小鳥の夢、その行方
お久しぶりです。続きを書こう書こうと思いながら、今日で前話より1年が経ってしまいました。
まだ、読んでくださる方がいらっしゃれば幸いです。
17/02/18 改稿
イツノミヤ市門番の少女(実年齢不明)から勇人に持ち掛けられた個人的な依頼、それは確かに勇人の能力を見込んでのものかもしれなかった。
事の発端は10日ほど前、匿名にて彼女のもとへ届けられた陳情であった。ある女性を探して欲しい。そう訴え出たのは名こそ明かさないものの、作曲家と自らを称する若い男性だった。聞けば、先日結婚を申し込んだ女性が忽然と姿を消したという。
これだけならば、よくある痴情のもつれと括ってしまいたいような、特に取り立てることのない内容だった。イツノミヤ市の役人であり、ある種の何でも屋として認識されているような節のある彼女らのもとへは、こういった依頼も時折舞い込んでくる。それなりにあしらってしまおうとしていた彼女であったが、その男性の話を聞き、そうもいかなくなった。
いなくなったという女性その人が、今は無き故郷を出自とする同郷の人であり、もう生きて会うことはないだろうと諦めていた幼馴染であったからだ。
彼女は、自らの持ちうる限りの手段と、3日に1度の休日の全てを費やして、個人的にその案件を追うことに決めた。
そうして彼女ことマリがようやく調べ出した先に待っていたのは、故郷を離れて以来行方のわからなかった幼馴染の変わり果てた姿だった。
共に捜索に当たっていた作曲家の男は、物言わぬ恋人に縋り付いて嗚咽を漏らしていた。奇しくも、彼が意を決して告げたプロポーズの返事をもらう約束をしていた日だった。
約10年ぶりに再会した幼馴染は、最後に見た煤まみれの頬など嘘のように、上質な陶器の如くに白く、作り物めいた静けさでもって事切れていた。ただ、口元の大きな黒子と、鳶色のくせ毛、薄く開いた瞼から覗く灰色の瞳だけが当時の彼女の面影を残していた。マリは、彼女の異様に乱れた衣服を直し、硬くなりかけた瞼に手をやって、ぴったりと閉じてやった。
どうやら、ぱっくりと開いた喉元が致命傷であるようだった。
そっと、こわばり始めた彼女の手を握る。農村の生まれにはもったいないような細くて長い指。懐かしい彼女の手を緩やかに持ち上げた。硬いし、何より冷たい。よく手入れのされた手指に似つかわしくない、青黒い輪状のシミがある指に残っているのに気がついた。
黄緑色の瞳から、涙は零れなかった。
* * * * *
「あの子は、故郷を離れて、長いこと娼婦のようなことをしていたそうです」
マリは、訥々と語った。視線は、膝の上で組まれた自らの手元に注がれたままだ。
「少し前から、歌唱力が評価されて、酒場で歌う仕事が与えられるようになったと聞いています。それなりに贔屓の客が付いていたというのもあるのでしょうね。そのうちに、作曲家の男性と恋仲になった……」
「…………」
「おそらく、彼女はなんらかの組織の下で、仕事……をしていたのではないか、と思われます。……そして、殺された」
「……はい」
勇人は、絞り出すように相槌を打った。
「組織について調べて欲しいわけではありません。それは、ボクたちの仕事です。フジさんには……」
そこで彼女、マリは、言葉を切った。
「あの子の、返事を、聞いてきて欲しいのです」
* * * * *
「いやあ、いい歌でしたねえ……。まあ、ユートくんの歌うあーみんには負けますけどね!」
「あったぼうよ!うちの看板息子なめんな!」
「……看板息子に就任した覚えはない」
「ていうか、なんでわざわざあの店?」
曲が終わり、全員の飲み物がちょうどなくなったタイミングで店を辞した。現在は餃子ストリートの屋台で飲み直している最中だ。
「い、いえ……あそこにいい歌い手さんがいると聞いたので」
「ふうん?」
サクラさんが胡乱げな視線を投げかけてくる。
「……の割に、1曲しか聞いてないじゃないの」
「いやあ……、あの歌がいいと。噂で」
「へえ、ワタシこの辺り長いし、仕事柄もあるし、この街の夜のことは大抵耳に入るのよね。……あの店は聞いたことなかったけど」
「ソ、ソウナンデスカ。イヤァ、不思議ダナァ」
「ま、いいわ。……でも、変なことに首突っ込むのはやめなさいね」
「……はい」
心持ち真剣な色合いを帯びたサクラさんの言葉に神妙に答える。こちとら荒事に弱いイマドキの日本人なのだ。必要以上に厄介事に首を突っ込みたくはない。
マリからもたらされたこの依頼だって、痛い目に遭いそうなら尻尾を巻くことも辞さない。多分。
「うーん、さっきから妙に仲良いけどふたりはそういう関係なの?」
「そうよー、隅から隅までわかりあってる関係なのよ」
相変わらずジュースを啜りながら首を傾げるタカトウに、サクラさんがしなを作って答える。
「適当こかんでください」
「ただの店のネーチャンと客だよ。……表向きは」
「なにそれ気になる」
「おいジジイ」
「ジジッ……!テメエと5歳しか変わんねーぞコラ!」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「……えっ?」
青い顔をしているウィリホは放っておくことにする。
勇人は、今朝方聞かされたマリの話を頭の中で反芻していた。
マリへと依頼をもたらした作曲家は、元は各地を巡る吟遊詩人だったという。それなりの腕前とルックスでもって食うには困らない程度の稼ぎを得ていたが、運悪く彼は旅路の途中で怪我をしてしまい、流浪の生活を諦めざるを得なくなって故郷であるイツノミヤへ戻って来たのだそうだ。
そして、市内の酒場で歌う歌い手たちのために楽曲を提供する仕事を始めた。そのうちにマリの幼馴染と出会ったというわけだ。
彼は、婚姻を申し込むに当たって、指輪と一編の歌を贈ったという。
自らに見立てた小鳥が、空に憧れる、そんな歌を。
お読みくださり、ありがとうございました。




