小鳥の夢、その行方-4
前回久しぶりに投稿させていただきました。もうこの物語を憶えていてくださる方はいらっしゃらないと思っていましたが、感想を書いてくださった方や読んでくださった方がいらっしゃったこと、本当に嬉しかったです。ありがとうございます。
完結までなんとか細々と続けていこうと思っております。
「さあ、どうぞどこへでも」
ひとまず勇人は大柄のチンピラに連れられ、人目につきにくい路地裏へと足を向ける。いや、より適切に表現するならば“連れられ”というよりは“引っ張って”という方が正しかった。
上手いこと目的であろう勇人をかどわかしたにも関わらず、彼はどうにもその場でぽかんとしたまま突っ立っていたからだ。なんとか連行されている風を装って大柄な彼をその場から連れ出すのは少しばかり苦労した。
「いやいやいや!何の話だよ!?」
できれば殴られたり縛られたりするのは勘弁願いたい、という思いでしおらしく振る舞ってみせると、対面の男は驚愕の様相を浮かべてなんとも素っ頓狂な声を上げた。
「…………は?いやいやいやいや!俺を捕まえにきたんでねえのあんた!?」
「はえっ?……何言ってっかわかんねーよ!俺は羽振りの良さそうなあの屋台から金を巻き上げようとしただけだよ!今日はこないだの男もいねえしよ!」
動揺しているのか、なんとも雑な犯罪計画を暴露するチンピラだが、この言葉は果たして本当なのだろうか。巧妙に勇人をだまくらかそうとしている可能性はありはしないだろうか。
「こんな白昼堂々と?衆人環視の前で?……無理だべ、捕まんぞおめ」
「あっ、そ、それもそうか」
ツッコミに素直に納得する姿は、腹芸をしていそうな様子には到底見えない。
「はあ……じゃあ、あんたはほんとにただの強盗目的であの場に来たんだな?他に仲間は?」
自分の身長をゆうに越す、おそらく2メートルはあるであろう大男を見上げるようにしながら、腕を組んでそう問いかけた。どちらにせよ、街の風紀を乱すような輩は警邏に引き渡さねばなるまい。仲間がいるならそれもマリたちに報告だ。
「仲間なんて、い、いない」
「本当か?嘘なら今すぐにあの男をここに呼ぶが」
先に嘘をついたのは勇人の方である。目の前のチンピラが恐れているらしいあの男、つまりタカトウへの連絡手段などないし、もちろんそこの物陰に隠れているわけでもない。
しかしあの胡散臭い勇者のことだ。ここで「たすけてー!タカトウマーン!」などと声を上げればどこかしらか現れそうではある。
「や、やめてくれ!本当だ、本当に今は仲間なんかいない!」
「今は?」
「あ、む、昔はいた……。でもそれもずっと昔の、昔の話だ!信じてくれ!頼む!今は俺ひとりだ!」
そう言って、チンピラは急に座り込み、地面へ擦り付けるようにして頭を下げた。犯罪者とはいえ大の男が土下座する姿というのは、見ている方もなんだか辛くなる。それに、今の会話のうちで、ほんのりとではあるがこの憎めない大男に対して親しみのような哀れみのような感情を抱いたのも確かだ。
「……なんで、ひとりになったんだ?あとあんた、名前は」
気づけば、そんな質問が口から零れ出ているほどには勇人はこのチンピラにほだされてしまっていたらしい。
「ジェシーだ。ジェシー・イツノミヤ」
そうして、滔々と男の口から語られた内容をまとめるとこうだ。
男は、生まれつき体が大きかったらしい。そしてその頃から頭も要領もそれほど良くなく、端的に言ってどんくさかった。そのうちに、日本で言うところの“ウドの大木”だとからかわれるようになり、更にはジェシーという中性的な名前が似つかわしくないと言われいじめの格好の標的になった。
「カミーユみたいなもんか」
「カミーユ?」
「いやこっちの話。続けて」
そんな毎日が嫌になり、学校へ行くのもやめてしまおうかと思っていたとき出会ったのが3つ年上のリーダー。所謂不良の番長で、多くの子どもらに恐れられ、大人たちも下手に手出しの出来ないような悪タレとして鳴らしていたらしい。
『きみ、大きいね。相談なんだけど、そこの枝にいる子猫見える?降りられなくなっちゃったみたいなんだよね。きみなら届くんじゃないかな』
