72話/もやしの勇者
「勇者……」
「いやだなあそんな勇者だなんて他人行儀な。同郷の仲じゃないですか」
他人行儀じゃなくて他人だ、と言いたいのをぐっとこらえた。確かにここのところ毎日のように顔を合わせて世間話程度なら嗜む関係ではある。勇者と関わるとなんだか面倒事に巻き込まれそう、という日本にいた頃フィクションに植え付けられたイメージもあり、あまり親しくするのは本意ではないが致し方ない。知人に認定しよう。もし厄介な事に巻き込まれたら責任を持って勇者様に守っていただく次第だ。
「……じゃあタカトウ」
「あ、ユートくんって呼んでもいいですか?」
「お、おう……」
更に言えば、勇者タカトウとあまり仲良くしたくないもうひとつの理由として、この妙な馴れ馴れしさが信用ならないというのもある。なんなのこいつ。確かに表面的にはイケメンだし笑顔も爽やかなのだが、何となく裏がありそうに感じてしまうのだ。先ほど水色の魔法使いから女がどうのとか聞かされた情報ももちろん悪い方向へ働いている。
しかし奴は、あーみん始め日本の歌謡曲を語り合える唯一の相手でもあるので悩ましいところではある。
「親父さん!僕にもひと皿!普通のやつで!」
「はいよ!」
先ほどの野菜餃子と一緒に何皿分かの餃子を焼いていたので、タカトウの注文の品は程なく完成した。勇者が歓声を上げる。
「やっぱり親父さんの餃子は美味しいですねえ!」
「餃子じゃなくてイツノミヤ焼きだけどな」
「そうでしたね、すみません。……ところで親父さん!昨日のアレ、考えてくれました?」
「アレ?」
「実は僕の故郷も餃子の町でして……イツノミヤに来て懐かしくなっちゃったんですよ。まあ地元の餃子とは味が少し違うけど……」
なんでもタカトウの地元では白菜ではなくキャベツを使い、肉は多めなのだそうだ。そして、彼曰く最もその餃子を象徴するのが……
「茹でたもやしです!」
「ほう」
確かにそういう餃子があるということは聞いたことがある。最近流行りのB級グルメかなんかとしてテレビで見たのだったか。
それはともかく、故郷の味が恋しくなったタカトウは、イツノミヤ餃子フェスの中で1番気に入っているし顔見知りであるウィリホに、せめてもやしだけでも再現したイツノミヤ焼きを作ってくれないかと頼み込んだのだそうだ。というのが勇人が休みをもらった昨晩の話らしい。
「あー、アレなあ……。その提案自体は面白えし昨日の試作も美味かったし、勇者様直伝ってえのも魅力的なんだが、如何せんそのもやしとやらが市場に見つからなくてなあ」
「もやしがない?へえー」
「そ、そんな……」
タカトウがへなへなと膝から崩れ落ちた。その芝居がかった動作がまた胡散臭い。
「試作は一体どうしたんです?」
「勇者様の兄ちゃんがどっからか持って来てくれてよ。客に出すわけでもねえからそれを使ったのよ」
「ふうん……タカトウはそのもやしどうしたんだ?」
「もちろん自家栽培さ!」
「…………へえ」
タカトウが言うには、市場の八百屋で大豆に似た豆が並んでいるのを見つけてからというもの、豆を水に浸ける時間や栽培方法など試行錯誤して根気よく育てたらしい。世界広しと言えど、異世界に召喚されてもやしを栽培した勇者なんておそらくこいつくらいなものだろう。タカトウはもやしの勇者だな。
「勇者様お手製もやしねえ……」
「とはいえ、売り物にするには量も質も安定しないだろうし」
「そこなんだよな」
別にタカトウの望みが破れることについてはなんの感慨もない。しかしここイツノミヤでの恩人のひとりであるウィリホが割と乗り気であるようなので、少し頭を捻ってみようと思う。
「うーん。タカトウはさ、もやしの栽培方法は確立したわけ?」
「もちろん!詳細にマニュアルを作りましたよ!」
「すごいなお前……」
「それほどでも」
それほど褒めたつもりではなかったのだが、タカトウは胸を張って得意顔だ。流石はもやしの勇者といったところか。しかし仕事とかしてないのかこの勇者は。暇なのか。
「……それなら、他の人に作ってもらうことができれば良いってことだよな」
「アテでもあんのか?」
「うーん、まあ、アテっちゃアテかね……?」
「本当かい!」
先ほどから無言を貫いている魔法使いの手を取り、タカトウが跳び上がらんばかりに喜んでみせる。手を振り回されている水色の少女に見える三十路はというと、相変わらず無表情ながら若干頬が赤いような気もする。
「勇者ハーレムパーティェ……」
「何か言った?」
「いや、何も」
やれやれ。
「それで、そのアテっていうのは?」
「ああ、それはですね……」
ウィリホに先を促され、目論見を説明してやる。かくかくしかじかである。
「なるほど」
「というわけで、タカトウのもやしマニュアルを活用できればなと」
「よし、わかりました!明朝にでも届けましょう!」
「あ、いや明日の朝はちょっと予定が」
「ええー……」
タカトウががっくりと肩を落とした。どこまで本気でがっかりしているかは謎である。が、あまりにしょんぼりして見えるのでなぜか少し可哀想になってきた。となりで水色のアホ毛も心配そうにぴょこぴょこしている。
「それにそんな1日2日でできることでもないし……そこまでがっかりしないでも」
「ま、そうですよね」
勇者は立ち直りが早かった。というよりやはり本当はそれほど気落ちしていたわけではなかったのだろう。
もう勇者の心配なんて絶対にしないことを誓った。
お読みいただきありがとうございます。
勇者はこんな胡散臭い奴になる予定なかったんですけどね、当初の予定では。




