小鳥の夢、その行方-3
大変遅くなってしまいました。まだこの物語の続きを待ってくださる方がいらっしゃるかはわかりませんが、投稿は細々と続けていこうと思います。
その晩、勇人はやはり歌っていた。
やはり伴奏となる楽器があるのとないのでは大違いだ、歌と演奏がキッチリと噛み合って、一体としてひとつの曲を作り上げるのはアカペラとはまた違った快感だ。照明を受けてほんのりと発光しているのではと錯覚するほど薄青い前髪越しに、鍵盤奏者と目線を合わせ、共に息を吸い、声と弦を爪弾く指先の感覚を研ぎ澄ませる。
いや、違う。感覚なんてものは、もうなにかよくわからないものと溶け合ってしまっていて、自分の意志でどうこうできるものではなくなっていた。
ここにあるのは、音楽。
ひとりのシンガーソングライター、もとい吟遊詩人と、ひとりの鍵盤奏者は、ステージの上ではたったひとつの音楽に融合するのだ。
今この瞬間だけは、音楽が全てだ。久方ぶりに立つ「自分のステージ」だった。
* * * * *
元の依頼人である音楽家は、恋人へのプロポーズに際して、日本とよく似たこの世界の慣習を踏襲し、指輪を贈った。それが給料の3か月分かどうかはわかりかねるが、歌い手という恋人の職業柄、きっと喜ぶだろうと考えて、音や声を加工し、録音までできるという最先端の機能を持つ魔法のアクセサリーを。加えて、彼女をイメージして書いたオリジナルの楽曲。
音楽家から歌い手へ、これ以上はないプレゼントではなかろうか。
しかし、発見された彼女の指には指輪が嵌まっていた痕跡こそあるものの、そのものはなく、そして音楽家渾身のオリジナル曲は他人が歌っていた。
ここまでくれば、誰でも気づくだろう。
亡くなった歌い手は、贈られた楽曲を歌い録音した。そして、その歌唱が封じ込められた指輪は何者かに持ち去られ、そのデータは当初の目的とは異なる形で再生され、使われている。
なんともやるせない話だ。かけがえのない人を失った音楽家や、そしてなによりこれから明るく変わっていったかもしれない将来を閉ざされた歌い手の女性、それぞれに思いを馳せると、ふたりを知らない勇人ですら憐憫の情を禁じ得なかった。そして亡くなった女性と幼馴染であったというマリが一体どんな気持ちで過ごしているのかと思うと、言いようのない息苦しさを覚える。
この世界の、おそらくはイツノミヤ市のどこかに「彼女の声」が吹き込まれた指輪が存在するのはきっと、確かだ。それは市の職員であり、魔術師でもあるというマリが手を尽くせばいつかは見つかるものかもしれない。しかしそれがいつのことになるのか。たとえ指輪が見つかり、歌声が再生されたとしても、そこから彼女の「聞きたい」答えを導くことができるのか。
そんなときに現れたのが、これまで誰もが知ることのなかったイツノミヤ市の門番たちの『秘密』を見抜いた、いや「聞き分けた」吟遊詩人。
マリは、素性すらわからぬ男に、全てわかった上でこの依頼をしたのだ。できることならば、自身の手で幼馴染の気持ちを知りたいのだろうに。
「彼らはほとんど尻尾を出しません。この街の暗がりに潜んでいて、面舞台には決して上がらず、少なからず息が掛かっていると思われるような飲み屋や娼館をいくら叩いても、埃は立ちません。ボクたちも、手をこまねいているのです。……お恥ずかしながら」
掠れた声で話すマリは、目に見えて消沈しているようだった。
聞けば、以前勇人がチンピラに絡まれたと通報した際にも、怪しいと踏んでその界隈をかなり細かく洗ったのだそうだ。
「用心深いことです。……もちろん、接触できるようなチャンスがあれば彼らをとっくに取り締まっている、という話なのですが」
マリは勇人の方へ視線を向けながら、自嘲するように唇の端を持ち上げて見せた。
「噂によれば、若者を引き込んでは使っているとのことなので、全くの水面下に息を潜めているというわけではないのでしょうですけれど」
「ふうん……スカウトをしている、ということですね」
「ええ。スカウト、なんていうほど穏便な手段ではないかもしれませんですけれど」
見るからに消沈している様子のマリが、ふぅと息を吐いた。合わせて勇人も一呼吸を置く。
「なるほど。今思えば、俺を脅しに来たのも……」
「力にモノを言わせて、フジさんを組織に引き入れようとしたのかもしれませんですね」
とすると、あのときあのチンピラをこてんぱんに撃退してしまったのはちょっとした失策かもしれなかった。もしかすると何か、情報を得られた可能性はあった。
また、あの男と接触することができれば、少しは道が開けるかもしれない。
「また来たりしないかな」
「はえ?何か言いましたです?」
「あ、いえ。なんでも」
* * * * *
などと、マリと話をしながら希望を思ったのが今朝のこと。
「おうおうおう!てめえ、相変わらず派手にやってんじゃねえかよ!ああ!?」
(……バカなのかな?)
ウィリホの屋台で今日も今日とて歌いながら客を寄せている最中、早速例のチンピラが絡んできたのだ。彼の額に痛々しいコブを作った勇者様ことタカトウにしばらく来店を控えるよう伝えた矢先の出来事だ。
一応というか、勇人の方も昨日までより目立つように、声の増幅を大きめにしてみたりはしていた。それにしても、だ。
「わー!痛い目に遭いたくないです!やめてくださーい!殴らないでくださーい!」
「痛い目に遭いた……ん?」
以前の印象通り、このチンピラはあまり頭の回転が良くないようだ。この急な展開に首を捻っている。いや、ちょっと脅しに来てこんな小芝居が始まったら誰でも面食らいそうだな、と少しだけ思い直す。
「ひえー!うちの店はただのイツノミヤ焼きの屋台だぜー!面倒ごとはごめんなんだぜー!」
あらかじめウィリホには話を含めてある。……にしても、その言いようは客たちに悪印象ではなかろうか。非常に無責任な感じが出てしまっている。しっかり台本まで作ってリハをしておくべきだったかもしれない。
「そんなー!大将ー!助けてー!」
この大根役者、と思いを込めながらウィリホに助けを求めるふりをする。
「俺だってお前を助けたいんだー!だが俺には大切なお客様方がいるんだー!すまんユートー!」
ウィリホは、それに気づいてかそうでないのか、多少無理矢理な軌道修正を試みたようだ。客たちも、なんとなくなくな同情の表情をしている。半数以上は新手の演出だと思っていそうだ。
「大将ー!なんてお客様思いなんだ!仕方ない、俺は、俺は……この怖い人に連れて行かれて、馬車馬のごとく働かされますねー!」
「えっ」
ここでチンピラ、呆気に取られている。空気を読むスキルをもっと鍛えた方がいい。
「大将ー!さようならー!」
「ああー!ユートー!お前という看板息子を失って、この屋台はどうなるんだー!無事で帰って来いよー!」
「ほは?」
「んん?」
またもチンピラは惚けたような声を上げた。ほんと空気読め。そしてウィリホよ、さらっと看板息子と呼ぶのはやめてほしい。
「……はい、てことで、連れてってください」
「お、おう」
「大丈夫ですよ。店で歌いますし、ご要望とあらば曲も書きますから」
「え、ああ、うん?」
なんだこの茶番は、と感じないでもないが、勇人は無事チンピラに連行されることに成功した。背後でなぜか小さな拍手が起こっていた。
お読みいただきありがとうございました。




