71話/水色の娘
お待たせいたしました。
「門の嬢ちゃんたちがおめえさんに頼みごと?一体どういう風が吹き回すとそんなことになるんだ?」
「いや、俺にもさっぱり」
夕刻が近づき、勇人はいつも通りにウィリホの屋台へと出勤した。今日はサクラは用事があるとかで一緒ではない。
「話を聞こうと思ったときちょうど入管ラッシュになっちゃいまして、詳しくはまた明日」
「……お前は旅人だから知らんだろうが、あの嬢ちゃんたちが頼みなんて珍しいどころの話じゃねえぞ。初めてじゃねえか?」
「そんなまさか」
「そのまさかだ」
勇人はまたウィリホが下手な冗談でも言っているのかと思った。しかし、屋台を開ける準備をしながら盗み見た彼の表情におどけなど何ら感じられない。
「そもそもあの嬢ちゃんたちと業務外で話したことある奴がほとんどいねえんじゃねえかな」
「はあ?そんないくらなんでも冗談でしょ」
「冗談でこんなこと言って何になる。……嬢ちゃんたちが門番になって10年くれぇになるけどよ、俺ぁ名前も知らんのよ。そのあの子らがお前に、ねえ」
そう呟き、ウィリホはどこか遠くを見るように目を細めた。
そんな雇用主の様子を意にも介さず驚きの声を上げたのが勇人だ。ピンク姉妹はどう多めに見積もっても女子高生ほどの年齢にしか見えないからだ。
「あの子たちどう見ても子どもじゃないですか!それが、10年!?」
「そりゃお前……あいつらは」
「魔術師だから」
呆れたような口調のウィリホの言葉は、途中で遮られて継ぎ足された。驚いて声のした方をふたりが見やると、屋台の向こう側に水色の触覚のようなものがぴょこぴょこと揺れていた。
「ひと皿」
「あっ、いらっしゃいませー!」
「いらっしゃい。どっちのだい?」
「野菜」
「はいよ!」
幸い鉄板はもう十分に温まっていた。ウィリホは手際良くニンニク抜きの野菜餃子をその上に並べていく。勇人はそれを乗せるための皿を用意し、焼き上がりを待つ本日最初の客に話し掛けた。
「今日はハヤタは一緒じゃないの?」
「ん」
「珍しいね。あの赤い人もいないんだね」
「ん。自分ひとり」
屋台の向こう側を覗き込むと、やっと相手の顔が見えた。淡い水色の髪を腰まで伸ばした少女……というより、幼女だ。身長など、勇人の胸ほどもないのではなかろうか。
あの勇者との邂逅そして恐喝未遂事件以来、今代の勇者たるハヤタ・タカトウ(漢字表記はまだ尋ねていない)は、よほど味が気に入ったのだろうか、毎日のようにウィリホの屋台を訪れるようになった。そして彼女も、いつもその彼にくっついてやって来る。しかし、普段はハヤタが話してばかりいるので、こうして言葉を交わすのは初めてだった。といっても会話になっているのかいないのか微妙なレベルのやりとりではあるが。
「ハヤタはお仕事かな?」
「知らない。多分また女」
「……あ、そなの」
やりにくい。正直言ってやりにくい。リダ村にいた頃には様々な少年少女たちと関わる機会が多分にあったため子どもが苦手というわけではないのだが、如何せん今までにないタイプだ。
あと深くは突っ込まないが、勇者よ、何をしているんだ。女って何だ。またって何だ。
「だから、ラスティは機嫌悪い。置いてきた」
「そうなんだ……」
ラスティ、というのは先ほど赤い人と形容した、あのときハヤタの首根っこを掴んで引きずって行った武人然とした女性のことだろう。深く聞くつもりもないが、勇者パーティも色々と面倒くさそうである。人間関係が。
「そ、そういえばさっきの魔術師だからってどういうこと?」
「魔術師は遅くなる」
「は?」
ある意味テンプレートのような勇者パーティに思いを馳せつつ、なんとか話題の転換を図ってみたものの、返ってきたのはそれだけだった。
言葉足らずにもほどがあるぞ、幼女よ。勇人がその意味を掴みかねていると、横のウィリホが餃子を焼きながら助け舟を出してくれた。
「優れた魔術師は常人より年を取るのがゆっくりなんだよ。で、あの嬢ちゃんたちは魔術師ってこった」
「へえー、そうなんだ」
ようやく合点がいった。幼女はというと、ウィリホの補足に満足げに頷いている。
「え?あれ?きみも魔術師だよね?」
「ん。今年で31になる」
「うえええええ!マジ!?」
「とてもまじ」
「お、同い年ってこと……?」
今度こそ驚愕に腰を抜かしそうになった。もちろん、今までに腰が抜けたことなどない。
「はあ!?お前三十路!?」
「驚き」
いささかオーバーなウィリホはひとまず無視するとしたとして、一方の幼女はセリフに反して声色も変わっていない。表情も眉が少し動いたくらいだ。
「あー……うん。そうね。言ってなかったか」
しかし、ベンといいウィリホといい、どうも勇人はこちらの世界ではかなり若く見えるらしい。まあ、日本にいた頃も見た目が若いとはしばしば言われていたことではあったが、それにしてもだ。昔、海外では日本人は若く見られるという話を聞いたことがある。中世ヨーロッパのようなこの世界でもその法則は適用されるのだろうか。
「てっきり年下だと」
「それはこっちのセリフだべした」
「どう見ても大人のレディ」
「いやそれは……」
「む。きみ、失礼」
「はいよ!野菜餃子お待ち!」
心なしかムッとした顔つきの幼女もとい、かつての親友の言葉を借りれば合法ロリ、というかロリ三十路。その目の前に湯気を立てた餃子を乗せた皿が差し出される。
「ありがと」
代金を頂戴し、引き換えにウィリホが皿を渡してやると、また彼女の表情が微妙に変化した。徹底したポーカーフェイスもわずかに緩んだという感じだ。よく見れば瞳も先ほどより輝いているような気がする。
そして受け取るや否や、一体どこから取り出したのか、彼女は金属製のフォークでもって餃子のひとつを突き刺し、あっという間に口に放り込んだ。
「ふぃみ」
「え?なんて?」
もきゅもきゅと小さな口をせわしなく動かしながら、彼女は何事か言って寄越した。が、発音が不明瞭すぎて全く意味が汲み取れない。
「……ふぉいひい」
「はて……?」
再度言ってくれたようなのだが、相変わらず餃子を咀嚼しているせいで聞き取れない。また彼女がムッとし始めたらしく眉をほんの少し動かしたそのとき。
「食べながら喋っちゃダメだっていつも言ってるでしょ。マリス」
「う。……お前、おかんか」
水色のもふもふとした頭にぽんと手が乗せられ、声が掛けられた。
お読みいただきありがとうございます。正直言って一番好きなヒロイン属性がロリババアです。




