67話/その頃の???
お待たせしました。
「もう!なんでわたくしがこんなことをしなければいけないのよ!」
真っ白な壁、真っ白な床、真っ白な天井。部屋の中に納められた調度品も全て白く、そしてどれもが清廉な風情に包まれていた。光の差し込む大きなはめ込み窓の向こうには清らかな水が溢れ、それを取り囲むように若い緑が息づいている。
「それもこれも、姉さまがふらふら遊びほうけ遊ばしてくたばりやがり遊ばしたせいだわ!」
「ご冗談でもそのようなことは……!」
「わかってるわよ!」
まさに聖なる地と思われるその場所で、少女と妙齢の女性が机を並べて休みなく書類にペンを走らせていた。
「って何よこれ!ジジイどもが処理する書類じゃない!なんで姉さまの後継者たるこのわたくしがあの老いぼれで耄碌した連中の仕事を押し付けられなきゃなんないのよ!クソどもが!」
「サオ様!」
「なによ!ラナ、何か文句あるの!?」
怒り心頭の様子で返事をした少女は、ペンを扱う手こそ止めないものの、悪態を吐きつづけている。それを横目で見た女性が左手で額を抑えた。
「お気持ちはわかりますけれど、今は辛抱のときですよ。」
「わかってるわよ!そうでなけりゃ、こんな紙っぺら即燃やしてるわ!」
サオと呼ばれた少女が手元の書類をひらひらとはためかせた。今にでも破り捨てそうな目つきである。
「……誰かに聞かれでもしたらどうなさるおつもりですか……。」
「そんときゃそんときよ!最悪とっ捕まえてそこの泉にでも沈めればいいわ!」
右手の親指で窓から見える泉をちょいちょいと指し示すその仕草に、ラナは溜め息を吐いた。
「サオ様……そのようなこと、もし本当にされたら……。」
「冗談に決まってるでしょ!なによ、ラナはいつもいい子ちゃんなんだから。」
「はあ……ラナはいつもサオ様をご心配申し上げているのです。」
「それも、わかってるわよ……だから、こうしてここに大人しく閉じ込められてるんでしょ。ラナがいなければこんなクソみたいなとこ全部燃やしてるわ。」
唇を尖らせながら、少し恥ずかしそうにサオが言う。それを見たラナは少し驚きの表情を浮かべた後、ふっと微笑んだ。
「そ、それに?ここがなくなるとわたくしが姉さまの跡目を継げなくなるし?」
「ええ、さようでございますね。」
書類を片付ける手は止めずに、ラナはまだ笑んでいる。
「……必ず姉さまの跡目を継いで、ラナにそんな小言を言わせないようになってみせるわ。覚悟なさい!」
「ご期待申し上げております。サオ様。」
「むう、ラナはいつもそう。余裕しゃくしゃくでムカつく!」
きいっと並びのいい歯を剥いて見せるサオ。ラナはやはり、微笑みでもって応えた。
それを見て、サオは頬を膨らませ、また積み重ねられた書類へと視線を戻す。そのとき、彼女の豊かな髪が揺れた。それは爽やかな空色だが、普段は深海を思わせる落ち着きがあり、それでいて光に透かされれば新緑の輝きを見せた。
「それにしても、あのジジイどもはホント頭にくるわ。もう年なんだからさっさと死になさいよ。」
「サオ様。」
「わかったわよ、『お早くお隠れ遊ばさないのかしら?』……これでいい?」
「……お言葉を丁寧にされただけで同じ意味です。」
ラナはたまらず頭を抱えたくなる気持ちを抑え、主である少女の暴言に意見を差し挟んだ。
「仕方ないじゃないの。このままじゃ、わたくしたちは飼い殺し、いえ、こんなくだらない仕事にばかりにすり減らされて最後にはボロ雑巾のように捨てられるわ。」
「…………。」
「まだ、姉さまのように潔く散った方がマシよ。共に死ぬ相手と、その場所、そのときをご自分でお選び遊ばしたのだもの。」
消え入りそうな声でぽつぽつと呟くサオの言葉に、傍らの侍女は沈痛な表情で耳を傾けた。そんな様子に気づいたサオは、はっとして明るい表情を作り、口を開く。
「ま、なんだかんだ言って姉さまは結局あの野郎に誑かされ遊ばしただけだけど!」
「……サオ様、お言葉が……。」
「わーかってるわよ!もう!それにしてもこの紙束減らないわね!」
先ほどまでとは打って変わり、鼻息荒くサオが吐き捨てた。書類の束は初めより多少は少なくなったものの、依然として積み上がっている。
「あーもう、やってらんない!あとはライラにでもやらせましょ!ラナ、第二に連絡!」
「通信機は緊急時以外は……。」
「この状態が緊急じゃないって言うわけ?無理よこんなの、無理!ほら、早く連絡!」
「はあ……。」
主の言葉に従い、ラナは使い慣れた通信機を操作する。両耳に受信機を嵌め、送信機に向かって声を送るもその結果は芳しいものではなかった。
「ライラさんは今出張だそうです。」
「はあ!?なによ、なによそれー!」
「……早急に人手が必要だと申し上げましたら、代わりの人員を送ってくださるそうですがいかが致しますか?」
「くう……そうね、こうなったらライラじゃなくても仕方ないわ。誰でもいいから寄越すよう言って!」
「かしこまりました。」
憤るサオに背中を向け、ラナが再度通信機に向かったとき、この白い部屋にひとつしかないドアがノックされた。既に受信機を耳に嵌め直したラナには聞こえていないらしく、そちらへは視線も寄越しはしない。その様子を見てとったサオが来客応対をすべく扉のノブへ手を掛け、それを捻る。
すると、そこにはひとりの青年が立っていた。
「あら、丁度いいところに来たわね。……ちょっと手伝って欲しいことがあるの。」
お読みいただきありがとうございます。
その頃の編、もうちょっとだけ続くんじゃ。




