73話/ショッキングピンクの秘密
だいぶ間が空いてしまいましたね…
今回は何と言うか、説明回-1というかって感じであまり動きはありません。続きちゃちゃっと書いちゃいたいと思います。
7/5 修正
「それより、何だか面白そうな話をしていたみたいだけれど……」
ぺろりと餃子を平らげたタカトウが勇人に尋ねる。
どうやら先ほどの会話を聞きかじっていたらしい。全く油断も隙もない。勇人は溜め息混じりに返答した。
「勇者様には関係のない話だよ」
「ええー、さっきマリスとは話していたじゃない。しかもまた勇者って呼んだ……」
タカトウが可愛くもないむくれ顔を見せたそのとき、通りの方からばたばたという足音、それに同調して何か金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。
「ん?」
「この音は……」
全員がそちらへ振り返る。
すると、夕刻になり人出の増えてきた餃子ストリートの向こうの方から、人の合間を縫うように駆けてくる人影がひとつ。燃えるように赤い髪は後頭部の上の方でひとつにまとめられ、動きやすそうなシャツの上に冒険者然とした革製の胸当てを纏っている。腰からは短刀らしき鞘下げた背の高い女性だ。このシーンは見覚えがある。デジャヴだろうか。否。
「ハヤタ!」
「そんなに急いでどうしたの?」
「あんたのせいでしょうが!帰ってきてるなら連絡くらい寄越しなさいよね!あの女から『もう帰ってるはずだけど』なんて聞かされる身にもなって!」
「あはは、ごめんごめん」
「めんごめんご」
「もう、マリスもマリスよ!ふらふら出歩かないでよね!」
そう言って彼女は右手でタカトウの首根っこを掴み、左手で水色魔法少女を持ち上げた。
「毎度お騒がせして悪いわね!急ぎの呼び出しくらってるの!」
そう言い残して去っていった。相変わらず引き摺られながらもタカトウは笑顔で手など振っている。懲りない奴である。
「……さて」
「何の話してたんだっけ?」
はて、と首を捻ったタイミングでお客がやって来た。そしてそのまま客足は途絶えることなくピークタイムへと突入し、結局ふたりが話の続きを思い出したのはいつものように早めの店仕舞いを迎えたころであった。
「門の嬢ちゃんたち、いつもふたりぼっちで寂しくねえのかなあ」
「ふたりぼっち?」
しみじみと呟いたウィリホに、勇人が聞き返す。
「言わなかったか?あの子らは市の宿舎で暮らしてんだとよ。他の奴らはもう誰も住んじゃあいねえ、おんぼろ屋敷だ」
「聞いてないなあそれ」
「……いつも姉と妹ふたりきりで遊ぶ暇もなく働いて……市の連中も他に雇ってやりゃあいいんだ」
ウィリホの言葉によれば、あの姉妹は年中無休で朝から晩まで門に詰めているらしい。そして住まいはボロ家で友達もいない。確かにそれは不憫だ。
……あくまでウィリホが正しければの話である。勇人は彼の言葉に違和感を抱きながら手早く屋台を畳んだ。
* * * * *
「あ、フジさん。おはようございますです」
それはさて置き約束の翌朝である。勇人はイツノミヤ市の入管を司る門へと足を運んでいた。
いつものように門の傍にはふたりの少女が詰めているテントが立っている。そのうちひとりが勇人に気づいてテントから顔を出し、声を掛けた。
「おはようございます。昨日の件ですけど……」
「あ、はいです。少々お待ちくださいです。……ねえ、ボクしばらく空けても大丈夫です?」
本題を切り出すと、彼女は勇人の方へ手のひらを向け、何度か前後に動かして見せた。ステイアンドアウェイということらしい。勇人はじりじりと後ずさる。
「ん?……よいのですよ。まだそれほど混みませんですし。それにしても今朝からそわそわして一体……もしかしてそこにどなたかいらっしゃるのです?」
「な、なんでもないのです!誰もいないのです!いないったらです!」
テント内から何やら漏れ聞こえてくる。もっと隠れた方がいいだろうか。
しかし時は既に遅し。
「おや、フジさん。おはようございますです」