それが彼からかけられた初めての言葉だった。怯えて半狂乱の子猫に引っかかれ、噛みつかれながらもなんとか地面へ降ろしてやると、子猫はそのまま走り去っていってしまった。残された傷だらけのジェシーを見て彼はひとしきり笑った後、見るからに質の良さそうなハンカチを差し出してこう言った。
『まるであの“心優しきステラ”みたい!良かったら私と友達になってくれない?』
それからというもの、ジェシーはそのリーダーについて回った。いじめられることはその日を境になくなった。
年老いた祖父母に育てられ、同級生たちの話す親兄弟に憧れていたジェシーにとって、理知的で面倒見がよく、極めて穏やかながらも決断力に優れた彼は頼れる兄のように見えた。他のメンバーも、リーダーの人柄を慕っていたものばかりだった。
それを知ってか知らずか、リーダーも仲間たちにそこまで悪逆な真似はさせなかったという。女子生徒に手を出そうとした教師に罠を仕掛けて一泡吹かせたり、計算をちょろまかす雑貨屋からその額に相当する商品をいただいたり。確かに聞けば納得出来ないことはないが、しかし犯罪のラインを行ったり来たりはしていたのである。
そしてある日。
『……みんな、今まで一緒にいてくれて、ありがとう。今日でこの集まりは、終わりにしようと思う。私にも、やりたいことがやっと見つかった。ワガママ言ってごめん』
唐突にその不良グループは、解散した。
『最後にひとつだけお願い。みんなも、やりたいことをやってね。……まっとうに生きて、幸せに、なってね』
とだけ言って、リーダーは姿を消したらしい。
それからというもの、グループに属していた少年少女たちはリーダーの言葉に従い、まっとうに生きていこうと邁進した。ある者は職人に弟子入りし、ある者は商人の店子となり、ある者は冒険者となったという。
しかし、体が大きいだけでなんの取り柄もやりたいこともなかったジェシーは困惑した。
まずは暮らしていかなくてはいけないと、魔道具ギルドの職員になった。しかしあまりに事務仕事ができず、申し訳なくなって辞めた。その次はちょうど求人が出ていたベビーシッターに応募した。面接に行った家で、一分も経たずに子どもに泣かれて破談になった。冒険者としてギルドに登録もしてみた。はじめのうちこそ、いかにも強そうな体つきが評価されて他のパーティから討伐依頼へ誘われたが、なんせ冒険者家業は初めて。討伐対象を前にして狼狽してしまった。ジェシーは、生き物を殺せなかった。
そのうちに誰からも声を掛けられなくなり、かといってひとりで駆除や討伐もできず、毎日薬草やなんかを摘んで売る簡単な採集業務に終始するようになった。しかし、子どもでもできるような簡単な採集ではいくばくかの革貨しか得られない。
これではだめだと一念発起して土建屋に弟子入りをしたのが2年前のこと。入って数週間のうちこそ体格や力でちやほやされたが、数ヶ月経つ頃には毎日のようにミスを叱られるようになっていた。そのうちに、誰にも見送られず職場を辞すことになった。
しばらくは以前のように毎日野草を摘んで暮らしていたが、励ましてくれていた祖父母も1年ほど前に立て続けに亡くなり、ついにその日を食べていくほどの金もなくなった。
「それで、強盗ってわけか」
「……すみませんでした」
頼るアテもなければ学もなく、要領も悪いただ体の大きいだけの男がなんとか食いつなぐためには、他にもう思いつかなかったのだと、重ねてジェシーは頭を下げた。聞けばウィリホの屋台が初犯だったという。
確かに、仲間がいるわけでもないただのチンピラが屋台荒らしを繰り返していたとしたら、あっという間にお縄についていただろう。
「わかった。……屋台に戻ろう」
少しだけ涙目になった大男の腕を掴んで、勇人は言った。困惑するジェシーを連れ、未だ賑わいを続ける餃子ストリートを進んでいく。
「おや、あんなに感動的な別れをしたってえのに。看板息子、早速のお帰りだ」
「誰が看板息子だ。あと大して感動的でもなかった。……こいつに餃子一皿。俺の奢りで」
「へえ、こんなデッケエあんちゃんに一皿で足りんのかい?」
お読みいただきありがとうございました。




