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68話/その頃の???-2

「……で、僕はなんでこんなことをさせられてるの?」

「それもこれもあのボケジジイどものせいよ!どうせ暇なんだからいいでしょ?」

「そこまで暇でもないんだけどね。」

「お手数をお掛けして申し訳ありません……。」


 訪ねてきた青年は、要請通りに書類仕事を片付けながらぼやいた。対して悪びれないサオに代わってラナが頭を下げる。無論、ペンを動かす手を止めることはない。


「もうちょっとしたらライラのとこの連中が来るからそれまでやってってよ。」

「あーあ、タイミングが悪いときに来ちゃったなあ……。」

「つべこべ言わず手を動かして!」

「はいはい。」

「申し訳ありません……。」

「もう、あとで美味しいお茶とお菓子でも出してもらわないと割に合わないよ。」


 ペンをさらさらと走らせながら、青年が茶化すように言う。


「あるわよ!こないだジジイどもから掠めてきたとっておきのががね!」

「ふうん、ならちょっと頑張ろうかな。」

「ちょっとじゃなくて一生懸命やんなさいよ!」

「はいはい。」


 くすくすと笑いをかみ殺しながら、青年は改めて書類に向き直る。右手に握ったペンの先がさらさらと紙の上を滑り、そこから染み出したインクが線を描き出し続ける。




* * * * *




「あーもう、久しぶりにこんなに机に向かったよ。肩がもうバッキバキだ。」


 ようやく書類仕事から解放された青年が、部屋の中央付近に据えられた丸テーブルに、円を丁度4等分するよう並べられた椅子のひとつに腰掛ける。そして座ったまま大きく伸びをした。動きに合わせて彼の髪が揺れる。それは、白づくめの部屋の中では特異にすら映る漆黒だ。

 そうしていると、休憩にすることにしたらしいサオが向かい側の椅子に陣取った。


「たまには頭も使わないとバカになっちゃうわよ?」

「……きみね、手伝ってあげたのにその口の利き方はなんなの?」


 あまりに失礼な物言いに対して、青年は言葉ほど気分を害した様子ではない。生意気な妹に対するようとでも言えばいいか、苦笑半分呆れ半分といった風情だ。


「重ね重ね申し訳ありません……。粗茶でございますが。」


 そこへ、盆に茶器と菓子を乗せてラナがやって来た。青年への謝罪をしつつ、丸テーブルの上へ、慣れた手つきでそれらを並べていく。ポットからその場でカップへと注がれた茶は、気を遣って淹れられたようで、湯気を立てて熱々とした様子が見て取れた。


「わあ、ラナさんの淹れてくれるお茶大好き!これだけで働いた甲斐があるってものだね。」

「そんな……お戯れを。」

「いやホントホント。」

「ダメよラナ、こんな男の言うこと信じちゃ。」

「だからきみね……、こんな男に手伝ってもらったのは一体誰なんだよ?」

「ふんだ!」


 図星を突かれたからか、へそを曲げたサオに、青年はやれやれと肩を竦める。しかし表情は相変わらず笑みの混じった穏やかなものだった。


「ま、いいさ。」


 そう言って、青年は早速とばかりに茶の満たされたカップに口をつけ、満足そうに頷いてみせる。


「うん、やっぱりラナさんのお茶は格別だ。」

「その減らず口いい加減にしてよね。」

「はいはい。」


 口を開けば必ずなにがしかの反応を返して寄越す、そんな少女の挙動に更に笑みを零しながら、もうひと口啜った。庶民が嗜むような野草茶だ。しかし、熱い湯を用いてゆっくりと注ぎ、慎重に蒸し出したおかげだろう、豊かな芳香と素材それぞれの風味が過不足なく引き出されて高級な紅茶にも負けぬ味わいだ。


「……で、何か用があって来たんでしょう?」

「あ、そうそう。ラナさんのお茶が余りに美味しいからすっかり忘れていたよ。」

「はいはい。」


 カップから口を離して言うと、サオが青年を真似て、茶化すように返答する。それを見てまた笑いを零しながら、青年が口を開いた。


「例の彼ね、やっぱり『日本人』だったよ。」

「日本……って、神国ね……!」

「うん。」


 頷きながら、青年は口を斜めにした。何か言いたげな表情だ。


「そう……で、何を企んでいるのかしら。」

「さあねえ、お偉方の考えることは僕にはさっぱりだけど。」

「ふうん……ま、いいわ。ソレに関してはライラに任せましょ。」


 ようやくサオがカップへ唇をつけた。ソーサーを左手で持ち上げるその姿は、それまでの言動に似合わぬ優雅さを形どっている。


「きみもそうして喋らないでいると可愛らしいんだけどねえ……。」

「うるさいわよ!」


 その様子を認めた青年がしみじみと呟くも、取りつく島もない。ともすればカップの茶を掛けられそうな気配すらする。

 青年は、それを感じ取ったのか否か、菓子を口に放り込んでから素早く茶を飲み干し、席を立った。


「じゃ、僕はこれで。……ラナさん、お茶美味しかったです。もしあなたさえよければ、僕と一緒に世界を……」

「さっさと帰んなさいよ!」

「はいはい。」


 そうして来たときと同じ扉から青年を見送り、サオは乱暴にドアを閉めた。木製のそれが大きな音を立てる。


「なんで勇者ってああ軽薄な奴ばっかりなのかしら!」



お読みいただきありがとうございます。

主人公不在なその頃の〜編、あとひとつお話を上げる予定です。


先日ポイントが300を超えていて、見間違いかと思いしばらくそっとしておいたのですがどうやら本当のようです。300ptとても嬉しいです。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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