テントからもうひとつ同じ顔が覗いた。そしてしたり顔になる。
「マリ、職務時間中にデートとは……いつの間にそんな子になったのです?隅におけないのです」
「ち、違うのです!違うのですよ!」
「にゃははは、なのです!わかったからさっさと行ってくるのです!でもほどほどにするのですよ!フジさん、マリをよろしくお願いしますです」
「はあ、承りました」
そうして居残る方の少女はひらひらと手を振り、またテントへと戻っていった。
「むう、ミィはひどいのです。……さて、では行きますです」
マリと呼ばれていた方の少女が急に真面目な顔になり、こちらを向いた。
「……はい。しかしボクっ娘だったんですね?」
「うえっ、き、聞こえていたのですか!?……じゃなかった、それはどうでもよいのです!」
そうだろうか。キャラクター属性を考える上では結構重要なファクターだと思うのだが。若い娘さんがボクと自称するのはなかなか微笑ましい……と思ったが、そういえばこの娘たちは見た目通りの年齢ではないらしいというのは耳に新しい。イイ年してボクっ娘というのもまあ別に悪くはない。ちょっとイタいだけで。
そういえばこちらの世界に来てからイイ年したボクっ娘に会うのはふたり目だ。一人称がボクの女性というのもこちらでは取り立てて珍しくもないのかもしれない。
などと考えているうちに、腕を捕まれて強制連行された。
* * * * *
「さて、ここまで来れば立ち聞きされる恐れもないのです!」
果たして連れてこられたのは、門から徒歩にして10分ほど。街の中心部とは逆方向に進んだところの原っぱであった。よく葦毛と遊びに来る開けた場所だ。
「……誰か来たらすごく目立ちますよ?」
ほら、よく言うだろう。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中と。それにこの辺りは街からそれほど離れないのに馬を走らせることができるスポットとして割と有名である。いつ何時他人が現れても不思議ではない。
「そ、そういうものなのですか。不勉強で恥ずかしいのです」
「いえ、そういうつもりじゃ……誰かが来たら気をつけましょうか」
いつもそつなく業務をこなす彼女がしょんぼりとしている。少しだけ可愛らしいと思ってしまったのは内緒だ。それに確かに今は誰もいないのだから問題ないだろう。
「で、ですよね!では周りに注意するのです!」
すると、彼女は目を瞑り、数秒して開いた。その瞬間に少しだけ瞳が煌めいたように見えた。
「これで安心なのです。」
「何かしたんですか……?」
「いえ、ちょっぴりだけ感知を」
そうしてはにかむように笑う。どうしよう。何のことだかサッパリわからない。昨夜あの水色毛虫のような魔法使いがこの子たちは魔法使いだと言っていたので、魔法の一種だろうか。
「へー、ソウナンデスカー」
詳しく聞きたい気もしたが、先ほどの門でのやりとりを思い返すにそれほど時間に余裕はない。本題に関係のなさそうな事柄はとりあえずスルーしておこう。術名も会話の流れ的にもおそらく周囲の気配を察知するようなものだと推測できるし間違いでもないだろう。
「そういえば、昨日の方はお休みなんですね?」
「……やはり、ご存知でしたのですね。ええ、昨日の子……トーコは今日は休日です。私どもは交代で出勤しておりますのです」
「ああ、やっぱりそうでしたか」
昨晩のウィリホとの会話。その中で引っ掛かったのがこれだ。ウィリホは「ふたりぼっち」と言ったが、勇人にはそれが誤りであるように感じられてならなかったのだ。それは、ふたりで毎日休みもなく10年間も働き続けるなんてことがどう考えても労基法違反(おそらくこの世界には労働基準法などないだろうが)ということだけでなく、毎日のように門に通い続けたからこそわかる違和感のせいだった。
「隠していたらアレなんですけど、その、……6人くらいいらっしゃいますよね?」
「……そこまで、お気づきでしたか。やはり、思った通りです」
お読みいただきありがとうございます。




