだい、今もここに強盗に入るつもりはあるかい?」
「あるわけ、ねえ……。……けど、俺、明日からどうやって……俺には、な、なんの取り柄もねえ」
手を止めたジェシーがうつむき、ぽつりと呟く。彼の足元に一滴の雫が落ちて、染みを作っていった。
その姿をちらりと見てから、勇人はやや芝居がかった口調でウィリホにこう切り出した。
「……なあ店長。つかぬことを聞くけど、餃子屋に向いてる人間ってどんなやつ?」
「そうだな……まあまずは、イツノミヤ巻きが好きなこと。あとは根性だな!根性!」
「そうか。根性に関してはわかんねえけど、ここにあんたの餃子を泣くほど美味いと言ってる奴がいるんだが。どうかな、向いてるかな?」
「ふーむ。向いてるか向いてねえかで言えば、向いてそうだな!……そういえばここんとこ、忙しくなっちまって猫の手も借りたいくらいでよお。バイトのひとりも欲しいとこなんだよな~。看板息子も最近じゃあどっかふらふらしてて前ほど手伝ってくれねえしよ〜」
思惑を知ってか知らずかはわからないが、ウィリホは勇人が想定していた通りの、いや、それ以上に適切な回答を寄越してみせた。
「へー、そりゃー不心得な看板息子もいたもんだねー」
と茶番のような会話を繰り広げ、そしてまた、隣に立つジェシーに視線を投げかける。
「はへ?」
しかし当の本人は、何の話やら全く検討がつかないとでも言いたげに首を傾げた。
「んもう!おバカか!」
「おバカかー」
「あんたをここで雇ってくれるって話をしてんの!」
「してんのー」
「へっ?……え、ええ!?えっ、そんな、そんなの、も、申し訳な」
ようやく状況が飲み込めたらしいジェシーは、箸を持つ手を大きく、そして素早く左右に振り、皿から餃子を落としそうなほどに動揺と困惑のしぐさを見せた。
「うるせえ。警邏に突き出されたくなきゃここで働け。償いじゃ」
「つぐないじゃー」
「なんで俺のために、そこまで……」
当然の疑問に、確かになぜ、と思ったのは他でもない勇人自身であった。ちょっとした身の上話を聞いて、なんとなく同情しているというのもある。しかし、つい先ほど会ったばかりの強盗未遂者に大して、あまりに寛大ではないだろうか。根は悪くなさそうに見えるジェシーではあったが、本当に善良な人間かどうかなんて、わからないのに。そんな信用していいのか不安な人間を、恩人に紹介して本当にいいのか。
強盗に入ろうとしてきたやつの話を聞いてみたら実はのっぴきならない事情があったらしくて、なんかいいやつそうだったんで雇うことにしました、なんて日本で誰かに話したら全員が全員「やめとけ」と口を揃えて言うに決まっている。勇人だってきっと同じように言うだろう。
困っている人間を助けたいなんて理想であって、実際に行うのはお人好しのやることだと流石に30年の人生で嫌というほど思い知っていたはずだった。
「……俺がいつまでもこの屋台で雑用ばっかりやりたくねえからだよ!俺には他にやることあんの!」
人を見る目に自信がないわけではないが、どうして自分がここまでこの大男を信用しようとしているのか、正直なところよくわからない。わからないが、どうしてもここで折れる気にはなれなかった。
なんだか、ここでジェシーを犯罪者として突き出してしまったら、きっと一生、喉に刺さった小骨のように勇人を苛むことになるだろうと思ったのだ。そして、ちらりと見たウィリホの目も、勇人と同じ様な意見であろうという色をしていた。
まあ、今後勇人がこの屋台で働き続けるのが難しくなる予定であるから、間違いなく手が足りなくなるだろう、というのも事実ではある。この屋台は店主の知らないところで目下スタッフを募集中なのだ。
「えっ、ユート……嘘だろ……。ずっとうちの看板息子でいるって約束は嘘だったのかよ!」
「そんな約束してねえ!」
相変わらず芝居がかった様子で勇人を看板息子と呼び続けるウィリホの向う脛をごく軽い力で蹴飛ばす。それはもういい。
「いってえ!」
「……それはそうと、何してんの」
大げさに痛がっているウィリホを尻目に、先程からこだまのように棒読みを繰り返していた声の主に問いかける。いつの間にか、勇人の隣、胸くらいの高さの位置で、ぴょんぴょんと触覚のように跳ねた水色の髪が揺れていた。
「はらへり」
大分視線を下げてようやく、そのボリューミィな毛髪の間から、白くて小さい彼女の顔を半分ほど確認できる。
水色の謎の生き物ことマリスは、愛用しているらしい銀色のフォークを片手に、餃子が焼き上がる鉄板の上へ熱視線を送っていた。
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